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第六十八話「Pick Up Trunk」

「月宮さん? ひょっとして、あゆちゃんのことかなぁ?」

「うん。月宮あゆっていう名前の子。知ってる?」

お姉さんに問われて、佳乃ちゃんはきょとんとしたような表情を浮かべた。唐突に月宮さん……あゆちゃんのことを聞かれて、どういうことなのかちょっとよく分かっていないみたいだ。僕自身、お姉さんが突然あゆちゃんのことを口にした理由は、全然分からなかった。

「知ってるよぉ。隣のクラスのお友達さんなんだぁ。お姉さんとも知り合い?」

「知り合いといえば……うん。知り合いだよ」

「そうなんだぁ。でも、どうして急にそんなこと聞いたのかなぁ?」

「どうしてかって? うーん……今どうしてるかとか、気になっちゃって」

「元気にしてるよぉ。この間も商店街を全力疾走大爆走してたしねぇ」

佳乃ちゃんの答えに、お姉さんは満足したみたいだった。小さく頷いて、また探し物を再開し始めた。それに続けて、佳乃ちゃんも再び探し物を始める。僕もそれに倣って探し物を手伝ったけど、相変わらず、道端に怪しいものが落ちているような気配は微塵も無かった。

「……………………」

探し物を始めてから、そろそろ一時間が経とうとしていた。

「お姉さぁん、本当にこの辺りで落としちゃったのぉ?」

「……多分……この辺りだと思うんだけど……」

お姉さんは自信がなさそうな声で答えて、それでもなお地面を見つめていた。お姉さんの見つめる先の地面には長く影が伸びるばかりで、怪しげなものは何一つ落ちていなかった。僕も佳乃ちゃんの言うとおり、本当にこの辺りにお姉さんの探しているものがあるのかどうか、気になり始めていた。

「困ったねぇ。この辺りはみーんな探しちゃったよぉ」

「そうだよね……この辺りだって、さっき見たもんね」

そう言ってお姉さんの指差す先には、一軒の小さな商店があった。ところどころ茶色くさび付いた白い看板に、黒い明朝体で「武田商店」と大きく書かれている。商店の中に人影は無い。それは必然的に、この辺り……いや、この街に住んでいる人の絶対数が少ないことを意味しているように、僕には思えた。

と、僕がそんなことを考えていると。

「あっ、霧島君。知ってる? この商店、冬になるとちょっと品揃えが変わるって」

お姉さんが佳乃ちゃんに、そんなことを聞いていた。佳乃ちゃんは首をふるふると横に振って、お姉さんの質問に答えていた。

「ううん。知らなかったよぉ。どんな風に変わるのかなぁ?」

「それじゃあ……あそこにある機械が見えるかな?」

「見えるよぉ。今は空っぽだねぇ」

「うん。でもね、冬になると、あそこにた……」

身振りを交えて、お姉さんが佳乃ちゃんに説明をしようとした……

まさに、その時。

 

「霧島くんっ!」

 

佳乃ちゃんの後ろから、観鈴ちゃんが息を切らして走ってきた。肩の上にいたそらは、観鈴ちゃんが走るときに邪魔をしちゃいけないって思ったのか、その後ろからよたよたと歩いて付いてくる。こっちも大分疲れてるみたいだ。

「観鈴ちゃん! どうしたのぉ?」

「はぁ……はぁ……む、向こうで遠野さんが……」

「遠野さん? 遠野さんがどうかしちゃったのぉ?」

「え、えっと……落し物かも知れないものを、近くの公園で見つけたって……」

「……!」

「……!」

その言葉に、佳乃ちゃんとお姉さんが揃って目を見開く。観鈴ちゃんの発した言葉は、二人の目を大きく見開かせるだけのものがあった。不意に、場が色めき立つ。

「お姉さんっ、観鈴ちゃんっ、行くよぉ!」

「うんっ!」

「わ、待って待ってっ」

走り出した佳乃ちゃんとお姉さんを追いかけて、観鈴ちゃんがよろよろと走り出した。

「ぴこっ」

僕も遅れちゃいけない。急ごう。

 

「遠野さーんっ! 落し物、見つかったんだってぇ?」

「……霧島さん……」

公園にはすぐにたどり着いた。そして遠野さんにも、まったく間を置くことなく会うことができた。遠野さんは公園の木陰に入って、僕らが来るのを待っていた。

そして、その遠野さんの手には……

「もしかして、そのトランクのことぉ?」

「……はい。ベンチの側に立てかけてあったので、もしかすると……と思いまして……」

大きくて古びたトランクが、遠野さんの足を隠すかのようにぶら下がっていた。ずいぶん大きなトランクで、遠野さんは両手でそれを持っている。両手を使えば持てる辺り、それほど重いものではなさそうだ。

「お姉さん、落し物って、これのことかなぁ?」

遠野さんからトランクを受け取りながら、佳乃ちゃんがお姉さんに尋ねる。お姉さんは一歩前に出た後顎の辺りに手を当てて、佳乃ちゃんの提げているトランクをじっと見つめていたけれども、

「うーん……」

その表情は、どうにもぱっとしなかった。勘だけれども、このトランクはお姉さんが探していたものではないだろう。お姉さんはあれほど必死に落し物を探していたんだから、例え何かの拍子に落としたものを忘れてしまったとしても、落としたものをもう一度見れば、はっきりと思い出すことができるはずだ。

「どうでしょう……?」

「う~ん……」

「……………………」

お姉さんはそれからもう少しの間唸りながらトランクを見つめていたけれども、やがて小さくため息をついて、首を横に振った。

「せっかく探してもらって悪いんだけど……これは、探してたものじゃないよ……」

「……ちょっと残念……」

「残念だったねぇ。ぼくはこれが落し物だと思ってたんだけどねぇ」

僕の思っていた通り、落ちていたトランクはお姉さんの落し物ではなかった。佳乃ちゃんは言葉どおり残念そうな面持ちで、右手に提げたトランクを見つめていた。

そうして僕らが公園の真ん中で立っていたとき、

「……ところで、神尾さんは……?」

遠野さんが不意に、観鈴ちゃんのことを口にした。僕は遠野さんに言われて初めて、この場にいるはずの観鈴ちゃんの姿が見当たらないことに気づいた。

「そう言えば……いないね」

「あれれぇ? ぼく達の後ろについてきたはずなんだけど……」

佳乃ちゃんとお姉さんが辺りを見回してみたけれども、観鈴ちゃんの姿は見当たらない。

「もしかして……どこかで倒れてたりしてないかな……?」

「わわわ~! それは大変だよぉ! ぼく、ちょっと来た道を戻ってみるねぇ!」

観鈴ちゃんの姿が見当たらないことに、お姉さんが不安げな顔をしてつぶやく。そう言えば観鈴ちゃん、武田商店の前に走ってきたとき、ずいぶん疲れてたように見えた。この夏の暑さもある。お姉さんの言うことも、あながちありえない話ではないだろう。佳乃ちゃんはそう言って、さっと公園を出ようとした……

……ちょうど、その時。

 

「その必要は無いぞ」

「往人君?!」

 

佳乃ちゃんが出ようとした公園の入り口から、いつもの格好の往人さんが突然現れた。佳乃ちゃんはぴたっとその場に立ち止まって、唐突に姿を見せた往人さんをまじまじと見つめた。

「霧島くん、ごめんね。観鈴ちん、ちょっと遅れちゃった」

「観鈴ちゃぁん! でも、どうして往人君が一緒にいるのかなぁ?」

「えっと……」

観鈴ちゃんが言葉に詰まっていると、往人さんが一歩前に出て、代わりに説明を始めた。

「お前があゆを送っていくって言って出て行った後、いつまで経っても戻ってこなかったから、聖に探しに行ってくれって頼まれたんだ」

「そうだったんだぁ」

「ああ。それで『多分ここにいるだろ』と思って海辺まで足を伸ばしてみたら、お前の代わりに地面でへたりこんでるこいつがいたって寸法だ」

「うん。それで、背中をちょっとさすってもらったら、また歩けるようになったの」

観鈴ちゃんの言った「背中をさすってもらった」というのは、以前、気分が悪くなった佳乃ちゃんに往人さんがしたことと同じことをしたのだろうと、僕は推測した。

「あゆ……? キミも、月宮さんのこと知ってるのかな?」

「……あんたは?」

あゆちゃんの名前が出たことに、お姉さんが反応した。突然声をかけられた往人さんが、戸惑った様子で返事を返す。さらに、

「……飛べない翼に、意味はあるのでしょうか……?」

横からつつつと遠野さんが現れて、よく分からない挨拶をして見せた。それを見た往人さんは無表情のまま、

「佳乃、お前には変わった女の子をコレクションする趣味があるのか?」

「が、がお……それって……もしかして、観鈴ちんも入ってるのかな……?」

そう言って、この場の微妙な空気を表現して見せた。

 

「……なるほど。そういうわけか」

「そうだよぉ。お散歩をしてたらねぇ、お姉さんが探し物をしてたんだぁ」

「うん。それで、この子達に手伝ってもらってたんだよ」

およそ十分くらいかけて、佳乃ちゃんは往人さんにおおまかな説明をした。あゆちゃんを送っていく途中にみちるちゃんと遠野さんに会ったこと、遠野さんと一緒に散歩をしていたら観鈴ちゃんと出くわしたこと、三人で一緒に歩いていたら、今度は探し物をしていたお姉さんと出会ったこと……そんなところだ。

「それで……お前は佳乃の友達か?」

「……遠野美凪と申します。なぎー、と呼んでください」

「遠野だな。もう覚えたぞ」

「……がっくし」

遠野さんは「なぎー」と呼んで貰おうとしたけれども、往人さんにごく簡単にスルーされて、言葉どおり少し肩を落として見せた。表情そのものは、いつものどこか遠いところを見つめているような、無表情に近い表情だったけれども。

「俺は国崎往人。今は霧島診療所で居候中の身だ」

「……では、ゆっきーと呼ばせてもらうことに……」

「呼んでも答えないが、それでも構わんのなら好きにしろ」

「……かっくし」

謎の擬音語と共に、遠野さんが再び肩を落として見せた。往人さんは遠野さんのことはそんなに気にしていないのか、佳乃ちゃんのほうを向き直って言った。

「で、結局その探し物ってのは見つかったのか」

「ううん。まだ見つかってないんだよぉ」

「うん……ずいぶん探してもらったんだけどね」

お姉さんはいつの間にかトランクを提げて、往人さんのことを見つめていた。

「それにしても……びっくりしたよ。月宮さんと一緒に朝ごはんを食べてたなんてね」

「そんなに驚くことなのか?」

「うん。ちょっとしたことだけどね」

「……………………」

往人さんはちょっと怪訝な顔つきになって、お姉さんのことを見つめ返している。僕には往人さんの表情の意味するところが、どうもよく分からなかった。

「……ま、とりあえずだ。聖も心配してるようだし、佳乃。一旦診療所に戻るぞ」

「そうだねぇ。観鈴ちゃん、遠野さん、それにお姉さん。また会おうねぇ」

「……はい。また、いずれ……」

「またね、霧島くん」

「探し物手伝ってくれて、本当にありがとうだよっ。またどこかで会えるといいねっ」

三人と別れの挨拶を交わして、佳乃ちゃんと往人さんが去っていく。僕はそれにじりじりとついていきながら、公園に残った三人の会話に耳を傾けていた。

「……ところで、そのトランクはどうされるのですか?」

「これ? う~ん……自分のものじゃないし、かといってここにまた置いとくのもダメだし……」

「じゃあ、警察に届けたらどうかな? もしかしたら、誰かが探してるものかもしれないよ」

「……うんっ。それがいいね。これは警察まで届けに行くよっ。二人とも、お手伝いしてくれて本当にありがとうっ」

「ううん。見つけられなくて、ごめんね」

「……もし何か見つけたら、きちんと拾っておきます……」

最後の言葉は、遠野さんの声だろうか。気が付くと、三人の声はもうほとんど聞こえなくなっていた。僕は佳乃ちゃんと往人さんの後ろについて、ゆっくりと公園を離れていく。

 

しばらくすると、もう、何の声も聞こえなくなった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。