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S:0022 - "Keraunophobia"

――それから、およそ二時間後。

「……いいわ。これくらいにしましょ」

「はい。リアンさん、ルルティさん、ありがとうございましたっ」

「筋のよさはかなりのものね。リアンがほれ込むのも分かる気がするわ」

リアンとルルティに「チューニング」を施してもらって、ともえの魔法はかなり安定してきたようだった。チューニングに使った魔法は「考えたとおりの大きさ・色合い・模様のビー玉を出現させる」というもので、自分の考えと魔法をうまくすり合わせるコツを教えてもらっていたようだ。

「いい感じよ、ともえちゃん。焦らず練習していけば、きっと立派な魔女になれるわ」

「はいっ。わたし、がんばりますっ」

リリカルバトンを握り締めつつ、ともえが力強く答えた。

「おっと、忘れるところだったわ。ともえちゃん、バトンを一度、あたしに貸してくれる?」

「リリカルバトンを、ですか? はい。分かりました」

ともえからリリカルバトンを受け取り、リアンが感触を確かめる。少し持ち上げてみて、リアンが小さく頷いた。

「うむ、大分減っちゃったみたいね。ここらで、魔法玉を補給しておきますか」

「魔法玉?」

新しい単語の登場に「?」を浮かべるともえをよそに、リアンがリリカルバトンの中央にあるボタンを押下した。

(ガシャン!)

無機質な音と共に、バトンの「裏」に当たる部分が開いた。ともえが目を凝らしてみると、バトンの中に透明なケースが収められているのが見えた。そこに、先程練習で出したビー玉のような透明な球体が、三つほどまばらに入っている。

「リリカルバトンに、こんな仕掛けがあったなんて……」

「知らなかったでしょ? ここに入ってるのは『カートリッジ』、カートリッジの中に入ってるのが『魔法玉』よ」

リリカルバトンからカートリッジを取り外し、リアンが一つ一つ説明する。「カートリッジ」の中に「魔法玉」が入り、「リリカルバトン」の中に「カートリッジ」を収める。そのような構造になっているようだ。

「大分減ってたから、ここらで補充しとかないとね」

カートリッジに残っていた魔法玉を一旦捨て、新しい魔法玉を詰めなおす。一杯になったところで、リリカルバトンの空きスペースにカートリッジを差し込んだ。カートリッジを差し込むと、リリカルバトンは自動的にカートリッジを認識し、背中に開いていた口が自動的に閉じた。

「魔法玉は魔力の塊みたいなもので、魔法を使うために必要な動力源なのよ」

「電池みたいな感じですね!」

「そうそう。ともえちゃんの中にある魔力がメインエンジン、リリカルバトンの中にある魔法玉が補助エンジンってところね。リリカルバトンのほうは、ともえちゃんの魔力のトリガーやスタビライザーの役割を果たしてるわ」

「リアンったら、またそんな横文字を使っちゃって……」

「えっと……つまり、わたしの魔力を引き出すきっかけ作りだったり、暴走しないように安定させたりしてくれてる、ってことですよね?」

「うむ! さっすがはともえちゃん! すんばらしい理解力っ!」

「……優秀すぎるのも困り者ね。アレで分かっちゃうなんて……」

ともえは横文字に強いようである。

「……とまあ、練習が終わったのはいいんだけど……」

「……雨、止まないですね……」

二人して窓の外を見ると、雨脚は一層強くなっていた。叩きつけるような強い雨が、窓に引っかいたような痕を残す。それは後から後からどんどん上書きされ、めまぐるしく形を変えていく。

「……………………」

「……………………」

止まない雨を眺めながら、リアンがともえに呟く。

「……あのさ、ともえちゃん。ともえちゃんのお父さんお母さんって、今日って普通に帰ってくる?」

「えっと……今日は、二人ともお仕事で、明後日まで帰ってこないって言ってました」

「そっか……それじゃさ、あれだけど……」

リアンがともえの目を見ながら、不意にこう言った。

「今日、あたしのアトリエに泊まってかない?」

ともえはリアンからの唐突な提案に驚き、思わず口元に手を当てた。

「え……えぇっ?! アトリエに……ですか?」

「そうそう。こんな酷い雨じゃ、帰るにも帰れそうに無いし」

雨は激しくなる一方で、弱まる見込みはほとんどなかった。この調子では、明朝まで止むことなく降り続けるだろう。これほどの雨の中で傘を差して帰るには、かなり不安があった。

「でも……リアンさんに、迷惑になっちゃうんじゃ……」

「いやいや。むしろともえちゃんがいてくれたほうが、寂しくなくてありがたいわ」

「お気持ちは、とってもうれしいです……けど、ひとつ気になることがあるんです」

ともえは指先をもじもじさせながら、リアンにこう伝えた。

「えっと……雨に濡れて、汗もかいちゃったので、服を着替えないと……」

「了承。ほいっと」

「はえ?! 一秒で了承……わっ?!」

リアンが表情一つ変えずに指を弾くと、驚くともえのともえの腕の中に、私服と下着、そしてパジャマが一揃い出してやった。手にとってみるとどれもこれもともえにぴったりのサイズで、そのまま着る事ができそうだった。

「これ……! リアンさん、いいんですか?」

「もっちろん! 女の子はデリケートだものね。ともえちゃんの気持ち、あたしも分かるわ」

文字通りお手の物、といった調子で服を出してしまったリアンに、ともえが改めて尊敬のまなざしを向ける。リアンはにやりと笑い、ともえにウィンクをして見せた。

「リアンさん……! ありがとうございます!」

「いいのいいの。ともえちゃん家に泊めてもらった恩返し、したくて仕方なかったから、ね」

無邪気に喜ぶともえに、リアンが頬を緩める。ともえと共にいられることが、リアンにとってもうれしいのだろう。

「それじゃあ、泊めてもらう代わりに、わたしがご飯作りますねっ」

「きたー! ともえちゃんのご飯きたーっ!! 今北産業ーっ!!」

「はぁ……リアン、アナタそれで恥ずかしくないの? 女として」

「うるさい白猫。ともえちゃんのご飯を食べてからしゃべりなさい」

ともえが夕飯を作ると聞いて興奮するリアンに冷めたツッコミを入れるルルティ、そのルルティに開き直ったような回答をするリアン。文字通りのでこぼこコンビである。

「まったく……だらしのなさだったら誰にも負け――」

ルルティが呆れた調子で言おうとした、まさにその時――

 

(カッ)

 

窓の外が一瞬、白く塗りつぶされたように見えた。

「?!」

「!?」

「!!」

反射的に、リアンとともえが揃って窓の外へ目を向けた。息をするのも忘れたかのように、目を見開いたまま窓に釘付けになる。

(ごごごごごごおおおぉぉぉおおん……)

耳を劈くようなすさまじい轟音が鳴り響き、ともえとリアンが同時に身を縮こまらせた。どうやらかなり近くで、大きな雷が落ちたようだった。二人が顔を見合わせ、お互いをまじまじと

 

「いやーっ!! か、か、かみっ、か、かみなっ、かみなり~っ!!」

「……って、ええっ?!」

 

――見つめていたところ、ともえが不意に誰かに抱きつかれた。ともえはさらに驚いた表情をしつつ、自分に抱きついてきた……

「ルルティ……さん?」

「あううぅぅぅぅぅ……かみなり、かみなり、かみなりコワイ……」

ルルティに声を掛けた。ルルティは普段の余裕ぶりはどこへやら、ともえにしっかりとしがみついて、かたかたと躰を震わせている。よほど雷が怖いのか、目はぎゅっとつぶったままだった。

「雷、苦手なんですか?」

「こ、こわいの……ぴ、ぴかってなって、ど、どかーんってなって、どどどどどどど……」

支離滅裂だが、ルルティが尋常で無く雷が嫌いなことはよく分かった。ともえの隣にいるリアンはルルティの姿を見つつ、頭をぽりぽりとかいている。

「あー……そういえば、あんた雷苦手だったわよねぇ……」

「ま……魔女界だと……少しも、かみなりとか、なななな……なかった、から……」

リアンが付け加える。リアンが住んでいる地域の気候は比較的安定していて、特に雷は一年に一度落ちれば多いほうだと言われている、とのことだった。

「ルルティさん、怖かったんですね」

「は、離さないで……つ、つかまらせて~っ……」

「はい。しっかりつかまってください。わたしは、ここにいます」

ともえはルルティを優しくぎゅっと抱きしめて、かたかた震え続けるルルティの背中を優しく撫でてやった。ルルティはなお震えていたが、ともえが近くにいることを感じ、少しばかり、落ち着いたようだった。

「と、ともえっ……」

「だいじょうぶ、です。アトリエの中に居れば、雷は落ちませんから」

「ほ、ホントに……?」

「ええ。避雷針もばっちり装備してるわよ」

「わたしとリアンさんが保障します。だから、安心してください」

幼子をあやすような口調で、ともえが請合った。ルルティはようやく目を開け、不安げな表情をともえに見せる。

「ふふふっ。怖がってるルルティさん、なんだか可愛いです」

「じ、冗談言わないでよ……私、必死なんだから……」

「ともえちゃんの方が、なんだかお姉さんぽいわねえ」

ともえにしっかり抱きつくルルティを見ながら、リアンが口元に笑みを浮かべるのだった。

 

「ともえちゃん」

「はい。おかわりですか?」

ともえはリアンから空になったシチュー皿を左手で受け取りつつ、右手をテーブル傍の鍋に突っ込まれているお玉へ伸ばした。ともえは今日、リアンのアトリエでクリームシチューを作ったようである。

「おかわりも欲しいけど、それ以上に欲しいものがあるの」

「おかわりよりも欲しいもの?」

シチュー皿にクリームシチューを盛りながら、ともえが目を真ん丸くして尋ね返す。

「ともえちゃん、あたしはともえちゃんが欲しいわ」

「えぇっ?! やっぱりそっちですか?!」

「リアン……それ、今日一体何回目なのよ……」

もはや時候の挨拶と化しつつあるリアンの「ともえが欲しい」発言(ともえも「やっぱり」と言っている)に、ルルティは呆れたようにため息をつくほかなかったようだ。行儀よくクリームシチューを食べつつ、ルルティがリアンとともえのやりとりを見やる。

「ちくしょう……なんであたしは女なのよ……男だったらともえちゃんと結婚できたってのに……」

「リアンさん、目がかなり本気です……」

今にもだくだくと血の涙を流しそうなくらい本気(マジ)な目つきになるリアンに、ともえは若干引かざるを得ないのだった。本当に面倒な師匠である。

「それにしても、ホントによくできてるわ……これ、どうやって覚えたの?」

「あ、はい。お母さんが教えてくれて、一人で留守番してるときに何度か作って、練習したんです」

「一人で練習したの? それでここまでやるなんて……」

ルルティはともえのシチューに舌鼓を打ちつつ、ともえがシチューの作り方を事実上一人でマスターした事に感嘆するばかりだった。隣でちくしょう、ちくしょうと涙目になりながら(※結婚できないので)シチューをかっ食らうリアンを完全に無視し、ともえに青い瞳を向ける。

「あれね、むしろ私、ともえみたいな子に仕えたかったわ」

「ありがとうございます。ルルティさんにそう言ってもらえると、自信になりますっ」

「待てい白猫! ともえちゃんはあたしの嫁で、あんたはあたしの使い魔だっての!」

「ふん。使い魔には、主人を選ぶ権利があるわ」

「あはは……わたし、取り合いされてるのかな……」

本気(ガチ)でともえの取り合いを始めるリアンとルルティを横目に、ともえは苦笑いするばかりだった。

 

「ともえちゃん、そろそろ寝ましょっか」

「はい。わたしも、今宿題が終わったところです」

丸テーブルで宿題をしていたともえが教科書とノートを片付け、ランドセルに詰めなおした。椅子から下り、リアンの側まで歩いていく。

「ルルティ、今日はどこで寝る?」

「そうね、私はいつもの場所で……」

リアンに声を掛けられたルルティが、そう言い掛けたとき。

(ごごおぉぉおん……)

遠くで雷が落ちたのだろう、胸に響く轟音が聞こえてきた。

「ひっ……?!」

「ルルティさん、今のは大丈夫です。すごく遠くですから」

「んー……この分だと、一晩中鳴ってるかもね……」

「ひ、一晩中?!」

一晩中という言葉に反応し、ルルティの声が裏返った。雷嫌いのルルティである、寝ている間中雷に怯えなければならないとなると、平静でいられないのも無理のないことだ。

「あ、ああ……ど、どうしよう、どうしよう……」

「ルルティさん……」

おろおろと辺りを彷徨う哀れなルルティに、ネグリジェ姿のともえが気の毒そうな表情を見せた。

「……………………」

しかし、やがてともえの表情が変わる。何かを決意したかのような凛とした表情を見せると、おもむろにルルティに声を掛けた。

「あの、ルルティさん」

「と、ともえ……?」

ともえは、ルルティにこう提案した。

「わたしと、一緒に寝ませんか?」

「……え?」

いきなりのともえの申し出に、ルルティが立ち止まり、惚けた顔をする。

「一緒に寝れば、雷も怖くないです」

「……………………」

「いざとなったら、わたしがルルティさんを守りますっ」

「ともえ……」

「ルルティさん、どうですか?」

優しい笑顔を見せて両腕を広げ、ルルティを出迎える体勢になるともえ。ルルティは微かに頬を紅潮させつつ、暫時その場を行ったり来たりしていたが、

「うぅ~……」

やがて、しずしずと前へ歩いてゆき。

「し……仕方ないわね。き、今日は、ともえと一緒に寝てあげるわ」

「はいっ。わたしと一緒に寝ましょうっ」

ともえは自分の前までやってきたルルティを抱きしめ、にっこり笑うのだった。

「ああ、ちくしょう……今日の夜だけルルティになりてぇ……そんでもってともえちゃんと一緒に寝てぇ……」

……とりあえず、この人(魔女だが)は欲望剥き出しにも程があると言わざるを得ない。本当に。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。