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第五十四話「Jail House Lock」

「ここかなぁ?」

「はい。この洞窟になります」

「……………………」

僕らは今、町外れにある小高い丘――通称・ものみの丘――にやってきている。もっとも、僕らの目的はものみの丘そのものにはなくて、丘の近くにある小さな洞窟にあった。佳乃ちゃん・往人さん・天野さんの三人が代わる代わる中を覗き込んで、洞窟の中にあるものを目に焼き付けている。

「……………………」

僕は暗い洞窟の中を目を凝らして見回しながら、ここに来るまでのちょっとしたやり取りを思い返していた――

 

――天野さんの言葉に真っ先に反応したのは、佳乃ちゃんだった。

「知ってるよぉ。お札とかが剥がされちゃってたんだよねぇ」

「その通りです。近くに住む方が少し前に気付かれたようで、私もその方から話を聞きました」

天野さんが言っていたのは、以前聖さんと佳乃ちゃんが話していた「ものみの丘の近くの洞窟が荒らされていた」というのと同じことだった。少し前のことで忘れかけていたけれど、確かにそんな事を話していたように思う。

「私も一度見に行ってみたのですが、ひどい有様でした」

「ふむ。詳しくは聞いていないのだが、どんな状態だった?」

「はい。中に貼られていた札が何枚も剥がされて、中に人が入るのを防ぐためにつながれた鎖も断ち切られていました」

「ひどいことをする人がいるんだねぇ。信じられないよぉ」

佳乃ちゃんは怒ったような表情を浮かべて、ソファにぽふっと腰掛けなおした。天野さんが大きなため息を一つ吐き出してから、再び口を開いた。

「誰がこんなことをしでかしたのかは分かりかねますが、いずれにせよ、許しがたいことです」

「そうだよねぇ。あそこは八尾比丘尼様がお祭りされてる大事な大事な場所だもんねぇ」

「『八尾比丘尼』……?」

その時、僕の隣から大きく乗り出してくる人影が見えた。往人さんだ。

「往人君、どうしたのかなぁ?」

「どうかしましたか?」

「何かあったのか?」

今まで黙りこくっていた往人さんが突然話の輪の中に入ってきたことで、みんなが一斉にそっちの方向を向いた。往人さんは身を大きく乗り出したまま、佳乃ちゃんに目線を合わせる。

「その洞窟には、『八尾比丘尼』っていう人が祭られてるのか?」

「そうだよぉ。歴史の時間にねぇ、先生が一時間丸々使って力説したんだよぉ。あの洞窟にはねぇ、神様がお祭りされてるって」

「私も聞いたことがありますが……国崎さんはご存じなかったのですか?」

「ああ。今聞いたばかりだ」

「……どういうことだ? それなら何故、そんな知っているような素振りをしたんだ?」

「その場所に祭られてたことは知らなかったが……その、『八尾比丘尼』という言葉には聞き覚えがあったんだ」

聖さんは腕を組んで、往人さんを眺め回すように見やる。往人さんの言葉に、少なからず引っかかるものを感じているみたいだ。

「引っかかるな。あの洞窟はこの街でも知らない人間がいるくらいだ。それを、余所者の君がどうして知っている?」

「……………………」

「……………………」

沈黙を守る往人さんに、聖さんはそれ以上詰め寄ろうとはせず、一度背をソファに寄りかからせて距離を取った。それを合図にして往人さんも元の位置に戻り、一旦この場は落ち着くこととなった。

「ねぇ往人君、気になるんだったら、一度行って見てみようよぉ」

「その洞窟にか?」

「もちろんだよぉ。百聞は一見さんにしかずっていうしねぇ」

「微妙に違います。霧島先輩」

佳乃ちゃんの極めて分かりづらい間違いに、極めて的確なツッコミを入れる天野さん。きっと、学校でも同じようなやり取りが結構な頻度で繰り返されているんだろう。

「……分かった。行ってみよう」

「それなら、私もご一緒します。行きなれた場所ですし、案内役がいたほうが何かと円滑に進めるでしょう」

「うんうん。それじゃあ天野さん、よろしくねぇ」

「はい」

………………

 

「この辺り……見てください。明らかに誰かが入り込んだ形跡があります」

「ぐぬぬ~。ホントだねぇ。足跡ぺたぺたさんだよぉ」

……そういうわけで、僕たちは今、ものみの丘の近くにある洞窟までやってきたというわけだ。

ものみの丘は街から大分外れた場所にあって、その名の通り街を一望できるくらいの高さがある。ここから見下ろす街は絶景というほか無く、佳乃ちゃんも時折ここまで足を伸ばすことがある。ただ、あんまり街から離れているものだから、そうそうちょくちょく来ることはできない。休みの日とか、学校が早く終わった時とか、そんな時にたまに訪れるくらいだ。

「……………………」

僕らのいる洞窟は、人が三人入れるか入れないかというごく狭くて小さなもので、中には所狭しとお札が貼り付けられている。中はひんやりとしていて、日の光も満足に届かない。洞窟の中からは、恐らく空を見ることも難しいだろう。

僕はその光景を目にして、ここは誰かをお祭りするというよりも、むしろ……

「でも、ぼく思うんだけどねぇ」

「……?」

「ここって、なんだか誰かをお祭りするというよりもねぇ」

 

「誰かを閉じ込めておく場所、って感じがするんだよぉ」

 

そう。僕も、佳乃ちゃんとまったく同じ気持ちだった。

ここには何か大切な人やものをお祭りしておくような恭しさや信仰心といったものが、ほとんど感じられない。その代わりに感じられるのは、何かをがんじがらめで縛り付けておくような、或いは何かを力づくで押さえつけておくような、そんなマイナスの感情だ。日の光さえも満足に届かないことや、ひどく目に付きづらい場所にあることも、僕に余計にそう思わせる材料となった。

「……やはり、そう思われますか?」

天野さんの言葉は、天野さんも同じ気持ちの中にあるということを如実に示していた。佳乃ちゃんは静かに頷いて、肯定の意を返した。

「思うよぉ。じめじめーっとしてるし、どろどろーってしてるし、ごきごきーってしてるしねぇ」

「最後の一つは極めて嫌だと思うのですが、どうでしょうか」

シリアスになりかけた空気を一転して気の抜けたものにしてしまう能力に関しては、佳乃ちゃんの右に出る人はそうそういないような気がした。

「……あっ。天野さんが言ってた鎖って、ひょっとしてこれかなぁ?」

佳乃ちゃんが洞窟の入り口近くに垂れ下がっていた鎖を指さして、天野さんに聞いた。天野さんが身を乗り出して、佳乃ちゃんが指し示した鎖に目をやる。

「間違いありません。この鎖のことです」

二人が言っている「鎖」は、真ん中の辺りでまるで捻ったように切断されていて、洞窟の左右から垂れ下がっていた。切断面はひどく折れ曲がっていて、壊したというよりも捻じ切ったと言った方が正しいように思えた。バーナーで真っ赤にあぶった後、レンチか何かで掴んで折り曲げたような、そんな切断面だった。

「うぬぬ~。これもおかしなことになっちゃってるねぇ」

「ええ。無理矢理壊したにしては、些か奇妙な形になっていると思いませんか?」

僕は二人の話を聞きながら、ふと、隣へと目をやった。

「……………………」

二人の様子を尻目に洞窟の中を舐めるように見回す往人さんの姿を眺めながら、僕はまた、ここに来る少し前のことを思い返していた――

 

――ものみの丘へ出かけることになった、その少し後のこと。

「それじゃあ、行ってきまぁす!」

「それでは聖先生、お邪魔しました」

「ああ。くれぐれも気をつけてな」

佳乃ちゃんと天野さんが先立って外へ出て、聖さんがそれを見送る。

「俺も行くか……」

やや遅れてから、往人さんも続けて外へ出ようとする。僕はそれに合わせて、その傍らに付き添うように歩く。

往人さんが診療所のドアに手をかけた、ちょうどその時だった。

「待ってくれ」

聖さんが往人さんを呼び止めた。僕と往人さんは揃って振り向いて、聖さんの顔を見つめた。

「どうしたんだ?」

「国崎君。今から洞窟へ行ってここへ帰ってくるまで、佳乃の側から離れないで欲しい」

「……佳乃の側から?」

「ああ。できることなら、すぐ近くにいてやって欲しいんだ」

今まで見たことも無いくらい真剣な目つきと表情で、聖さんが往人さんに言付けた。往人さんとしては、聖さんが何の狙いをもってそんなことを言い出したのか理解できないから、当然、聞き返すことになる。

「どういうことだ?」

「決まっているだろう。私の代わりに、佳乃を襲う魔の手から守って欲しいと言っているんだ」

「……いや、あいつ男だろ? 自分の身くらい自分で……」

この言葉に、聖さんはふっと笑って、こう切り返した。

「ふっ。君はまだ、佳乃についてあまりに知らなさすぎる。あの子がこれまで何度女の子に間違えられたことがあるか、君に分かるというか?」

「……………………」

自信ありげに言ってから一呼吸置いて、聖さんが続けた。

「……本人曰く、両手両足どころの数では済まないらしい」

「……マジか」

「そんな話を聞いてしまうと、どうにも真剣に不安になるんだ」

「確かにな」

「……という訳で、いざとなったら君が身代わりになってくれ」

「あんた無茶苦茶だな!」

「気にするな。君の均整の取れた肉体なら、大抵の男は怯む」

「褒め言葉と見せかけて思いっきり貶してるだろそれ!」

最後の最後で聖さんらしさが爆発したなあと、僕は思った。

 

「……………………」

それでも言われたことはきちんと守るタイプなのか、往人さんは佳乃ちゃんと一定の距離を取って、見守るように立っている。

と、当の佳乃ちゃんがくるりと振り向いて、

「ねぇ往人君、何か分かったかなぁ?」

「何かって……何がだ?」

「やだよぉ、とぼけちゃってぇ。ここに来ようって言い出したの、往人君だよぉ」

やっぱり女の子のような仕草と物言いで、往人さんの肩をぱしぱしと叩く佳乃ちゃん。往人さんはため息一つ吐いて物憂げな表情を浮かべて見せてから、辺りをぐるりと見回して、こう呟いた。

「……何となく、居心地の悪い場所だ、と思ったな」

「それだけぇ?」

「それくらいだ。今日初めて来た場所だし、そうそう何か分かるものでもないだろ」

「うぬぬ~。ここに来れば往人君の秘密が分かると思ったのにぃ~」

「俺に秘密なんか無いぞ」

「うそだぁ。絶対何か隠してるよぉ」

「じゃあ、どんな秘密だ?」

「えっ?」

往人さんから逆に聞き返されて、佳乃ちゃんが言葉を詰まらせた。こんな形で質問されるとは思ってもみなかったのか、佳乃ちゃんはしばらく言葉を返せずにいた。

「えーっとぉ……」

「……………………」

「そのぉ……」

「……………………」

「……あーっ! そうそうっ! 今日の晩ご飯は、かぼちゃの煮つけとなすの炒め物っ!」

「全然ごまかせてないぞ」

「うぬぬ~。食べ物で釣る作戦は失敗に終わったよぉ」

作戦だったんだ……

「こんなところですね。もう少し見て行きますか?」

「うん。もうちょっと見ていくよぉ」

佳乃ちゃんがそう言って目線を洞窟へと向けなおした、ちょうどその時だった。

 

「あっ! 観鈴ちゃん観鈴ちゃんっ! 先客がいるよっ!」

「わ、ホントだ。観鈴ちん、ちょっとびっくり」

後ろから、声が二つ聞こえてきた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。