「……っと、こんな感じか。いかにも、魔法が使えそうな感じだぜ」
初めての変身を終えて、あさひが感想を口にした。ともえの時と同様に、自分の体をよじったりして、変身した姿を確認する。フォームはともえのものとまったく変わらず、妖精を思わせる可憐な装いであった。
「ほー……意外って言ったらアレだけど、よく似合ってるわね」
「厳島さん、すっごく可愛いよ!」
「へへっ、なかなか悪くねえな」
変身した姿を、あさひも気に入っているようだった。服装を変えてみると、あさひも女の子であることがよくわかる。
「色は……黄緑がベースになってるんだな」
「そうだね。わたしは緑色だから、お揃いだね」
「んむ。あたしは緑系が好きだからねえ」
ともえの「真緑」に対して、あさひは「黄緑」がベースカラーになっていた。形は同じで、カラーリングによって差別化を図っているようである。
「いい感じね。それじゃ、魔法を使う練習をしましょうか」
「ああ、いいぜ!」
ぱちんと指を弾き、リアンが中空からリリカルバトンを出現させる。あさひは突如現れたそれを、落とすことなくしっかりキャッチして見せた。
「おお、こいつで魔法を使うわけだな!」
「そうね。今からあさひちゃんの呪文を教えるわ。しっかり覚えてちょうだいね」
一呼吸置いてから、リアンがあさひに呪文を告げる。
「――『キャリーアウト・マイ・ビリーフ』<我が信念を貫く>! それがあさひちゃんの呪文! あなたの魔法を解き放つ、あなただけのキーワードよ!」
「信念、か……いい言葉だ! 俺にピッタリだぜ!」
リリカルバトンを構え、あさひがぐっと力を込める。
「さあ、あさひちゃん! あなたの『願い』を思い浮かべてみてちょうだい!」
「願い……やってみたいこととか、欲しいものとかか?」
「そう! 魔法はあなたの願いをカタチにする! 強い思いを持って、魔法を使うのよ!」
「いいぜ……やってやろうじゃねえか!! 初めての魔法、見せてやるぜ!」
「厳島さんっ、頑張って!」
ともえが応援する隣で、あさひが不敵な笑みを浮かべてみせる。バトンを縦に持ち、意識を一点に集中させていく。かつてともえがそうしたように、あさひも精神統一を図っていた。
「……行くぜっ!!」
掛け声一閃、あさひが声を上げる。
「キャリーアウト・マイ・ビリーフっ!! 林檎よ出て来いっ!!」
リリカルバトンを力強く前に突き出し、あさひが呪文と願いを立て続けに唱えた。
「……………………」
「さあ、どうなるかしらね……」
息を呑む二人の前に、赤々とした円い林檎が現れたのは、その直後であった。
「やったぜっ! うまくいったな!」
「すごい……ちゃんと林檎が出てきたよ!」
「ふむ……」
丸テーブルの上に現れた林檎。あさひの初めての魔法は、きちんとカタチになったのである。これは成功したといって良いだろう――
(……フッ)
――だが、その直後。
「……あれ?」
「……き、消えた?」
「……あー、やっぱり安定しなかったみたいねー……」
確かにテーブルの上に合ったはずの林檎が、跡形もなく消えうせてしまった。狐につままれたような表情を見せるあさひとともえに、リアンが少々難しい顔をしながら、後頭部に手を当てた。
「リアンさん、これって……」
「そうね。願いを具現化するところまではうまくいったけど、それを『世界』に定着させるプロセスで失敗したってとこかしら、ね」
「なんだ? つまり、途中までは上手くいってたが、結局は失敗ってことなのか?」
「残念だけど、そういうことになっちゃうわね」
消えてしまった林檎が乗っていた丸テーブルを見つめながら、リアンが渋い表情を見せる。
「ちっ……上手くいかねえもんだな」
「大丈夫だよ、厳島さん。練習すれば、きっとうまくいくようになるよ」
「そう言うお前はどうなんだ? ちゃんと消えずに、モノを出せるってのか?」
「ともえちゃんは一発で成功したわよ。出したのは塩入りの小瓶だったかしらね」
「何だって!! 一発で上手くいっただと?!」
ともえが「一発で成功させた」と聞き、あさひが拳を握り締めて前に一歩踏み出す。リアンはこくこくと頷き、あさひの言葉を肯定して見せた。
「上等だぜ……おい、中原!」
「え? わたし? 厳島さん、どうしたの?」
突然指を指されたともえが、自分でも自分を指差しつつ、ぽかんとした表情であさひを見つめる。
「今に見てな! お前なんて、すぐに追い抜いてやるぜ!」
あさひは対抗心を剥き出しにした表情で、ともえにこう宣言した。それに対して、当のともえはというと。
「うん。厳島さんなら、きっとすぐに立派な魔女になれるよ。頼りにしてるね」
驚くほどあっけらかんとした調子で、にっこり微笑み返した。この表情、あさひを挑発しているとかそういうのではなくて、本当に心の底から、あさひのことを頼りにしているようである。隣で二人の様子を見ていたリアンは、思わずともえに声を掛けた。
「なんていうか……ともえちゃんって、結構大物だったり?」
「どうしてですか? わたし、厳島さんのほうがすごいと思ったから……」
「ふむ。ともえちゃん的には、あさひちゃんのどのあたりがすごいと思ったのかしら?」
「厳島さん、すごいんですよ! 今日だって、絡んできた上級生三人を、無傷でやっつけちゃいましたし」
「いや、こう……『すごい』の方向性が微妙に間違い気味というか、なんというか……」
「同い年なのに、こんなに強いなんて……そう思って、わたし、驚いちゃったんです!」
「……………………」
大きな瞳をキラキラ輝かせながらあさひの「武勇伝」を語るともえに、リアンは目を点にせざるを得ないのだった。
「そういうことだ。リアン! 中原のことはすぐに追い抜いてやるから、楽しみにしとけ!」
「あー……うん。まー……とりあえず、楽しみにしておこうかしら、ね……」
二人目の弟子は、いろいろととんでもないヤツだった――今のリアンの、率直な感想だった。
「アレね……対抗心がヘンな方向に向かなきゃいいんだけど、ね……」
あさひの態度に、少しばかり危惧するところもあるようだった。
――それから二時間ほど経った後。
「はい、今日はこれくらいにしましょっか」
ともえも加わり、魔法の練習を続けていたようだった。して、その成果の程はというと。
「イマイチ上手く決まらねえんだよな……」
「うーん……出てくる事は出てくるけど、安定しないみたいだね」
口ぶりを見る限り、あまり芳しくないようだ。
「中原、お前が使ってるバトン、何か仕掛けでもしてあるんじゃないか?」
「うーん……リアンさん、わたしと厳島さんのバトンって、何か違いってあるのかな?」
「いんや、まったく同じモデルよ。違うといったら、カラーリングくらいね」
リアンの言うとおり、バトンそのものに違いはまったく無いようだった。あさひがともえのバトンを受け取って確認してみるが、違いなどは見当たらないようだった。
「今日は上手くいかなかったが、明日は成功させてやるぜ。今に見てな!」
「うん! 上手くいくといいね!」
相変わらず対抗心を燃やすあさひに、ともえは本当に無邪気に応じている。嬉しそうな様子を見ていると、一緒に魔女見習いの修行をする仲間ができたことを、心から喜んでいるようだった。
「んじゃ、今日はこれでお開きね。ともえちゃん、あさひちゃん、明日も来れたらきてちょーだい」
「はいっ! リアンさん、今日もありがとうございました!」
「明日もぜってー来るからな! 待ってろよ!」
二人はそれぞれ挨拶をして、アトリエから揃って出て行った。
「中原、お前は向こうか?」
「うん。厳島さんは、こっちの道なんだね」
アトリエの前で、二人が左右に分かれる。二人の家路は、丁度反対同士になるようだった。
「じゃあな、中原。明日もここに来るから、遅れるんじゃねえぞ」
「もちろん! 厳島さん、気をつけて帰ってね」
最後まで対抗心剥き出しのあさひに、ともえは普通に気付くことなく、素で返事をするのだった。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。