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第四十二話「sin, i'm a guilty」

「だぁかぁらぁ、アンタはなんでアタシに付きまとうのよっ!」

「言っただろう。私はお前の『影』の存在、いわば表裏一体の『裏』の存在であると」

「二人ともぉ、ケンカしちゃだめだよぉ」

「こりゃケンカって言うより、果し合いに近いような気もするけどな……」

僕が学校にたどり着いてみると、聖先生の予想通り、佳乃ちゃんは面倒なことに巻き込まれているようだった。

「今日はお前との決着を付けに来た。私とお前、どちらがより高みに登りつめるか……決する時だ!」

「そんなこといつ決めたってのよ?! 聞いてないわよ、そんなの」

「残念だが、異議は受け付けられない。勝負の世界とは非情なものなのだ」

「アタシを勝手に勝負の世界に引きずり込むなーっ!」

そこではちょっとした押し問答が繰り広げられていた。その場に居合わせたのは、まず佳乃ちゃん、それから北川君、続けて七瀬さん(昨日お財布を拾ってきてくれた女の子だ)、それから……

 

「フッ……逃げの手を打つか。オリジナルがこの体たらくでは、先が思いやられるな」

 

……七瀬さんに細かいところまで異常なほどよく似た、金髪の女の子がそこに立っていた。

あまりにも似すぎていて、僕はてっきり、クローン人間か何かかと勘違いしてしまったぐらいだ。髪の色がまったくの正反対だったおかげで、七瀬さんと見分けを付けるのは簡単だったけれど。

七瀬さんと七瀬さん似の女の子が向かい合って、お互いに真剣な目線を向け合う。

「誰がオリジナルよっ! アンタとアタシは別々の人間でしょーが!」

「むむむ~。でも、二人ともそっくりだよぉ。クローン人間みたいだねぇ」

「俺も霧島の言うとおりだと思うぞ。お前ら、いくらなんでも似すぎだ」

「好きで似てるわけじゃないわよっ! あーもう、二人とも何か言ってよっ!」

七瀬さんは地団駄を踏んで、自分をコピーでもしたかのような金髪の女の子にほとほと手を焼いているようだった。

「仲間に助けを求めるか……哀れな! 戦場(いくさば)とは常に孤独なもの。それを理解したまえ」

七瀬さん似の女の子はリラックスした構えで、七瀬さんをしっかり見据えている。そこはかとなく、余裕を感じさせる立ち居振る舞い。僕は直感的に、この人は闘いに慣れている人だ、と感じた。たくさんの修羅場を己の拳だけで潜り抜けてきたような貫禄が、全身から放たれていた。

「そう言えば、あんた名前は何て言うんだ? 通りがかったら呼び止められて来たから、俺はあんたのことを全然知らないんだが」

「ぼくもだよぉ。ピョンタとモコモコにご飯をあげて帰ろうとしたら、七瀬さんに引っつかまれちゃったんだよぉ。もし良かったら、お名前、教えてくれないかなぁ?」

「ふむ。確かに果し合いの前には互いの名乗り上げをするものだな。礼を失してはならん」

女の子は構えを解いて三人の前に仁王立ちし、こう名乗りを上げた。

 

「『七瀬留美』の反転存在」

「『七瀬留美』の使われていない部分」

「『七瀬留美』のもう一つの人格」

「『七瀬留美』のドッペルゲンガー」

 

「それが、『七夜留美』……私の事だ」

 

なんとなく、どこかで聞いたことのあるような苗字と背景の持ち主だった。僕はとりあえず七夜さんがナイフを持っていないことだけ確認すると、佳乃ちゃんの近くに寄り添って成り行きを見守ることにした。

「だーれがアタシの使われてない部分よ! アンタはただのそっくりさんでしょうが!」

「まだ懲りぬか。私のオリジナルならば、現実を視る『眼』ぐらいは持っているであろう?」

「北川君、微妙に何かが違う気がびんびんするよぉ」

「奇遇だな、俺もだ。夏が舞台なのは同じだけどな」

佳乃ちゃんと北川君は互いにうんうんと頷きあいながら、七瀬さんと七夜さんからやや距離を取って立っていた。

七夜さんは再び構えなおして、七瀬さんにもそれを促している。七瀬さんはほとほと呆れた様子で、大きなため息を一つついた。

「あのねぇ……アンタ、アイデンティティってもんがないわけ?」

「ほう。どういうことだ?」

「つまりさ、アンタが言うのはアンタはアタシの分身か何かなんでしょ?」

「そういうことだ」

「で、アンタはそれを主張してると。四回もアタシの名前を挙げたぐらいだし」

「その通りだ」

腕組みをして大きく頷いてから、七瀬さんはぴしゃりと言い放った。

 

「……それってさ、アタシがいなくなったら、存在価値ゼロってことじゃないの?」

「……………………!」

 

今更になってそれに気付いたのか、七夜さんの表情が固まった。口を半開きにして、目はカッと見開かれている。そして心なしか、体が若干折れ曲がっている。

「ふ、ふふふ……さすがは我がオリジナル。痛い所を的確に突いてくるではないか……!」

「いや、誰でも思いつくことでしょ。これぐらい」

「……なかなかのお手前だ。しかし、この程度で引く私ではない」

七夜さんはさっと体勢を立て直すと、懐から突然、一本の竹刀を取り出した。明らかに懐に収まるようなサイズじゃない。

「何それ?」

「お前のために用意した。お前は剣術使いだろう? ならば、お前の得意な武器を用いて戦ってこそ真価が発揮されるというものだ。違うか?」

「あー、アタシもう引退したから。ちょっと体を悪くしちゃって」

「ほう……あくまで勝負には応じない気か。……ならば!」

そう言うや否や、七夜さんは猛然と走り出し、

「ふぇ?!」

「悪いな」

佳乃ちゃんの首根っこを引っつかむと、自分の下へ引き寄せた。佳乃ちゃんを両腕でがっちりロックして、完全に動きを封じた。

「わわわぁ~! どうしてぼくがぁ?!」

「ちょ……佳乃は関係ないでしょ! それでどうしようって言うのよ!」

「フ……言わねば分からぬか。お前の性格はよく知っているつもりだ。表面上は軽薄を装っていても、その内に秘めた思いは並々ならぬ熱さ……かような状況に置かれて、お前が友人を捨て置くことができるとは思えぬな」

「くっ……割と卑怯な戦法を使うわね!」

「許せ。これもお前との決着のためなのだ」

「……今思ったんだが、それだと、両腕使えなくないか?」

「……………………!」

北川君に冷静に突っ込まれて、七夜さんが自分の置かれた状況を見た。佳乃ちゃんをロックしているおかげで両腕がふさがり、しかも、七瀬さんの目の前には竹刀が落ちている。敵に武器を与えたうえに、自分の武器を封印してしまったのだ。

「仕方ないわねー。一発で片付けてあげるわ」

七瀬さんは肩をぐるりと回して、眼前に落ちていた竹刀を拾い上げた。そしてそれを両手に持つと、三度素振りをしてから、大きく振りかぶる。

「くっ……まさか、こんなことに……!」

狼狽した声を上げる七夜さん。この状況に追い込まれたのは、八割ぐらいは自分のせいだ。表情にも焦りの色がはっきりと現れている。なんとなく、情けない。

「こんの……分からず屋がぁっ!」

その声と共に、竹刀が七夜さんの頭に叩きつけられる……

 

(バシィッ!)

「……?!」

「……ようやく、闘る気になったようだな」

 

……刹那、七夜さんは佳乃ちゃんを手放して、竹刀を右腕でしっかりと受け止めた。七瀬さんは驚いた表情を浮かべ、七夜さんを見やる。

「悪くない腕だ……それでこそ、我がオリジナルにふさわしい」

「さっきまでのつまらないのは、全部演技だったってわけね……」

その表情には、先程までの焦りの色は欠片もない。ただ、七瀬さんの攻撃を完璧に受け止めたことの満足感による、不敵な笑みに満ちていた。

「ずいぶんと手間をかけたが……茶番も、これで終わりだ……!」

「上等よ。アンタはアタシがここできっちりシメてあげる……!」

二人の間に火花が飛び散る。場は一触即発ではなく、もう暴発してしまった後だった。

「来るか!」

「言うまでもないわっ!」

飛び掛る七瀬さんに、七夜さんが腰を落として構える。二人の拳と剣が、今まさに交――

 

「お二方っ、そこでストップですっ」

 

――錯しようとしたとき、いきなりストップがかかった。その場に居た全員が、声の聞こえた方へ顔を向ける。

「ケンカはよくありませんっ。学校の中で怪我をしたら、大変なことになっちゃいます」

「古河さん? どうしてこんなところに?」

そこに立っていたのは、制服姿の古河さんだった。いつもの手を組み合わせたポーズで、僕らを見つめている。

「渚……急にどうしたのよ?」

「えと……途中から、すべて見させてもらいました……それで、このままだと危ないと思って……」

「うんうん。確かに危なかったよぉ」

古河さんの言葉に、佳乃ちゃんが頷いて答える。古河さんは顔を上げて、真剣な眼差しで……

「あと、もう一つあります」

「もう一つ?」

「はい。七夜さんにです」

「……私に? 私に何か用があるのか?」

……一番意外な人物、七夜さんを見つめた。七夜さんは面食らった面持ちで、古河さんの次の一言を待っている。

「えと……少し前から見させてもらったのですが……」

「ふむ。それで、どうしたというのだ?」

「……七夜さん。演劇部に入りませんかっ?」

突然の提案に、七瀬さんと七夜さんがずっこけた。まさかこんな提案をされるとは、夢にも思っていなかったようだ。

「え、演劇部……?!」

「はい。七夜さんの口上や立ち振る舞い、それに堂々とした態度を見ていると、なんだかとても格好よくって、七夜さんと一緒に演劇ができたら……なんて、考えてしまいました……」

「な、渚……それ、本気で言ってるの?」

「はいっ。七夜さんには演劇の素質があると思いますっ」

きっぱりと言い切る古河さんに、七夜さんが呆気に取られたようにつぶやく。

「し、しかし……私にはそういった経験は……」

「私も経験はそんなにありません。けれども、誰だって、最初は初めてだと思います……ですから……」

「……………………」

「七瀬さんと話していたときの七夜さん、とても格好よかったです。女の子には思えないような……迫力がありました」

「……………………」

「これは……本当にすごいって、思っちゃったんです……」

「……古河……お前は、私のことをそんなに気に入ってくれたというのか……?」

「はいっ。これは、私の本気ですっ」

「……………………」

古河さんの言葉に、七夜さんが真剣な表情になって考え込み始める。

「お二人は、どう思われますか?」

その問いは――

 

「俺はいいと思うぞ。確かに、結構決まってた」

「ぼくも賛成だよぉ。ああいう役どころの人は、ちょっといないからねぇ」

 

この二人に、向けられていた。

……そして、七夜さんの出した結論は。

「……返事は少し待ってもらおう。少々、時間を取って考えたいのでな……」

「はいっ。いつでもお待ちしていますっ」

七夜さんはそのままの表情で、ゆっくりとその場を後にした。

 

「……あーっ! ポテトぉ! こんなところでどうしたのぉ?」

最後の最後になって、佳乃ちゃんはようやく、僕の存在に気付いてくれた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。