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第九十六話「C A T C H !」

「一体、どういうことなんだよ?!」

「あたしだって知らないわよ! とにかく真琴が言うには、保育所にさっきの子が入り込んじゃって、中で大騒ぎになってるって話なの!」

「とりあえず行ってみて、それから考えようよぉ!」

僕たちは今、炎天下の町中を全力疾走している。今ここにいるのは、先ほどあの場に居合わせた五人――佳乃ちゃん・折原君・みさおちゃん・長森さん・藤林さん――。部室にいた残りのメンバーには(訳がわからないながらも)とりあえず事情を説明して、揃って部室を飛び出してきた形だ。

「でも、どうして保育所なんかに入り込んだんだ?」

「……ひょっとして、真琴さんについて行っちゃったんじゃないかな?」

「真琴に……? まさか、あいつ……」

僕もみさおちゃんの意見に同意だった。あの子と保育所をつなぐためのキーワードは、真琴ちゃんしか無い。あの後こっそり真琴ちゃんの後ろへついて行って、そのまま保育所の中に入り込んじゃったんだろう。それ以外、考えようもなかった。

「保育所に行くのはいいけど、それからどうすればいいのかなぁ?」

「真っ先にやるべきことは、何よりもまずあいつを捕まえることだろうな」

「どうしてこんなことになっちゃったのか、ちゃんと聞かないとダメだよね……」

「今、保育所の中、どうなっちゃってるのかな……」

「ただでさえ人手の少ない保育所だから、今の段階でどーなってるかは大体想像つくわ……あの子を捕まえた後は、事態の収拾も必要そうね」

口々に言葉を交わしあいながら、僕たちは走り続けた。

 

「もうすぐだよぉ!」

「見えてきたな」

走り続けて数分後。僕たちはあの保育所に辿り着こうとしていた。中に入るその少し前辺りから、すでに中からにぎやかな声が聞こえ始めていた。もちろん、それが何によって引き起こされているものかは、考えるまでもなく明白だった。

「……これは想像以上かもね……さっさと終わらせましょ」

「そうだね。門は開いてるのかな?」

「電話切る前に真琴に言っといたから、それは大丈夫よ」

藤林さんの言うとおり、保育所の門は半分ほど開けられていた。全員が一列に並んで、詰まることなく中へと駆け込む。すると、

「あっ! 藤林のおねーちゃんっ!」

「真琴っ! 全員連れてきたわよ!」

エプロン姿の真琴ちゃんが、正門の真ん前で一人立っていた。佳乃ちゃんたちが一斉に並んで、揃ってその顔を見つめる。顔ぶれを確認するやいなや、真琴ちゃんが口を開いた。

「もう大変なのよぅ! さっきの子が中に入り込んで、それで……」

「中で走り回ってるんだよね?」

「うん……泣きながら走り回ってて、捕まえようにも捕まえられないのよぅ」

「聞きたくないけど、ほかの子たちはどうしてる?」

「もう無茶苦茶よぅ……あの子と一緒に走り回ったり、泣き出す子がいたり……」

「とにかく、話はあいつを捕まえてからだ。固まって動いてもしょうがないから、分散してあいつを取り押さえるぞ」

「そうするしかなさそうだね……」

折原君が皆を一カ所に集めて、暴走する女の子を捕獲するための作戦を説明し始めた。

「真琴、お前はここで待機だ。あいつがここに走ってきたら何が何でも捕まえてくれ。いいな?」

「うん。分かった!」

「それから……佳乃と杏。お前らは右手に回れ」

「了解っ! 藤林さん、行くよぉ!」

「分かったわ!」

「よし……最後に長森とみさお。お前らは左の守りを固めてくれ。佳乃と杏が取り逃がしたら多分そっちに走ってくるだろうから、気を抜くなよ」

「分かったよ! 行こ、みさおちゃん」

「うん! ……あれ? お兄ちゃんはどうするの?」

「俺は止まらずに動く。見つけ次第、あいつを捕まえるつもりだ」

みさおちゃんにそう告げて、折原君は駆けだした。後を追うようにして、長森さんとみさおちゃんも走っていく。後に残ったのは、正面の守りを固める真琴ちゃんだけ。それ以外にはもう、ここには誰もいなかった。

「……………………」

……僕は戦力外なのかなぁ、やっぱり……

「……ぴこぴこ」

落ち込んでても仕方ないから、とにかく僕は僕にできるだけのことをしよう。とりあえずは佳乃ちゃんの側について、状況を伺うのが良さそうだ。僕はそう考えて、保育所の右手に回ることにした。

 

「でも、どうしてこんなことになっちゃったのかなぁ?」

「さぁね……多分、あの子が真琴のことを気に入っちゃったからだと思うけど……」

右手に回ってみると、佳乃ちゃんと藤林さんは幾分距離を置いて話をしていた。佳乃ちゃんが向かって手前――僕により近い位置――に立っていて、藤林さんはそれよりも奥に立っている。藤林さんは腕組みをしながら、僕の後ろに向けて視線を送っていた。

「ねぇ佳乃。どっちから走ってきてるか、分かる?」

「……多分だけど、こっちに向かって走ってきてるよぉ。真琴ちゃんの近くは通ってないみたいだから……中を走ってるのかもねぇ」

佳乃ちゃんは目を閉じて耳を澄ませている。どうやらあの女の子が今どこにいるのかを、走っているときの足音で割り出しているみたいだ。この分だともう間もなく、このグループに接触するに違いない。佳乃ちゃんもそれを理解したようで、ゆっくりとその目を開いた。

「……来るよぉ」

「……いいわ。あたし達だけで終わらせちゃいましょ」

不敵な笑みを浮かべ、藤林さんが腕組みを解いて構えた。佳乃ちゃんはその前に立ち、力を抜いた姿勢で待ちかまえている。僕は小さく身構えて、そのときが来るのを待った。

……そして。

 

「みゅ~~っ!!」

 

……近づいてくる声。それはだんだんと音量を上げていて、音源がこちらへと近づいてきているのが分かる。最初はおぼろげだったその姿も、はっきりと確認できるほどになってきた。

「佳乃っ!」

「うんっ!」

短く声を掛け合い、そろって前を向く。そして……

「それっ!」

走ってきた女の子にタイミングを合わせ、佳乃ちゃんが両手を回した。佳乃ちゃんの両手は女の子の前後に入って、女の子をがっちり

(するり)

「えっ?!」

……掴むことはなかった。女の子は一瞬身をかがめて、佳乃ちゃんの腕から器用にすり抜けて見せた。

「藤林さんっ!」

「任せて! さぁ、さっさと来なさいっ!」

慌てた佳乃ちゃんが後ろへ振り向いて、藤林さんに後続を託す。藤林さんは即座に状況を飲み込んで、走り続ける女の子の前に立ちふさがった。

「逃がさないわよ! おとなしく……」

けれども、その時。

「わーっ!」

「みゅーみゅー!」

「……って、こらーっ! どきなさーいっ!!」

女の子と一緒に走っていたのだろう、保育所にいた他の子達が藤林さんに一気に押し寄せて、捕まえるどころの状態ではなくなってしまった。藤林さんは十人くらいの子供にもみくちゃにされて、身動きさえ取れなくなってしまった。

「くっ……瑞佳ーっ! そっちで捕まえてーっ!」

「わぁっ?! だめだめっ、引っ張っちゃだめだよぉ!」

藤林さんは悔しそうにそう言い残すと、次々に押し寄せてくる子供達を引きはがし始めた。子供達は佳乃ちゃんにもはしがみついて、二人とも完全に動きを封じられてしまった格好だ。今から女の子を追いかけて捕まえるのは無理だろう。

「……ぴこぴこっ」

せめて僕だけでも、女の子を追いかけることにしよう。僕は佳乃ちゃんと藤林さんを後ろに置いて、女の子を追って駆けだした。

「って、どさくさ紛れにどこ触ってんのよあんたはーっ!! やめんかーっ!」

「ひゃぁっ?! そ、そんなところくすぐっちゃだめぇ!!」

……なんだか大変なことになってるけど、あの二人ならきっと何とかしてくれるだろう。僕はとにかく、あの子を追いかけよう。

 

「みさおちゃんっ! 来るよっ!」

「うんっ! 頑張ろうねっ! 瑞佳お姉ちゃんっ!」

僕が走って追いかけた先には、長森さんとみさおちゃんがいた。女の子は二人のちょうど間に当たるラインを、一直線に走っていく。このまま行けば、どちらかが女の子を捕まえられるに違いない。

「みゅ~~っ!!」

「逃がさないよっ!」

「おとなしくお縄をちょうだいするんだよっ!」

走ってくる女の子にそろって啖呵を切って、二人が手を……!

 

「……………………」

「……………………」

 

「みゅーーーっ!!」

……伸ばそうとして、二人とも中程でその動きを止めてしまった。二人が顔を見合わせ、あわてた様子で口を開く。

「……み、瑞佳お姉ちゃんっ! あ、あの子、逃げちゃったよっ!」

「そ、そんなこと言ったって……私、みさおちゃんが捕まえるんだと思って、手を伸ばしたらじゃまになるかなー……って思って……」

「うぐっ……み、瑞佳お姉ちゃんも……?」

「ということは、みさおちゃんも……?」

「う、うん……ごめんなさい……」

「……………………」

「……………………」

申し訳なさげに頭を下げて、みさおちゃんが長森さんに謝った。とは言え、長森さんもみさおちゃんと同じことをしてしまったわけだから、どっちが悪いっていう訳でもないと思った。実際、謝られた長森さんも同じような顔をしている。

「……ぴこぴこっ」

第二陣が突破された(というよりも、全然機能しなかったというほうが正しい)。僕は二人を背中に置いて、暴走する女の子の追跡を再開した。

 

「みゅ~~~っ!」

女の子はものすごいスピードで走り続けている。僕が必死に足を動かしても、見失わないように追いかけるのがやっとだ。どうすればあの子を捕まえられるんだろう? 僕がそんなことを考えていた時のことだった。

「もぅ逃がさないわよぅ! 覚悟しなさいっ!」

正面の守りを固めていた真琴ちゃんが、女の子の行く手に立ちふさがった。女の子は真琴ちゃんのことを意識しているのかしていないのか、まったくスピードを落とすことなく走り続ける。

「保育所の機能を殺した責任、取ってもらうんだからねっ!」

きりっと啖呵を切り、真琴ちゃんが腰を落として身構えた。そして……!

「みゅぅぅぅぅ!!」

「えぇいっ!」

走ってくる女の子めがけて、真琴ちゃんが飛び掛……

(がっ)

「あぅっ?!」

……ろうとした瞬間、地面に都合悪く(……もしかすると、都合よく、かも知れない)転がっていた石に足を取られ、その体が宙へと浮いた。女の子を捕まえようとつけた勢いが、そのまま自分の体の運動エネルギーへと変換されて、大きく前へとすっ転ぶ。

「ぎゃふんっ!」

地面に体を這いつくばらせて、真琴ちゃんが短くにごった悲鳴を上げた。

「痛いーっ! もぅ、何するのよぅ……って、わーっ! 逃げられたーっ!」

真琴ちゃんが体を起こしたときには、女の子の姿はもうどこにもなかった。

「……………………」

佳乃ちゃんと藤林さん、長森さんとみさおちゃん、それに真琴ちゃん……三組がかりで待ち伏せたにも関わらずことごとく失敗して、女の子を捕まえることはできなかった。

僕が後ろから追いかけても、女の子を視界に捉えるのがやっとだ。止まって待ち伏せるのも、後ろから追いかけるのも、あの子には通用しない。

「……………………」

……それならば。

「ぴこっ!」

僕は土を蹴って、三度駆け出した。

 

「ど、どうしよう……」

「こ、今度はどっちか一人でやってみようよ」

長森さんとみさおちゃんを横目に、

「佳乃ーっ! 大丈夫ーっ?!」

「ひぇ~っ?! どうしてみんなぼくにばっかり集まって来るのぉ?!」

佳乃ちゃんと藤林さんを尻目に、

「……ぴこぴこぴこぴこぴこーっ!」

僕は、走って来た道を逆走し続けた。

後ろから追いかけるのも、その場で立ち止まって待ち伏せるのもダメ。ならば残された手段は、一つしかない。

「……ぴこっ!」

走っている人の前に現れて、ぶつかるだけだ。

「ぴこぴこぴこ……!」

大地を蹴って土を跳ね飛ばし、僕は走り続ける。走り続けていれば必ず、あの子と正面から鉢合わせする時が来るはずだ。そのままぶつかるなりして、あの子の動きを止められればいい。

「……!」

その時は、思いのほか早く訪れた。

「みゅ~~っ!」

女の子はわき目も振らず、ただ前に向かって走り続けている。僕との距離が急速に縮まって、あっという間に女の子の姿が大きくなっていく。僕の存在には、まだ気づいていない。

……ならば。

……それならば。

 

「ぴこーっ!」

「?!」

 

僕の存在に気づかせてあげるだけのことだ。

「……………………!」

女の子は急に出てきた僕に驚いて、その場でぴたりと動きを止めた。目を真ん丸くして、突然出現した僕という存在をどう受け入れるべきか分かりかねているようだった。

……その時。

「捕まえたぞっ!」

「みゅーっ?!」

女の子の後ろから伸びた手が、女の子の体を捉えた。立ち止まらずに動き続けていた、折原君の手だ。

「もう逃がさないからなっ! おとなしくしろっ!」

「……………………」

女の子は折原君を不安げに見詰めながら、それ以上、暴れようとはしなかった。

 

保育所を舞台にした大捕り物は、こうして幕を閉じたのだった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。