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第六十九話「From Planet with LOVE」

「ごめんね往人君。探し物してたら遅くなっちゃったよぉ」

「別に俺は気にしてないが……」

佳乃ちゃんと往人さんは元来た道を戻りながら、あれこれと言葉を交し合っている。僕はその後ろについて話に耳を傾けながら、海から間断なく吹いてくる潮風をその身に浴びていた。

「でも、ぼくがこの辺りにいるってよく分かったねぇ。さすがだよぉ」

「お前の行きそうなところって言ったら、ここかあの川くらいしかないだろ」

「そっかぁ。往人君と出会ったのも、ここの堤防と川だったっけぇ」

「そういうことだ」

往人さんはいつもの黒い長袖のシャツを着て、ジーパンのポケットに手を突っ込んで歩いている。黒い長袖の服なんて着てたら暑くてたまらないだろうに、往人さんの額には汗一つ滲んでいない。それどころか、その表情はどこか涼しげですらある。凛々しい顔立ちも相まって、とても中身が女の人だなんて思えない。

「結局、探し物は見つからなかったわけか」

「うぬぬ~。探し物はぼくの得意技だったんだけどねぇ。今日はだめだめさんだったよぉ」

「しかし……自分が何を落としたのかすら忘れるってくらいだ。よほどショックだったみたいだな」

「うんうん。落し物でショックを受けてブロークンハートだよぉ」

「それはどちらかというと、落し物じゃなくて失恋したときに使うべきじゃないのか」

「あははっ。気にしちゃだめだよぉ」

佳乃ちゃんは往人さんの突っ込みを笑ってごまかすと、そのまま真っ直ぐ歩いていく。往人さんは、ふぅ、と小さなため息を吐いて、ポケットに突っ込んでいた手をもう一度深く入れなおした。

「……ところで佳乃。あの遠野って子は、お前の知り合いか?」

「遠野さん? そうだよぉ。観鈴ちゃんのお友達なんだぁ」

「お前とはどういう関係だ?」

「同じだよぉ。お友達部隊隊員の七号さぁん。ちなみに、十二番は永久欠番なんだよぉ」

「友達……か」

視線を地面へと落として、往人さんがつぶやいた。その顔には、ほんの僅かではあったけれども、暗い陰影が写り込んだような気がした。僕は往人さんの隣について、帽子の陰に隠れがちな往人さんの表情を見つめた。

「……苦労するな。いろいろと」

「えっ? 往人君、どうしたのぉ?」

「いや、独り言だ」

往人さんは首をぐるりと回して、足を止めていた佳乃ちゃんを追い抜いていった。

 

海沿いの道も終わりに差し掛かった頃、往人さんがこんな話をした。

「お前が出て行って三十分位した後だったか……長森って女の子と、その母親が診療所に来たんだ」

「長森さんとお母さんがぁ? どうしてかなぁ?」

「何でも、母親の方が夏風邪を引いたとか言ってたが……」

往人さんの話によると、佳乃ちゃんがあゆちゃんと一緒に診療所を出てからしばらくして、長森さん――前に、観鈴ちゃんと一緒に海辺にいた女の子だ――とそのお母さんが診療所にやってきたらしい。また、夏風邪の患者さんみたいだ。

「うぬぬ~。また風邪引きさんが増えちゃったみたいだねぇ」

「ああ。聖も言ってたぞ。今年は夏風邪の患者がバカに多いってな」

「そうみたいだねぇ。みんなお腹を出して寝ちゃってるのかなぁ」

「子供じゃないんだから、それは無いだろ」

苦笑いを浮かべながら、往人さんが突っ込む。関係ないかもしれないけれど、佳乃ちゃんは時々お腹を出しちゃったまま寝ることがある。でも、風邪は一度も引いたことが無い。もちろん今年に入ってからも、一回も風邪は引いていない。

「でも、きっとすぐに元気になるよぉ」

「そうだな。症状も軽そうだったし、気にするほどのことでも無いだろ」

そう言って、往人さんは早々にこの話を切り上げてしまった。

それから、またしばらくして。

「ねぇねぇ往人君」

「なんだ?」

「往人君は、夏風邪も治せちゃったりするのぉ?」

「どういうことだ?」

「ほらぁ。さっき観鈴ちゃんの背中をさすってあげたら、観鈴ちゃんが元気になったって言ってたよねぇ」

「ああ」

「それって、昨日ぼくにしてくれたことと、同じことなんじゃないかなぁ?」

「……………………」

佳乃ちゃんは往人さんの顔を覗き込むようにして、じっとその瞳を見つめた。不意に佳乃ちゃんから見つめられた往人さんは、それでもまったく動じたところを見せずに、帽子のつばに手をかけて佳乃ちゃんを見つめ返した。

「……そうだな。夏風邪だって、治そうと思えば治せる。その病気が夏風邪だってはっきり分かってるんだったら、夏風邪の『魂』に『力』を込めてやるだけでいい」

「『魂』? 『力』? どういうことぉ?」

「……………………」

往人さんはポケットからひょいと人形を取り出すと、それを手に持ったまま話を始めた。

「すべてのものには、魂がある」

「魂……」

「魂の周りを、体が取り囲んでいる」

淡々と、けれどもどこか決然とした口調で、往人さんが言葉をつむいでゆく。

「魂は体に宿り、体を支える屋台骨になる」

「……………………」

「魂の無い体は、支えの無い建物と同じだ」

佳乃ちゃんは黙ったまま、往人さんの話に真剣に耳を傾けている。その表情からは、いつもの明るさがいい意味で消えていた。要は、すごくまじめな表情をしているってことだ。

「俺の『力』は、『魂』に直接働きかける『力』だ」

「……………………」

「『魂』に働きかけをすることで、普通じゃできないようなことをして見せる」

そう言うと往人さんは、手に持っていた人形をすとんと地面に置いた。そのまま片膝を付いてしゃがみこみ、人形に手をかざす。すると……

「……あっ! 人形さんが動いたよぉ!」

地面に置かれた人形が、ゆっくりと歩き出した。人形は佳乃ちゃんに向かって歩いていき、そのまま、その周囲をとことこと歩いていく。佳乃ちゃんは人形の姿を目で追いかけて、それをまじまじと見つめていた。

「俺が、こうして人形を動かせるのも……」

「人形さんの『魂』に働きかけてるから、かなぁ?」

「ああ。そういうことだ」

往人さんは、自分の言いたいことを佳乃ちゃんがすぐに理解してくれたことに満足したようで、人形に向けてかざしていた手をゆっくりと下げた。コントロールを失った人形が、その場で音も無く、ぱたんと倒れた。

「あらゆるものには、魂が宿っている」

「うんうん」

「その魂に働きかけることで、そのものをいろいろな状態にすることができる」

地面にうつぶせに倒れこんだ人形をひょいと拾い上げながら、往人さんは続けた。

「木の魂に働きかければ、葉の落ちた木に青々とした葉を繁らせることもできる」

「石の魂に働きかければ、その石を砂粒にまで砕いてしまえる」

「水の魂に働きかければ、凍らせることも沸騰させることも自由だ」

往人さんは空を見つめながら、最後に、

「人の魂に働きかければ……髪を一箇所に押し込んだり、声色を変えたりすることだってできる」

こう締めくくって、話を終えた。

「そっかぁ。往人さんの魔法は、そんな風にしてできてたんだねぇ」

「……まぁ、お前から見れば、魔法みたいなものだろうな」

瞳をきらきらと輝かせながら、佳乃ちゃんは往人さんのことを見つめた。

「……………………」

その瞳の輝きが、僕には何故だか、とても悲しいものに見えたような気がした。

それの意味するところは……やっぱり、僕には分からないものだったけれども。

 

「しかし……結局、あいつは誰だったんだ?」

「ふぇ? 誰のことぉ?」

診療所のある商店街に差し掛かってから、不意に往人さんが口にした言葉に、佳乃ちゃんが反応を見せた。

「お前に探し物を手伝ってくれって言った、あの女の子の事だ」

「お姉さんのことぉ? そう言えば、誰だったんだろうねぇ」

「……名前とかは聞かなかったのか?」

「今言われて気が付いたよぉ。そう言えば、お名前は聞いてなかったねぇ」

「……まあ、お前ならありえない話でもないか……」

「あははっ。そんなに褒められると照れちゃうよぉ」

「褒めてないって」

往人さんは手をひらひらと振って見せながら、天然ボケを炸裂させる佳乃ちゃんを見やった。

「でも往人君、お姉さんのこと、そんなに気になるのぉ?」

「気になるってわけじゃないがな……妙なものを感じたんだ」

「妙なものぉ? 尻尾とかかなぁ?」

「お前、それでずっと気づかなかったって言うんなら、明らかにそっちの方がおかしいだろ」

「あははっ。だからそんなに褒めちゃダメだよぉ」

「褒めてないって」

呆れたように同じ反応を返す往人さんに、佳乃ちゃんはにこにこと笑って応じていた。佳乃ちゃんにかかればどんな話も、こんな風にどこか締まりの無い話になっちゃうような気がする。

「じゃあ、往人君はどの辺りがおかしいと思ったのかなぁ?」

「どの辺りって言われてもな……俺もただ、なんとなくおかしいと思っただけだからな」

「うぬぬ~。それじゃ分かんないよぉ」

「しょうがないだろう。俺だって上手く説明できないことの一つ二つあるんだ」

「えぇ~?」

あくまで食い下がる佳乃ちゃんに、往人さんはきっぱりとした口調で言う。

「いいか? 人間がこの世で説明できることなんて、説明できないことの半分も無いんだ。俺にだって説明できないことはある。お前にだって説明できないことはある。格言だぞ。きっちり覚えとけよ」

「ぐぬぬ~。なんだか上手く言いくるめられちゃった気分だよぉ」

どこか不満げな表情を浮かべながらも、佳乃ちゃんはそれ以上食い下がることをしなかった。

「でも、あのお姉さんのことが気になるのはぼくも同じだよぉ。またどこかで会えるかなぁ?」

「さぁな……ここに旅行で来てる訳じゃなさそうだったから、どっかでまた顔を合わせる機会くらいあるだろ」

往人さんと佳乃ちゃんがそんな話をしながら歩いていると、前から不意に、一組の男女が歩いてくるのが僕の目に飛び込んできた。

それは見てみると背の高さがずいぶんと違っていて、どうやら恋人同士というわけではなさそうだった。僕は耳を傾ける方向を少し前にずらして、商店街を佳乃ちゃんと往人さんとは逆方向に歩くその二人の会話に向けた。

その二人は、こんな話をしていた。

 

「でも僕、父上にあんな趣味があったなんてこと、初めて知りました」

「佐祐理も同じです。まさかお父様がアロマセラピーに嵌ってたなんて、びっくりですよー」

「世の中には不思議なこともあるものですね、姉さん」

「はいっ。一弥もこれで、また一つ賢くなりましたねー」

 

二人はどちらも敬語だったけれども、どこか楽しげにお話をしながら、佳乃ちゃんたちとすれ違っていった。二人はきっと、姉弟なんだろう。僕はそう思った……でも、アロマセラピーにはまったのが、お母さんじゃなくてお父さんだっていうのが、ちょっと気にかかるところだけれど。

僕がそんなことを考えていると、

「あっ……」

佳乃ちゃんが不意に声を上げて、すれ違う二人にさっと目をやった。その目は確かに、すれ違っていく姉弟に向けられていた。

……けれども。

「どうした?」

「ん? ううん。なんでもないよぉ」

往人さんに声をかけられて、佳乃ちゃんは本当に何事も無かったかのように、また前を向いて歩き出した。

「知り合いだったのか?」

「うん。でも、また今度でいいよぉ」

どうやら、そういうことらしかった。

………………

…………

……

 

「とうつき~」

「やれやれ……」

それからしばらくして、僕らは霧島診療所にまで戻ってきた。佳乃ちゃんに続いて往人さんも、診療所へと入っていく。

……と、その時。

「あれれぇ?」

診療所の入り口で佳乃ちゃんが立ち止まって、足元をじーっと見つめだした。後ろにいた往人さんは、佳乃ちゃんが前に進まないことに気が付いて、後ろから佳乃ちゃんの足元を覗き込む。

「どうした?」

「いつもよりも靴がたくさんあるよぉ」

そう、佳乃ちゃんが言ったときのことだった。

 

「あっ、お姉ちゃんっ。霧島さんが帰ってきましたっ」

「どうやら、そうみたいね」

診療所の奥から、二つの声が聞こえてきた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。