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S:0015 - "Maiden meets Lady #1"

「到着到着、っと」

四年A組の教室へ入り、ともえが自分の机の上にランドセルを置いた。早速ランドセルを開いて、中から教科書とノートを取り出す――

「あら、中原さん。ご機嫌いかが?」

「高槻さん! おはよっ!」

――ともえがその動作を終えたと同時に、隣から声を掛けられた。ともえに呼びかけたのは、緩いウェーブのかかったパープルヘアーの同級生、高槻――本名・高槻珠理(じゅり)――だった。ともえは明るく挨拶を返して、珠理の目を見つめる。

「ふふふ。中原さんったら、相変わらず元気のよろしい事」

「今日は曇り空だからね~。気をしっかり持って、元気に行かないとねっ」

「良い心がけですわね。あたくしも負けてはいられませんわ」

珠理はこのわずかな会話で見て取れるように、極めて典型的な「高飛車なお嬢様」なタイプのキャラクターの持ち主だった。口元に手を当てて笑う彼女の姿は、これ以上なく「それっぽい」ものであった。

「聞きまして? 貴方達も、中原さんのように快活でなければいけませんわ」

「ふぐぅ……だって今日、一時間目から体育だし~……」

「むー。徒競走は、瑠璃ちゃんの苦手な科目なのです」

「けほっ……琥珀も、今日は体育お休みする……」

このような性質なので、珠理にはごく当たり前のように取り巻きがいた。珠理を取り巻いているのは――

「あっ、ともえちゃ~ん! 昨日は手伝ってくれてありがとぉ~!」

昨日、図書室にて大惨事(自責)を引き起こした「珊瑚」――本名・大塚珊瑚――。

「むー。でも、給食はカレーなので、瑠璃ちゃん、やる気五十パーセントくらい回復なのです!」

赤いロングヘアーがチャームポイントの「瑠璃」――本名・遠山瑠璃――。

「けほっ、けほっ……ううぅ……」

咳き込んでいる虚弱体質らしき少女「琥珀」――本名・長倉琥珀――。以上、三名であった。

「ふぅ、まったく、だらしがありませんわね。そんな体たらくでは、あたくしのような淑女には程遠くてよ」

と、口元に手を当てて上から目線気味に言う珠理に、取り巻き達はというと。

「珠理ちゃんは淑女というかぁ~、蹴女(しゅうじょ)だと思うけどぉ~」

「ちょっと珊瑚さん! それ、聞き捨てならなくてよ!」

「むー。この前も、サッカーボールを蹴っ飛ばして、運動場の外までふっ飛ばしちゃってたのです」

「おだまり瑠璃さん! そんな柔なサッカーボールが悪いのですわ!」

「けほけほ……でも、琥珀がボールを蹴っても、少ししか飛ばなかった……」

「あのねぇ琥珀さん! 貴方の場合、基礎体力が足りなさ過ぎるのですわ!」

これといって珠理に同調するでもなく、思い思いの感想を述べている。対する珠理は突っ込みの連打だ。これでは「リーダー・取り巻き」というより、むしろ「ボケ・ツッコミ」という間柄のほうが正しいように見える。珠理・珊瑚・瑠璃・琥珀の間柄は、いつも概ねこのような形だった。

「けほっ、けほっ……ごほっ……」

「琥珀ちゃん、大丈夫? 今日も具合が悪いみたいだね」

「むー。琥珀ちゃん、瑠璃ちゃんが迎えにいったときから、ずっとこんな調子なのです。瑠璃ちゃんも心配なのです」

咳き込む琥珀を、ともえと瑠璃が心配そうに見つめる。琥珀は年中病気がちで、元気な姿を見せていることのほうが少なかった。今日も、あまり具合がよくないようだ。

「ちょっとちょっと、朝っぱらから騒がしいわね!」

賑やかに会話するともえと珠理たちの間に、千尋が割って入ってきた。なにやら、いきなりの喧嘩腰である。

「あら、新本さん。相変わらず、野蛮な登場ですわね」

「ふんっ! 足癖の悪いあんたに言われたくないわ!」

千尋が喧嘩腰だったのは、珠理がその場にいたからだったようだ。対する珠理は余裕綽々といった調子で、血気盛んな千尋を挑発して見せている。

「はぐぅ~……また始まっちゃったよぉ~……」

「むー。珠理ちゃんも千尋ちゃんも、毎日毎日懲りないのです」

「琥珀、ケンカは……ごほっ、けほっ……よくないと、思う……」

取り巻きたちは珠理のそばに立って、こちらにのしのしと歩いてくる千尋の事をちらちらと見たり見なかったりしている。今日と似たような光景が、これまでにも何度となく繰り返されていることが窺えるコメントだった。

「それより、巴ちゃんから離れなさいよ! あんたに付きまとわれて、困ってるじゃない!」

「あら、中原さんは別に困ってなくてよ。言いがかりはやめてもらいたいものですわね、男女さん」

「なななな……なんですってぇ!」

……「男女」。昨日の「乱暴女」と同じような形で、千尋に火がついたようだった。千尋は大またでどかどか床を鳴らして歩き、ともえと珠理の目の前までやってくる。

「言わせておけば、ムカつくばっかり言うじゃない! 今日という今日は、絶対に許さないわ!」

「まぁ、はしたないこと。下々の者の相手をせねばならない、我が身の不幸を嘆くばかりですわ」

「あ、そうだぁ~。千尋ちゃ~ん、貸し出し中の『乙女になるための六十四の秘訣』、返却日が昨日までだから早く返し……」

『黙らっしゃい!!』

「ぎゃふんっ」

空気を読まずに自分の用件を伝えようとした珊瑚を、珠理と千尋が完全に一致したタイミングでぴしゃりと跳ね除けた。珊瑚はすっかり縮こまって、しょぼんとした表情を見せていた。

「さあ、かかってきなさい! あんたの足、このあたしの拳が砕いてあげるわ!!」

「ふふっ、馬鹿な方ですわね。蹴りの威力は、拳の三倍と言われておりますわ!!」

さんざん否定しておきながら、最後には結局、蹴るようである。

「あたしの拳、受けてみなさい!」

「あたくしの蹴り、とくと味わわせてあげますわ!」

拳を構える千尋と腰を落とす珠理を見ながら、ともえは特に慌てることなく、二人の間に立った。

「ほらほら、高槻さんに千尋ちゃん。ケンカはよくないよ。乙女たるもの、そして淑女たるもの。どっちも、いつでも清楚が一番だよ」

「乙女……?」

「淑女……?」

ともえが「乙女」「淑女」というキーワードを口にすると、千尋と珠理の動きがぴたりと止まった。二人の目を交互に見つめつつ、ともえがさらに続けた。

「そういえば、高槻さん、さっきこんな風にしてたよね」

「こ、この形のことを言ってまして?」

先程珠理が見せた「口元に手を当てる」様子を、ともえがすまし顔で真似てみせる。それにつられるように、珠理が同じ形をして見せた。

「そうそう、それそれ! すっごく可愛いって思って、千尋ちゃんに教えてあげようって思ってたんだよ。ね、千尋ちゃん。千尋ちゃんもやってみてよ。きっと似合うよ」

「う、うん……こう?」

名前を出された千尋が、ともえと珠理を真似て口元に手を当ててみせる。その様子を見たともえが、こくこくと頷いてから言った。

「そんな感じそんな感じ! 千尋ちゃん、それ乙女っぽいよ!」

「うそ?! これ、乙女っぽい?! 乙女っぽい?!」

「うんうん! 築五十五年三階建てのでっかいお屋敷の角部屋にあるちょっと曇り気味のガラス窓の側で、三日三晩止まない雨降りを憂う乙女のような、そんな感じだよ!」

例えが妙に細かい。

「ね、高槻さん! 千尋ちゃんの様子、どうかな?」

「え、えぇ……思いのほか、様になってますわね」

珠理が千尋を見ると、その様子は意外と可憐に映ったようだった。千尋は周囲の人たちからも、「黙っていれば美少女」と言われる程度の容姿の持ち主であったから、自然な結果とも言えた。

「こんな風……あ、こうしたらもっと……」

「そうそう。いい感じいい感じ」

ともえは頷き、さらに高槻へこう促す。

「そうだ! 高槻さんが直接教えてあげたら、千尋ちゃん、もっと乙女っぽくなれると思うよ。いろんな人に淑女のたしなみを教示するのも、淑女のお仕事、だよね?」

「そ、そうですわね! では、新本さん。あたくしをご覧になってくださる?」

「わ、分かったわ。こ……こんな感じ?」

珠理と千尋が、揃って口元に手を当てる。先程までの血気盛んな様子はどこへやら、今は二人して、乙女と淑女になるための特訓にいそしんでいた。

「あら、なかなかお上手でしてね!」

「もちろん! 乙女になるためだもの!」

「なら、わたくしも淑女として振舞わねばなりませんわね!」

そして可笑しなことに、妙に息が合っているのである。すっかり意気投合してしまった二人に、ともえは満足げな表情を浮かべて見せた。

「ともえちゃん、すごぉ~い」

「むー。瑠璃ちゃんには、こんなすごい作戦は思いつかなかったのです」

「うーん、やっぱり、ケンカはよくないからね。乙女と淑女なら、目指すところは一緒だと思ったし」

「こほこほ……ともえちゃん、さすがだよ……うっ、けほっ、げほっ!」

「あ……琥珀ちゃん、大丈夫?」

ケンカをあっさり止めてしまったともえを、珊瑚・瑠璃・琥珀が賞賛する。だがその途中、琥珀が激しく咳き込んだ。ともえが心配そうに、琥珀の肩を抱く。

「琥珀さん? 大丈夫でして? 新本さん、ごめんあそばせ」

「えっ? あっ、うん……」

琥珀の苦しむ様子を見た珠理が、一旦千尋に断りを入れて、琥珀の元へと駆け寄る。

「はぁ、はぁ……ご、ごめんね珠理ちゃん……琥珀、ちょっと苦しくて……」

「顔色が悪いですわ。あたくしが付き添いますから、保健室へ行きましょう」

珠理が琥珀に肩を貸し、体を支えてやる。琥珀は珠理に体を支えてもらって、少し楽になったようだ。呼吸を整えつつ、額に浮かんだ冷や汗をしきりに拭う。

「中原さん、琥珀さんを保健室まで連れて行きますわ。先生が来ましたら、その旨お伝えくださるかしら?」

「分かったよ。ちゃんと伝えておくから、安心してね」

「お手数をおかけしますわ」

ともえに一礼した後、珠理が琥珀の体を支えなおした。

「さあ、琥珀さん。行きますわよ」

「ごほっ、ごほっ……うん……ありがとう、珠理ちゃん……」

「あ、待って待ってぇ~」

「むー。瑠璃ちゃんも、一緒に付いていくのです」

琥珀は珠理に支えられつつ、保健室まで行く事になった。その後を珊瑚と瑠璃が追う。残されたともえは、琥珀を気遣いながら歩く珠理の後姿を、静かに見守っていた。

「具合が悪いのなら、すぐに言ってくださらなきゃ。琥珀さんに、無理はさせられませんわ」

「こほっ……珠理ちゃん……ごめんなさい。琥珀、いつも珠理ちゃんに迷惑掛けてばっかり……」

「相変わらず、分からず屋な方ですわね。迷惑ではないと、常々言っているとおりですわ」

琥珀に励ましの言葉を掛けつつ、珠理たちは階段を下りていった。

(……高槻さんってお嬢様みたいだけど、友達思いの優しい子なんだよね)

ありがちな高飛車な喋り方、一見驕慢に見える態度に隠されがちだが、珠理は心根の優しい、言ってみればお人よしな性格だった。彼女の周りを珊瑚や瑠璃、琥珀が取り巻いているのも、なんだかんだ言って珠理が彼女達に目を掛けてやっているからに他ならない。

「よーし、朝の会を始めるぞー」

珠理たちが出て行くと同時に、担任が教室へ入ってきた。例によって間延びした声で、クラスメート達に呼びかける。隣にいた千尋が自席へ戻るのと同時に、ともえは担任の下へ向かった。

「先生、すみません」

「おお中原、どうした?」

「長倉さんが具合を悪くしちゃって、高槻さんたちが保健室へ付き添って連れて行きました」

「なるほど、長倉がまた体調を崩したか……んー、分かった。教えてくれてありがとうな」

ともえからの報告を聞き、担任は閻魔帳にメモを取った。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。