(まさか、女の子だったなんて……)
あさひは男の子ではなく、女の子だった。未だにその事実を信じられぬまま、ともえは教室へ戻ってきた。もう間もなく、五時間目の授業が始まる時刻だ。先生が来るまでに、教科書やノートの準備をしておかないと――
「あ……ともえちゃん、帰ってきたよ」
「ともえちゃ~ん、おかえりぃ~」
「むー。紛れもなくともえちゃんなのです」
「琥珀ちゃん? それに珊瑚ちゃんに瑠璃ちゃんまで……」
――そう考えながら教室に戻ってきたともえを、琥珀・珊瑚・瑠璃の三人が揃って出迎えた。ともえはきょとんとした表情で、自分のほうに駆け寄ってきた三人の顔を代わる代わる見つめる。琥珀たちはともえをぐるりと取り巻き、なにやら目を凝らし始めた。
「……………………」
「じろじろぉ~……」
「むー……」
「え、えっと……わたしの顔に、何か付いてるかな……?」
駆け寄るなり同時に自分をじーっと見つめる三人に、ともえはますます戸惑う。三人はしばしともえを眺め回した後、やがて目線を離し、再びともえの目を見つめる。
「ともえちゃん、ケガとかしてないよね……」
「えっ? ケガ? してないけど……」
「おかしいなぁ~、ともえちゃんの顔色、いつもとおんなじぃ~……」
「か、顔色?!」
「むー。手にもポケットにも、おかしなものは持ってないのです」
「えっ? えっ? えぇっ?!」
一方的にしゃべる宝石トリオ(名前的な意味で)に、ともえはひたすら困惑するしかなかった。一体この三人、何を考えているのだろうか。
「瑠璃ちゃん、珊瑚ちゃん、それに琥珀ちゃん。一体、どうしたの?」
「えっと……千尋ちゃんから、ともえちゃんが男の子に連れて行かれたって聞いたの」
「それでぇ~、ともえちゃんは男の子と一緒に何をしてたのか、気になってたのぉ~」
「むー。それで瑠璃ちゃんたちは、ともえちゃんが何をしていたか予想していたのです」
千尋から話を聞いた三人が、ともえがあさひと共に教室を出て、何をしにいったのか予想していたようである。
「ちなみに、みんなの予想は何だったの?」
ともえからの問い掛けに、三人はというと。
「しめられてた……」
「初恋の告白ぅ~」
「むー。果たし状を渡されたのです」
「わ! 最初と最後怖すぎるよっ! あと真ん中は真ん中で結構どっきりだよっ!」
勝手に好き放題予想していた!(特に琥珀が酷い)
「ともえちゃん、怪我してないか……琥珀、心配してた……」
「だ、大丈夫だよ琥珀ちゃん。そんな、乱暴とかはされなかったからね」
「ちぇ~っ。初恋の告白じゃなかったのかぁ~」
「ま、まあ……二人きりで呼び出されたら、あってもおかしくないよね……違ったけど……」
「むー。果たし状でなければ、脅迫状とかでしょうか」
「ど、どっちももらってないよ、どっちも……」
かしましトリオに一人ずつフォローを入れつつ、ともえが予想を否定して回った。
「むー。それではともえちゃんは、一体何をしていたのでしょうか」
「あ~っ、それ気になるぅ~。ともえちゃ~ん、教えて教えてぇ~」
「ともえちゃん、琥珀も気になる……」
「えっ? 何をしてたか? う、う~ん……」
予想が悉く外れた三人は、ともえが何をしていたのか知りたがっているようだった。ともえは困ったといわんばかりの表情で、無垢な表情を向けて迫る三人を見やる。
(ど、どうしよう……まさか、魔法の話をしてたなんて言えないし……)
自分から切り出してきたあさひとは異なり、三人はともえが魔女見習いである事など露ほども知らない(そもそも、魔女見習い自体を知らないはずだ)。かといって、適当な話をしようにも、ネタが思い浮かばなかった。
「ともえちゃ~ん」
「むー。ともえちゃん」
「ともえちゃん……」
「あ、あぅあぅ……」
自分の名前を呼びながら、興味津々の表情で迫り来る三人。追い詰められるともえ。
……だが。
「ちょっと珊瑚さん、琥珀さん、それに瑠璃さん!」
「じゅ、珠理ちゃん……?」
「わぁ~! 珠理ちゃ~ん……」
「むー。後ろから声を掛けられて、瑠璃ちゃんびっくりなのです」
タイミングよく、そこへ珠理が現れた。三人を呼びつけ、自分のほうへ振り向かせる。
「中原さんが困ってらっしゃるじゃない。人のことをとやかく詮索するのは、淑女として恥ずべき事ですわ」
「ごめんなさい……琥珀、知りたがりすぎたの……」
「はぐぅ~……珠理ちゃんの言うとおりぃ~……」
「むー。瑠璃ちゃん、ちょっとやりすぎてしまいましたのです」
三人の態度を的確に戒めた珠理に、ともえはほっと胸をなでおろした。なんだかんだで、珠理は頼りになる存在である。
「ともえちゃん、ごめんねぇ~。ちょっと、調子に乗りすぎちゃったぁ~」
「琥珀、もうしないから……ともえちゃん、ごめんね」
「むー。ともえちゃん、ごめんなさいなのです」
「いいよ。みんな、わたしのこと心配してくれてたみたいだから、気にしてないよ」
「さすがは中原さん。皆さんも中原さんのように、広い心を身につけられるよう精進すべきですわ」
ともえが気分を害していない事を伝えると、珠理はともえに一礼し、三人を連れて自席へ戻っていった。ようやく解放されたともえが、いそいそと自席につく。
「よーし、皆ー。授業を始めるぞー」
チャイムがなると同時に、いつもの間延びした声が教室に響く――。
――放課後のこと。
「えーっと、厳島さんはB組だから……」
ランドセルを背負ったともえが、B組にいるというあさひの姿を探す。
(黒いランドセルを背負ってたから、絶対に男の子だと思ってたんだけどなぁ……)
ともえは未だに、あさひが女の子であるということが信じられないようだった。朝見かけたときは男の子が使う黒いランドセルを背負っていたものだから、尚更驚きは大きかった。
「いるかな……」
B組のドアの前に立ち、中を覗き込む。
「おい、中原」
「わっ?!」
途端、背後から当のあさひに声を掛けられた。どうやら、既に教室から出ていたようだ。ともえは驚きつつ、後ろに振り返る。
「厳島さん、外に居たんだ」
「放課後だからな。俺を探してたのか?」
「うん。まだ教室にいると思って……」
そう言いながら、ともえがあさひに先立って歩き出す。あさひはともえのすぐ隣について、歩調を合わせて歩く。二人は足並みをそろえて、階段を下りた。
――下足室を抜け、グラウンドに出る二人。
「……あっ」
グラウンドに出た直後、ともえが小さく声を上げた。あまりに小さな声だったために、隣にいたあさひは気付かなかった。ともえは少しばかり歩く速度を落として、目の前の光景を見つめる。
(あれは、確か朝に……)
彼女の前にいたのは、朝、あさひに絡んでこてんぱんにされた上級生達であった。三人で寄り集まって、ぼそぼそと話をしている。
「厳島さん、あれ……」
「気にすんな。お前は静かに歩いてりゃいい」
心配そうに声を掛けるともえに、あさひはまるで臆することなく答えた。二人と三人の距離は徐々に縮まって行き、いよいよお互いがすれ違う、というところまできた。
「ぁぅ……」
「……………………」
不安げな声を漏らし、あさひにくっつくともえ。一向に気にすることなく、悠々とした歩調で進むあさひ。
「……おい、あいつ……」
「……………………」
三人のうち一人が声を上げるが、坂口は首を横に振り「関わるな」というメッセージを送った。それっきり、彼らが二人に干渉してくる様子は見せなかった。
「……………………」
「……………………」
あさひは三人ににらみを効かせつつ、何事もなく横を通り過ぎていった。
「……ふぅ。ちょっと、ハラハラしたよ……」
「お前がハラハラする必要はねえだろ、中原」
校門をくぐってから、ともえは気が抜けたのか、へなへなと腕と肩を落とした。よほど緊張していたようである。
「でも、厳島さんってすごいよ。あの人たちの隣を、普通に通り抜けちゃうなんて……」
「どうってことねえよ。所詮、数で勝負するしかない腰抜けなんだからよ」
感嘆するともえに、あさひはごくクールに応じた。こんなことは慣れっこだ、と言わんばかりの態度である。
「アレだな。お前みたいなか弱いやつは、俺が守ってやらなきゃな」
「頼りにしてますっ」
得意げに言うあさひに、ともえは素直に賞賛するばかりだった。瞳を輝かせながら言っているあたり、どうやら本心からの発言のようである。
「で、今からそのリアンって魔女のいるアトリエに案内してくれるんだよな?」
「そうだよ。学校からだと、歩いて三十分くらいかな」
「意外と近くにあるもんだな。なら、さっさと行くに限るぜ」
短く言葉を交わしあい、二人はアトリエに向けて歩き始めた。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。