夜が明けて、ふたたびお日様が空に顔をのぞかせます。ジリリリリリ…と目覚まし時計がうるさく鳴って、かよ子がもぞもぞと起き出してきます。眠い目をこすりながら部屋を出て、キッチンにいるお母さんにおはようのあいさつをします。かよ子がひとりで早起きをしてきたので、お母さんは目をまん丸くして、珍しいこともあるものね、なんて言っていました。
「いってきまぁーす」
ベーコンエッグとトーストと、それからオレンジジュース。最後にいちごジャムを入れたヨーグルトを食べてしまうと、もうすっかりお腹いっぱいです。赤いランドセルをしょって、かよ子はひとりで家を出ていきます。例によって間のびした声で、いってきますを言うのも忘れずに。
お口を大きく開けてあくびをすると、かよ子は学校につながる道を歩いて行きます。こんな風にして朝早くお出かけすると、道の近くでいろんなポケモンを見ることができます。子どものコラッタが二匹でなかよくじゃれあっていたり、木の上にホーホーが止まっていたり。たまに見かけるとちょっとうれしいのが、オタチがシッポを使って立っているところですが、あいにく今日のオタチはまだおねむの時間のようで、一匹も見当たりません。
オタチがシッポを使って立ち上がるのは、ほんの少しでも遠くの方を見て、こわい敵が近付いてきていないか確かめるためなんだよと、日和田市からわかば市までサッカーの試合をしに来たというお姉ちゃんが話してくれたのを、かよ子はしっかり覚えています。お姉ちゃんがかわいいオタチを連れていて、かよ子がうれしそうに見ていたときに教えてもらったことです。へえ、オタチってそんなことしてるんだ。そう思って、かよ子はちょっとビックリしてしまいました。
好きなようにくつろいでいるいろんなポケモンたちを、遠くからぼんやり見つめていたかよ子ですけれども、ポッポが三羽並んでちょこまか跳ねているのを見て、あっ、と何かを思い出したようです。
「昨日はヘンな夢見ちゃった。かよ子がポケモンで、知らない誰かにお世話されてる夢だったっけ」
かよ子の見た夢は、なぜだかかよ子が鳥小屋にいて、しかもお世話をする方じゃなくてされる方で、全然知らない人からごはんをもらって食べるという、とってもヘンなものでした。もちろん、夢ですから何もかもぼんやりしていますし、本当に鳥小屋でとりポケモンになってたのかは誰にも分からないのですが、かよ子がそう思うなら、きっとそうなのでしょう。夢は自分だけのものですからね。
どうしてこんな夢を見たのかは、かよ子にもなんとなく分かります。今日から生き物係になって、鳥小屋でとりポケモンのお世話をしてあげなきゃいけないからです。寝ているときもそれが気になって気になって、夢にまで出てきてしまったのでしょう。せっかくなら、お世話をする方になってくれれば今日の練習になったのに。かよ子が残念そうに口をへの字にします。
さて、生き物係のお仕事をするために早く家を出たかよ子ですけれども、歩いている道がいつもよりずっと静かなことに気がつきました。人通りが全然なくて、しん、と静まり返っています。かよ子はわいわい騒がしいよりも静かな方が好きでしたけど、ひとりぼっちでこんなに静かだとさすがにちょっと心細いです。いつもはそんなに行きたくない学校に、今日に限っては早く行きたくなりました。
昨日帰りに歩いた河原沿いの道を、今度は逆向きに、学校へ向かって歩いていきます。途中で普通の道にもどって、そこで分かれ道を左へ行くと、学校はもうすぐそこです。分かれ道を曲がらずに、河原からずーっとまっすぐ進むと、おとなりの吉野市につながっています。吉野市は小さな海ぞいの町で、かよ子は数えるほどしか行ったことがありません。お母さんに、吉野市は遠いからひとりで遊びに行っちゃいけませんと、いつもきびしく言われているからです。
「あの駄菓子屋さん、また行きたいなあ」
でも、かよ子は一度だけお兄ちゃんといっしょにこっそり遠出して、吉野市まで遊びに行ったことがあります。吉野市には、年季の入った古い駄菓子屋さんがあります。他では見つからないような、めずらしくておいしい駄菓子がたくさんあって、かよ子はお小遣いを使いすぎないようにするのが大変でした。お店にいたおばあさんも優しい人で、あまりおばあちゃんの家に遊びにいけないかよ子から見ると、本物のおばあちゃんみたいでした。お兄ちゃんもとても楽しそうでした。
駄菓子屋さんはとっても楽しかったので、かよ子はまた行ってみたいなあ、と思っています。だから、学校へ行くときも吉野市につながる方の道をちらちら見るのですが、お母さんに怒られるのでやっぱり行けません。いっそのこと、生き物係なんてさぼって、駄菓子屋さんに遊びに行っちゃおうかな、なんて思ったりしますけど、かよ子にそんな度胸があるはずもなく。
「生き物係、やだなあ」
ため息といっしょにそうぼやくのがやっとやっと、なのでした。
*
ランドセルを揺らしながら学校まで歩いて、校門をくぐります。時間が早いので、まだ先生は外に立っていません。普段ならあいさつをするところなのですけど、今は誰もいませんので、静かに中へ入ってゆきました。めざす鳥小屋は、ここからもうちょっと歩かなければいけません。かよ子はこわごわ、おそるおそる、鳥小屋を探して歩きます。
歩いているうちに、ちゅんちゅんとポッポの鳴く声が聞こえてきました。かよ子がきょろきょろ近くを見回すと、小さな小屋があるではありませんか。あれこそ鳥小屋に間違いありません。すぐにとびらの前までやってきますが、それきりかよ子は動かなくなってしまいます。中に入らないといけないのですが、ポケモンにさわることに慣れていないせいで、どうにも気おくれしてしまいます。どうしようかな、どうしようかなと、鳥小屋の前でうろうろしていたかよ子でしたけれども。
「あっ、かよ子。もう来てたんだ、早いなあ」
「大介くん。おはよう」
ちょうどいい具合に、相方の大介くんが現れました。ここまで走ってきたみたいで、汗をびっしょりかいています。いつもみたいに遅刻しそうだったけれども、どうにか間に合ったというところでしょうか。かよ子は大介くんが来てくれたおかげで、すっかり元気を取り戻しました。
「じゃあ、中に入って様子を見てみようか」
かよ子が「とびらを開けて」とお願いする前に、大介くんはあっさり開けてしまいました。迷っていたかよ子には、もう大助りです。大介くんはねぼすけさんでしたが、起きていれば結構頼りになる男の子なのです。
ふたりでいっしょに鳥小屋の中に入って、まっさきに目に飛びこんできたのが、地面をぱたぱたハネている小さなポッポたちでした。かよ子が数をかぞえてみると、ポッポは三羽いるみたいです。入ってきたかよ子と大介を見て、目をまん丸くしているのが分かります。しばらくじーっと見つめて、ふたりが「お世話をしてくれる人」だと分かると、ごはんちょうだい、お水ちょうだい、なんて言っていそうな鳴き声を、代わる代わる上げました。
「ごはんほしいみたい。どこにあったっけ?」
「ここの裏にあるってさ。一学期にやってたあっくんから聞いたんだ」
ポッポはとてもおとなしくて、こっちの言うこともちゃんと聞いてくれそうです。最初はどうなることかと思いましたけど、これならしっかりお世話ができそうです。ほっと一安心、そう思って、裏にあるというポッポのごはんを取りにいこうとしたかよ子でしたが、その時ちょうど、小屋の奥に別のポケモンがいるのを見つけました。
「あのポケモン、なんだろう?」
かよ子が見つけたのは、ちょっと大きなヒヨコみたいなポケモンでした。木の箱に細かくちぎった古新聞をしきつめた手作りのベッドに大の字で寝っ転がっていて、なんだかとっても堂々としています。朝はポッポたちよりも遅いみたいで、目を糸みたいにしてグースカ眠っています。かよ子が静かに近づいてみると、なかなか愛嬌のある姿かたちをしていました。
「俺知ってるよ。こいつ、アチャモだよ」
「へえ、アチャモっていうんだ。どんなポケモン?」
ヒヨコみたいなポケモンは「アチャモ」という名前のようです。となりで見ていた大介くんが教えてくれました。興味をもったかよ子が尋ねてみると、大介くんは得意げにかよ子に話してくれました。
「ここから離れた場所にある、ええっと、ホウエンってところにたくさん住んでるんだ」
「あっ、知ってるよ。ここからだと、飛行機とかに乗らないといけないよね」
「そうそう。で、人なつっこくて元気がいいから、初めてポケモンをもらう人はアチャモにすることが多いんだって」
「こっちで言う、ヒノアラシみたいだね」
「うん。今はまだこんな風にちまっこいけど、いっぱいバトルして進化すると、すっげーかっこよくなるんだぜ!」
「今はヒヨコだから、ニワトリになるのかな?」
「そんな感じだったな。これみんな、ホウエンに住んでるいとこの姉ちゃんから教えてもらったんだ」
「ふぅーん、そうだったんだ。教えてくれてありがとう。この子、かわいいね」
大介くんからアチャモについてくわしく教えてもらって、かよ子はすっかり感心してうなづきました。確かにかわいらしい見た目をしていて、人なつっこそうな感じもします。進化したらかっこよくなるみたいですけど、かよ子はかっこいいものよりかわいいものの方が好きだったので、このままの方がいいなあ、と思いました。
ふたりが話をしていると、一匹でのんびり眠っていたアチャモが、もぞもぞと動き始めました。体をのっそり起こして、眠たそうに目を細めながらふるふると首をふっています。やがて、アチャモはかよ子とはたと目が合いました。あっ、とかよ子が気付いて目を大きく開けると、アチャモもかよ子をじぃーっと見つめはじめ……
(ぴょんっ)
……と、思いきや、アチャモが急にベッドから飛び上がって、小さな足でちょこまか走り始めたのです。えっ、と面食らったかよ子が思わず後ろを振り向くと、入ってきたときに開けたとびらがそのままになっているではありませんか。アチャモは開けっぱなしのとびらから、外へ逃げ出そうとしていました。
「こらっ、待てっ!」
大介くんがとっさに気を利かせて、走っていたアチャモをむんずと捕まえます。アチャモは大介くんに捕まえられたのが嫌だったのか、じたばた暴れてとにかく手が付けられません。その暴れん坊ぶりといったら、やんちゃだったかよ子の従兄弟の公太郎くんがおとなしく見えてしまうほどでした。目をまん丸くしてびっくりしたかよ子は、アチャモをおとなしくさせようとがんばる大介くんの横で、おそるおそる開けっぱなしのとびらを閉めることしかできませんでした。
けれど、アチャモにはそれが効いたみたいでした。とびらが閉まったのを見るとすっかりあきらめてしまって、大介くんの腕の中で暴れるのをやめました。大介くんが地面へ置いてあげると、ふてくされながらしぶしぶ元の手作りベッドまで戻って、また大の字になってグーグー眠り始めてしまいました。誰がどう見たって、完全なふて寝でした。
「びっくりしたあ。急に逃げようとするなんて。すごい暴れん坊ね」
「きっと外に出たがってるんだ。でも、勝手に出しちゃいけないからなあ」
かわいいヒヨコだと思ったら、その正体はとんでもないやんちゃ坊主だったのでした。
(生き物係、ちゃんとできるかなあ)
両腕をいっぱいに広げて寝ているアチャモはまるで怖いものなしとでも言いそうな顔つきをしていて、かよ子は今から早速先が思いやられるのでした。
ひと騒動ありましたが、かよ子は生き物係のお仕事をすることにしました。裏手から持ってきたふたつの袋には、それぞれポッポにあげるごはんとアチャモにあげるごはんが入っています。アチャモはあんな調子ですからちょっとしり込みしてしまって、とりあえずポッポに朝ごはんをあげることにしました。かよ子が手のひらで少しポケモンフーズをすくって、ポッポに差し出します。
「ほら、ポッポちゃん。ごはん、ごはん」
ごはん、と聞いたポッポはすぐさま気がついて、ちゅんちゅん鳴きながらかよ子の側までハネていきます。手のひらに顔を近づけて、そのままごはんを食べようとしますが……
「どうしたの? 食べないの?」
「かよ子、見てみろよ。あいつがこっちをにらんでるんだ」
振り向いてみると、さっきまでふて寝をしていたはずのアチャモがいつの間にか目を覚ましていて、ごはんを食べようとしているポッポをじとーっとにらみつけています。自分よりも先にポッポがごはんを食べようとしているのが気に入らないのでしょう。アチャモににらまれたポッポはすっかりすくみ上がってしまって、ごはんを食べたいのに食べられません。ポッポがかわいそうになったかよ子は、こわごわながらアチャモとポッポの間に入って、アチャモの目がポッポに届かないようにしてあげました。ポッポはようやく安心して、かよ子の手からポケモンフーズを食べはじめました。
さて、なんとかポッポには朝ごはんをあげることができましたが、問題はあのやんちゃ坊主です。かよ子がポッポにごはんをあげながら、困ったように後ろを振り向き振り向きしていると、大介くんがどんと胸を叩いて「アチャモは俺にまかせとけ」と力強く言いました。ここは、男の子の大介くんにお願いしましょう。
大介くんはアチャモの食べるごはんをかよ子と同じようにに手ですくって、アチャモの前に持っていきます。が、アチャモはぷいとそっぽを向いてしまって、ぜんぜん食べようとしません。大介くんは何べんもアチャモに食べさせようとしますが、右へ左へ首を振られるばかりです。
しょうがないなあ、と言いながら、大介くんはアチャモのベッドの近くにあったごはん皿を持って、そこに手からごはんを移しました。手をぱたぱた払って、ごはん皿をアチャモの前へ置きました。ところが……
「ちゃも!」
「あっ、こら! こいつ、何すんだ!」
威勢よく声をあげて、アチャモはごはん皿を豪快に蹴とばしてしまいました。ごはん皿はもちろんひっくり返って、ごはんが周りに飛びちります。もうこうなってしまうと、大介くんといえどどうしようもありません。お手上げ、といった感じで困った顔をしていると、アチャモはふんぞり返るとふん、と大きく鼻を鳴らして、またまた自分のベッドでふて寝をはじめてしまうのでした。
「どうしよう、大介くん」
「これじゃ、どうしようもないよ。アチャモは火も吹くから、怒ったらもっと手が付けられないんだ」
「えっ!? アチャモって、火を吹くの?」
「そうだよ。これが結構あなどれないんだ」
大介くんがかよ子に説明します。アチャモは体の中に「ほのおぶくろ」を持っていること、そこで火を起こして口から吐き出すことができること、アチャモの炎は見かけによらずとっても強いこと……などなど。聞けば聞くほど、アチャモは見かけによらずものすごい力を持っていることが分かってしまいました。
「火が使えるなんて……ぜったい危ないよ」
わんぱくなだけじゃなくて、危なっかしい火まで吐いちゃうなんて聞いて、かよ子はますます怖気づくしかありませんでした。
アチャモがちゃんと眠っているのを見てから、ひっくり返されたごはん皿を元に戻してごはんを入れなおし、お水を新しいものに変えてから、かよ子と大介くんは顔を見合わせます。ふたりして「これでいいよね」「こうするしかないよね」と言い合って、うんうんとうなづき合って、それからそそくさと鳥小屋を出て行ったのでした。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。