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#14 水色時代

「はぁー、つっかれたぁ……」

午前中のトレーニングと優真への指導が終わって、くたくたになった小夏が家に帰ってきた。お母さんの用意してくれたお昼ご飯を優美と三人で食べて、フィオネを優美に預けると、お茶の間で大の字になって横になる。優美とフィオネが庭で楽しそうに声を上げて遊んでいるのを横目に、小夏が大きなため息をついた。張りつめていた緊張の糸がぷつりと切れて、すっかり気が抜けている状態だ。

優真として水泳大会に出場すべく、小夏は毎日練習に励んでいる。とは言っても、未だに顔を水に浸けるのが怖くて、少しもしないうちに顔を上げてしまう。優真は「もっと長くできるようになるんだ」と言っているが、怖いものは仕方ない。お風呂場でも練習しようと思ってはみるものの、どうしても「もしまた溺れてしまったら」という気持ちが先に立ってしまって、なかなかうまく行かなかった。

(先生も手伝ってくれるけど、やっぱりダメなんだよね……)

こんな有様なので、スイミングスクールでも基礎練習ばかりしている。突然水を怖がるようになった優真の様子を先生はかなり深刻に受け止めていて、初歩の初歩の練習を飽きることなく続けてくれている。先生が真面目で優しいことは小夏にも痛いほど伝わってきて、だからこそまともに泳ぐことができない自分が歯がゆくて仕方なかった。目を閉じて先生の顔を思い浮かべる度に、申し訳ない気持ちが湧いてきてしまう。

(やっぱりわたし、男の子になりきるなんてムリだよ。ぜったいムリ)

はぁ、と小夏が大きなため息をつく。思い出すのは、昨日のスイミングスクールで起きた出来事だ。なんとか二時間の練習を終えて、全身へとへとになりながら男子更衣室まで戻ったあとのことだった。

「上月さんのおっぱい、でっかいよな」

「いっぺんでいいからさ、思いっきり揉んでみたいって思わね?」

「なあ、この間長良川の橋げたにやべーDVD落ちてるの見たぞ。誰か捨てたんじゃね?」

「誰かに見つからないうちに、俺たちで拾いに行こうぜ」

着替えをしていた小夏の横で、さっきまで一緒に練習をしていた男子たちが談笑していた。まあ、それはそれで好きにさせておけばよかったのだけど、彼らが話している内容を聞いた小夏は、そのどぎつさに思わずぎょっとしてしまった。思い出しただけで顔をしかめたくなる、とてもとても悪い意味で男の子らしさにあふれる会話だった。おっぱいだのはしたないビデオだの、小夏からするとまるで興味の湧かないものについて延々と話していたのだから。

あんなこと、聞いてるだけでヤになっちゃう。小夏はそう思わずにはいられない。そそくさと着替えを済ませて出ていこうとした小夏だったが、間の悪いことにその中の一人が自分に話を振ってきた。

「なあ川村。お前も一緒に来ないか?」

小夏はぎくりとする。こんな時優真はどう返しているのだろう、やっぱり一緒になっていやらしい話をしていたりするのだろうか。だとしたら、自分も優真のふりをして興味のあるそぶりを見せないといけないのだろうか。そんなの絶対やだ、死んでもやりたくない。だけど今の自分は優真で、優真になりきらないといけない。心臓をピジョットにガッシリと掴まれたような気持ちで、小夏は何も言えずに黙っている。

「やめとけやめとけ。川村はそーいうのにちっとも興味ねーんだ。あいつ水泳バカだから」

「こないだだってセンパイの写真見せてやるぞっつったのに、見向きもせずに帰ってったからな」

ところが意外なことに、話はここで終わってしまった。過去の優真は彼らのしていたようなつまらない会話にはまるで参加する気が無かったようだ。彼らも優真が面白くない反応しかしないことを知っていて、これ以上振っても時間の無駄だと思ったらしい。そのまま自分抜きで会話が続いて、小夏は話に加わらずに済んだ。

(思ってたより……硬派だったりするのかな、優真くんって)

優真はイタズラ好きのやんちゃ坊主だけど、どうやら男子同士の品のない会話には耳を貸さないタイプらしい。小夏は少なからずギャップを感じた。自分のイメージする優真はこういうくだらないことにもどんどん頭を突っ込んでいくものだと思っていたから、同級生たちにも下世話なことにカケラも興味がないと知られているのはずいぶん意外だった。おかげで、自分もしたくもないことをせずに済んだけれど。

それにしたって、いつまでもこんなことを考えていては気が滅入ってしまう。小夏はがらりと考えを切り替えた。

(それはそれとして……優真くん、やる気はあるけど空回りしてるんだよね)

小夏の水泳もはかばかしくなかったし、優真の方もなんとも締まらない感じだった。優真は自分が思っていたよりずっとやる気はあって、サボろうとしている様子はない。けれど今までの勉強不足がたたって、小夏の言うことをなかなか飲み込めない。そんなところで詰まるの!? と思わず驚いてしまうようなことがいくつもあった。これはまずい、大変まずいということで、小夏は優真にひとつ課題を与えた。

夏休みの宿題である。ワークブックを交換して、本来の自分の宿題を自分で解くという約束をしたのだ。基本的なことではあったが、優真に勉強の習慣を身に付けてもらうにはこうするほかなかった。小夏自身も夏休みの宿題はきちんと片づけておく必要があったので、空いた時間を見てコツコツと解いていった。元々頭の使い方は上手な小夏、優真の頭も次第に使いこなせるようになって、昨日のうちに国語のワークはすべて片付いてしまった。やっぱり自分には勉強の方が性に合っている、そう思わずにはいられない。

だからこそ、水泳大会という運動神経と身体能力を求められる場に立ち向かわなければいけないのが、とてもつらく感じるのだけど。

「はぁ。フィオネもやんちゃし放題だし、どうしたらいいのかなぁ」

自分たちのことだけでもいっぱいいっぱいなのに、フィオネのお世話までしているのだから、小夏がへとへとになってしまうのも無理からぬことだった。今はああして優美と楽しく遊んでいるけれど、一昨日の夜は本当に大変だったのだ。

(あれが、夜泣きなんだよね)

夜寝ていると、突然フィオネが泣き出してしまった。びっくりして飛び起きた小夏が右も左も分からないままあやすものの、フィオネは何が気に入らないのか、泣くのをちっともやめようとしない。このままだとお母さんや優美も起こしてしまう、そう考えた小夏は寝巻のままフィオネを抱いて家の外へ飛び出して、庭でフィオネが泣き止むまであやし続けたのだった。ところが泣き止むまでにとんでもなく時間がかかって、小夏は途方に暮れてしまった。おかげでほとんど眠ることができなくて、次の日目の下に隈を作って優真の元へ出向く羽目になってしまった。

何も夜になって泣かなくてもいいのに、と小夏はぼやく。お昼ならまだなんとでもしようがあるけど、夜に大泣きされると家族にも心配をかけてしまう。そうは思うものの、見た目も中身も赤ちゃんそのもののフィオネには全然伝わっていないようで、小夏はがっくりと肩を落とすのだった。今のフィオネは優美と二人仲良く遊んでいる。優美ちゃんの前ではいつもニコニコ笑顔なのがフィオネだ。庭に置いたビニールプールに入って、水をパチャパチャやってはしゃいでいるようだ。ビニールプールを用意したのはもちろん小夏だ。フィオネは満面の笑みを浮かべて満足そうだけど、小夏の方は後片付けのことを考えてしまって、ますますげっそりするのだった。

(赤ちゃんのお世話て、ホントに大変)

毎日大騒ぎの連続なので、今日くらいはゆっくりしたかった。日曜日ということでスイミングスクールもなくて、家には優美もお母さんもいてくれる。ちょっと悪いけど、フィオネのことは二人に任せてお昼寝でもしたい、なんてことを考えていた。

「優真ー、佐々木くんから電話よ」

「ええっ」

小夏の平穏はあっさり破られた。優真の友人である佐々木くんが電話をかけてきたのだ。もう、こんな時に、と心の中でちょっと文句を言いつつ、小夏が体を跳ね上げて立ち上がる。お母さんが持っていた受話器を受け取ると、マイクに口を当てて声を発した。

「もしもし」

「おーっす川村、これから遊ぼうぜ」

「こ……これから!?」

友達から電話がかかってきた、という時点でだいたい先の展開は読めていた小夏だったものの、いきなり「これから遊ぼうぜ」と誘われるとは思っていなかった。女子同士なら「今時間空いてる?」くらいは前置きするものだけど、男子はそういうのがないらしい。ひえーっ、と内心悲鳴を上げつつも、小夏が平静を装って電話の応対を続ける。

「おう。川村お前、今日スイミングねーだろ、だから空いてると思ってさ」

「空いてると言えば空いてるけど……」

「じゃあ決まりだな。タイヤ公園で待ってるから、すぐ来てくれよ」

断わり切れずに誘いを受けてしまい、待ち合わせ場所まで決められてしまった。ぷつっ、と音が聞こえて電話が切れる。これから佐々木くんと遊ぶことになってしまって、小夏がとほほ、と言わんばかりの顔つきになる。今日はゆっくりしたかったのになぁ、そんな小夏のささやかな願いはむなしく裏切られて、外へ出かけざるを得なくなった。お母さんに一言断ると、小夏がとぼとぼと家を出ていく。

さて出かけよう、と気を取り直した小夏だったが、歩き出してしばらくもしないうちに後ろから何やら視線を感じる。恐る恐る、そっと振り向いてみる。

「みぅ!」

「フィオネ! 付いてきちゃってたんだ……」

大方の予想通りというかなんと言うか、そこにはふよふよ浮いたフィオネの姿があった。小夏が出かけるのを見て、自分も一緒に付いていきたくなったようだ。

「ほら、行くよ。わたしから離れないようにしてね」

ここまで来て追い返すわけにも行かないし、自分が見ていないと何をしでかすか分からない。仕方ないので一緒に連れて行くことにした小夏が、フィオネにおいでおいでと手招きをする。フィオネは喜んで近寄ると、小夏の肩に飛び乗った。お気に入りの場所なのだろう。小夏はフィオネに側に居るよう伝えると、待ち合わせ場所であるタイヤ公園に向かって歩き出した。

「……タイヤ公園、わたしの家からならすぐ近くなのになぁ」

 

タイヤ公園は、本来「西小山児童公園」という名が付いているのだけど、少なくとも子供たちは誰もそんな名前で呼んでいなかった。半分地面に埋まったタイヤがやたらとたくさんあって、ブランコの代わりにタイヤがぶら下がっている。隅っこには使われなくてコケに覆われたタイヤがいくつも置かれている。タイヤ・タイヤ・タイヤ尽くしだからタイヤ公園。こっちの名前の方が、みんなの間ではよほど通りがよかった。小夏もまた同じで、小さい頃はここでしばしば遊んだものだった。

(いつもならロンちゃんに会ってくんだけど……今日はダメだろうなあ)

ふと横目で公園の隅を見てみると、ロンちゃんが他の子供たちに囲まれて和気藹々と遊んでいた。小さな子が背中に乗って楽しそうにしていて、そのお兄ちゃんらしき子が近くではしゃいでいる。遠目に見ても、ロンちゃんが満面の笑みを浮かべているのがハッキリ見て取れた。

「もふもふしてるー!」

「ワンちゃん、こっちこっち!」

イヌポケモンじゃなくてドラゴンポケモンなんだよ、とツッコみたくて仕方ない所をぐっとこらえる。ロンちゃんはパッと見イヌポケモン、例えるならずばりムーランドのそれによく似た雰囲気をしている。そう思われても仕方がないのだ。だいたい、知らない子に向かっていきなり突っ込んでいく度胸もないし、どう考えても怪しまれるだろう。今は静かにしているほかなかった。

(……それにこの姿じゃ、会った途端怒られちゃうだろうし)

今の小夏は優真の体を借りている。優真としてしか見られないのだ。小夏が小夏だった頃、ロンちゃんには優真にされたイタズラのことをいっぱい話して聞かせていた。おかげでロンちゃんは優真のことを「小夏をいじめる悪い子」だと思っていて、見つけ次第ぶっとばしてやるとでも言いかねない感じだった。自分は小夏だと言っても、「悪い子」の優真がしょうもない悪ふざけをしているだけと思われるに違いない。だから、今の姿のままでは大好きなロンちゃんにも会えない。小夏はがっくりと肩を落として、とぼとぼと歩き続ける。

「おっ、来た来た。おおい、川村ーっ」

地面から半分顔を出したタイヤに乗っかった佐々木くんが、小夏の姿を見つけて声を上げる。タイヤ公園で待ってる、と言っただけあって、自分よりも先に来ていたようだ。小夏が優真の元まで急いで駆け寄った。

佐々木くんは小夏もよく知っている、同じクラスの男子生徒だ。あまり話したことはないものの、どういうキャラクターで誰と仲がいいかはよく知っている。優真によく似たタイプの子、小夏の佐々木くん評はそんなところだ。イタズラをしてこない優真、とでも言うのが正しいように思う。だから優真とはよく気が合って、学校でも一緒につるんでいることが多いし、たぶんこうやって休みの日に遊ぶ機会も多いのだろう。少なくとも、この間スイミングスクールで見かけた沙絵さんなる謎の人物に比べれば、ずっとよく知っている人だった。

「よっす、佐々木」

「おいーっす……あれ? 川村お前、そいつは?」

「みう?」

小夏と対面した佐々木くんが真っ先に突っ込んできたのは、肩に乗っかっているフィオネのことだった。夏休みが始まる前までは連れていなかったわけだし、フィオネはそれなりに珍しいポケモン。気になるのは当然のことだろう。

「ええっと、海で拾ってさ、俺が世話してんだ」

「へぇー、なるほどなぁ。拾ったんだな」

佐々木くんはフィオネに興味があるようで、タイヤからピョンと降りて小夏の元に近づいてくると、おもむろにフィオネのほっぺたを指先でふにふにとつつき始めた。楽しそうにしている佐々木くんだったけれフィオネの方はちょっと嫌そう。むっとした顔をして、じっと佐々木くんのことを見つめている。

「おい、やめろって。嫌がってるだろ」

「へへっ、悪い悪い」

もう、男の子って無神経なんだから。小夏が心の中でぷりぷりしつつ、佐々木くんにフィオネを触らせないようにする。

「なんていうか、赤ちゃんみたいな顔してるな。オレんところも去年弟が生まれたからさ」

「赤ちゃんみたいなもんだよ。だって、タマゴから生まれたんだから」

「タマゴ? フィオネのタマゴって、確か海の底で見つかるとかどうとかって……」

まずい、と小夏が口に手を当てる。確かに佐々木くんの言う通りだった。フィオネのタマゴは深い海の底で見つかるという話はそれなりに知られていて、それを優真もとい小夏が見つけたというのはちょっと腑に落ちないようだ。

「あ、あれだ、砂浜に流れ着いてたんだ。孵化する直前に浮き上がってきて、潮の流れに乗って砂浜に打ち上げられたんだよ、きっと」

「それならあり得そうだけどさ……なんか川村お前、やけに詳しいな」

「えーっと……ああ、テレビ、テレビでやってたんだよ」

「ふぅん、まぁいいや」

納得したのかしていないのか、ともかく佐々木くんはこれ以上突っ込む気はないようだった。肩に乗ったフィオネをなでながら、小夏が話をごまかすことに集中する。

「ま、フィオネは珍しいポケモンだけど、東原だって連れてるしな」

「東原……あっ」

まりちゃんだ、と小夏は瞬時に苗字と名前を結びつけた。言われてみると確かに、毬もフィオネを連れていた。確か一昨年だったかにタマゴを孵して育て始めたという話をしていた覚えがある。なんでも家のしきたりで、八歳になるとフィオネを自分の手で育てることになっているらしい。毬の姉である環も同じだと聞いた。何分いろいろなことがありすぎて、身近な人物だというのにすっかり忘れてしまっていたのだ。

もしかすると、フィオネのことで何か役に立つことが聞けるかもしれない。小夏はそう期待するものの、あいにく優真と毬は繋がりがまったくないことを知っていた。二人が話をするところなんてまるで見たことが無かったし、毬と遊んでいても優真の話が出てくることは一度としてなかった。いきなり話しかけたところで、怪しまれてしまうのがオチだろう。

(だったら、優真くんに話してもらえばいっか)

そこで、自分の姿をした優真に任せるという手を思いつく。これならきっと毬は怪しむことなく話をしてくれるに違いない。明日早速頼んでみよう、小夏はそう考えをまとめるのだった。

「フィオネのことは置いといて、川村お前、夏休みの宿題どうだ?」

「んーっと、国語が終わって、算数がこれからってところ」

「うっそだろお前!? もう国語終わったのかよ!」

「あ、うん……まあ……」

何気なく振られた夏休みの宿題の話題に素で答えたら、佐々木くんにえらく驚かれてしまった。小夏にしてみれば塾の宿題も予習復習もなく、ハッキリ言って物足りないくらいの分量でのんびりクリアしたつもりだったのだけど、どうやらいつもの優真からは考えられないスピードらしい。佐々木くんの目が大きく見開かれているのが見える。

「な、な、川村。オレにちょっとワーク見せてくれよー」

「ダメだって、ちゃんと自分で解けよ」

「えぇーっ、なんだよ川村お前、水くせえなぁ。いいじゃんいいじゃん」

ちゃんと自分でやらないと、と一度は言った小夏だったものの、ここでふと、優真だったらどうするか考えてみる。きっと優真のことだ、こんな状況ならきっと自慢げにワークを貸して見せてやるに違いない。優真には頑張ってもらう必要があるが、別に佐々木くんには見せてもいいだろう。優真からしても、佐々木くんに恩を売った形になるわけで、悪い話ではない。思考を柔軟に持とう、小夏はそう考えて、態度をひらりと翻した。

「分かった分かった。今度持ってきてやるから、ありがたく思えよ。丸写しして間違ってても、文句は言いっこなしだぞ」

「おっ、やっぱそう来なくちゃな! サンキュー、川村!」

今のはちょっと男の子っぽい言い回しだったよね、と小夏が満足げに頷く。意識して演じてみると案外なりきれるものだよ、と小夏は自画自賛する。

「で、佐々木。これからどっか行くのか?」

「あー、悪ぃ。なんも考えてなかった」

がくっ、とよろけてしまう小夏。もちろん自分だって、遊ぶ場所を特に決めずに友達と待ち合わせをしたりすることはあるけど、せめて「ここに行きたい」くらいは考えておくものだ。これが男子なのかなぁ、と思わずにはいられない。

「川村はどっか行きたいところあるか?」

「えっ? う、うーん……」

が、何も考えていなかったのは実は小夏も同じだった。優真が普段どこでどんな風に遊んでいるのかはまったく分からなかったし、下手をするとタイヤ公園で「ダルマッカがころんだ」でもするのかとかそんなことを考えていたくらいだ。佐々木から問い返されて答えに詰まった挙句、小夏が苦し紛れにこんな意見を出してみる。

「と……図書館、とか?」

小夏が暇なときに行く場所、それは図書館だった。榁の市立図書館は大量の蔵書を抱えていて、読む本にはまったく困らなかった。小夏はそこでいくらでも時間を潰すことができたし、時には友達を伴って本を読みに行くこともあった。だから一応行く場所としてナシではないのでは、なんて思いで図書館を挙げてみたのだ。

さて、佐々木くんの反応はというと。

「はぁ!? 図書館!? 川村お前、どうしたんだよ。頭でも打ったのか?」

まあ……予想通りである。普段の優真なら間違っても行こうなんて言わない場所だったのだろう、回答としては大外れである。まずいまずい、何かフォローを入れないと、と小夏が慌てて弁解する。

「いや、こう、ほら……エアコン、エアコン効いてて涼しいじゃん」

「あ、そういうことか。そりゃそうだな。確かに涼しいとこの方がいいよな」

フォローの仕方が良かったようで、佐々木くんが一転して納得した顔をする。毎日強い陽射しが照り付けてうだるような暑さの日が続く、なので涼しい所へ行こう、これなら優真らしい答えになるだろう。小夏の機転が利いた格好だ。

「けど、図書館じゃあんまり騒いだりできないしなぁ」

「そ、そうだな……」

冷や冷やしながら応対を続ける小夏。やっぱり男の子になりきるのは難しい、先程したばかりの自画自賛をさっと静かに取り下げる。

「じゃあ――宮沢の家に行く、ってのはどうだ?」

佐々木くんが出してきたのは、そんな案だった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。