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第六十六話「That's an Accidental Resemblance...?」

「あれは……」

「観鈴ちゃんだねぇ」

僕が声を聞きつけてしばらくもしない内に、佳乃ちゃんも遠野さんも観鈴ちゃんの存在に気が付いたみたいだ。前から小走りに駆けてくる観鈴ちゃんの姿が、おぼろげだけれども見えてきた。

「かーっ! かーっ!」

「わ、わ、そらっ。待って待ってっ」

観鈴ちゃんの前を行くのは、地面をよたよたと走るカラスのそらだった。そらはまるで観鈴ちゃんを導くかのように、佳乃ちゃんと遠野さんのほうに向かって走っていく。佳乃ちゃんは地面をとてとてと走る小さな鳥の姿に気づいて、目線を少し下へとずらし、その身をぐっと屈めた。

「こっちだよぉ」

「かー!」

「おいでおいでぇ」

佳乃ちゃんが手招きをすると、そらは吸い寄せられるように佳乃ちゃんの手元へと近づいていく。そうしてそのままするりと佳乃ちゃんの腕の中に納まって、ゆっくりと抱き上げられた。

「かー」

「ぼくのこと、覚えてるかなぁ?」

「かー、かー」

「うんうん。覚えててくれたみたいだねぇ。よかったよぉ」

佳乃ちゃんはにっこり笑って、胸の中に抱いたそらの体をしきりに撫でてあげていた。そらはさっきまでの落ち着きの無さが嘘のように、佳乃ちゃんの腕におとなしくその身を預けている。やっぱり、佳乃ちゃんは動物の扱いに慣れてるんだろう。僕もいろんな人に抱いてもらったけど、やっぱり佳乃ちゃんに抱かれてるときが一番気持ちが落ち着く。

それから少しして、そらを追いかけて走ってきた観鈴ちゃんが追いついてきた。肩で息をしながら、額にうっすら汗をにじませている。

「はぁ、はぁっ……ご、ごめんなさい。ありがとうございます」

「観鈴ちゃん、おはようございますだよぉ」

「……わっ?! き、霧島くん?!」

「……おはこんばんちは……」

「と、遠野さんまで……観鈴ちん、だぶるびっくり」

そらのことで頭がいっぱいだったのか、観鈴ちゃんは自分の前にいた佳乃ちゃんと遠野さんのことにはまったく気がついていなかったみたいだった。いきなり二人も知り合いに出会って、観鈴ちゃんは言葉だけじゃなくて、本当に驚いたような表情を浮かべている。

「遠野さんと一緒にお散歩をしてたら、そらが走って来たんだよぉ」

「そうなんだ……霧島くん、ありがとう」

「神尾さんも……お散歩ですか?」

「うん。そらと一緒にお散歩してたの」

観鈴ちゃんは遠野さんと二言三言言葉を交わしてから、佳乃ちゃんからそらを受け取った。そらは観鈴ちゃんの手の中に入ると、「かー」と一声鳴いて、観鈴ちゃんの右肩の上へと止まった。

それからややあって、観鈴ちゃんがおもむろに口を開いた。

「えっと……わたしも一緒に行ってもいいかな?」

「ぼくはいいよぉ。遠野さんはぁ?」

「……はい。一緒に行きましょう」

「にははっ。ありがとう」

そう言うと、観鈴ちゃんは佳乃ちゃんの隣について、一緒に歩き始めた。佳乃ちゃんは観鈴ちゃんと遠野さんに挟まれる形で、真ん中を歩いていく。

「……ぴこぴこ」

僕は佳乃ちゃんの右も左も押さえられてしまったから、とりあえず佳乃ちゃんの後ろについて歩いていくことにした。

 

「……それは、大変な話ですね……」

「うん。お母さん、昨日も疲れたーって言ってて、大変そうだったよ」

「うぬぬ~。人手不足が深刻なんだねぇ」

散歩をしている間、佳乃ちゃんたちはいろいろな話をしていた。僕にはちょっとよく分からない話(『黒歴史』とか『死亡フラグ』とか聞こえたけど……どういう意味だろう?)もあったけれども、今話していることは分かる。観鈴ちゃんのお母さん・晴子さんのことだ。

「でも、やっぱりおかしいよぉ。一度に三人も辞めちゃうなんて」

これは昨日、天野さんから聞いた話だ。天野さんの友達の……そう。真琴ちゃんが勤めている保育所で、三人の職員が一斉に仕事を辞めたっていう話。昨日はいろいろあって忘れかけてたけど、確かそんなこともあったはずだ。

「うん……でもね、それだけじゃないんだよ」

「……どういうことですか……?」

「えっと……」

観鈴ちゃんが俯き加減で、ややくぐもった声でつぶやく。

「昨日、お母さんから聞いたんだけど……」

「……………………」

「……また一人、休職しちゃったんだって……」

観鈴ちゃんの言葉を耳にした佳乃ちゃんと遠野さんが、そろって驚いたような表情を浮かべる。僕は何故だか背中に冷たいものが走るような気がして、そわそわした気分になった。

「えぇ~っ? それ、どういうことぉ?」

「今までの人と同じ。急にひどい熱が出て、それがなかなか引かなくて、迷惑をかけちゃいけないから、って……」

「……かゆ……うま……」

遠野さんが隣で意味の分からないことをつぶやいていたけれど、それはいつものことなので、僕は気にせず話を聞いておくことにした。

「それじゃあ、四人も辞めちゃったことになるのぉ?」

「そうみたい。お母さんも真琴ちゃんも、大忙しだって言ってたよ」

「ぐぬぬ~。困ったねぇ。誰かお助けできる人がいるといいんだけどねぇ」

確かに一度に四人も人が抜けちゃったら、大変とかそんなレベルじゃとても済まされないだろう。

「……けれども、その病気というのは、いったい何なのでしょうか……」

「う~ん……お母さんにも聞いてみたけど、よく分かんないみたいだった」

「熱が出て、それがなかなか収まらないんだよねぇ」

「うん。霧島くん、何か知ってることとかないかな?」

「そうだねぇ。お姉ちゃんにも聞いてみるよぉ」

佳乃ちゃんはそう言うと、観鈴ちゃんのほうを見やった。不意に目線を合わせられた観鈴ちゃんの頬が、ほのかに紅く染まったように見えた。

「……………………」

「どうしたのぉ?」

「う、ううん。何でもないよっ。にははっ」

観鈴ちゃんは笑ってごまかすと、佳乃ちゃんからわざと目線を大きく外した。ずっと見つめられているのは、恥ずかしかったみたいだ。

「そ、そう言えば遠野さん、小さな猪を拾ったんだよね」

「はい。この度目出度く『幻十郎』という名前が付きました……」

「げ、幻十郎……」

「はい。幻十郎です」

恥ずかしくなって慌てて話題を切り替えた観鈴ちゃんだったけど、切り替えた話題がちょっと悪かった。観鈴ちゃんがあのミニ猪の姿を見たかどうかは分からないけど、少なくともそんな動物に「幻十郎」と名づけるセンスは普通じゃない。

「これでみんな動物さんを飼ってることになるねぇ」

「あ、そう言えばそうだね。今言われて気づいたよ」

「……どうぶつの森……ぽ」

遠野さんのネタ出し具合は、今日も絶好調みたいだ。

「……………………」

僕らがそうやっておしゃべりをしながら歩いているときにも、海からの潮風は止むことなく吹いている。時折やってくる一回り大きな潮風が、僕の小さな体を一撫でしてどこかへと去っていく。そんなことの、繰り返しだ。

「……………………」

あの風は、どこを目指しているのだろう。

あの風は、どこへ向かって吹いているのだろう。

あの風の向かう先に、何があるのだろう。

「……………………」

僕の脳裏に不意に、モノクロームの色彩を持った、何も無い、永遠に続く世界の風景が、ぼんやりとした形で浮かび上がった。

「……………………」

……終わってしまった世界にも、風は吹くのだろうか。

何の理由もなく、僕はそんなことに思いをはせた。

 

「へぇー。そんなことがあったんだぁ」

「うん。あんまりそっくりだったから、びっくりしちゃった」

「……そっくりさん……」

それからは、またとりとめも無い話が始まった。僕は相変わらず吹いてくる潮風に身を撫でられながら、佳乃ちゃんの後ろにぴったり付いていく。佳乃ちゃんは遠野さんと観鈴ちゃんに歩くペースをあわせているのか、いつもよりもずいぶんゆっくり歩いている。

「でも、古河さんは一人っ子だよねぇ。妹さんはいないはずだよぉ」

「うん。それに、すっごくちっちゃかったし。みちるちゃんの半分くらいだったかなぁ……」

観鈴ちゃんの話によると、ついこの間観鈴ちゃんが買い物に出たときに、古河さんにそっくりな女の子を見かけたらしい。背丈はみちるちゃんの半分も無くて、五歳か六歳くらいだった……とは、観鈴ちゃんの弁だ。

「……………………」

隣で話を聞いていた遠野さんが、おもむろに頬に手を当てて、右手にいる佳乃ちゃんと観鈴ちゃんを見やった。

「……そう言えば……私もついこの間、水瀬さんにそっくりな子を見かけました……」

「えっ? 水瀬さんに?」

「はい……神尾さんと同じくらいの背丈で……髪は、三つ編みでした」

「三つ編みだったんだ……水瀬さんのお母さんも三つ編みだけど、妹さんはいなかったと思うよ」

「うんうん。水瀬さんは一人っ子だよぉ。祐一君や真琴ちゃんはいるけど、それとは違うよねぇ」

いくらなんでも、真琴ちゃんと水瀬さんを見間違えることは無いだろう。背丈や体格も違うし、何より髪の色がはっきり分かれている。祐一君にいたっては、間違える方がどうかしている。

「なんだろうね? 今まで見たこと無かったのに、最近急に見かけるようになったんだよ」

「……そっくりさんコンテスト?」

「うぬぬ~。そのうち、ぼくや観鈴ちゃんのそっくりさんも出てくるかもねぇ」

観鈴ちゃんの話を聞いて、僕もふと、自分の知っている人のそっくりさんを見かけたことを思い出した。

「……………………」

赤い瞳。リボンの付いたカチューシャ。夏場に似つかわしくない薄紫のセーター。橙のかった髪。丈の短いスカート。

部分部分に違うところはあったけれど、それらを取り除いてもなお、あの子の面影は、僕の知っているあの人によく似ているように思えた。ほんの一瞬目が合っただけだけれども、その姿は何故だか僕の目に、頭に、そして心に強く焼きついて、今でもはっきりと思い出すことができた。

もしかするとあの子も、観鈴ちゃんや遠野さんの見かけた、古河さんや水瀬さんを小さくしたような子と、同じような存在なのだろうか? もしそうなのだとしたら……じゃあ、その子達はいったい何だというのだろう? 古河さんや水瀬さんたちにとっての、いったい何だというのだろう?

「う~ん……他人の空似……なのかなぁ……」

「……そうだと思うのですが……それにしては、よく似ていた気がします……」

一番現実的な答えは、やっぱり他人の空似だろう。古河さんや水瀬さんに妹なんかいないっていうのは、佳乃ちゃんや観鈴ちゃんの話でよく分かっている。だから、直接つながりのある人物とは思えない。

「……………………」

けれども……僕は実際に、僕の知っている人に本当によく似ている人をこの目で見ている。それはきっと、観鈴ちゃんや遠野さんも同じに違いない。そうそう何度も何度も、自分のよく知る人のそっくりさんを見かけるなんてことは、普通じゃありえない。

普通では、ありえない。

……そう……普通では。

「……………………」

昨日川名さんが口にした言葉が、僕の脳裏に蘇ってきた。

(なんだか不吉だね。今の今までこんなにたくさん説明できないことが重なったことなんか、一度もなかったよ)

(……これは、何かが起こる前触れなのかな……ううん。もしかしたら、そうじゃないのかも知れない)

(何かが起こる前触れなんかじゃなくて)

 

(もう、その『何か』が起きちゃった後なんじゃないかな)

 

何かが……起きた後……

僕がその「何か」について考えようとした……

……ちょうど、その時だった。

 

「おかしいなぁ……どこで落としちゃったんだろう……?」

 

僕の前から、困り顔で探し物をしている女の子が一人、こちらに向かって歩いてきた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。