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第百九話「Mission:Catch the HEART!」

「私、こんなこともう二度とないって思ってたよっ!」

「仕方ないだろっ! とりあえず、今は保育所に行くしかないぞ!」

「うぬぬ~。また、大捕り物になっちゃいそうだねぇ……」

佳乃ちゃん、折原君、みさおちゃん、長森さん、それに藤林さん。昨日も保育所へ向かったこの面子で、炎天下の街中を駆けていく。演劇部の人達には古河さんが説明してくれるみたいで、無駄な時間を取られるようなことは無かった。今はとにかく現場に向かうのが先決だ。走るみんなの表情に、険しさにも似た真剣さが浮かび上がってくる。

「お兄ちゃんっ! 繭ちゃんを捕まえるのはいいけど、前と同じで大丈夫かな?!」

「いや、今回は配置を換えるぞ! 杏っ! お前は真琴と一緒に子供を抑えててくれ!」

「おっけー……今回はしくじらないようにしなきゃね……!」

「浩平っ! 私はどうすればいいかな?!」

「お前は佳乃と一緒に待ち伏せだ! 昨日走って分かったが、保育所の裏は狭くなってる! そこを二人で固めるんだ!」

「了承ぉ!」

「最後に……みさお! お前は俺と一緒にあいつを追いかけろ! 長森と佳乃がいる場所へ追い込むようにだ!」

「うんっ! 分かったよお兄ちゃんっ!」

前回の教訓を踏まえた配置。昨日は保育所にいる子供達のことをまったく考えてなかったから、佳乃ちゃんや藤林さんが足止めを倉って大変な目に遭った。今回は子供の扱いに慣れている藤林さんと真琴ちゃんを最初から子供の対処に割り当てることで、その問題を解決するつもりでいるようだ。

「あいつを……繭を追いかけてて気づいたんだが、あいつは何か障害物があるとすぐに進路を変える。そういうやつには……」

「挟み撃ちしちゃうのが有効、ってことかなぁ?」

「そういうことだ。各々の配置を守るのも大事だが、他のヤツが繭を追いかけてるようだったら、配置を離れてでもあいつを挟撃しろ! そうすりゃ、案外簡単にカタが付くはずだ」

「とにかく、早く何とかしなきゃね! 急ごうよ!」

長森さんの言葉に一同が同調しあって頷くと、一行はさらにスピードを上げた。保育所は大混乱に陥っているはずだ。一刻も早く現場に向かって、事態を収拾する必要がある。僕もできるだけのことをしよう。

吹き抜ける潮風を切って、僕らは走り続けた。

 

「着いたぞっ!」

「あそこに立ってるのは……」

保育所までたどり着いてみると、そこに見覚えのある人物が一人、こちらを向いて立っているのが見えた。

「皆っ! こっちやこっち!」

エプロン姿の晴子さんが、僕らを手招きしていた。佳乃ちゃんたちはそれに従って、保育所の正門付近へと集まっていく。晴子さんの表情は見るからに憔悴しきっていて、中の様子が聞かずとも理解できるようだった。

「晴子さぁん! 中はどうなっちゃってるのかなぁ?!」

「どうしたもこうしたもないわ! 昨日も大概えらい目に遭うたけど、今日はそれに輪をかけてえげつないことになっとるで!」

「神尾さん、真琴ちゃんはどうしたんです?」

「中で子供らを落ち着かせようとしとるけど、あっちゃこっちゃ走り回って手が付けられへん状態や……うちが代わりに事情を説明することになっとるんやけど、うちも早う戻らんと……」

「了解。晴子さん、繭ちゃんは佳乃たちが捕まえてくれるから、あたしと一緒に子供をなんとかしましょ!」

「助かったわ! よっしゃ! 後は任せたで!」

晴子さんと藤林さんは頷き合って、繭ちゃんのことを残りの四人に託して走っていった。真琴ちゃんの援護に行くつもりに違いない。子供の扱いに慣れた人が三人いれば、子供のことは気にしなくても大丈夫だろう。後は、残った四人で繭ちゃんを捕まえるだけだ。

「お兄ちゃんっ! 私たちも行こうよっ!」

「ああ……作戦開始(ミッション・スタート)だ!」

そう短く言葉を切ると、一同は折原君を先頭に保育所の中へと駆けていった。

 

中に入ると、折原君とみさおちゃん、それと佳乃ちゃんと長森さんという具合に、あらかじめ指示されたとおりのグループにさっと分かれる。これから自分達が何をすべきか、みんなもうきちんと理解しているようだ。

「みさおっ! 繭の姿を見かけたら……」

「霧島先輩と瑞佳お姉ちゃんのところに誘い込む、だよね?」

「ああ。佳乃! 長森! しくじるなよ!」

「分かってるよっ! 浩平こそ、焦ってどっかにぶつかったりしないようにしてよ」

「長森さんっ、行くよぉ!」

先陣を切り、佳乃ちゃんと長森さんが裏手へ向かう。折原君も言ったとおり、保育所の裏は他と比べて随分道幅が狭くなっている。そこを二人で固めれば、いかにすばしっこい繭ちゃんと言えど、やすやすと潜り抜けてしまうことはできないだろう。あとは、いかにしてそこへ繭ちゃんを追い込むかだ。

「よし……みさおっ! お前は左からだ! 俺は左から行く!」

「うんっ! 頑張ろうねっ!」

「当然だ! さっさと終わらせるぞ!」

最後まで場に残っていた折原君とみさおちゃんも、それぞれの方向に向けて走っていく。

「……ぴこっ!」

僕はまとめ役の折原君の側について、一緒に走ることに決めた。

 

「しかし、あいつも懲りないヤツだな……」

折原君は繭ちゃんの姿を探して落ち着いたペースで走りながら、ふとそんなことを呟いていた。昨日の一件でもうこんなことをするはずはないと思っていたから、僕も同じ気持ちだった。繭ちゃんは一体どうして、こんなことを繰り返すのだろう? 僕にはその理由がさっぱり分からなかった。

「昨日はうやむやになったが……今日は親も呼んできっちりカタを付けなきゃな。こんなこと繰り返してたんじゃ、こっちの身が持たない」

確かにそうだ。佳乃ちゃんや折原君たちは演劇の練習もしなきゃいけないし、真琴ちゃんや晴子さんだって、毎日こんな大騒ぎに巻き込まれてはたまらない。繭ちゃんとそのお母さんのためにも、今日はきちんと話をつけよう。そうしなきゃ、いつまでもこの繰り返しだ。

「それにしても、中の方が騒がしいな……杏と真琴がいるから大丈夫だと思ってたが……」

「ぴこぴこ……」

少し落ち着いて耳を傾けてみると、教室の方から子供達の声が聞こえてくる。それに混じって、藤林さんや晴子さんのちょっと大きな声も。その声の内容を聞いてみると……

「……って、なんでこんなに元気なのよーっ! こらーっ! 落ち着きなさいっ!」

「お前らーっ! 何やっとるんやーっ! 今外出て行ったらあかん言うとるやろーっ!」

「わーっ! 藤林のおねーちゃんっ! 向こうの方から何人か外に出ちゃってる!」

「何ですってっ?! こらぁーっ!! 止まりなさーいっ! 止まらないと蹴り殺すわよーっ!」

……悪い予感がした。三人いればなんとかなるだろうと思っていたけど、どうやらそれはかなり甘い予測のようだった。繭ちゃんの登場で興奮した子供達が、三人の手をすり抜けて外へと走っていく様子がありありと浮かぶ。

「まずいな……これは思ってたより、子供が興奮しちまってるぞ……」

どうやらそれは僕だけじゃなく、折原君も同じみたいだった。もし昨日と同じように子供達が繭ちゃんの逃走に加わるようなことになれば、繭ちゃんの捕獲は格段に困難なものとなる。一人では非力な子供達も、五人六人と寄り固まれば、力のある佳乃ちゃんや藤林さんだって簡単に押さえ込んでしまう。それは、僕が昨日目にした光景だ。

「……………………」

僕の悪い予感が膨らむ。それはもはや予感というよりも、確信に近いものがあった。それは必ず起こる事であって、後はそれはいつ起きるかということだけ……そんな気がした。

と、その時だった。

「みゅーっ!!」

「あっ! こらっ、待てっ! 止まれっ!」

不意に繭ちゃんが現れ、折原君の前を横切っていった。折原君は進路を変更し、繭ちゃんの背中を追いかけ始める。

「みゅーっ! みゅ~っ!」

「みゅー、じゃねぇっ! 止まれって言ってるだろっ!」

折原君の制止も無視し、繭ちゃんは走り続ける。それにしても、ものすごい速さだ。身体能力では繭ちゃんの上を行っているはずの折原君を、あっという間に引き離していく。折原君を息を切らしながら必死に繭ちゃんの背中に食らい付いていくけど、それももう長くはもたないだろう。

……しかし、そこへ。

「お兄ちゃんっ! その調子で追いかけてよっ!」

繭ちゃんの前を塞ぐ形で、みさおちゃんが颯爽と姿を表す。折原君は「しめた!」と言わんばかりの表情を見せ、

「おおっ! いいところに来たなみさおっ! そのまま繭を捕まえるんだ!」

「任せてよっ! 今度は一人だからねっ! 逆に遠慮なくやれるよっ!」

みさおちゃんに指示を飛ばす。みさおちゃんはそれを受け、繭ちゃんを捕まえようと腰を低く落として構えた。前にはみさおちゃん、背後には折原君。折原君の言った「挟み撃ち」の体制が出来上がっていた。しかも、それを構成しているのは兄と妹。ここまでのやり取りを見る限り、こういう「いざ」という時にはかなり気の合う兄妹のようだ。

「みゅ~っ!!」

「さあ繭ちゃんっ! お遊びの時間はここまでだよっ!」

走ってくる繭ちゃん、両腕を広げて待つみさおちゃん、後ろから追跡する折原君。このまま行けば……これはいける……絶対にいける……! いけるに違いないと、僕は思っていた。

……だけど。

 

「みゅーっ!!」

(するり)

 

「ひゃあっ?!」

「何ぃっ?! あいつ、みさおの足と足の間を潜っていったぞ!」

繭ちゃんはそんな僕の――恐らく、折原君とみさおちゃんも抱いていたであろう――確信を、いとも簡単にぶち壊してしまう。繭ちゃんは一瞬で身を屈めて小さくすると、みさおちゃんの足と足の間を抜けていったのだ。みさおちゃんは何をされたのかさえ分かっていない様子で、ただきょろきょろと周囲を見回している。

「は、はわわわわ……い、今の何っ?! なんかこうっ、ちゅるりってっ! なんかこう、ぬらりひょんってっ!」

「落ち着けみさお! とりあえずあいつは俺が追いかけるから、お前は落ち着いたらまた走れ! いいな?!」

「は、はふぅ~……で、でもおにいちゃんっ、繭ちゃんがこう、さらさらりんって! げじげじって! おぎおぎって!」

みさおちゃんは一瞬のうちの出来事ですっかり気が動転してしまったのか、訳の分からないことを連呼している。精神的にデリケートな部分に触れられてしまったようで、とてもじゃないけど走れるような状態では無かった……いきなり股下をくぐられたら、誰だってびっくりするとは思うけど。

……そんな状況下で、さらに。

「浩平ーっ! 浩平ーっ!!」

「杏か?! どうした!」

折原君を呼ぶ藤林さんの声。その声は明らかに切羽詰っていて、何がしかよくないことが起きたことを如実にあらわしているのが分かった。声だけが聞こえてきて、こちらに近づいてくる一向に無いことも、それをさらに加速させていた。

そして、続けて聞こえてくる……

「ごめーんっ! 子供が半分くらい逃げ出しちゃったっ!」

……絶望的な宣告。

「なんだって?! 真琴と晴子さんはどうしたんだ?!」

「子供にわやくちゃにされちゃってるのよ!! ていうかあたしもされてて動けないっ!!」

「くそっ……分かった! とりあえず、それ以上子供を外に出すんじゃないぞ!!」

「やれるだけやってみるけど、確証は持てないからねっ!! って、髪の毛を引っ張るなーっ!! やめんかーっ!!」

悲鳴にも似た怒声を最後に、藤林さんの声は聞こえなくなった。折原君は顔に手を当てて首を振ると、大きく息を吐いた。

と、そこへ。

「浩平っ! なんか大きな声で言い合ってたみたいだけど、何かあったの?」

「長森か……佳乃はどうしてる?」

折原君と藤林さんのやり取りを聞きつけたのか、長森さんが走ってやってきた。折原君は安堵した面持ちで、長森さんに今の状況を確認する。

「持ち場を見張っててくれてるよ。浩平の声を聞いて、私が行ってあげた方がいいんじゃないかって言ってくれたんだよ」

「ああ、正解だ……今さっき、みさおが戦闘不能になった」

「えぇっ?! みさおちゃん、大丈夫なの……?」

「みさおのことは心配ない……だが、繭を追いかけるには最低二人必要だ。というわけで、今度はお前に走ってもらうぞ」

「いいよ。いっつも浩平に付き合って、走って学校まで行ってるからね。任せてよ」

「よし。じゃあ、俺はこっちから走る。お前は向こうからだ。頼んだぞ!」

「うん。分かったよ!」

長森さんとタッグを組みなおし、折原君は繭ちゃんの追跡を再開した。僕は続けて折原君の隣に付き、一緒に繭ちゃんを追いかけることにする。

「真琴、杏、晴子さん、それにみさおがやられた……」

「……………………」

「……後は、俺と長森と佳乃だけか……」

……やっぱり、僕は勘定外なんだなぁ……

 

「みゅ~っ!!」

「見つけたぞ! 待てぇ!」

狭い保育所の中を走り回っているから、繭ちゃんを見つけること自体は簡単だった。問題はそこから先だ。例え見つけたとしても、その脚力についていけないのだ。一番最初からずっと走り続けているはずなのに、繭ちゃんは一向に疲れた様子を見せない。一体、どこからそれだけの体力が出ているのだろう?

「みゅーみゅーっ!」

「なんて速さだ……大体あいつ、もうそろそろ一時間くらい走り続けてないか……?」

真琴ちゃんから呼ばれて今で大体四十分くらい。繭ちゃんが入り込んだ時間を勘案すれば、一時間くらいというのは妥当な線だろう。それだけの間走り続けて疲れを見せないとなると……ちょっと尋常じゃない。けれども、今はそんなことを考えている暇は無い。とにかく繭ちゃんを捕まえて、大混乱の極みにある保育所をなんとかしなきゃいけない。

「わぁーっ!」

「みゅーちゃんだーっ!」

「おいかけろーっ!」

「やばいぞ……子供が参加し始めてやがる……」

折原君の隣を駆けて行く子供達。藤林さん達が抑え切れなかった子供達が、繭ちゃんを追いかけて走り回っている。事態をややこしくする要素以外の何者でもない、厄介な存在だ。

しかし、それと同時に。

「浩平ーっ!!」

「……おっ! 長森ぃっ! ちょうど繭がそっちに走ってくぞ! 捕まえてくれ!」

「分かってるよっ! 浩平はそのまま走ってね!」

折原君と繭ちゃんの前方に、長森さんの姿が見えた。ちょうど交差しあえたのだろう。これはまたとないチャンスだ。長森さんはきちんと足を閉じているし(多分、あの後みさおちゃんから少し話を聞いたのだろう)、左右は狭くて抜けられない。繭ちゃんは今度こそ追い詰められたのだ。

「みゅ~!」

「繭ちゃんっ! 今度こそお縄を頂戴するんだよっ! それっ!!」

走ってくる繭ちゃんに先手を打って、長森さんが身を低くして取り押さえようとした――

 

(ぱしっ)

 

――その、ほんの一瞬の出来事だった。

「はぇっ?! い、今何があったのっ?!」

「あ、あいつ……長森の背中を馬跳びしてったぞ!!」

そう。

繭ちゃんは一瞬身を屈めた長森さんの背中に手を突いて……

……「うまとび」をして、まんまと逃げおおせてしまったのだ。

「えええぇぇぇっ?! 全然気づかなかったよっ!?」

「あいつ……なんて身体能力おわぁっ?!」

「うまとびーっ!」

「うまとびーっ!」

長森さんと折原君が呆然としている間に、繭ちゃんを追いかけて来た子どもたちが追いついていた! 繭ちゃんの真似をするかのように、二人に次々と飛び掛っていく。

「こ、浩平~っ! 何とかしてよ~っ!」

「このっ……悪い! 俺も動けないんだっ!」

完全に動きを封じられてしまった二人。僕はそれを戦慄しながら眺めることしかできず、そして……

「……あっ! わたあめーっ!」

「もこもこーっ!」

「ぴこーっ?!」

……自分の身に降りかかる火の粉を振り払うことで、もう精一杯だった……

 

「ぴこ……ぴこ……」

僕はこの時初めて、自分が小さい体に生まれたことを感謝した。さすがに僕の体を掴むことは難しかったらしく、次々に襲い掛かる子供達の腕をどうにかすり抜け、子供達を煙に巻くことができた。毛がもしゃもしゃになった挙句何本も抜けちゃったけど、大したことじゃない。逃げ仰せられたこと、それが一番だった。

そして、今僕は……

 

「……大変なことになっちゃったねぇ」

「……ぴこぴこ」

 

……最後まで生き残った、佳乃ちゃんの側にいた。佳乃ちゃんは力を抜いた構えで、すぐ近くで繰り広げられている喧騒から一歩離れた場所にいるように見えた。それくらい、今の佳乃ちゃんからは無駄な力が抜けていた。

「……ぼくが繭ちゃんを捕まえる」

「……………………」

「……絶対に逃がさないからねぇ……」

佳乃ちゃんが静かに呟いた……

……その時だった。

 

「みゅーーっ!!」

 

何度聞いたか分からない、繭ちゃんの鳴き声。佳乃ちゃんは静かに後ろへ向き直ると、その両腕を静かに広げた。

「……これで、終わりにしようねぇ……」

佳乃ちゃんのその言葉に、ぞっとするほどの重みを感じた。重み? いや、それは正しくない。

そう。それはどちらかというと……

「……………………」

……「寒気」、「寒気」に近かった。日差しの照りつける保育所にあって、佳乃ちゃんの言葉には確かすぎる「寒気」があった。抑揚の無い言葉の調子、それを口にした佳乃ちゃんのあまりの無表情、そして……それが「佳乃ちゃんから発せられた」という事実。そのすべてが、僕をぞっとさせたのだ。

「みゅーっ!」

「……………………」

繭ちゃんの姿が目に映る。それは佳乃ちゃんも同じ。空のように澄み切った青の瞳で、段々とその姿を大きくする繭ちゃんを見据えている。

「……………………」

「みゅーみゅーっ!」

その全身像をはっきりと捉えられるようになるまでは、僅かな時間も必要なかった。

「みゅ~~~~っ!」

「……………………」

――そして。

 

(がしっ)

 

「?!」

「……捕まえたよぉ」

「はぇ……」

 

佳乃ちゃんは……

「……もう、おとなしくしてくれないかなぁ……?」

……繭ちゃんをひっしと抱きしめると、そのままその動きを止めさせてしまったのだ。

「……………………」

繭ちゃんはぴくりとも動かず、そこから逃げ出そうとする様子も無い。ただ、佳乃ちゃんに抱きしめられるままだった。

「……大丈夫だよぉ」

「みゅ……?」

佳乃ちゃんは繭ちゃんの背に回した腕に、より一層の力を込めた。

……この、意味深な言葉と共に。

 

「ぼくが……ここを……繭ちゃんの『願いが叶う場所』にしてあげるから……ねぇ」

 

その、意味深な言葉と共に――。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。