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S:0036 - "Falling Down!"

「――!」

「……!」

ともえは、時間の流れが急激に遅くなったような錯覚を受けていた。

(あれは……鳥……?)

――衝突の瞬間に抜け落ちたであろう、幾枚かの鳥の白い羽が、ひらひらと空を舞う。

空を飛んでいたあさひに、同じく空を飛んでいたであろう鳥がぶつかった。それが、先ほどの瞬間に発生した出来事だった。

「……………………」

ともえの目の前では、激突したことで大きくバランスを崩したあさひと鳥が、「飛ぶ」のとは明らかに異なる様相で空を舞っていた。時間の流れが幾重にもわたって引き伸ばされ、傍観者のともえの網膜に、眼前の光景が焼き付けられる。

「あっ……」

「……!」

引き金になったのは、あさひが無意識のうちに上げた声だった。あさひの声と共に、ともえの居る時間が、急速に等速へと収束してゆく。

「う……うわぁぁぁぁぁぁっ!」

「厳島さんっ!!」

あさひが落ちてゆく。バランスを崩して制御を失ったあさひの体が、「世界」とのつながりを失ったあさひの体が、本来適用されるべきだった「引力」に従い、抵抗も無く真っ逆さまに落ちてゆく。

(厳島さんが……落ちてる……!)

そのまま落下し続けて、地上に落ちればどうなるか? 地面に叩きつけられたあさひの体が、原形を留めているかどうか。

つまりは、一巻の終わりである。

「……………………」

ともえとあさひの間に開いた距離はそこそこある。この状況では、ともえがあさひを助けることなど、できはしない――。

 

「……はぁっ!!」

 

――どうしようもない絶望的な静寂を破ったのは、ともえの発した裂帛の一声だった。

「……! ……!!」

先ほどのあさひが見せたスピードを遥かに超える、無謀とも言えるほどの速度で、ともえがあさひに向かって突撃していく。その様相は、文字通りの「弾丸」の体を成していた。

「……………………」

疾風と化したともえの視界に、無力なまま空を漂う、もう一つの存在が飛び込んできた。

「……!」

ともえは迷わず左手を構えると、マジックリアクターに格納していたリリカルバトンを召喚する。彼女の視線が一瞬だけ、白い鳥へと向けられた。

「アクティベート・マイ・ドリーム! シャボンよ、鳥を護って!」

続けざまにともえが発したのは、意外な言葉だった。ともえは、鳥に向けて魔法を使ったのである。

「……よしっ!!」

かつて落下してゆくともえをリアンが救った光景を再現するかのごとく、ともえが飛んでいた白い鳥に魔法をかけた。鳥は泡のような大型のシャボンに包まれ、緩やかなスピードで地上へ降りてゆく。このまま行けば、鳥自身が自力で着地した時よりも緩やかな衝撃で、鳥は地上まで辿り着くことができる。まず安全と言えた。

(この距離なら、まだ正確に魔法が使える……だから、こっちはなんとかできる……)

ともえの瞳には、既に鳥の姿は映っていない。彼女の目指す先には、無力なまま落ちてゆく少女の姿があった。ともえの目が、大きく見開かれた。

(……でも、厳島さんは遠すぎる!)

強烈なスピードで距離を縮めながら、ともえは冷静に現況把握に努める。距離の近い鳥には、魔法を使って対処することができた。しかし、あさひの状況は異なっていた。あさひには、ともえの魔法は使えなかったのである。

「……………………!」

魔法を正確な座標で発動するには、かなりの技術と精度が要求される――そのことを、ともえは先日リアン・ルルティと共に行った「チューニング」で理解していた。今の自分では、あさひに向けて正しく魔法を使えるかどうか、保証が取れなかったのである。

(それなら……!)

だが、ともえは怯まない。猛然とあさひに向けて突進し、横軸・縦軸・奥行きの距離を一挙に詰めてゆく。それは即ち、ともえ自身も同時に落下している状態といえた。その危険性をともえは認識しているのかしていないのか、判断するすべは無かった。

(もっと距離を詰めて――一か八か、やってみるしかないよ!)

二人の距離が縮まる。落下しているあさひの表情は、凍りついたように変わらない。ともえの姿も、まったく認識できていないようだった。恐怖で意識が飛んだか、はたまた、自分の置かれている状況すら把握できない恐慌状態に陥ったか。何れにしても、現状においては大差はないと言えた。

(下は……空き地っ!)

あさひを一瞥して、ともえはすぐに真下へ視線を向けた。眼下にはだだっ広く凹凸の無い、雑草ばかりが目立つ空き地が広がっている。周囲には人影らしい人影も無い。

(いける……今はもっと……もっと、スピードをっ!!)

何かの確信を持ったともえが、徒でさえ危険だというのに、さらにスピードを上乗せするという暴挙に出た。自然落下するあさひを、加速で追い抜こうとしているかのような動きだった。

「……………………!!」

ともえがあさひと地上までの距離を目測で計る。あさひが地上に落下するまでは――あと、四秒足らず。驚くべき速さで、ともえは残り時間をはじき出した。だがその結果は、決して好ましいものではない、むしろ絶句すべきものだった。

「……せぇいっ!!」

空を蹴り、弾丸と化した少女が地上へ猛進する。時間は無い、距離は無い、猶予は無い……何もかもが無い状況であったが、ともえには……「躊躇」も無かった。驚異的な速さの突撃を続け、ともえがあさひに肉薄する。

「……アクティベート――!」

――三。

「……マイ――!」

――二。

「……ドリーム――!」

――一。

 

「――わたしよ、クッションになれっ!!」

 

――零。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。