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第八十二話「Headhuning」

「やっと来たみたいね。いい加減、早起きする習慣をつけた方がいいわよ」

「相変わらずぎりぎりに来るわねー……浩平といい祐一といい、幼なじみの面倒見が良すぎるのもどうかと思うわ」

「まったくだ。俺がいなかったら、今頃長森は大慌てで学校に走ってただろうな」

「お前と俺とじゃ面倒を『見る』と『見られる』という厳然たる差があるぞっ」

「そうだよっ! お兄ちゃんが瑞佳お姉ちゃんの面倒を見てたことなんて、一回も無いよっ!」

「いや、あるぞ! 前に長森が何を食うか迷ってたときに、俺がスパッと注文してやったんだ」

「それ、ただの嫌がらせだよっ!」

「何だと?! お前は長森の味方なのか! みさおっ!」

「当たり前だよっ!」

「このっ……! 誰のおかげでこんなぎりぎりの時間に来ることになったと思ってるんだ!」

「思いっきりお兄ちゃんのせいだよっ! どうしてクローゼットの中なんかで寝てたのか、さっぱりわからないよっ!」

「いや、みさお。お前の責任だ! こんな兄を持ったお前が悪いんだ!」

「お兄ちゃんっ、無茶苦茶言ってるよっ!」

入ってくるなり大声で言い争いを始めたのは、「浩平」と呼ばれた男の子と、「みさお」と呼ばれた、多分、浩平君の妹さんだった。二人の言い争いの様子を、周りの人はどことなく呆れた様子で見つめている。

「しゃべり方まで長森そっくりに……さてはお前、長森の妹だろ!」

「もし本当にそうだったら、一体どれだけマシだったか分からないよっ!」

「二人とも、朝から仲良しさんだねぇ」

「まったくね。これからうちでもやってみようかしら?」

「えぅ~……言い争いでお姉ちゃんに勝てる気がしないです……」

「もういい! お前はこれから妹じゃなくて弟だ! 兄の命令は絶対だぞ!」

「わたし、女の子だもんっ!」

「……で、この兄妹属性しかニヤニヤできない会話、そろそろ止めてもいい?」

「……茂美、任せたわ」

「了承」

川口さんがひょこひょこと歩いていって、二人の間に割って入る。

「はいはい。二人のラブラブっぷりは分かったから、そろそろ話し合いを始めましょ」

「誰がラブラブか!」

「いいからいいから。最近はお兄ちゃんが妹に恋する話もあるみたいだし、気にしたら負け負け」

「微妙に関係なくないか? それ……」

「なんだか、うまく話をまとめられてしまったような気がします。風子も見習わなければなりません」

浩平君の背中をぐいぐい押して、川口さんはあっという間に二人を引き離してしまった。なんだかんだで、やるときはやるタイプの性格みたいだ。深山さんもああ見えて、川口さんのことは結構信頼しているのかもしれない。

「相沢、一つ言ってもいいか?」

「ああ。どうした岡崎」

「今更ながら、この部の妹率の高さは異常だよな。風子に栞にみさおに、それから椋に佳乃」

「あーっ! 岡崎君、ひどいよぉ! ぼく、男の子だよぉ?」

「いや、妹にカウントした方がしっくり来るんだ」

「だよなぁ……正直、それには同意せざるを得ない」

「ぐぬぬ~……ひどいよぉ」

楽しげに話す祐一君と岡崎君を、佳乃ちゃんが不満げな表情で見つめる。その表情でさえ女の子っぽく見えてしまうから、佳乃ちゃんはある意味不憫だ。もっとこう、佳乃ちゃんが根本から男の子らしくなるには、一体どうすればいいんだろう?

「……んっふっふ」

「……いきなり気色悪い笑い声なんか上げて、どうしたんだ?」

「いやぁー。ちょっとね。にししし」

「……………………」

川口さんの笑みの意味がまったく分からないのは、川口さん自身が何を考えているのかちっとも分からないところに理由があるんだと、僕は思うのであった。

「……で、俺とみさおで全員なのか?」

「そのはずなんですが……ことみちゃんがまだ、図書室から戻ってきてません」

「どうする? 私、ちょっと様子見てこよっか?」

「あっ、それなら、私が行ってきます」

「えっと……その前に、夏休み中に図書室は開放されてるんでしょうか?」

「以前耳にした噂だと、ことみは『名誉図書委員』なる肩書きを持ってるって聞いたが……もしかして、ことみ専用の鍵があったりするのか?」

「そんな話あったの? あたし、今初めて聞いたわ……」

未だに帰ってこない(というか、僕たちは姿すら見ていない)一ノ瀬さんのことを、皆が口々に話し始めた。さすがに人数が多いから、あちこちで話題が拡散している。

「そう言えば皆。駅前の本屋に警備員が立つようになったの、知ってたか?」

「わたしは知らなかったよ。澪ちゃんは知ってた?」

『澪も知らなかったの』

「万引きが増えたんじゃないのかな? あそこ、死角になってる部分やたらと多いし……」

「やっぱそうなるかな……」

「怖い……話ですね。何も起きなければ……それが、一番いいと思います」

……………………

「ねえ留美、最近夏祭りのポスターが悪戯されてたこと、気づいてた?」

「ああ……ひどい有様だったな。鋏で切り裂かれたという話を聞いた」

「昨日名雪から聞いたんだが、今度は放火されてたらしいぞ。ポスター貼った掲示板に」

「放火?! それ、ホントの話なの?」

「そうみたいだよぉ。昨日真琴ちゃんから聞いたんだぁ」

「うぐぅ……怖い話だね。火を付けるなんて、絶対に許しちゃいけないよっ」

「明らかに悪意を持ったヤツがやってる、ってことは間違いなさそうだな……」

……………………

「怪しい人……ですかー?」

「ええ。数日前、所用で夜遅くに家を出たのですが、その時にふらふらと当てもなく歩く人影を目にしたんです」

「それってまさか、最近話題になってるポスターの……」

「あり得ない話じゃ無いわね。渚や茂美も破られたポスターを見たって言ってるし……向こうの話だと、最近は放火に切り替えたみたいだけど。そうよね? みさき……」

「うん。昨日、水瀬さんと話したんだけどね……やっぱり、本当みたいだよ」

「恐ろしい話です。夜出歩くときは、ストールと槍が欠かせません」

「ストールはともかく、槍なんか持って歩いてたら、風子ちゃんの方が疑われちゃいそうな気がするけどね……」

そうやって、皆が「自分たちの見たちょっと不安な出来事」について、口々に話し合っていたときのことだった。

 

(がららっ)

 

「あっ……」

部室の前の戸が開かれて、少し前まで話題の中心になっていたあの人が、ようやくその姿を現した。

「待ってたわよ。一ノ瀬さん」

「えっと……」

「……………………」

「ちょっと、返さなきゃいけない本が多かったの」

一ノ瀬さんは気恥ずかしそうに笑みを浮かべて、一斉に視線を向けているみんなに遅れた理由を説明した。

「もしかして、本を一冊一冊あった場所に返してたとか?」

「うん。元の場所に返してあげないと、整理するとき大変だから」

「そりゃあ、時間もかかるわよね……」

「うんうん。でも、図書委員さんは大助かりだねぇ。さすがだよぉ」

「ま、これで全員そろったわけだ。そろそろ始めないか?」

「そうね。それじゃみんな、こっちに集まって」

深山さんの呼びかけで、みんながぞろぞろと教室の中央へと集まっていく。

「……?」

……僕がそのことに気づいたのは、多分、その時だったと思う。

「……………………」

「……………………」

明らかな警戒心を帯びた視線が、ある人物に向かってまるで突き刺すように伸びていた。その視線の先にいる人物は、自分が監視されていることにまったく気づいていない。その視線には少なからず、敵意も混じっているように思われた。

「ふぇ……? 舞ー、そんなに怖い顔して、どうしたの?」

「……何でもない」

何でもない、と言うその表情は、明らかに「何かある」と雄弁に物語っていた。

その「何か」が何なのかは、僕には分からなかったけれども。

 

「それじゃ……もうする必要ないかもしれないけど、一応、夏休みから新しく入ってくれた人たちに、自己紹介をしてもらおうかしら」

まず最初に始まったのは、新入部員の紹介だった。僕はすっかり忘れていたけれども、七夜さんや風子ちゃん、それにあゆちゃんは完全な新入部員だったのだ。風子ちゃんなんてあまりにもなじみすぎていて、正直実感がわかない。

「伊吹風子です。副部長直々のお誘いを受けて入部させていただきました。よろしくお願いします」

「……ちなみに、あゆちゃんと七夜さんも渚が誘ったのを付け加えておくわね」

「……えっ?」

風子ちゃんは本当に「えっ?」という表情を浮かべて、補足を入れた深山さんの顔をまじまじと見つめた。

「うかつでしたっ。風子だけがヘッドハンティングされたわけでは無かったんですかっ」

「ヘッドハンティングの使い方を微妙に間違えてるぞ、風子」

「風子ちゃん、気にしちゃダメだよ。お兄ちゃんなんかね、ヘッドハンティングのことをそのまま『首狩り』のことだって勘違いしてたんだよ」

「言わなくてもいいことを言うなっ!」

「ふーんだ! お兄ちゃんなんか、中学生からやり直せばいいんだよっ!」

「……………………」

風子ちゃんは口げんかをおっぱじめた浩平君とみさおちゃんに押される形でその場を退いて、ちょこんといすに座った。その表情は、いささか残念そうに見えた。

自己紹介は続く。

「あ、えっと……ボク、月宮あゆです。古河さんに誘われて入部することにしました。よろしくお願いしますっ」

あゆちゃんは最後にぺこりと頭を下げて、これは滞りなく終わった。

「なんだあゆ。お前のことだから、一つくらい突っ込みどころを用意してくれると思ってたんだが」

「うぐぅっ! そんなの無いよっ!」

「いや、お前なら壇上の何も無いところで突然こける位の演出があってちょうどいいんじゃないか」

「なんにも無いところでこける方がおかしいよっ!」

「はいはい。後がつかえてるから、痴話げんかは後でやってちょーだい」

川口さんの言葉で、あゆちゃんはしぶしぶ下へと降りる。川口さんの「痴話げんか」という言葉には、特に異論は無いみたいだった。

自己紹介は……もう、言わなくてもいいかな。次に壇上に上がったのは……

「七夜留美だ。私も同じく、古河に誘われて入部を決めた。いろいろと手間をかけることもあるかも知れないが……できることはすべてやっていくつもりだ。どうか、よろしく頼む」

七夜さんの紹介は特に突っ込まれることはなかった。真面目な人だから、つっこみどころも少ないんだろう。残るは、後二人だ。

「倉田佐祐理です。三年生ですが、演劇部のお手伝いをさせてもらうために、深山さんにお願いして入部させてもらいました」

「……川澄舞。えっと……」

「あ、こっちは舞っていいます。佐祐理の大切なお友達です。皆さん、よろしくお願いしますね」

「……佐祐理。私、喋ってない……」

「あははーっ。舞は無口だから、佐祐理が代わりに喋ってあげたんだよー」

「……………………」

佐祐理さんの曇りの無いにこにこ笑顔と、舞さんのどことなく不満げな表情とが、何ともいい難いコントラストを形成しているように見えた。

「……さ、自己紹介はこれくらいにして、そろそろ話し合いを始めましょうか」

深山さんが上手く場を取りまとめて、全員の意識を自分へと向けさせる。

場が、静寂に包まれた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。