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第九十五話「Doppelganger」

『ドッペルゲンガー?』

「えっ?」

椋さんが口にした「ドッペルゲンガー」という言葉に、佳乃ちゃんたち六人が一斉に食らいついた。そのまま全員揃って、きょとんとした表情をしている椋さんの元へと歩み寄っていく。

「ん? なんだか結構来たみたいだな……」

「そうみたいね。見学しに来てくれた人もいるみたいだし」

「だんだんと賑やかになってきました。風子も存在感をアピールしなければなりません」

そこには椋さんのほかに、三人の部員が姿を見せていた。北川君・深山部長・それに(すでに自分で名前を言っているから、僕が改めて言う必要もないとは思うけど……)風子ちゃん。三人とも椋さんの近くに寄り固まって、何やら話をしていたようだ。

「あ、お姉ちゃん……皆さん揃って、どうしたんですか?」

「ここに来る途中にいろいろあってね。ま、気にしないで」

「それより藤林先輩。先ほどおっしゃったドッペルゲンガーとは、一体どういうことなのですか?」

「えっと……実は……」

椋さんは静かに目線を動かして、皆の視線をある一点に向けるよう促す。すると、そこには……

『澪が見たの』

「澪ちゃんが?」

「もしかして、澪がドッペルゲンガーを見たってことか?」

『そうなの』

「うぬぬ~。どういうことなんだろうねぇ?」

不安げな表情で「そうなの」と書かれたスケッチブックを向ける澪ちゃん。その様子に、佳乃ちゃん達が互いの顔を見合う。見合った表情には大小の差異はあれど、不安や疑問の色が見て取れた。

「澪ちゃん。もしよかったら、詳しいことを教えてくれないかな?」

「(こくこく)」

ぶんぶんと頭を二回振って頷くと、澪ちゃんがスケッチブックのページをめくった。目的のページを見つけ出すと、澪ちゃんがそれをこちらへと向けた。

『昨日学校から帰るときに、リボンを付けた女の子がいたの』

『小学生くらいの子で、澪と同じリボンを付けてたの』

『それでよく見たら、服もまったく同じだったの』

「まったく同じっていうのは、昨日来てた服のこと? それとも、小学生の時に来てた服のこと?」

『小学生の時のほうなの』

「なるほどねぇ……わかったわ。さ、続けてちょうだい」

藤林さんが促すと、澪ちゃんは頷いてそれに応え、さらにページをめくった。

『それでちょっと気になって、もっと近くに寄って見たの』

「そうしたら……どうだったのかな?」

「……………………」

 

『その子も、澪と同じスケッチブックを持ってたの』

 

澪ちゃんの掲げた「その子も、澪と同じスケッチブックを持ってたの」という文言に、一同は唖然とした表情で固まっていた。深山さんは小さくため息をつきながら、食い入るようにスケッチブックを見つめている佳乃ちゃん達の顔を見やった。

「不思議な話でしょう? 私たちもさっきこれを聞かされて、あなた達と同じ顔をしたわ」

「確かに、不思議な話ですね……」

「瑞佳お姉ちゃん、どう思う……?」

「う~ん……本当ならちょっと怖いけど、他人のそら似ってこともあるし……」

そうやって、澪ちゃんが見たというドッペルゲンガーについて、みんながあれこれと雑談を始めようとした……

……ちょうど、その時だった。

 

(がららっ)

 

部室の戸が開いて、誰かが中に入ってきた。途端、一同の視線がそちらへ向く。

「あっ……」

「……あっ」

「……!!」

その顔を見た瞬間、みんなの顔つきが変わるのが見て取れた。驚いたような表情、愕然とした様子の表情、興味深げな様子の表情……それは文字通り十人十色――厳密には、十二人十二色と言うべきなんだろうけれど――の違いを見せていた。

「おはよう皆。少々家の用事があってな、来るのが遅れてしまった。済まなかったな」

そこに立っていたのは、金色のツインテールに紫のリボンを巻いた、あの人だった。先ほどまでここでどんな会話が交わされていたのかは全く知らないのか、いつもの調子で挨拶をして見せた。

「……………………」

「……………………」

「ど、どうした? 何か……あったのか?」

けれども、自分に向けられている視線がどうもおかしい。その理由が飲み込めないのか、落ち着かない様子で皆の顔を眺め回す。僕はなんだか可哀想になったけど、どうしようもなかった。

「ドッペルゲンガー……」

「えっ?!」

「オリジナルとドッペルゲンガー……」

「……も、もしかして、私のことを言っているのか……?」

「七瀬さんと……七夜さん……」

「わ、私は……」

一同から魂の抜けたような視線を送られ、七夜さんはおろおろした様子できょろきょろとあちこちに目をやっていた。前は自分で言っていたけれども、やっぱり他の人からこうやって言われちゃうと、結構混乱しちゃうものなんだなぁ……

……と、その時だった。

「おいおいお前ら、落ち付けって」

北川君が皆を諫めるように、静かに声を上げた。

「俺も七瀬と七夜は似てるとは思うが、澪ちゃんが見たって言うドッペルゲンガーとは明らかに違うだろ」

「北川……」

「悪いな七夜。さっきまで、澪ちゃんがドッペルゲンガーを見たって話をしてたんだ。そこにお前が急に出てきたから、みんなびっくりしてるんだ」

「そういうことだったのか……てっきり、私がまた何か悪いことをしてしまったのかと……」

「いや、そういうのじゃないんだが……北川も言ってる通り、急にお前が出てきたから、ついつなげて考えちまっただけだ」

場がようやく落ち着きを取り戻して、七夜さんもほっとしたような表情を浮かべた。北川君が七夜さんの肩を叩くと、七夜さんは気恥ずかしそうに顔を俯けた。

「ごめんね七夜さん。わざとじゃないんだよ」

「謝るようなことじゃない。気にしないでくれ」

「でも、本当に似てるわよね……あっちの留美と、こっちの留美」

「うん……私たちは双子だから分かるけど、七瀬さんと七夜さんはまったく関係ないからね……」

言われてみると、確かに藤林さんと椋さんもよく似ている。けれども、二人はよく見ればちゃんと見分けが付くし、顔立ちも実は結構違っている。それと比べると、七瀬さんと七夜さんはまったくの別人だというのに、えらく顔立ちが似ているなと思った。

……と、そこへ。

 

(がららっ)

 

また部室の戸が開いて、誰かがここへやってきたことを知らせた。

「あーかーくーそまーるほーほに なーがれるなみーだをぬぐーわーずにー うたいーつづーけーよ~♪」

その人物は元気良くどこかで聴いたことがあるような歌を歌いながら、ゆっくりと部室の中に入ってきた。それに気づいた部長さんが一団から離れて、入り口の方に向かって歩いていく。

「川口さん、おはようございます」

「おはよう渚ちゃん。渚ちゃんは朝から健康的で羨ましいわ~」

「茂美ったら、来るのが遅いわよ。約束、三十分もオーバーしてる」

「いやー、めんごめんご。絵茶してたら寝るのが六時になっちゃってさー」

「六時?! まったく、呆れたわね……」

「確かに、寝るには遅すぎる時間……」

「六時くらいどうってことないでしょう。遅れる理由にはならないわよ」

「ならないのかよ、部長」

折原君が同意しようとしたら、部長さんはそのはるか上を行くようなことを口にした。どうやら部長さんは僕の想像よりもずっと頑丈な体をしているのだろう。今度はどんな技を見せてくれるのか、今から楽しみだ。

「川口さぁん、ちゃんと寝なきゃダメだよぉ」

「そうね。茂美はいくらなんでも寝なさ過ぎよ」

「まーまー、そう固いことは言わないでさっ。やってみると案外楽しいわよっ。目に見えないものが見えたりしてさ」

「それ、単に半分寝かかってるだけじゃないのか……?」

「どう考えてもそうです。風子もそう思います」

僕もそう思う。というよりも、それ以外の可能性を検討する方が無茶な話だと思うのだ、僕は。でも川口さんのことだから、常識を適用して物事を考える方が間違ってるのかもしれないけど。

「……あ。ねぇねぇ、今椋いる?」

「あ、はい。どうしました?」

「前話してたタロットカードの本だけどね、昨日オークションで見かけたから、とりあえず入札しといたわよ」

「えっ?! 本当ですか?!」

「ホントよ。他に入札してる人いないし、多分落札できると思うから、もうちょっと待っててくれる?」

「ありがとうございます! あれ、ずっと探してたんですよ……」

「そうよねー。前に一緒に古本屋を一日に十軒回って見つけられなかった時の凹み方、尋常じゃなかったし」

川口さんは鞄を置きながら、椋さんと楽しげに話をしている。

「えっとあと……ねえ部長、今日栞ちゃん来てない?」

「今日はまだ来てないわね……確か香里ちゃんの方が夏風邪気味で、その看病をしてあげてるって聞いたけど」

「そっかー……ちょっと話したい事があったんだけど、しょーがないか……」

机に鞄を置くと、一人でいるのは寂しかったのか、川口さんも一団の中へと加わる。それに続けて、古河さんも。何だかんだで、一団は膨らむ一方だ。

「で、これからどうする? とりあえず個別練習から始める?」

「それがいいと思います。通して演じるにはメンバーが足りませんし、個別練習も十分とはいえない状況です」

「そうだ美汐ちゃん。昨日台詞のどれかに間違いがあるって聞いたんだけど、どの辺りだったっけ? 今からチェックして修正入れたいんだけど……」

「はい。確かアナカリスとレイレイが戦うシーンで、アナカリスの台詞が恐らく逆になってしまっています」

「げ?! マジで……?」

……………………

「そういえば渚、大道具の方の作業、どれくらい終わってる?」

「えと……まだ半分くらいです。私も、折を見て進めてはいるのですが……」

「大道具か? それなら、私が請合おう」

「七夜さんがですか?」

「うむ。まだ舞台に立てるほど演技に自信は持てないが、何かを作るのは得意なんだ」

「頼もしいわ。それなら私も手伝うから、今日中に進められるところまで進めましょ」

「あ、私も手伝います」

……………………

「……それで、上手く役者さんにスポットライトを当てたり、全体の雰囲気を演出したり……」

「……………………」

「そういったものが、照明の仕事になります。裏方ですけど、とても大切な仕事なんです」

「とても参考になりました。風子も早く照明マスターになれるように頑張りたいと思います」

「はい。一緒にがんばっていきましょう」

……………………

「……とりあえず修正完了ー。また何か間違いあったら言ってちょうだいね」

「ええ。もちろんです」

「うむうむ。ところでさ、ちょっと話変わるんだけど、最近ヘンな人が増えた気がしない?」

「変わった人……といいますと?」

「今日ここに来る途中に、真っ黒いスーツ来たおじさんを見かけたのよ。出勤の時間帯はとっくに過ぎてるし、妙に大きなトランク下げてて、いかにも怪しい感じの人だったわ」

……そんな風に、あちこちで話し合いが行われていたときのことだった。

「そうね……そいじゃ、浩平と佳乃にはちょっと頑張ってもらって……あれ?」

「どうしたのかなぁ?」

「ん? ただの電話よ。ちょっと待ってて」

藤林さんがポケットから携帯電話を取り出して、誰かと話を始めた。

「もしもし? あ、真琴? どうしたの?」

「うん。うんうん。それで?」

「……え? ちょっと待って……もう一回……」

 

「……はぁ?! あの子が保育所にいる?!」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。