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第五十五話「Do you LOVE me?」

「あーっ! 川口さぁん!」

後ろから届いた声に気付いたのか、佳乃ちゃんが振り向いて大きく手を振った。天野さんと往人さんも同じように後ろを振り返って、誰がやってきたのかを確かめているみたいだった。

「こんにちはー……って、霧島君?!」

「あれれぇ? 川口さん、ぼくの顔に何かついちゃってたりするぅ?」

佳乃ちゃんの顔を見るなり驚いて一.五歩後ろに下がったのは、どうやら川口さんという人らしい。名前で呼び合ってるところを見ると、多分、クラスメートかお友達かな。ちょっぴり背が高めの、元気そうな印象を与える女の子だ。

「霧島君も来てたんだ……びっくりしちゃったよ、私」

「びっくりさせちゃうのはぼくの得意技だからねぇ」

「でも……うんうん、これは面白くなってきた!」

川口さんは佳乃ちゃんの顔から一旦目を離すと、

「ちょっとちょっと観鈴ちゃんっ! そんなところで歩いてないで早く早くっ!」

「が、がお……観鈴ちん、走ってる……」

後ろにいた観鈴ちゃんを、急きたてるように呼んだ。観鈴ちゃん(制服姿だ)はちょっと息切れ気味に丘を駆け上がると、手に膝をついて二、三回深呼吸をしてから、ゆっくりと目を開けた。

……すると。

「観鈴ちゃんだねぇ。こんにちはぁ」

「わっ?!」

目の前にいた佳乃ちゃんと、ばっちり目が合っちゃった。観鈴ちゃんは川口さん以上に驚いた素振りを見せて、軽く二歩くらいは後ずさってから、ややぎこちない笑顔を作って、ゆっくりと口を開いた。

「こ、こんにちは……」

「こんにちはぁ」

観鈴ちゃんの「こんにちは」に、佳乃ちゃんも「こんにちは」で返す。観鈴ちゃんの表情は、まだちょっと固い。

「えっと……こんにちは」

「うんうん。こんにちはぁ」

佳乃ちゃんの「こんにちは」に観鈴ちゃんが「こんにちは」で返して、その「こんにちは」に佳乃ちゃんの「こんにちは」が被さる。二人の挨拶はまだまだ続く。

「にはは……こんにちはっ」

「こんにちはぁ!」

佳乃ちゃんの「こんにちは」は元気いっぱいだ。それに触発されたのか、自然と観鈴ちゃんの表情がほぐれてきた。顔に少し笑顔が浮かんで、なんだかちょっとうれしそうだ。

「霧島くん、こんにちは」

「観鈴ちゃん、こんにちはぁ」

ついに二人が名前で呼び合った。ここまで来たのかと思うと、僕もなんだか感慨深いなあ。ずっと二人を見守ってきた甲斐があったなあ。これからはどんなつらいことがあっても、二人で一緒に乗り越えて行けるね。おめでとう佳乃ちゃん、おめでとう観鈴ちゃん。僕は二人の門出を祝う言葉を言うことはできないけれど、せめて、この気持ちが伝わってくれるとうれしい。

「えっと、こんにち」

「だぁーーーーっ! いつまでやるつもりなのよーーーーっ!!!」

「お前らぁーーーーっ! いい加減にしろぉーーーーっ!!!」

「が、がおっ」

「あーっ! ぼくまだお返事してないのにぃ……」

永遠に続くかと思われた二人の「こんにちは」合戦は、ついにプッツンしてしまった川口さんと往人さんによるダブル突っ込みにより唐突に幕を閉じた。観鈴ちゃんは思いっきりひるんで体を縮こまらせちゃうし、佳乃ちゃんは観鈴ちゃんの「こんにちは」に返事ができなかった事を悔やんでたりするし……なんだかもう、ぐだぐだだなぁ。

僕はそう思って、ただ一人黙っていたあの人に目を向けてみることにした。

「……………………」

遠い目をして他の人の意味不明なやり取りを見つめていた天野さんは、多分この中では一番年下なんだと思うけど、落ち着きっぷりでは一番年上っぽい気がした。

 

「へぇー。観鈴ちゃんたちはフィールドワークに来たんだぁ」

「うん。夏休みの課題」

落ち着きを取り戻してから話を聞いてみると、観鈴ちゃんと川口さんは夏休みの課題のためにここへやってきたというわけらしい。二人ともノートを手に持って、すでにいくつかの項目を書き付け終わっている。

「歴史のテストで山勘が外れちゃったからね。私も、観鈴ちゃんも」

「が、がお……」

「まさか平安時代からあんなにたくさん出るとは思ってなかったのよねー」

「川口先輩、それに神尾先輩。ここはやはり勘などには頼らず、満遍なく勉強なさった方がよいと思いますよ」

「うー。美汐ちゃんに言われるとすごい説得力あるよ……」

で、二人とも夏休み前の歴史のテスト(多分、日本史だろう)で山を盛大に外して、その埋め合わせのためにこうしてフィールドワークの課題をさせられているみたいだ。観鈴ちゃんはともかく、川口さんって結構勉強とかできそうに見えるんだけど、勘に頼っちゃうタイプなのかなぁ。

「ところで……霧島君。霧島君の側に立ってるその人、知り合い?」

ふと、川口さんが佳乃ちゃんの横に立つ往人さんの存在に気付いて、佳乃ちゃんに尋ねた。佳乃ちゃんはこくりと頷いてから、川口さんにこう説明した。

「そうだよぉ。国崎往人さんっていうんだぁ。診療所で住み込みで働いてくれることになったんだよぉ」

「へぇー……あ、私川口茂美っていうの。霧島君とはクラスメートなんだ。よろしくね」

「ああ。こちらこそ」

川口さんはあっさり挨拶を済ませてしまうと、ちらりと横目で観鈴ちゃんを見た。

「ほら、観鈴ちゃんも挨拶挨拶」

「えっ? あっ……」

肩をぽんと叩かれて、観鈴ちゃんが一歩前に出た。そのまま、往人さんと向き合う形になる。

「え、えっと……あれ?」

「どうした?」

「もしかして……ちょっと前堤防で寝てた人?」

「よく憶えてたな。隣にいるのはあの時の友達か?」

「ううん。また違う友達」

……ああ、そう言えば、観鈴ちゃんと往人さんは二日くらい前に、堤防で顔をあわせていたんだっけ。その時一緒にいたのは、長森さんだったかな。

「えっと……人形遣いさん、だったよね?」

「ああ。あっちこっちを旅して、お金を稼ぎながら全国縦断、ってやつだ」

「にはは。なんだかすごいね」

観鈴ちゃんが笑って、往人さんの方を見た。

「えっと……往人さん、だよね。どこから来たのかな?」

「遠いところだ。そこの名前は忘れた」

「そっか。やっぱり、ずっと旅をしてたら、場所の名前とかは憶えてないよね」

「ああ。お前だってずっと勉強してたら、古いことはどんどん忘れていくだろ」

「うん。観鈴ちん、ちょっと忘れっぽいから」

こうして二人を見ていると、なんだか結構お似合いに見えてくるから不思議だ。観鈴ちゃんと往人さん。もし往人さんが本当に男の人だったら、この二人はきっと一緒になっていたような気がする。特に根拠があるわけじゃないけど……なんだか、僕はそんな気がして仕方がない。

「お前、友達は多いのか?」

「えっと……うん。この前一緒にいたのは、長森さんっていうの。吹奏楽部に入ってるの」

「ということは、音楽が得意なのか?」

「うん。チェロとかバイオリンとか、あとこっそりカスタネットも得意」

「……カスタネットか……」

気がつくと、しゃべっているのは二人だけだ。他の人は会話に参加しようともしない。

「……………………」

「……………………」

「……………………」

……いや、何となく入りにくいのだ。二人だけの会話が妙な空気を作っていて、割り込もうにも割り込めないのだ。佳乃ちゃんや天野さんは、二人の様子をただ黙って見ている。川口さんが一人だけ、何かごそごそとやっている。

「往人さんは、どうして旅をしているの?」

「そうだな。ちょっとした探しものをしているだ」

「探しもの?」

「ああ。探しものだ」

「……………………」

そう言えば、往人さんは旅芸人なんだっけ。旅をするのには何か訳があるとは思っていたけれど、探しものをしているっていうのは初めて聞いた。一体何を探しているんだろう? 宝物か何かを探しているんだろうか? ずっとこの街で過ごしてきた僕には、ちょっと想像がつかないや。

「……ところでだ」

「どうしたの?」

往人さんが被っていた帽子を直して、観鈴ちゃんに顔を向けた。

「お前、何か悩み事でもあるのか?」

「えっ?!」

「さっきから手が上へ行ったり下へ行ったり、目も何処と無く泳いでる」

「……………………」

「そういうやつってのは、大抵何か悩み事を抱えてるもんだ」

「……………………」

「どうだ?」

腕組みをして、野球帽から僅かに視線を覗かせて観鈴ちゃんを見つめる往人さん。その様子はやっぱり誰がどこでいつ見たとしても、男の人の仕草そのものだった。

「えっと……」

観鈴ちゃんが返事をしようとした、ちょうどその時だった。

「そうそう! そう言えば天野さん、明後日のことで、ちょっと話したいことがあるの! こっちに来てくれない?」

「明後日のことで……ですか? はい。分かりました」

川口さんが何故か通常の一.五倍くらいの音量で、すぐ近くにいた天野さんに声をかけた。天野さんは特に不審がる様子も無く、洞窟から離れた小脇にある木の陰に入っていく川口さんに付いていく。

「明後日のことぉ? それならぼくも……」

そう言って、佳乃ちゃんもその後ろへ付いていこうとした時、川口さんがぐるり! と振り返って、

「霧島君は来ちゃダメっ!」

「……?」

大きく声を荒らげて、佳乃ちゃんが来るのを阻止した。突然大きな声を出された佳乃ちゃんは当然立ち止まって、疑問符を顔中に浮かべて立っている。

「……あ、えーと……うん、ごめん。ちょっとプライベートに関わることだから、うん。ま、そーいうことで……」

「そうなんだぁ。ごめんねぇ。じゃあぼく、向こうで待ってるよぉ」

「うんうん。向こうでさ、観鈴ちゃんと一緒に待っててね。ほら天野さん、こっちこっち」

「いえ……その、どうして私の手が引っ張られているんでしょうか……」

まるで天野さんを強制連行するようにして、ずんずん進んでいこうとする川口さん。

……と、進んでいこうとする前にぴたっと立ち止まって、再び後ろを向く。

「あー、えっと……国崎さんだっけ?」

「そうだが……どうした?」

「えっと……確か人形劇をして全国縦断してるって聞いたんだけど、本当?」

「ああ。ここに立ち寄ったのも、そのためだ」

「うんうん。それじゃあさ、国崎さんの話とか聞いてみたいから、ちょっとこっちまで来てくれないかな?」

「別に構わんが」

「あ、わたしも往人さんの話、聞きたいな」

今度は観鈴ちゃんが、往人さんの後について一緒に行こうとする。すると……

「だぁーーーーっ! 観鈴ちゃんが来ちゃ意味無いでしょうがーーっ!」

「が、がおっ」

物凄い形相で声を上げて、観鈴ちゃんが来るのを阻止する川口さん。観鈴ちゃんはちょっと涙目になりながらも、その場にぴたっと立ち止まる。

「……何を言っているんだ? お前は……」

「……あ、えーと……うん。ほらほら、かっこいい顔が焼けちゃわないうちに、さ、早く早く」

「いや、引っ張られなくてもちゃんと付いていくぞ」

「あの……私への話というのは……」

往人さんを右手で天野さんを左手でぐいぐい引っ張って、川口さんがあっという間にその場から姿を消してしまった。

「行っちゃったねぇ」

「うん。行っちゃったね」

後に残されたのは、佳乃ちゃんと観鈴ちゃんだけ。僕は佳乃ちゃんの側に寄り添って、二人の様子を眺めることにした。

「川口さん、すっごく元気だよねぇ。ぼくもあれくらい元気になりたいよぉ」

「にはは。大丈夫。霧島くん、今でもすっごく元気」

「そうかなぁ? そう言ってもらえると、なんだかぼくうれしいよぉ」

二人は洞窟を背にして、穏やかな調子で話し始めた。

「観鈴ちゃん、お友達がたくさんできたみたいだねぇ」

「うん……長森さんに、川口さんに、水瀬さんに、古河さんに……友達がいるのって、こんなにも楽しいことなんだって思った」

「うんうん。観鈴ちゃん、毎日楽しそうだもんねぇ」

「……にはは。ありがとう、霧島くん」

「やっぱり観鈴ちゃんは、笑ってるほうが似合うよぉ」

にっこり笑う佳乃ちゃんと、はにかんだ笑顔を見せている観鈴ちゃん。僕にはどちらも、とてもいい笑顔に見えた。

「えっと……」

「どうしたのぉ?」

と、不意に観鈴ちゃんが口ごもって、何か言いたげな表情を見せた。

「……………………」

「……………………」

観鈴ちゃんはしばらく黙ったまま、佳乃ちゃんのことをちらちらと横目で窺っていたけれど、

「……えっと」

再び顔を上げて、佳乃ちゃんとしっかり視線を合わせた。佳乃ちゃんもそれに応じるように、観鈴ちゃんとしっかり視線を合わせる。心なしか、観鈴ちゃんの顔に赤みが差しているような気がした。

「霧島くんは……」

 

「……霧島くんは、どんな人が好きなのかな?」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。