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第百七話「K.N is Back!」

「……………………」

薄明かりに包まれた町を歩きながら、僕はずっと同じことを考え続けていた。歩いているということを忘れてしまいそうなくらい、僕は考えることだけに集中していた。そんなになって考えてもなお、僕の中で引っかかっている「それ」が、すとんと落ちていくことはなかった。要は、堂々巡りを繰り返しているのだ。

 

(この町の秘密を、知りたいとは思わないかな?)

 

何度思い返しただろう。お姉さんの口にしたその一言に、僕は随分と翻弄されているような気がする。考えれば考えるほど深みに嵌っていくのが分かって、何度と無く一から考え直した。とは言え、どこから考えればいいのかさえ分からなかったから、疑問があちこちに飛び火してしまって、結局元の木阿弥になる。その繰り返しだ。ああ、ますます分からなくなる。

そもそも「この町の秘密」ってどういうことなんだろう? お姉さんはそれを「知りたい?」と僕に訊いている訳だから、当然その「秘密」を知っているのだろう。でも、どうしてあのお姉さんが? あのお姉さんがこの町にあるという「秘密」を知りえるような特別な人には、僕には思えない。大体……どうしてそんな「秘密」を、僕なんかに教えようという気になったのだろう?

あの後お姉さんはこの事にはまったく触れず、時折他愛ない世間話をして時間を過ごした。僕は朝日が昇ってくるのに合わせて、お姉さんを残して廃駅から立ち去った。そうして今、お姉さんの一言が生じさせた疑問をいっぱいに抱え込んだまま、診療所への道を歩き続けている。それももう間もなく終わりだ。出てきたときと同じ場所から入って、佳乃ちゃんの部屋まで戻らなきゃいけない。

「……………………」

そうこうしている内、診療所まで戻ってきた。鍵のかかっていない小窓をそっと開け、狭い隙間に体を強引にねじこむ。中に入ったら念のために小窓を閉めておき、開けっ放しのドアから待合室を抜けて階段へ向かう。

「……………………」

「……ぴこぴこ」

まだ静かな寝息を立てている往人さんを横目に見ながら、僕は階段を一つずつ上っていく。佳乃ちゃんの部屋へと続く階段は結構な段差があるから、嫌でも一つずつ上らなきゃいけないんだけどね。

「……ぴこっ」

音を立てないよう静かに階段を上りきって、出てきたときと同じ形で開いたままのドアをくぐる。

「……くー……」

「……………………」

気持ちよさそうに眠っている佳乃ちゃんを見て、可愛い寝顔だなあ、なんてことを思ったりしながら(そんなことを思ったことを知ったら、佳乃ちゃんは間違いなく怒るとも思うけど)、ベッドに飛び乗ってその隣で丸くなる。これで、僕が夜散歩に出たことがバレることはないだろう。見たのは舞さんとお姉さんだけだし、二人とも何となく雰囲気で黙っていてくれそうな気がする。

「……………………」

僕は丸くなったまま、みんなが起床するのを待つことにした。

 

「ほう。今日も学校に行くのか」

「そうだよぉ。練習は欠かせないからねぇ」

「うむ。佳乃の言うとおりだ。練習は大切だぞ」

いつも通りの朝の風景。僕はその片隅に身を置きながら、佳乃ちゃんや聖さんの話に耳を傾けていた。あまりにもいつも通りの光景。昨日の夜の散歩など忘れてしまいそうな、ごくごくありふれた風景。僕はちまちまと水を飲みながら、その風景の中の一つであることを実感していた。

「国崎君もいつも通りか?」

「ああ。午前中に掃除を済ませたら、午後からは外に行かせてもらうぞ」

「ふむ。この暑さだからな。熱中症に気をつけるんだぞ」

「当然だ。帽子も被っていくしな」

僕はこの当たり前の風景が大好きだ。その中にいると、僕はとても落ち着いた気持ちになれる。変わる事の無い平穏。緩やかに流れていく時間。これ以上に素晴らしいことを、僕は思いつかない。いつまでもこんな風景の中に溶け込んだまま、大切な人と一緒の時間を過ごしていきたい。僕のささやかだけど、切実な願いだ。

「……次のニュースです。七月始めから続いていたオーストロネシア連邦諸国による会議が本日閉幕し、今月半ばに実施が予定されている……」

「朝から随分と難しいニュースを流してるな……」

「そうだな。だが、世界情勢を知っておくことは重要だぞ。ひょっとすると、君の人形劇に使えるような革命的インスピレーションを思いつくかもしれないからな」

「いや、世界情勢と人形劇は関係ないだろ……俺は世界情勢なんかより、この町について知りたいくらいだ」

まったく、僕もその通りだと思う。この町にはまだ、僕の知らないことがあまりにもたくさんある。世界情勢なんかよりもまず始めに、この町について知り尽くしておきたい。どんな些細なことでも……この町の中にあるものは、必ず何かに繋がっている気がするから。

「うぬぬ~。ねぇ往人君、それだったら、今度ぼくが町を案内してあげようかなぁ?」

「案内? そう言えば、誰かに改まって案内してもらったことなんて無かったな……」

「うんうん。だからねぇ、ぼくがこの町を隅々まで案内してあげるよぉ。そうすれば往人さんは『物知り往人さん Ver.γ』にパワーアップできちゃうんだよぉ」

「何がどう物知りで何がどうVer.γなのかはさておき、まあ悪くないな……じゃあ、お前に時間ができたときにでも頼む」

「了承ぉ! 張り切って案内しちゃうからねぇ」

にこにこと嬉しそうな表情をする佳乃ちゃんと、苦笑いを浮かべる往人さん。二人の表情が対照的で、見ていてとても楽しかった。これからもずっと、こんな日常が続いていくのだろう……少なくとも、往人さんがこの町にい続ける限りは。

「……………………」

……ずっとここにいてもらいたいというのは、僕のわがままなんだろうか。

 

「それじゃあ、行ってきまぁす!」

「ああ。くれぐれも気をつけてな。今日も暑いから、水分はしっかり取るように」

「分かってるよぉ」

いつも通りの挨拶を交わし合って、佳乃ちゃんが診療所を出て行く。もちろん、僕も一緒だ。

「ポテトはもこもこさんだねぇ。暑くて大変そうだよぉ」

「ぴこぴこー」

「うんうん。日陰に沿って歩いて行こうねぇ。学校に向かって、でっぱつしんこ~う!」

「ぴっこぴこー!」

佳乃ちゃんの元気のいい掛け声に合わせて、僕はゆっくりと歩き出した。

………………

…………

……

「失くさないよう魔法かけてー♪ さよならを伝えない~♪」

意外と上手な声で歌を歌いながら、佳乃ちゃんは気分よく学校へと続く道を歩いていく。今までは必ず誰かに会っていたような気がするけど、今日はまだ誰とも会っていない。多分、このまま一人で学校まで行っちゃうんだろうなぁ……

 

「あっ! 霧島さんだーっ! 舞ー、霧島さんがいるよー」

「佐祐理ちゃん! 舞ちゃんも一緒みたいだねぇ」

「……(こくこく)」

 

……僕がそう考えた瞬間、まるで図ったかのように横道から登場する舞さんと佐祐理さん。僕は何となく複雑な気分になりながら、佳乃ちゃんに近づいてくる二人を見つめた。

「今日も暑いですねー」

「そうだねぇ。今年はちょっと太陽さんが頑張りすぎちゃってるよぉ」

「あははーっ。もうちょっとペースダウンしてもいいですよねー」

佳乃ちゃんと佐祐理さんはいつものように似たような調子でおしゃべりを始める。二人とも性格がよく似てそうだし、笑った顔はどちらも太陽のように晴れ晴れとしている。二人が揃って笑っていれば、その場に自然と笑みが満ちてくるような、そんな気さえしてくるほどだ。

……一方。

「ぴこぴこっ」

「……(ぎゅっ)」

舞さんは無言で僕を抱き寄せ抱き上げ抱きしめると、僕のもこもこの体に顔を深くうずめた。昨日の夜も同じことをされたから、これはよっぽど気に入ったみたいだ。僕はちょっとくすぐったかったけど、舞さんが嬉しそうだったから、あんまり気にしないことにした。

「……昨日は大丈夫だった?」

「……ぴこぴこ」

「……魔物の気配がしたから……心配だった」

ごく小さな声で、僕と舞さんは会話する。昨日は幸いあの後お姉さんに会っただけだったけど、舞さんに心配を掛けちゃった。今度からはもう少し用心深く行動するようにしなきゃ……

「舞ちゃんと佐祐理ちゃんも練習に行くのかなぁ?」

「そうですねー。深山さんのお手伝いもしたいですし」

「……佐祐理と一緒に、立ち回りの指導を頼まれたから……」

「へぇー、そうなんだぁ。なんだか楽しみだよぉ」

「そんなに期待しないでくださいよー。佐祐理は舞と違って、そんなに派手な立ち回りはできませんからねー」

「……でも、佐祐理は変身が得……うぐっ?」

「あははーっ。舞ー、それは言っちゃいけない約束だったよねー?」

「……(うぐうぐ)」

佐祐理さんはニコニコ笑顔のまま、舞さんの口を右手ですっぽり覆っている。舞さんはうぐうぐと声にならない声を上げながら、こくこくこくとしきりに頷いている。どうやら、佐祐理さんの触れてはいけない部分に触れてしまったらしい。というか、変身って何のことなんだろう……?

「魔法少女はですねー、他人に正体を知られちゃいけないんですよー」

……そういうことらしい。

 

二人と出会った後は特に何事もなく、そのままストレートに部室まで到着することができた。

「部長さんっ! おはようございますだよぉ」

「おはよう霧島君。今日も早くから来てくれて助かるわ」

「川名さん、おはようございます」

「うん。おはよう佐祐理ちゃん。舞ちゃんも一緒かな?」

「……はちみつくまさん」

部室にはすでに何人か人がいて、思い思いに活動を始めていた。手早く周囲を見回して、顔ぶれを確認する。

……まず。

「……ぐー……」

「わっ?! 浩平、立ったまま寝ちゃってるよっ!」

「もー……お兄ちゃんっ! そんな器用な寝方してないで、早く起きてよっ!」

この三人。長森さんは今日も見学に来ているらしい。どうせなら、もうこの部に入っちゃった方がいいと思うんだけどなぁ……

「杏さん。椋さんはどうしたんですか?」

「んー。ちょっとバスに乗り遅れちゃったみたいで……ま、その内来ると思うわ」

「しかし……お前も椋も同じ家から通ってるのに、どうして移動手段が違うんだ?」

岡崎君に古河さん、それと藤林さん。この場にいるのは杏さんだけで、椋さんはまだ来ていない。岡崎君が言っていたことだけど、どうやら杏さんと椋さんはそれぞれ違う方法で学校まで来ているらしい。椋さんはバスみたいだけど、杏さんは……

「簡単よ。ほら、あの子まだ免許持ってないし」

……免許? 免許が絡む乗り物で学校まで来てるのかな? でもそれって、思いっきり校則違反じゃ……

「……………………」

……深くは考えないでおこう。

今のところ部室にいるのは……五+六の十一人。半分より少し少ないくらいだ。それでも朝早くからこんなに人が集まるなんて、やっぱりみんなやる気なんだろう。佳乃ちゃんはいい部活を見つけたと、僕は思う。

「……あっ。そういえばゆきちゃん、昨日話してる時に誰か入ってきたみたいだけど、どうかしたのかな?」

「あれ? 勧誘よ。いきなり女の子が入ってきて、『俺斉藤っす』って早口で連呼してきたわ」

「……すごくよく分からない勧誘の方法だね」

「そうね……私もよく分からなかったから、とりあえず断っといたけど……何だか恐ろしく嫌な予感がするわ」

「もし何かあったら、美佐枝さんに相談した方がいいかもしれないね。私も用心しておくよ」

深山さんは珍しく眉をひそめながら、腕組みをして呟いた。深山さんの話だけ聞いていると、なんだか恐ろしくシュールな話だ。大体「俺斉藤っす」ってどういう意味なんだろう? 何か意味があるようには……

……その時だった。

 

(がららっ!)

 

部室のドアがものすごい速さで開けられて、だーん! と壁に叩きつける音が聞こえた。

「どうしたんだ?」

「どうしたのかなぁ?」

「何々? どうかしたの?」

皆の視線が一瞬にして集まる。その先に立っていたのは……

 

「はぁ……はぁ……な、なるほど……心臓が飛び出るってこんな感覚な訳ね……」

「……って、茂美じゃない。そんなに慌ててどうかしたの?」

 

汗だくになって息を切らしている川口さんだった。深山さんが側に寄り、何事かと訳を尋ねる。

「何かあったみたいだけど、話せる?」

「ひー……ひー……ごめん部長、五秒だけ待ってくれる?」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……おっけー。じゃあ部長、ここから十歩くらい下がってくれない?」

「十歩? またえらく下がらせるのね……」

不審な表情をしながら、深山さんは言われたとおり、川口さんからちょうど十歩ほど間を空ける。川口さんはそれを確認してうんうんと頷くと、

「……すぅーっ……」

大きく息を吸い込んで、体を弓なりに仰け反らせた後……

 

 

「きょーすけが帰ってきたぞーーーーっ!!」

 

 

……そう、力の限り叫んだ。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。