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S:0015 - "4-A Cutscenes #2"

一時間目の授業は、体育であった。体操服に着替えたともえ達が、準備運動を行っている。

「さ、徒競走徒競走!」

「ともえちゃん、ノリノリだねぇ~」

「もちろん! わたし、走るの大好きだからね!」

「むー。瑠璃ちゃんも、走るのが好きになれればいいのですが、なのです」

走るのが大好きというともえは、いつになく張り切っているようだった。さくさくと準備運動をして、体をほぐしている。珊瑚と瑠璃が、隣で協力して柔軟運動をしていた。背中合わせになって、腕をがっちり組み合わせている。

「よ~し。瑠璃ちゃん、引っ張るよぉ~」

「むー。了解なのですっ」

「いくよぉ~っ、それぇ~っ」

珊瑚が体をうつむけて、瑠璃を背中で持ち上げる……が。

「むきゃー! 体が、体が引きちぎれるのですー!!」

「あれぇ~? まだ全然引っ張って無いよぉ~」

「むぎょええええ! カミサマー! へるぷみー! なのデスー!」

「遠山……お前、いくらなんでも体固すぎだろ」

体を折り曲げる前に、瑠璃が生々しい(?)絶叫を上げて悶絶した。この瑠璃という少女、尋常でなく体が固いようである。隣にいた猛が、悲鳴を上げる瑠璃を呆れ気味に見つめていた。

「ぃよっしゃぁぁっ!! やぁってやるぜぇぇぇ!!」

「おわっ?! ……って、太一っ! お前いつもいつも声大きすぎんだよ!」

かがんでいた体勢から飛び上がるようにして立ち上がり、とんでもない大声を上げた太一――本名・草薙太一――に、猛が思わず飛びのく。太一は腕をぶんぶんと振り回しながら、豪快に準備運動をしている。天に逆らうかのようなつんつん頭がやたらと目を引く、常にハイテンションで元気がとりえの少年である。

「気にすんな!! それより中原っ!! 俺と勝負だ!!」

「わたしと? いいよ!」

「へっ! 今日こそお前を追い抜いて、俺がA組最速の栄光をゲットしてやるぜ!」

太一はあっという間に話をつけてしまうと、担任の下へと歩いていった。

「先生! 今日の徒競走、俺と中原から始めさせてくれ!!」

「草薙と中原? んー、そうだな。じゃあ、今日は男子と女子でペアを組んで走るぞー」

唐突な太一の頼みを受けて、その場でやることを決めてしまう担任。意外と大胆な裁量の持ち主のようだ。周りの生徒達に指示を出し、即席で男女のペアを作る。

「いよっしゃぁぁぁぁっ!! 行くぜ中原ぁ! 俺の俊足振りを目に刻め!!」

「それはいいけど、同じ台詞、二年生のときからもう二十回以上は聞いてるよ」

テンションをガンガン上げる太一とは対照的に、ともえは全身から余裕を漂わせている。軽く伸びをしながら、太一と共にスタートラインへと向かう。

「さあ巴ちゃん! いつも通り、太一をぎゃふんと言わせてあげるのよ!」

「ともえちゃ~ん、がんばってぇ~」

「むきゅううううう! さ、珊瑚ちゃん、珊瑚ちゃん! このまま持ち上げられたら、瑠璃ちゃんは、瑠璃ちゃんは完全に死んでしまうのですー!!」

今にも死にそうな(というか既に半死状態)瑠璃はさておき、ともえと太一がスタートラインに立つ。

「位置について……」

「……………………」

「……………………」

「用意……」

瞬刻の静寂の後――

 

「……スタート!」

「……!!」

「行くぜえええええっ!!」

 

――担任の掛け声と共に、ともえと太一が同時にスタートを切った。

「うおりゃあああっ! 俺は風だぁぁぁっ!!」

「……………………」

ものすごい形相でひた走る太一。涼しげな表情で、太一のすぐ後ろにぴったりと付くともえ。走り方を見ると、太一は歩幅が狭く脚の動かし方が激しいのに対して、太一は歩幅を大きく取って脚の動きを少なくしている。

「はははっ! どうしたどうした! 中原っ! 俺の速さにびびったか!」

「……………………」

二人の走り方を擬音語込みで表すと、太一は「どたどた走り」、ともえは「たったか走り」という言葉がしっくり来る形であった。太一は繰り返しともえを挑発しているが、ともえが太一の挑発に乗る気配は微塵も感じられない。

「行くぜえぇぇぇぇっ!」

「……………………」

走り続けること十数秒、ゴールは目前まで迫っていた。

(行ける……行けるぜ!!)

そのままのスピードで行ける――太一はそう確信し、口元ににやりと笑みを浮かべる。これで勝ちはもらったも同然、四年A組最速の座はいただいた。せっかくだから、中原には「おみそれしました」くらいは言わせてやろう――

 

(ひゅんっ)

 

「……何ぃっ!?」

――などと考えていたのもつかの間、太一の横を、一陣の風が吹きぬけた。否、風ではない。彼の横をさっと抜き去っていたのは、

「な、中原?!」

他でもない、競争相手のともえだった。ともえは凛とした表情で太一の背後から迫ると、彼女の気勢に気圧された太一が一瞬気後れした隙を付いて――

「……ゴールっ!!」

「なぁにぃぃっ?!」

ともえが、ゴールラインを一番に突破した。そのコンマ数秒後、驚愕と絶望の表情に染まった太一が、よろめきながら続けてゴールする。

「よしっ! わたしの勝ちっ!」

「はぁっ、はぁっ……そんな、マジかよぉ……」

ともえは軽快な足取りのまま速度を落とすと、特に息を切らした様子も見せず、ぱたぱたと体操服をはたく。一方の太一は顔面蒼白になりながら、肩で必死に息をしている。ともえに負けてしまった事が、よほどショックだったに違いない。全力疾走していたことによる体力の消費に、敗北の衝撃が上積みされた形である。

「太一くん、わたしはこれで二十四戦二十四勝、零敗だねっ」

「がぁぁぁぁっ! 俺はこれで二十四戦零勝二十四敗だぁぁぁっ!」

屈託の無い笑顔で肩を叩きつつ、さりげなくダメージを与えるような発言をかますともえ。太一は頭を抱えて悶絶しながら、ぐるんぐるんと激しく身を捩じらせるのだった。

「さすがは巴ちゃんね♪ 俊足も、乙女の条件の一つだわ!」

「相変わらずやるな、中原。それに比べて太一のヤツときたら……」

「うおおおぉぉっ! 今度は、今度は負けねぇぇぇぇっ!!」

「ふっふーん。挑戦はいつでも受けるよ!」

賞賛され得意げな顔を見せるともえと、敗北に苦悶する太一。二人の勝負は、こうして幕を閉じたのだった。

 

――何事もなく一日は進み、五時間目の算数の授業にて。

「んー。この問題が分かる子はいるかー?」

担任が黒板に問題を書きつけ、回答できる生徒が挙手するのを待っている状態である。

「……………………」

さて、我らがともえはどのようなことになっているのかというと。

(あうぅ……図形は苦手だよ……)

なかなか難しい問題だったためか、頭を抱えてしまっていた。ともえは大体の問題は少し考える程度で解けてしまうのだが、図形の問題だけはあまり得意ではなかった。今回はもろにその図形の問題だった上に、難易度が高かった。ともえは心の中でうーうー唸りつつ、問題とにらめっこを続けていた。

「んー。この問題は難しいか……」

一向に手の上がる気配が無い様子を見て、担任がため息をつく。それから少し間を空けてから、担任はこんな言葉を口にした。

「んー。仕方ないな。それじゃ、関口。この問題を解いてみてくれ」

このままでは埒が明かないと見た担任が、クラス委員長である関口に問題を振った。問題を振られた関口は、開いていた教科書を音を立てずに閉じ、椅子を引いて立ち上がる。

「……はい」

やや低めの声で応えると、関口はノートを手に持ち、すたすたと黒板の前まで歩いていった。黒板の前に立つと、チョーク入れから半分くらいまで擦り切れた白いチョークを取り出し、カツカツと回答を書き付けてゆく。

「……………………」

特に止まる事も詰まる事も無いまま、関口は回答を書き終えた。チョークを手にしたまま、黒板をじっと見つめる。

「おー、終わったか。んー、どれどれ……」

関口が黒板に書いた回答を、担任が検証し始めた。関口は表情一つ変えず、担任による検証が終わるのを待っていた。しんと静まり返った教室の中で、担任だけがしきりに教科書と黒板を見比べている。

(関口さん、あんな状況で冷静でいられるなんて……)

ともえは関口と担任の様子を見ながら、関口が少しも緊張していたり、或いはそわそわした様子を見せていないことに、心中で感嘆するばかりだった。自分が関口の立場にいたら、担任が中々正解なのか間違いなのかを言ってくれない事にやきもきして、落ち着いてなどいられないだろう――ともえは、そう考えた。

「……………………」

「……………………」

検証が終わったのだろう――頷いているところからすると、恐らく良い方向で――。担任が顔を上げて、関口に声を掛けた。

「んー、さすがは関口だな。完璧だぞ」

「……………………」

関口の答えは正解だったようだ。関口は担任に深々と一礼し、自席へと戻った。担任は満足そうな表情を見せ、指揮棒で黒板をぺちんと軽く叩く。

「これがさっきの問題の答えだー。分からなかった子は、きちんとノートへ取っておくように」

『はーい』

間延びした生徒達の返事の後に、鉛筆がノートの上を走る音が、一斉に聞こえ始めた。ほとんどの生徒が、この問題に頭を悩ませていたようだ。関口が黒板に記した答えを、そのままの形でノートへと複写していく。

「なるほど、こうすれば良かったんだ……ちゃんと復習しなきゃ」

ともえもまた、複写組の一人であった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。