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Level 5: お昼どきの考えごと

ちょっとした事件が起きたのは、いつものようにごはんを食べてから、家を出ようとしたまさにその時でした。

「かよ子ー、大介くんのお母さんから電話よー」

「えっ? 電話?」

かよ子が玄関口から慌てて取って返して、お母さんから受話器を受け取ります。電話の向こうでは、大介くんのお母さんが申し訳なさそうな口調で、かよ子にこんなことを言ってきました。

「実は、大介が具合を悪くしちゃって……今日は学校へ行けなさそうなの」

「うそ!? 大介くんが!?」

「毎日がんばって早起きしてたんだけど、無理してた分、急に疲れが出ちゃったみたいで……」

まさしく晴天のへきれきというところでしょうか。無理がたたったのか、大介くんが体調を崩してしまって、学校へ行けそうにないというのです。連絡網だとずいぶん離れているかよ子に電話をしてきたのは、同じ生き物係だったからに違いありません。かよ子は頭をでっかいハンマーでぶん殴られたようなショックを受けました。

(大介くんがお休みってことは……もしかして今日、かよ子がひとりでお世話するの!?)

そう、そこが問題だったのです。

生き物係のお仕事といえば、ポッポとアチャモの面倒を見ること。大介くんが来られないということは、かよ子がひとりで全部見てあげなきゃいけないということなのです。

「……どうしよう。ひとりぼっちなんて」

というわけで、かよ子はひとりで鳥小屋の前までやってきたのでした。

「はあーあ、かよ子も休みたかったなあ」

電話を受けたときはそんな風に思いましたけど、もうお母さんにしっかり朝ごはんを食べて、ランドセルもしょって、黄色帽子まできちんとかぶって学校へ行く気まんまんなところを見せてしまった手前、今から体の具合が悪いから休む、なんて言っても信じてもらえるわけがありません。あきらめて学校まで歩いて来ましたが、その足取りったらもう、重たいなんてものじゃありませんでした。

いつまでもこうして鳥小屋の前で立っていてもしょうがないので、かよ子は思い切って中へ入りました。いつものように三羽のポッポがかよ子をお出迎えしてくれて、そしてあのやんちゃなヒヨコは……

(あっ。今日もまた外見てる)

かよ子には目もくれずに、外に見える人やポケモンの姿を、じーっと見つめつづけていました。

ポッポにごはんやお水をあげて、代わる代わる遊んであげている間も、アチャモはずっと外ばかり見つめています。今日は騒いだり走り回ったりすることもありません。ただ、外を見ているだけなのです。

静かにしてくれてほっと一安心、かよ子はそう思いつつも、普段とは別の理由でアチャモのことが気がかりでした。

(アチャモったら、なんか……さみしそう)

広い外の世界を見ているアチャモの背中は、毎朝見ているやんちゃな姿とはかけ離れたもので、どことなく寂しさが漂っていました。まるで、目の前に自分のほしいものがあるのに、それに向かって手をのばすことさえできずにいるよう。かよ子はいつの間にか、アチャモを今までとちょっと違う風に見ていることに気がつきました。

普段のやんちゃな様子を思い返してみても、今だと少し印象がちがっている気がしました。アチャモはちょこまか走っていたずらし放題ですが、それだけ大暴れしているにもかかわらず、なぜだかちっとも楽しそうに見えないのです。かよ子や大介くんをからかったり、ポッポにちょっかいを出して我がもの顔で振る舞っていても、笑っていたのを見たことがありません。

「やっぱり、外に出てみたいのかな」

アチャモといえば、忘れもしない、初対面のときの出来事があります。開きっぱなしだったとびらから、ダッシュして外に逃げ出そうとしたことがありました。単なるいたずらだと思っていましたけど、こうやって外ばかり見ている今のアチャモとあわせると、外に出てみたいんじゃないかな、とかよ子は思うのです。

外かあ。改めて鳥小屋の中を見回してみると、ちょっと狭苦しくて、息苦しい感じがします。閉じ込められているという感じがぴったり来るのです。アチャモはちょこまか走り回りますが、ぴょんぴょん飛んで障害物を乗りこえ乗りこえといった様子で、自由に思い切り駆け回れるわけではありません。外に出たがる気持ちも、分かる気がします。

結局今日はずっと静かにしたまま、アチャモはその場から動きませんでした。

 

そんなことがあったので、かよ子は授業中もずっとアチャモのことばかり考えています。元からぼーっと考え事をすることが多いですけど、今日は一段と深く物思いにふけっているようです。

(あんなにやんちゃするのは、ずっと狭いところにいるからかな。いつからいるんだろ?)

アチャモがいつからあの鳥小屋にいるのかは知りませんが、少なくとも一学期の頃からいることは間違いありません。それからずっとあの中にいて、外の世界に出られなかったら、気持ちがささくれ立ってしまうのも分かる気がします。いわゆる、ストレスがたまっているのかも知れません。

ホントは広い場所を好きなように走り回って、涼しい風を体いっぱいにあびたりしたいんじゃないかな。かよ子の想像でしたけど、そんなに大きく外れているような気もしませんでした。でも、勝手に外に出したりしたら、先生に叱られちゃいます。かよ子にはできそうにありません。

(お外に出たい、かあ)

かよ子が見るかぎり、アチャモはお外に出たがっていると思います。でも、外は車も走っていますし、野生のポケモンだってうろついています。鳥小屋の中にいる方が、安全なのは間違いないです。それでもアチャモは外に出てみたくて、スキを突いて逃げ出そうとしたり、外をジッと見つめたりしているのです。外に出れば広い場所があって、自分の思うように生きられて、狭い場所で閉じこもっていなくて済むことを分かっているからなのでしょう。

ふと、かよ子はあることに気がつきました。鳥小屋のあの息がつまるせまくるしい感覚は、なんとなく、本当になんとなくですけど、自分の家にいるときにも感じるような気がしました。単純に家が広くないということもありますし、他にも何か理由があるんじゃないかと、かよ子は思います。

(お外……かあ)

もし自分がアチャモだったら、「お外」はどこになるんだろう……と、かよ子がどんどん考えることを広げていると。

「では次、かよ子ちゃん。三番の答えを言ってください」

「あっ……は、はい。315、です」

「はい、正解。よくできました」

いきなり担任の岡本先生に当てられて、かよ子が慌てながらもちゃんと答えます。最初に問題を解いておいて、それから考え事をはじめたので助かりました。かよ子はふう、と息をついて、ハンカチで冷や汗を拭います。と、ちょうどその時です。

(そうだ。先生にアチャモのこと訊いてみればいいんだ)

かよ子よりもずっと学校のことに詳しい先生なら何か知ってるかもと、かよ子はひらめきました。そうと決まれば善は急げ、さっそく行動開始です。

お昼休み。かよ子は給食をいつもより早く全部食べ終わると、机でプリントを採点していた岡本先生に声を掛けて、あのアチャモについて訊いてみました。

「あのね、先生。アチャモって、いつから学校にいるんですか?」

「アチャモ? ああ、かよ子ちゃんと大介くんがお世話をしてくれてる、あのアチャモのことだね」

先生は、ちょっと待っててね、とかよ子に言付けると、職員室まで走っていきました。五分くらいしてから戻ってきて、改めてかよ子に話しはじめます。

「聞いてきたよ。あのアチャモは、二年くらい前から学校にいるみたいだね」

「えーっ! そんなに前から?」

「うん。元々この辺りで迷子になってたのを井上先生が見つけて、学校で飼うことにしたそうなんだ」

岡本先生が聞いたところによると、アチャモはかよ子がピカピカの一年生だった頃に井上先生に見つけられて、それからずっと鳥小屋で暮らしているみたいでした。二年前と聞いて、かよ子はすっかりおどろいてしまいました。大人の二年はあっという間ですけど、かよ子くらいの子どもの二年というのは、それはそれはとっても長くて長くて、気が遠くなっちゃいそうなくらいなのです。

「たまには、お外に出してあげたりするんですか?」

「どうだったかな。学校から逃げ出しちゃうといけないから、あんまり外には出してないと思うよ」

もし、岡本先生が言っていることが正しいなら、あのアチャモは二年間ほとんどずっと、鳥小屋の中で暮らしていたいたことになります。外に出たいと思いながら、ずっとずっと、ずーっと中にいたかも知れないのです。

(そんなに長い間、小屋の中にいるんだ)

一生懸命ふつうを装って、岡本先生に心配されないようにしていましたけど、本当はもう気が気じゃなくて、胸がきゅうっと詰まってしまっていました。

かよ子の頭の中が、見る見るうちにアチャモのことでいっぱいになってしまいました。

(アチャモ、今頃どうしてるかな。また外ばっかり見てるのかな)

それからというもの、ちょっとでも時間があればアチャモのことを考えるようになってしまって、普段からちょっとぼーっとしているのが、ますますぼんやりさんになってしまったかよ子ですが……。

ここで、またまた大変なことが起きてしまったのです。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。