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第六十七話「FGAY11(10B).PDT」

「あの人……どうしたのかな?」

「……探し物をしているようですが……」

僕らの前に現れたその人物は、何やら困った表情をしながら探し物をしていた。地面をきょろきょろと見回しながら、こちらに向かってじりじりと歩いてくる。僕らのことにはまるで気づいていないみたいで、探し物のことだけで頭がいっぱいになっているようだ。

「……………………」

ゆっくりと近づいてくるその姿を、僕はじっくりと観察してみることにした。

頭がすっぽり覆われるくらいの大きな白い帽子(先っぽの方で被ってるみたいで、上の方が下に垂れ下がり気味になっている)を被っていて、その間から覗く髪は短く切りそろえられている。服装を大雑把に説明するのなら、白いシャツに青いオーバーオールといったところだろうか。どちらもちょっと大きめで、ゆったりとした着こなしだ。

「……………………」

その背丈や顔立ちから想像するに、多分、佳乃ちゃんや観鈴ちゃんよりも、一つか二つくらい年上になるだろう。女の子……という言い方はなんだかおかしいから、「お姉さん」と呼ぶことにしよう。

「困ってるみたいだねぇ」

「見つからないのかな……」

僕がそうしてお姉さんのことを観察している間にも、お姉さんは探し物を続けている。佳乃ちゃんはしばらくその姿を見つめていたけれども、やがて思い立ったように、ゆっくりと前に向かって歩き出した。

「どこで落としちゃったんだろう……」

「どうしたんですかぁ?」

「えっ?」

いきなり声をかけられたお姉さんが、きょとんとした面持ちで佳乃ちゃんを見つめる。佳乃ちゃんを映し出すその瞳の色は、深く輝く真紅だ。佳乃ちゃんはお姉さんのことを見つめたまま、お姉さんが言葉を返すのを待ち続けている。

「えっと……」

お姉さんは少しの間戸惑った様子を見せていたけれども、やがて佳乃ちゃんが自分に声をかけてきた意味を理解したのか、だんだんと表情を落ち着かせて、おもむろに口を開いた。

「実は、落し物をしちゃったんだ……」

「うぬぬ~。それは大変だねぇ」

「うん。大切なものなんだけど……どこに落としちゃったのかなぁ……?」

佳乃ちゃんと話をする間にも、お姉さんはきょろきょろと辺りを見回している。時折こちらにも向けられるその表情は、「困り顔」という言葉で形容することのできる表情そのものに見えた。当然その表情は、真正面に立っている佳乃ちゃんに対しても向けられることになる。

「なんだか大変そうだねぇ。お姉さんの探し物、ぼくもしていいかなぁ?」

「えっ……? 手伝ってくれるのかな?」

「そうだよぉ。二人で探せば二倍早く見つかるよぉ」

佳乃ちゃんは笑顔をお姉さんに向けて、迷いのない声で言った。佳乃ちゃんの言葉にお姉さんは驚いていた様子だったけれども、さらに……

「……二人で探せば二倍になる、ということは……神尾さん」

「うん。四人で探せば、四倍早く見つかるってことだよねっ。にははっ」

「もしかして……キミたちも手伝ってくれるの?」

観鈴ちゃんと遠野さんが佳乃ちゃんの後ろへ付いて、一緒に探し物をすると言い出した。お姉さんは呆気にとられた様子で、口をぽかんを開けながら、目の前にいる佳乃ちゃん・観鈴ちゃん・遠野さんを順繰り順繰り見つめた。

「えっと……本当にいいのかな?」

「もちろんだよぉ。探し物が出てこないと困っちゃうのは、ぼくも同じだからねぇ」

「みんなで探せば、きっとすぐに見つかるよ」

「それじゃあ……お願いしても、いいかな?」

お姉さんの問いかけに、三人は揃って迷わず頷いた。

 

「この辺りで落としちゃったのかな?」

「うん……多分、この辺りだと思うんだけど……」

僕らは手分けして、お姉さんが落としたものを探し始めた。地面をしらみつぶしに眺めて、何か怪しいものが落ちていないか確認していく。僕もそれとなくお姉さんの側について、一緒に探し物をした。

「落し物って、どんなもの?」

「えっと……大切なものだよ」

お姉さんの近くにはもう一人、観鈴ちゃんの姿もあった。時折ハンカチで汗をぬぐいながら(もうそろそろ十時になろうとする頃だ。日差しが強くなってきている)、地面をじっと見つめている。

「大切なもの……えっと、どんな感じのものなのかな?」

「うーん……」

観鈴ちゃんの問いかけに、お姉さんはなぜか考え込んでしまった。観鈴ちゃんはお姉さんを見つめながら、お姉さんが何故返事をしないのか――観鈴ちゃんの問いかけの内容を考えれば、返事をしない方がおかしいだろう――、不思議そうな表情を浮かべていた。

「神尾さん……だったっけ?」

「うん。私神尾観鈴。観鈴ちん、って呼んでほしいな」

「それじゃあ、観鈴ちゃんでいいかな?」

「うん。いいよ」

お姉さんは観鈴ちゃんの名前を確認すると、少し小さな声で、ささやくように、観鈴ちゃんにこんなことを告げた。

「えっと……ヘンな話なんだけどね」

「うん」

「……………………」

 

「……何を落としちゃったのか、自分でも分からないんだよ……」

 

観鈴ちゃんの表情が固まるのを、僕は見逃さなかった。

「えっと……そ、それ、どういうことなのかな……?」

「大切なもの……」

「……?」

「大切なものを、どこかに落とした気がするんだよ……」

「……………………」

お姉さんの答えは、やはり直接何を落としたのかを指し示すようなものではなかった。観鈴ちゃんは戸惑った表情のまま、「大切なもの」と繰り返すつぶやくお姉さんのことを、ただじっと見つめていた。

「すっごく大切なものなんだよ……」

「……………………」

「早く見つけてあげないと……見つけないと、ダメなものなんだよ……」

「そんなに……大切なものなのかな?」

「うん……でも……どうしても思い出せないよ……」

僕はお姉さんの話を聞きながら、その心境を想像してみた。

お姉さんは大切なものを無くしたと言っている。それは恐らく、本当に大切なものなのだろう。今こうして血眼になって探しているくらいなのだから、絶対に間違いない。探し物がどんなものであれ、それはお姉さんにとってかけがえの無い、代替の利かないものなのだろう。

「どうしてだろう……? 大切なものなのに……全然思い出せないんだよ……」

けれどもお姉さんは――きっと、それを落としてしまったことのショックから――、落としたものをどうしても思い出せずにいる。大切なものなのに、見つけないといけないものなのに、それを思い出すことができない。これがお姉さんの心にどれほど重い不安となってのしかかっているかは、僕でも容易に想像が付く。

「お姉さん……」

悲しい顔をしてつぶやくお姉さんを見ていた観鈴ちゃんの表情が、少しずつ変わっていった。戸惑いが消えて、まるでお姉さんの言葉を丸ごと受け入れたかのように、優しい笑みが浮かんでくる。

「大丈夫。それは、大切なものなんだよね?」

「うん。すっごく大切なものだよ」

「だったら、落ちてるのを見かけたら、きっと思い出すよ」

「……そっかぁ。うんっ。そうだよねっ」

「うんうん。だから、みんなで探せば大丈夫。にははっ」

観鈴ちゃんに励まされて、曇っていたお姉さんの表情がぱっと明るくなった。観鈴ちゃんの言うとおり、落としたものがそんなに大切なものならば、たとえ今その姿かたちを忘れてしまっていたとしても、見つけることができればきっときちんと思い出すことができるだろう。だったら今は観鈴ちゃんの言うとおり、みんなで探し物をするのが一番の近道だ。

「観鈴ちゃん、ありがとう。なんだか元気が出てきたよっ」

「にははっ。元気が一番」

お姉さんの背中をぽんぽんと叩いて、観鈴ちゃんが言った。

「それじゃあ、どんどん探さないとダメだよねっ。シャベルも用意しなきゃ」

お姉さんが唐突に「シャベル」なんて単語を出したものだから、観鈴ちゃんはまたきょとんとした表情を浮かべてお姉さんに訊ねた。

「シャベル? 何に使うの?」

「もちろん、地面をざくざく掘るためだよ」

「どうして地面をざくざく掘るのかな?」

「落し物を探すためだよ」

「え、えっと……お姉さんの落し物って……恐竜の化石?」

「たぶん違うと思う」

あっけらかんと言うお姉さんに、観鈴ちゃんはがくっと前のめりになってよろけた。

「だったら、落し物が地面に埋まってることは無いと思うんだけど……」

「うぐ……そ、そうだけど……」

「とりあえず、この辺りを探してみようよ」

「うん……そうだねっ」

観鈴ちゃんに諌められて、お姉さんが再び探し物を再開した。

「……ぴこぴこ」

微力だけど、僕も手伝おう。

 

探し物を始めて、そろそろ三十分くらいになるだろうか。

「見つからないねぇ」

「うん……どこに行っちゃったんだろう……」

観鈴ちゃんや遠野さんもそれらしいものが落ちていないか目を凝らして探していたけれど、なかなかそれらしいものは落ちていないみたいだ。佳乃ちゃんとお姉さんは近くをうろつきながら、なおも探し物を続けている。

「えっと……キミには、まだ落し物のこと……」

「さっき聞いちゃったよぉ。思い出せないんだよねぇ」

「聞いてたんだ……うん。その通りだよ」

「うぬぬ~。これは大変だよぉ。早く見つけちゃおうねぇ」

佳乃ちゃんは特に戸惑った様子もなく、お姉さんの隣で探し物をしていた。もし仮にお姉さんが観鈴ちゃんじゃなくて佳乃ちゃんに「落としたものが分からない」という話をしたとしても、多分佳乃ちゃんは驚かなかっただろう。現に今こうして佳乃ちゃんはこの状況を受け入れて、お姉さんのために探し物を続けている。

「霧島君、ありがとう。探し物なんか手伝わせちゃって、ごめんね」

「そんなことないよぉ。落し物をしちゃったら、猫の手も借りたいって言うしねぇ」

「うん。でも、みんな猫よりもずっと役に立ってくれてるよ」

お姉さんは微笑んで、佳乃ちゃんを見やった。

「あの子達は、霧島君の同級生?」

「そうだよぉ。観鈴ちゃんに遠野さん。ぼくの大切な友達さんだよぉ」

「そっかぁ……二人とも、優しいんだね」

納得したように頷いて、お姉さんが言う。

「そう言えば……霧島君」

「どうしたのぉ?」

「一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

再びお姉さんが口を開いて、佳乃ちゃんに訊ねた。佳乃ちゃんが顔を向けて、お姉さんと視線を合わせる。

「いいよぉ。一つと言わずにどどんと聞いちゃってよぉ」

佳乃ちゃんの返事を聞いたお姉さんが、小さく口を開く。

「えっと……」

 

「……月宮さんっていう子、知ってるかな?」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。