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S:0024 - "Remark of impact in the rooftop"

――そんな出来事のあった日の、お昼休みに……

「おい。この教室に、中原ってヤツはいるか?」

「……はぇっ?!」

いきなりその出来事の渦中の人物――厳島から話しかけられては、しっかり者のともえとて間の抜けた声を上げざるを得なかった(最近、割と頻繁に上げている気もするが)。ともえは本気で驚いて、声を掛けてきた厳島の顔をまじまじと見つめた。

橙色のさっぱりしたショートカットに、中性的な顔立ち。朝の上級生との一件もあり、ともえにはその表情がやけに凛々しいものに見えた。

「えっと、わたしが中原ですけど……」

「そうか。なら、ちょっとこっちへ来い」

「え? は、はい……」

厳島に腕をつかまれ、ともえは戸惑いつつも、教室を出た。

「……あれ、隣のクラスの厳島じゃない?」

「そうだね。巴ちゃん、連れてかれちゃったけど……どうしたのかな……?」

その様子を、クラスメートの千尋と麻衣が見ていた。厳島に教室の外へ連れ出されたともえのことを見つめながら、二言三言、言葉を交わした。

「ここじゃ話しにくいからな。屋上へ行くぜ」

「屋上? でも屋上って、立ち入り禁止だったような……」

「なら、尚更都合がいい。関係ねえやつが入って来ねえからな」

ともえの腕を引っ張りながら、厳島はずんずん歩く。ともえは厳島の大きな歩幅に時折つんのめりそうになりつつ、なんとか厳島についていった。

階段を一つ、二つ、三つ昇り……

(ガチャン)

屋上に繋がる鉄製の重いドアを開け、厳島とともえが屋上に出た。ともえを先に行かせ、厳島が無造作にドアを閉める。厳島は再びともえの腕を掴み、ともえを屋上の手すりにまで連れて行く。

「ここなら、落ち着いて話せるな」

さび付いた手すりに寄りかかりながら、厳島は大きく息を吐いた。ともえはその隣で、厳島が次に一体何を言い出すのかと、気が気でない様子を見せていた。

「えっと、話って……」

「話したいことは二つある。今から一つずつ話す」

ともえが言いかけたところを、厳島が途中で割って入った。ともえは小さく息を呑んで、厳島の「話」が始まるのを待った。

「まずは……これ、返すぜ」

「……えっ?! わっ……」

ここで唐突に、厳島は左手に持っていたものを、ともえに向かって無造作に放り投げた。ともえは急に投げられたそれを取り落としそうになりつつ、なんとか胸の中に収めた。

「……傘?!」

自分がキャッチしたものを確認して、ともえは思わず目を見開いた。彼女が手にしていたもの、それは昨日、ともえが下級生の男の子に貸してやった、女の子柄の折り畳み傘だったのだ。取っ手の所にも「中原ともえ」のシールが貼り付けてある。紛れもなく、自分の傘だった。

「お前、昨日正人に傘を貸してやったんだってな」

「もしかして、昨日会ったあの子って……」

「そうだ。正人は、俺の弟だ」

昨日樹の下で雨宿りをしていた、あの下級生の男の子――正人は、厳島の弟だったのか。ともえは折り畳み傘を眺めながら、昨日の出来事を思い返していた。厳島は正人の代わりに、傘を返しに来たのだ。

「礼を言うぜ。あいつ、生まれつき体が弱いんだ」

「うん、聞いたよ。雨に濡れると、風邪を引いちゃうって」

「……ああ。昨日の事は、感謝してる」

少し頬を緩めて、厳島がともえに礼を言った。感謝されるのは、悪い気はしない。ともえも、これは素直に受け止めているようだった。

「そうだ、挨拶が遅れたな。俺はB組の『厳島朝日(あさひ)』。お前は……そう。中原ともえ、だったな」

「そうだよ。A組だから、隣同士だね」

「ああ、そうだな」

遅ればせながら、厳島が自己紹介をする。ともえも同じく自己紹介をして、厳島の言葉に応えた。

「中原、これがまず一つ目だ。それでだ、俺が話したいことは、もう一つあるって言ったよな」

「うん……もう一つって、何のことかな?」

ともえからの問い掛けに、厳島は……

「……お前」

 

「『魔法』が使えるんだってな」

「!!!」

 

ともえは、今度は声もあげられなかった。口元に手を当て、瞬きもせず厳島を見つめる。ともえの様子が明らかに変わったのを見て、厳島が確信を持ったのだろう、さらに続ける。

「正人が言ってたぜ。お前が、妖精みたいなカッコに変身して、傘を出したんだってな」

「み、見られて……たんだ……」

「空き地のほうが光ってるのが見えて慌てて戻ってみたら、お前が魔法を使ってるところを見たんだってよ」

正人はすぐに立ち去ったものだと思っていたともえだったが、変身のときの強い光が正人まで届いたのだろう。ともえの様子を見るために、空き地の近くまで戻ってきたようだった。そして魔女見習いに変身し、傘を出す一連の光景を――恐らく、物陰から見ていたに違いない。

「なあ、中原」

「は、はいっ」

考えもしなかった展開に、ともえは思わず身を縮こまらせた。厳島はジーンズのポケットに手を突っ込み、口元に笑みを浮かべつつ、ともえに一歩近づく。

「正人の言ってた事は、本当なのか?」

「うっ……そ、それは……」

戸惑うともえに、厳島が静かに言う。口調はごく丁寧だが、そこはかとない圧迫感を感じるものだった。

(ど、どうしよう……こんなことになるなんて……)

ともえは厳島に魔女や魔法の話をすべきか、判断がつきかねていた。厳島が何を考えているのか、まったく分からなかったからだ。鼓動が高鳴り、額に冷たい汗が浮かぶ。

(もし……魔法のことを知って、それで『怖い子だ』とか『危ない子だ』とか思われたら……)

ともえの小さな体には、これまで味わった事の無いほどの重圧がのしかかっていた。ありとあらゆる悪い可能性が、ともえの脳裏を駆け巡る。気を抜くと、その場で貧血を起こして倒れてしまいそうだった。屋上を吹き抜ける風が、彼女の小さな二つ結びを揺らす。

「それは……」

……だが。

「安心しな。それで、お前をどうこうしようってつもりはねえ」

「……えっ?」

意外なことに、厳島が助け舟を出した。ともえが答えに窮していることを見透かしたように、今までよりも少し穏やかな調子で、ともえに尋ねる。

「俺は単純に、興味があるから聞いてるだけだ」

「興味……?」

魔法に興味がある、という言葉を聞き、ともえが緊張を解く。一歩前に出て、少し身を乗り出す。

「魔法に、興味があるの?」

「ああ。魔法ってのが現実にあるんなら、こんなに面白い事はねえからな」

どうやらその口ぶりじゃ、魔法ってのは存在してるみたいだな。厳島はそう言い、フッと笑みを浮かべる。ともえの話し方から、少なくとも「魔法」があることまでは掴んだ様だった。

「正直に言え。嘘は言うな。正直に言えば、どんな話でも頭から全部信じてやる」

「……………………」

「嘘を吐いてるかどうかは、お前の目を見りゃ分かる。もっとも、お前は嘘なんて言えそうもねえツラだがな」

厳島の言葉に、ともえも決心がついたのだろう。こくり、と頷き、話を始める。

「昨日正人くんが見たのは、わたしが『魔女見習い』に変身するところと、魔法を使うところ……それで、合ってるよ」

「『魔女見習い』? するとお前は、魔女を目指してるってことか?」

「うん。日和田にあるアトリエに『リアンさん』っていう魔女がいて、わたしはリアンさんに弟子入りしたの」

「ほう……そういうことか」

魔女見習い・魔法・魔女・リアンさん。間違いなく現実離れしたこれらの単語にも、厳島はまったく動じる気配は無い。それどころか、興味を強くしたようだった。身を乗り出し、ともえの話に耳を傾ける。

「お前を弟子を取ったってことは、魔女に弟子入りができるって訳か」

「そうだね。それで、リアンさんから魔法を教えてもらう形になるよ」

「魔法ってのは、何でもできるのか?」

「うーん……いくつか、使っちゃいけない魔法はあるけど、それに当てはまらなきゃ、大丈夫かな」

「そうかそうか。こいつは面白え……」

腕組みをしながら、厳島がしきりに頷く。ともえはともえで、厳島が何故こんなにも興味津々なのか、その意図を計りかねていた。

(魔女に男の子が弟子入りしたら……やっぱり、『魔法使い見習い』になるのかなぁ?)

ひょっとすると、厳島は魔法が使えるようになりたいのかもしれない。そうなると、恐らくリアンに弟子入りしたいと申し出てくるだろう。ともえは厳島の様子を窺いながら、そこまで考えをまとめていた。厳島が魔法に警戒心を抱いておらず、自分が「魔女見習いだ」と言っても驚く様子をまったく見せなかったこともあり、ともえは大分落ち着いて考え事ができるようになっていた。

(わたしはうれしいけど、リアンさんはどう思うかなぁ……)

もし厳島が入門したいと言い出せば、ともえとしては歓迎するところだった。性別を問わず、魔法に理解を示してくれる人が増えるのは良いことだ。

だが、問題が一つある。リアンがいるのは『「魔女」界』。その言葉を信じるなら、恐らく性別的には女性しかいないと見るのが妥当なところだろう。そこへ、男性の厳島が弟子入りして、魔法を身につけることなどできるのだろうか?

(その前に……男の子用の服とか、ちゃんとあるのかな?)

厳島の顔は中性的で端整であるから、ともえが着ているような見習い服でも似合うかもしれない。いや、恐らく似合うだろう。だが、そもそも厳島本人が拒否するのが目に見えている。リリカルバトンも同じだ。この年頃の男の子が持つには、デザインが些かファンシーすぎる。厳島のような文字通り「男らしい」少年には、到底受け入れられまい――このようにともえは、既に厳島の入門を前提として考えを巡らせていた。

「なあ、中原。お前に、一つ頼みがあるんだ」

さあ、予想通りの展開である。ともえは自分の考えが正しかった事を確信しつつ、厳島の二の句を待つ。

「俺を、そのリアンって魔女に会わせてくれねえか?」

「もしかして、弟子入りしたくなったのかな?」

「ああ。俺も、魔法ってヤツを使ってみたくて仕方ねえんだ!」

力強く拳を握る厳島に、ともえは。

(細かいことはいろいろ気になるけど……魔法に興味があるなら、その思いは大切にしてあげなきゃ!)

迷いを振り払い、厳島に答える。

「分かったわ! リアンさんのところへ、一緒に行きましょ!」

「よし! 中原、話が分かるじゃねえか!」

厳島が、初めてはっきりと笑った。邪気の無い爽快な笑みに、ともえも同じく笑う。

(ビックリしちゃったけど……これで、よかったよね)

善は急げ。今日の放課後、早速アトリエに行こうよ。ともえが、そう言いかけた時。

「やっぱアレだ。魔法ってのは――」

 

「女の子の夢ってやつだよな……俺も含めてな」

「――?!」

 

女の子の夢ってやつだよな……俺も含めてな。

(……ぇええぇぇっ?!)

何のことは無い、ごく短いセンテンス。だがそれに対してともえは、厳島から声を掛けられたとき、厳島から魔法について尋ねられたとき……そのどちらをも遥かに越えて、全力で驚いていた。想像を絶する破壊力が、厳島の言葉には込められていた。

(い、厳島さん……女の子だったんだ……!)

まず間違いなく、本日一番のサプライズである。もちろん、本人が目の前にいるので口に出しては言えないが、一歩間違うとそのまま口から飛び出してきそうであった。はっきり言って、今すぐ信じろというほうが無理な話である。

「おっ、もうこんな時間か。おい中原、そろそろ教室に戻ったほうがいいぜ」

「……………………」

沈黙するともえを背に、厳島……もとい、あさひは颯爽と屋上から立ち去った。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。