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#32 勝利の星

明けて翌日、八月十八日。小夏と優真、それからシズクはいつものように小夏の部屋に集まって、この二日間の戦いの結果について振り返ろうとしていた。どちらも緊張した面持ちで、じっと相手のことを見つめている。

「まずは、わたしの方からだね」

「ああ。見せてもらうな」

優真がこくりとうなずくと、小夏のスマートフォンのスリープとロックを解除して、榁市の公式サイトにある「水泳大会」のページを開いて見せた。

「……今年のジュニア部門で、四年ぶりに大会新記録が出た」

「記録を出したのは――『川村優真』、小学五年生の男子だ」

「新記録の保持者だってことは、もちろん部門優勝者ということでもある」

「そして昨日早速、優真と話をしたいって人が電話を掛けてきた。それも二件」

「水泳選手になるための道筋が、完璧に付いた……そういうことだな」

見た目はなんとか平静を装って、しかしその内側から隠し切れない興奮を漏らしながら、優真が大きく息を吸い込んで。

「……やったよ、やったよ小夏! やっべえよ、こんなマジでやべえ結果を出してくれるなんて……!」

「えへへっ。ビックリしたでしょ? わたしだって、やる時はやるんだもんね!」

「ああ、本当にやってくれた。やっぱり小夏はすげえや、これが尊敬せずにいられるかってんだ!」

ぐっ、とガッツポーズをして見せる小夏を目にした優真が瞳を涙で濡らして、光り輝く涙をためて、小夏に何度も何度も頭を下げた。苦労を乗り越えて、重圧を跳ね除けて、考え得る最高の結果を出してくれた小夏に、優真は感謝の気持ちしかなかった、ただただ感謝するほかなかった。

優真がハンカチで涙を拭いて、スマートフォンを再び手に取る。次にアクセスしたのは、小夏の通っている学習塾のポータルサイトだった。パスワードを入力してパーソナルページへ移動すると、優真が小夏に端末を差し出した。

「今度は俺の番だ。小夏、結果を見てみてくれ」

「分かったよ。見せてもらうね」

緊張した様子でスマートフォンを手渡して、優真が小夏にすべてを委ねた。

「……今年の夏季テストで榁校史上最高得点を取った子がひとりいて、名前が掲示されてる」

「四教科平均九十六点を取ったのは――『皆口小夏』、小学五年生の女の子だね」

「榁校ではもちろんぶっちぎりのトップで、全国でも五位に入ってる。これも榁校の歴史で一番高い順位だよ」

「お母さんと約束した目標の平均九十点は楽々突破してて、ポケモントレーナーになってもいいって、そう言ってもらえた」

「来年は――堂々と大手を振って、ポケモントレーナーとして旅立てるってことだね……!」

ここまではどうにか落ち着いたように見せかけていた小夏だったけれど、最後まで言い終える前に感情が高ぶってしまって、思わず優真の手を取った。

「優真くん! 優真くんすごいよっ! すごすぎるよっ、もうわたし訳わかんなくなっちゃった! ちょっとこれどういうこと!? 最高だよっ!」

「小夏があれだけの根性見せてくれたんだ、俺が本気出さなくてどうするんだって話だよな! 小夏の夢を護れて、本当に良かった」

「うん、うん……! わたしの夢、叶ったよ……! 優真くんのおかげだよ、ありがとう、ありがとう優真くん、ありがとう……っ!」

小夏と優真、優真と小夏。二人は相手の夢を叶えるために戦いに臨んで、それぞれ持てる力を存分に発揮した。その結果がこれだ、その成果がこれだ。手を取り合ったふたりはもう感極まってしまって、ぽろぽろと涙を止め処なくこぼしながら、繋ぎ合った手をぶんぶんと振りまくっていて。

「ずっと、ずっと頑張ってきた甲斐があったね……!」

「ああ……ここまで来られて、本当に良かった。ホントに、本当に……っ!」」

いつまでも止むことなく泣きじゃくっている小夏と優真を、隣にいたシズクが心配そうに見ている。すっと二人の間に入ると、きょろきょろと優真と小夏の顔を交互に見まわしてから、その柔らかな手をそっと差し出す。

「みぅ……みぅ、みぅ」

「シズク……? どうしたの?」

「ひょっとして……涙、拭いてくれてるのか……?」

涙を流しているのは悲しいから、辛いことがあったから。シズクは二人が苦しくて泣いているのだと感じて、その涙を拭ってあげたいと思ったのだ。不安そうな目を向けるシズクを見た小夏と優真が目を合わせて、それから小さくうなずく。

優真と小夏は共に腕を回して、シズクをその腕の中に抱きしめた。

「ありがとうな。シズクの優しい気持ち、伝わったよ」

「大丈夫だよ、シズク。悲しいんじゃないの。わたしたちが泣いてるのは、うれしいからだよ」

「みぅ?」

「人間っていうのは、すごく嬉しいことがあったときにも涙を流す生き物なんだ」

「夢がかなって、未来をその手につかみ取れたから、だから……」

柔らかく、軽く、とても小さな体。その幼い身で自分たちのことを案じてくれたシズクに、優真と小夏はとても大きな愛を感じて。

「今だから言えることかもしれないけど……シズクがいてくれたから、わたしたち、ここまで来られたのかもしれないね」

「俺も、そう思ってたんだ。心が入れ替わっていっぱい大変な目に遭ったけど、相手の気持ちが分かって、本気でやってやるぞって覚悟ができたんだ」

二人が微笑むのを目にしたシズクが安堵したように表情を緩めて、小夏と優真に体を預けた。シズクに惜しみない感謝の気持ちを注ぎながら、二人が視線を交錯させる。

「全国学力テストが難問揃いだってことは、わたしもよく知ってるよ。なのに優真くんは、びっくりしちゃうくらい立派な結果を出してくれた」

「夏期講習が毎日あって、すごく大変だったと思う。勉強だって慣れてなくて、辛いこといっぱいあったと思う」

「でも、優真くんはやり抜いてくれた。やり遂げてくれたんだ」

「ありがとう、優真くん。ありがとう……!」

優真の姿をした小夏が、小夏の姿をした優真に。

「海で溺れたらどれだけ怖いか、俺だってよく知ってる。怖くて二度と泳げなくなる人だっているんだ。けど、小夏は勇気を出してまた泳いでくれた」

「練習だってキツかっただろうし、慣れない俺の体で歯がゆいことだらけだったと思う。苦しいことだっていっぱいあったはずなんだ」

「なのに、小夏は……小夏はやりきってくれた、俺でさえ届かなかったところまで辿り着いてくれた」

「小夏、ありがとう。俺、ありがとうってしか言えないけど、でも……でも、ありがとう、ありがとう……っ」

小夏の姿をした優真が、優真の姿をした小夏に。

ありったけの想いを、感謝の気持ちを言葉に載せて、二人が互いの健闘を称えあった。

ひとしきり感動を分かち合って、高ぶりに高ぶった気持ちがようやく落ち着いてきたところで、優真が少し息を整えてから、涙を拭って小夏を見つめる。

「……これで、俺は小夏の夢を繋げることができた。夢を壊さずに済んだんだ、本当に良かった」

「だから、小夏。身体が元に戻ったら……好きなこと、やりたいこと、そういうのを目いっぱい楽しんでほしいんだ」

ずいぶんかしこまった様子で話す優真を見て、小夏が思わず息を止める。優真が伝えようとしていることを知りたくて、大きく身を乗り出した。小夏の様子を目にした優真は深くうなずいて、万感の思いを込めて、眼前の彼女にこう告げた。

「小夏に誰か好きな人がいるなら、その人と幸せになってほしい」

優真は確かに、確かにそう告げた。彼の表情はとても穏やかで、決して無理などしていないことが分かる。本心から出た想い、心から発せられた言葉。そうであることに、疑う余地なんてどこにもなかった。

「俺……小夏が笑ってて、幸せでいてくれるなら、それが一番なんだ」

「そこに俺が居なくたって構いやしない、そんなことはどうだっていいんだ」

「ましてや、こうやって俺たちが入れ替わったことを誰かに言ったりなんかもしない。自分たちだけの秘密だ」

「俺は小夏を縛り付けたりなんか、絶対にしないから」

自分たちの心と体が入れ替わってしまったのは、あくまで偶然の出来事に過ぎない。今は心が入れ替わって一緒に居ざるを得ないだけ、その境遇に乗っかって小夏に迫るような真似はしたくない。これを理由にして小夏を束縛しようなんてつもりは毛頭ない、小夏には小夏の人生があるのだから。心から小夏のことを想っているからこそ、小夏の気持ちを大切にしたい、小夏の思うように生きてほしい。優真は切実に、とても切実にそう考えていた。

小夏は目を大きく開いたまま、切々と想いを吐露する優真から片時も目を離せずにいる。まさか、優真からこんなことを言われるなんて思ってもみなかった。優真がここまで自分のことを想っていたなんて、想像もしていなかった。むろん、それはいい意味でだ。優真の言葉が自分の、皆口小夏の幸せを願うものだということはあまりにも明確で、とてつもなく明瞭で、小夏はただただ驚くばかりだった。

「すっげえ気の早い話になるし、なんかこういうこと言うのこっぱずかしいんだけどさ」

「もし、小夏が結婚式とかそういうのをやることになってさ――気が向いたら、俺も呼んでくれると嬉しい」

「小夏がちゃんと幸せになったのを見届けてから、川村優真はクールに去るぜって言ってみたいからな」

あえておちゃらけた、冗談めかした物言いをする優真に、小夏は胸が張り裂けそうになる。今まで感じたことのない鋭い痛みに、目をつむってしまいそうになるほどだった。それも優真から心無い言葉を掛けられたからではない、まったく逆だ。心遣いにあふれた言葉をもらったから、もらってしまったから、胸がシクシクと痛んでいる。その痛みの根源は、優真の想いが伝わってくるから。

なぜ優真がこんなことを言うのか、小夏にはよく分かっていた。かつて優真とケンカしてしまったあの日、ハッキリとは言わなかったものの、自分は山手くんのことが好きだという素振りを見せたからだ。優真はその事をよく憶えていて、今も小夏は山手くんに想いを寄せていると考えている。まったく無理のないことだ。けれどそれがあくまで淡い片思いに過ぎなくて、恋愛感情と言うよりは、近所のお兄さんへ無邪気に憧れるような他愛ない気持ちだと気付いたのは、最近になってからだった。

(優真くんは……わたしの気持ちを尊重してくれてるんだ)

好きな人と一緒にいてほしい、自分がそこにいなくても構わない。こんな言葉は生半可な気持ちで口に出せるものではない。優真はとても優しくて、ただただ優しくて、その優しさが自分の胸に耐え難い痛みをもたらしている。とてもとても辛くて、あり得ないくらい苦しい。大会の時だってこんな思いはしなかった。優真になって以来――いや、生まれて初めて感じたと言っていいくらい、鋭い痛みだった。

(わたしのこと、こんなにも想ってくれてて……想ってくれてるから、身を引こうとしてる)

(今のわたしはやっと本当の『スキ』の気持ちに気が付いて、それがどんなものか分かって)

(優真くんの言ってる『誰か』は、『好きな人』は――優真くんなんだよって言いたいのに)

優真の言葉は計り知れないほど重くて、自分の言葉では気持ちを伝えられる自信が持てなかった。きっと優真は自分が無理をしていると思ってしまう、本心を押し隠していると感じてしまう。今はそれこそが本心で、一番自然体の感情だというのに。

どうすれば自分の想いを、自分の「スキ」を優真に伝えられるだろう。受け止めてもらえるだろう。短い時間で頭をフル回転させて、さんざん色々なことを考えて。

(……そうだ)

(わたしが、こうすればいいんだ――!)

小夏は自分たちの置かれた境遇を鑑みて、ひとつの答えに辿り着く。

「優真くん」

喉の奥から絞り出すような声で、目の前にいる人の、そして己の心が宿っている人の名前を呼ぶ。そして――。

「……っ!? こっ……小夏っ!?」

小夏は優真の体を借りて、優真の心を宿した小夏を抱きしめた。すべてを包み込むように、ひとつに交わろうとするかのように、強く強く、とても強く抱きしめた。

「どっ、どうして……! 俺、一体どうなって……!?」

自分の身に何が起きたのか分からない、今この瞬間何が起きているのか理解できない。困惑しきった優真の声色がそれをあからさまに物語っている。小夏はそれさえも大きな心で受け止めて、全身で優真に自分の想いをささげる。

「小夏よせっ、よせって! 今の俺は小夏の体を借りてて、それに俺の体にいる小夏が抱き付いてて……それじゃ、俺が小夏を傷付けちまう、だから……!」

「……優真くんは今、わたしに抱きしめられて傷付いてる?」

「そっ、そんなこと……! そんなこと、思うわけないっ! けどっ、けど小夏が、小夏が……!」

小夏には他に想い人がいる。だから自分は身を引くべきだ、それが小夏の幸せにつながるのならば。優真はどこまで行っても小夏に優しさを向けていて、自分が傷付くことなど恐れていない。優真は恐れているのは、小夏が傷付くことだけ。ましてや自分が小夏を傷付けてしまうようなことなど、もう二度とすまいと心に誓ったのだ。それが今、自分が小夏を抱いて体を触れ合わせている、好きでもない異性に触れられることがどれだけの嫌悪感をもたらすか、優真はトレーナーに襲われた折に身を以って知っていた。

だから今まぎれもなく、自分は小夏を傷付けてしまっている。優真はそう考えてしまう。だがこれは同時に、小夏が自ら選んだことでもある。何より、小夏に抱き付かれた自分は傷付いているだろうか? 決してそんなことはない、絶対にあり得ない。胸の高鳴りはホンモノで、まかり間違っても嫌な気持ちなんかじゃない。むしろ、心の奥底でこうなることを夢見ていたようにさえ思う。

何が、どうなっているんだ。優真の頭は回らない。

「あのね、優真くん。もし、わたしたちが元の心と体だったら……わたしは、こうしてほしい、こうなればいいって思うよ」

「小夏……?」

「優真くんが力いっぱい抱きしめてくれて、わたしも負けないくらい強く抱き付いて。そうなったらいいなって、わたし考えてたんだ」

「じゃあ、これは、小夏の……!」

「そう、そうだよ優真くん。これは、わたしの本当の気持ち。やっと気が付いた、ホントの想い」

ぐっと優真を抱き寄せた小夏が、耳元に口を寄せて、彼にだけ届くように密やかな、けれど確かな思いを込めた声で、心の奥から紡ぎ出した言葉をささやく。

「――スキだよ」

「優真くん。だいすき」

好きだよ、君のことが大好きだよ、と。

「……小夏」

はらり、と優真の目から涙が零れる。それは滝のようにどんどん流れてきて、留まるところを知らない。感情のうねりが押し寄せて、心の中で大きな波を起こす。

小夏から言葉をもらって、優真はやっと気が付いた。自分はここから身を引く必要など無いのだと、小夏から距離を置こうとしなくていいのだと、奥底へずっと押し隠していた想いを正直に解き放っても良いのだと。

それを、小夏が受け容れてくれるのだと。

「俺……今、夢を見てるんじゃないか……? こんなこと、本当にあるのかよ……っ」

「ううん。夢じゃないよ、夢なんかじゃない。耳をすませば、優真くんのドキドキだって伝わってくるもん」

最愛の小夏の体を借りて、自分の体に宿る最愛の小夏を抱きしめる。その途端、優真の目から堰を切ったように涙があふれ出した。

「小夏……っ!」

胸の中で燃えていた思いが熱を帯びた涙になって、瞳から流れていく。

「俺、俺っ! 小さい頃からイタズラばっかして、小夏にいっぱい迷惑かけて……でも、なんでそんなことするのかわからなかった、自分でもわからなかったんだ!」

「ただ小夏のことが気になって、気になって……いつだってずっと頭から離れなかったんだ」

「けどあの日、小夏が海で溺れたとき……小夏が死んだら嫌だ、生きててくれって思って、それで、それで……!」

口から紡がれる言葉を受け取る。美しい糸のような、優真の心からの想い。小夏にとってはすべてがかけがえのない宝物。彼女の目にもまた、涙がはっきりと浮かんでいて。

「もし、小夏が俺と一緒にいて幸せだって思うなら、思ってくれるなら」

「俺はずっと、小夏の側にいたい。小夏の近くにいさせてほしい」

「隣にいて、同じ時間を過ごして……喜びも、悲しみも、二人で分かち合えるなら……それが、一番幸せだから」

「小夏――好きだ」

「俺……小夏のこと、大好きだ!」

小夏のことが好き、小夏のことが大好き。ずっと言いたかった言葉、言えずにいた言葉、胸の中にしまい込んでいた言葉。はっきりと音になって、コトダマになって、優真の口から外へと飛び出す。自分を束縛していたもの、足かせになっていたものをすべて取っ払って、優真は本当の気持ちを小夏へ告げた。

目を真っ赤にして泣きじゃくりながら、優真は小夏を抱きしめつづけた。自分にはそうする資格なんてないと思っていたから、小夏の幸せを願いながら彼女の前からシャボン玉のように消えていく運命だと信じていたから。だから小夏を好きでいていい、彼女の側にいていいと言われて、泣かないはずなんてなかったのだ。そうなってくれればと、他でもない彼自身が願っていた夢なのだから。

たくさんの涙を流して、ようやく気持ちが落ち着いたのだろう。優真はハンカチで涙を拭ってから、改めて小夏の瞳を見つめる。

「小夏、ありがとう。本当に、本当にありがとう。俺、小夏と一緒にいられるように頑張るから」

「わたしもだよ、優真くん。優真くんの隣に立ってて恥ずかしくないように、精いっぱいがんばるよ」

「ああ、ちくしょう。なんだって小夏はそんなに真面目なんだ、見習ってばっかりだよ」

「そう言う優真くんだって、立派すぎて眩しいくらいだよ」

でも、こうやってお互い尊敬し合うのって、すごくいい関係じゃないかな。小夏の言葉に優真が、まったくその通りだと言わんばかりに深くうなずいて見せた。いがみ合っているより、お互いの強さを認めて尊敬し合う方が断然いいに決まっている。どちらも同じ思いだった。

「それから、小夏。大事なことを言い忘れてた。言わせてくれないか」

「大事なこと?」

優真は軽くうなずいてから、小夏に言葉を掛けた。

「俺は小夏の隣にいたい。ずっとそうしていたい。だけどそれは、小夏がここから――榁から出てってほしくないって意味じゃない。そういうのじゃないんだ」

「小夏はポケモントレーナーになるんだ、どこへだって好きなところへ行ってほしい。見たいものを見て、知りたいことを知って、小夏の思うままに旅をしてほしい」

「付いていくことはできないけど、でも……どんな時でも隣に俺がいると思って、勇気をもって前に進んでくれ」

「連絡くれればいつだって付き合うよ。何か辛いことや悲しいことがあれば、俺に遠慮せずにぶつけてくれればいい。俺が全部受け止めてやる」

「それで――気が向いたらでいいから、また榁に帰ってきてくれると、俺は嬉しい」

「俺の隣は、どんな時でも小夏のために空けておくから、だから……」

小夏は思う。優真は本当に優しい心を持っているのだと。側にいたいという自分の言葉が小夏を束縛してしまわないように、榁に留まってほしいという意味ではないとはっきりと伝えてくれる。優真が自分の夢を深く理解していること、そして優真が自分を大切にしてくれていること、その二つの想いの表れだった。

「だいじょうぶ。優真くんの気持ち、わかってるよ。ちゃんとわかってる」

「やさしくて、あったかくて……涙が出てきちゃうくらい」

とても幸せだった、たただだ幸せだった。こんなにも自分のことを思いやってくれる人と、好き同士になれたのだから。

今や完全に心を通わせた小夏と優真が見つめ合う。どちらも自分の想いを何もかもすべて伝えて、そして相手がひとつ残らず汲み取ってくれたのを感じる。満ち足りた表情をした二人が、互いに微笑みを投げかけあった。

「もう、水泳大会もテストも終わっちゃったけど……でもわたし、まだ練習も勉強も続けたいなって」

「俺も同じだったんだ。夏休みが終わるまで、今まで通り続けていけたらいいよな」

「うん! シズクも喜んでくれるしね」

「これぞ一石二鳥、ってやつだよな!」

目標は達成した。けれど、二人で一緒に居る時間は大切にしたい。どちらも同じ気持ちだった。ヒマワリのように大きな笑顔の花を咲かせて、小夏と優真ががっちりと握手を交わす。

「これからもよろしくな、小夏!」

「よろしくね、優真くん!」

手を取り合える喜びをかみしめながら、二人は共に在ることを誓ったのだった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。