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#35 案件管理局とエーテル財団

午後の夕暮れ時。半袖短パンの優真らしいいつものスタイルで、小夏は肩で風を切って悠々と歩いていた。

「さぁて、買い物買い物っと」

彼女が歩いているのは、榁の中心地にある商店街だった。今日はシズクを優真に預けているから、ここにいるのは自分一人だけ。少し寂しくはあったが、自分のペースで歩いていけると思えばそう悪いものでもない。ひゅう、と軽く口笛を吹いて、小夏は夕日を背にして歩いていく。

今日は午後から清音が遊びに来ていた。母はこれといって悪いところも無く元気で仕事に出かけていたので、文字通り遊びに来たというわけだ。母が帰宅するまで優美と自分の相手をしてくれて、おやつにホットケーキも焼いてくれた。兄貴直伝よん、と言いながらふっくら焼き上げたホットケーキはとてもおいしくて、優美も大喜びで食べていたのを鮮明に記憶している。

「おとうさん、ホットケーキ焼いてたの?」

「そうよー。エプロン着けて粉と卵かき混ぜて、それからホットプレートでジュワーってね。結構サマになってたんだから」

「いいなあ、優美も見てみたかった」

「優美ちゃんあんまり憶えてないだろうしねぇ。そいじゃさ優真クン、今度優美ちゃんにホットケーキ焼いたげなよ。きっと似合うわよー」

「よし、分かった。優美ちゃん。今度俺が作ったげるからな」

「ホントに? わーい! お兄ちゃんのホットケーキだぁ!」

「あーらら、ずーいぶん素直じゃない。前なら『えーっ、やだよそんなの』なんて風に言ってただろうに、大人になったじゃない」

「父さんだって清音さんのために作ってたんだろ? だったら、俺も優美のためにそれくらいできなきゃな」

格好付けるでもなく、ごく自然にそう言ってのけた小夏を、清音はほほをゆるめながら見つめていて。

「優真クンったら、まーた一回り大きくなっちゃって。子育てはばっちりこなすし、水泳大会じゃぶっちぎりで優勝ちゃうし、男前に磨きが掛かってるわねぇ」

頼れる兄の風格を身に付けたことを、心から喜んでいるようだった。

さてさて、そろそろ夕飯の下ごしらえをしようと清音が台所に立った直後、あっ、と彼女が声を上げるのが聞こえて。

「優真クン、ちょっといい?」

「どうしたんだ?」

「申し訳ない。ココ来る前に買い物してきたんだけどサ、ウチとしたことが玉ねぎとリンゴを買い忘れてきちゃって。おつかい、頼まれてくれない?」

「よしきた、任せてくれ。俺が買いに行ってくるよ。ちょうど外の風を浴びたかったんだ」

「おおっ。いやー助かるわ、いよっ、男前っ! ありがとね、優真クン。お金渡すわ」

清音はお使いを請け負ってくれた小夏に笑みを見せて、財布からサッと千円札を取り出して手渡す。おつりでおやつ買ってもいいわよん、そう付け加えることも忘れない。小夏は優真の財布に千円札を仕舞うと、すぐさま家を出て行った。

商店街を歩いているのは、こういう理由があったのである。

(今日はスイミングもない日だし、ヒマしてたんだよね。筋トレも飽きちゃったし)

すっかり運動することが趣味になっていた小夏は、家でも時間を見つけては基礎体力の向上に努めている。今となってはスイミングの無い日が逆に退屈になってしまって、有り余る力を持て余すような感じになっていた。そこで頼まれた清音からのお使いは、ヒマつぶしにはうってつけだった。海沿いの道を小走りに駆けて行って、あっという間に商店街まで辿り着く。

榁の商店街は結構な長さで、端から端まで歩くと二十分くらいはかかる。買い物はお母さんがしていて、普段ここまで来る機会があまり無かったから、小夏にとっては新鮮な風景だった。立ち並ぶお店を見ていると、つい中を覗いていきたくなる。今度また遊びに来よっかな、と小夏は考えるのだった。

同じように商店街を往く人の数は少なくない。横を通り過ぎていく人々の会話が、知らず知らずのうちに耳に飛び込んでくる。

「ねねちゃん、荷物重たくない?」

「へいき。まだいっぱい持てるよ」

「家まで結構あるから、無理はしないでね」

「おばあちゃんのところに帰ったら、ネネ、また素振りしたい」

「いいよ。私がちゃんと側で見ててあげるから」

ふくらんだエコバッグを持って歩く、姉妹らしき二人の少女。

「なんだろうな……姉貴はそんなとこにいてさ、怖いとか帰りたいとか思わなかったのか?」

「ちっとも思わなかったよ。だって、ずっと夢見てた場所にいたんだもん。あたしが行きたいって願ってた場所、お父さんのいるところに」

「姉貴――」

「それにね、北川さんへのお土産話、いっぱいいーっぱいできたしね! 帰ってきてから一気に話しちゃった! イグゼも大喜びだったよ」

「なんだよ姉ちゃん、あの人のことまだ『北川さん』って呼んでるのか? 姉ちゃんはもう『北川さん』だってのに」

「あーっ! 秋人ったら、ひょっとして妬いてるのー? お姉ちゃんが北川さんに取られちゃったー、って!」

「なっ、んなこと思ってねーよ! からかうのもいい加減にしろよっ」

「それでそれで、頼子ちゃんとはどうなの? もう手つないだりした?」

「どうもしないっ」

背丈のあまり変わらない、けれど少しだけ歳は離れているように見える姉と弟。

「調律うまくいって良かったねーっ。さすが、博士さんのところは一味違うよ」

「ラルトスのような子が丁寧に見てくださったんです。おかげで、前よりもっといい声が出せそうな気がします!」

「いいねいいねー! 帰ったらプリカちゃんとゲロッパも入れてセッションしてみよっか! Private Serviceがいいかな?」

「いらっしゃいいらっしゃい! ベーカリーショップの沢島パンだよー! パンのことなら何でもお任せ! 沢島パンだよー!」

「わーっ! 何これ何これ? みぃちゃん見てみてよ、これちょっと初めて見るパンだよね!」

「あっ! お客さんお客さん! 見てって見てって、夏季限定・冷やしクリームパンだよっ。甘くて冷たくてふわっふわ、ポケモンも食べられるやさしいお味だよ!」

「へぇーっ、冷やしクリームパンだって! おいしそうだねー。そうだ! みんなにも買ってってあげよっか。元気になってくれるかも知れないよ」

「いい考えですね! きっと喜ぶと思います。希さんなんて、目の色変えて全部平らげちゃうかもしれませんよ」

「辛気くさいムードなんて、甘いものでぶっ飛ばしちゃえばいいよね! 決めたっ、買いまーす!」

「まいどー! お会計は店内で!」

パン屋で呼び込みをしている小さな女の子と、そこで足を止めた女の子ふたり。

たくさんの人々が行き交う商店街は活気に満ちていて、歩いているだけで楽しくなってくる。鼻歌の一つでも歌いたくなってくる気分だ。足取り軽く商店街の奥まで進み、八百屋で玉ねぎとリンゴを買う。そこでちょうど商店街の終わりが見えたから、小夏はくるりと踵を返して元来た道を戻っていく。家では清音が待っているはずだ。あまり遅くならないうちに帰ろう――と、少し歩くスピードを上げた直後だった。

「あっ! ゆうくん、ゆうくーん!」

名前を呼ばれた、それもずいぶん特徴的な呼ばれ方だ。自分のことを「ゆうくん」なんて呼ぶ人は、小夏の知る限り一人しかいない。そして声の色も、小夏の知っているその人と完璧に一致していた。

「よう、楓子姉ちゃん。買い物してたのか?」

「帰り道でお総菜買ってって、ってお母さんに頼まれたんだ。お腹すいたから、いっしょにコロッケも買っちゃった」

「いいじゃん、うまそうだなコロッケ」

「えへへっ。ススムは『買い食いはよくないぞ』って言うけど、やっぱりやめられないねっ」

揚げたてのコロッケにかぶりついて、楓子は至福の笑みを浮かべる。マママートのコロッケは最高だよ、なんてことを気の抜けきった声で言う楓子の様子を見ていると、小夏もつられて笑いたくなってくる。背は高くていかにも「お姉ちゃん」って感じに見えるけど、中身は天真爛漫でとても分かりやすい。親しみの持てる人だと思う小夏だった。

そんな楓子は、肩紐の伸び切った重そうなバッグと、紺色の生地に白抜きで文字の入った縦長の大きな袋を携えている。それが剣道具だと、小夏はたちまち気が付いた。綾乃が持っているものとほとんど同じだったから、見覚えがあったのだ。さしずめ、今は稽古が終わって家へ帰る途中といったところなのだろう。で、体をたくさん動かしてエネルギーを使ったのでコロッケが食べたくなった、そう考えると自然だった。

「稽古終わりで帰るところ?」

「そうだよ! 今日もいっぱい動いたからね、いい汗かいちゃったよ。東原先輩とも打ちあったしね」

東原。毬の苗字だ。そう言えば以前河原で楓子に出くわした時も、同じように名前を聞いた覚えがある。最近会ってないけど、まりちゃん元気にしてるかな。そんな考えが小夏の脳裏をよぎる。今の優真の姿では星宮神社まで気楽に会いに行くということもできなくて、しばらくご無沙汰している状態だ。まあ、学校にいる時もてきぱき動いていつもアクティブだったし、気にするほどのことでもないだろう。

「東原先輩って強いんだよ! 先輩が引退してさっそく部長さんになったしね。ちょっと、苦労してる部分もあるみたいだけど……あたしも支えなきゃって思ってるよ」

「部長になりたてだし、慣れなくて大変なんだろうな」

「ススムも言ってたっけ。みんなを引っ張っていくのは、自分一人が強くなるのとは違うって。今ならその気持ち、分かる気がするよ」

と、世間話が続いていた最中、楓子がふとポンと手を打って。

「あっ、そうだ、思い出した。この間捜してるって言ってたフィオネちゃん、見つかった? 大丈夫だった?」

「あの後ちゃんと見つかったよ、元気にしてる。今は小夏の所にいるんだ」

「ホント!? よかったぁ、元気で何よりだよ!」

「手伝ってくれてありがとな、楓子姉ちゃん」

「いいのいいの。困ったときはお互い様っ。トレーナーやってたから、ポケモンが居なくなって不安になる気持ち、すごく分かるもん」

えっ、と小夏が目をぱちくりさせる。見た感じあんまりそういう印象は無いが、楓子はかつてポケモントレーナーをしていたらしい。と言うことは、今はやめて地元に帰ってきたということだろうか。これからトレーナーになるつもりの小夏としては、文字通りセンパイに当たる楓子がどんなトレーナーだったのか気になって仕方がない。あっという間に好奇心がふくらんできて、小夏はそれを抑えきれなくなった。自分に素直になって、おもむろにこんなことを訊ねる。

「楓子姉ちゃん。ちょっと訊いてみたいんだけどさ、トレーナーってどんな感じなんだ? 旅するのってどんな風なんだ? 教えてほしいよ」

「おおっ、水泳一本かと思ってたゆうくんも、やっぱり興味はあるみたいだねっ。立ち話もなんだし、歩きながら聞かせたげるよ」

よいしょ、と荷物を持ち直した楓子が小夏に先んじて歩きはじめ、遅れまいと小夏もすぐ隣を付いていく。楓子は小夏――というか優真と話ができるのが嬉しいようで、さっきからニコニコしっぱなしだ。楓子と優真の関係はあまりよく分からないものの、結構いい間柄らしい、というのは伝わってくる。それにしても、優真の周りには思いのほか女の人が多い。妹の優美・叔母の清音・ジムの先輩に当たる沙絵・そして多分近所のお姉さんらしきこの楓子。優美以外はみんな年上で、しかもみんな揃って優真を慕っていたり目を掛けたりしてくれている。考えようによってはモテモテと言える状況かもしれない。小夏はちょっと楽しくなった。

(ひょっとして、年上の人に好かれやすいタイプなのかな? 優真くんって)

せっかくお互い仲良くなったことだし、今度いきなりこういうことを訊いてみるのも面白そうだ。思いもよらない反応を見せてくれるかもしれない。小夏は心の中でくすくすと笑う。

商店街の復路を往きながら、楓子は小夏にトレーナー時代の体験談をたくさん披露してくれた。

「やっぱり、草むらからポケモンが飛び出してきたときは驚くし、胸がわくわくしちゃうね。戦うか逃げるか、一瞬の判断が大事なんだ」

「屋根のない所を歩くことがほとんどだから、雨に降られちゃうときつかったね。急いで樹の下に逃げて雨宿りしたり、家に入れてもらったりしたっけ」

「あたし以外にも旅をしてた人はたくさんいたから、ポケモンセンターで会った人と話が弾むことも多かったよ。ほんの時間つぶしのつもりだったのに、バトル談議が熱くなって朝まで語り合ったりとか!」

「初めて挑戦したのは哉住のジムだったけど、すっごく緊張したよ。タイプでは有利だって分かってても、相手はテレビにも出てるジムリーダーだもん。できるだけの準備をして、あとは全力でぶつかるだけ。そう覚悟を決めて戦って、危ないところでなんとか勝った時は、泣いちゃいそうになるくらい嬉しかった。その内慣れるかなって思ったけど、結局最後の瑠禰市まで変わらなかったね」

「世の中には知らないものがたくさんあるんだって、ホント毎日思ってたよ。見たことのない風景、出会ったことのないポケモン、全然違う世界で暮らす人たち。毎日が発見と驚きに満ちてて、先に進むのが楽しかった。ホントにね、すっごく!」

「もちろんね、時には辛いこともあったよ。あたしは野宿でもなんでもどんと来いって感じだったから、旅は楽しかった。でも、いろんな人を見てるうちに、分かってくるの。この人は行き場を失ってる、この人は目標が見えなくなってる、この人は行っちゃいけないところへ進もうとしてる――現実って厳しいね。みんなあたしみたいに、あれをやるんだこれをやるんだって、夢をいっぱい持って飛び出してきたはずなのに、それを叶えられずにいるんだって、そう思って」

「でもそれ以上に、楽しかったことや嬉しかったこと、そういう素敵な思い出をたくさん作れたよ」

「だからね、あたし思うんだ。外に出てみて良かった、旅をしてよかった……って」

楓子の話ひとつひとつにうなずいて、相槌を打って、小夏は瞳を輝かせながらそのすべてを記憶に刻み込んだ。なんてキラキラしているんだろう、なんとイキイキしているんだろう。自分もまた外へ飛び出して旅をしてみたい、その夢を胸に抱いていたから、楓子の話は何もかも輝いて見えていた。楽しいことばかりではない、辛いことや苦しいこともある、けれどその先にはまったく未知の世界が広がっている。知らないことを知ることに無上の喜びを感じる小夏にとって、この上ない魅力に満ちていた。

話を聞くところによると、楓子は豊縁地方にある八つのジムすべてを制覇して、ポケモンリーグの認定バッジを集めきったようだ。彼女が相当な実力者であることは誰の目からも明らかだ。多くのトレーナーはこの後四半期に一度行われるポケモンリーグへ挑戦し、勝者が四天王とチャンピオンに挑む流れに乗る。だが少し不思議なことに、楓子はここで旅を切り上げて榁へ帰還したようなのだ。それきり話を切り上げてしまったから、楓子がポケモンリーグへ挑まなかった理由は分からなかった。今はトレーナーをやめて学業に復帰し、勉強に部活にと日々精を出している、というわけだ。

(何か理由があったのかな)

考えてみたところで理由は分からないままだったし、直接訊ねるのもなんだか気が引けてしまって、結局この件についてはお流れになってしまった。とはいえ、楓子からトレーナーとしての体験談を聞けたのはとても貴重な経験だった。小夏はすっかり満足して、足取りも軽く歩いていく。

商店街がもう間もなく終わろうという地点まで差し掛かったところで、そうだ、と楓子が手を打って見せて。

「そうだ。ちょっと話は変わっちゃうけど、ゆうくんに話しておきたいことがあったんだった」

「俺に話したいこと?」

「うん。今日の稽古が始まる前に、東原先輩から聞いたんだけど……妹さんが、ゆうくんの名前を出してたみたいで」

まりちゃんが? と小夏が首をかしげる。自分の――優真のことを口にするとは、一体どういう状況なのだろうか。流れがよく飲み込めずにきょとんとしていた小夏だったが、次に楓子から発せられた言葉で、その言葉の意味を理解することになって。

「なんか最近ゆうくんとお友達の様子がおかしいから、案件管理局の人に調べてもらうとかどうとか言ってたんだって」

案件管理局! 思わず背筋が凍り付いた。理由なんて明らかだ。ついこの間綾乃と一緒に居た時不意に話しかけてきて、自分を収容するなどと言ってきたばかりではないか。あの時もずいぶん肝を冷やしたけれど、まさか毬も自分の、いや、自分たちのことを怪しんでいたなんて。小夏はぞっとする思いのまま、毬の顔を脳裏に思い浮かべる。

考えてみれば毬が怪しむのも無理のないことだった。学習塾ではいつも隣の席同士だったから、まだ小夏の体に慣れていない優真が頓珍漢な受け答えをしたりしたのだろう。それに自分にもまずいところがあった。優真の体でいきなり星宮神社まで訪れて、シズクのことを知らないか、なんて訊ねたりしたのだから、毬からすればまったく意味の分からない状況だったに違いない。あの時「港へ行った」と即座に返してきたのは、むしろ自分たちのことを不審に感じていたからではないか。小夏は今更ながら自分の軽率さを後悔するばかりだ。

「東原先輩は『川村くんたちに迷惑かけちゃいけないし、やめさせるよ』って言ってたけど……妹さん、言い出したら聞かないみたいで」

「う、うん……俺も知ってる。毬って結構強情なところあるから……」

「まりちゃんっていうんだ。うん、覚えとこ。でもゆうくん、別にヘンなところなんてないよね? いつも通りだよね?」

楓子にそう言われてしまっては、返す言葉なんてない。今の状況は本人が一番よく分かっている。激しくざわつく心を表に出さないようどうにか取り繕いながら、小夏は首を縦に振るほかなかった。

「じゃあね、ゆうくん。まだまだ暑い日が続くと思うから、夏バテに気を付けてね!」

家から少し離れたところで楓子と別れる。大荷物を提げて颯爽と歩いていく楓子を手を振って見送りつつ、そわそわした様子で小夏が後ろを向く。

(外にいたら、案件管理局の人に捕まっちゃう)

大の大人たちの手でいきなり捕まえられて、そのまま家に帰してもらえなくなるかもしれない――そう考えると怖くてたまらなくて、小夏は早く家に戻らねばという思いでいっぱいになった。楓子の姿が見えなくなった小夏はすぐさま回れ右して、優真の家へ戻ろうとした……

「川村くん。シズクちゃん、今日は皆口さんの家にいるの?」

その矢先の出来事だった。突然横から声をかけられて、小夏が思わず立ち止まる。

「えっ……!? みっ、宮沢……!?」

夕闇に紛れて自分の名前を呼んだのは、クラスメートである宮沢くん、そして。

「こん子が川村くんと? 変わったフィオネば……せや、シズクちゃん連れとーちゅう」

「うん。そうだよナツ姉ちゃん。あいにく、今日は皆口さんの家にいるみたいだね」

「そうと。シズクちゃんことばエーテルハウスで見らしぇてもらいたかったんやが」

どうやらエーテル財団職員らしき少女・ナツだった。二人は揃って優真……いや、小夏を視界に捉えると、その瞳を鋭く光らせている。

「おっ、おい宮沢、なんだよこいつ。一体俺とシズクに何の用なんだ? 何するつもりなんだよ」

「川村くん、あんまり失礼な口聞いちゃダメだよ。ナツ姉ちゃんは怒らせると怖いんだ、アスナさんにだって負けない『火山娘』だって言われてるからね」

宮沢くんとナツという女の子は一体何を考えているのか、シズクに何か気になるところでもあるのか。戸惑いを隠し切れない小夏を見ながら、宮沢くんが口を開く。

「シズクちゃんのこと、調べさせてもらいたいんだ。気になることがいくつかあってさ」

「――もしかすると、エーテル財団で保護しないといけないかも知れないからね」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。