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2-1 海を渡る船

昨日がそうであったように、今日もまた船着き場近くの木陰で寝転んでいる。長い間を空けて行きつ戻りつを繰り返す船を見たり見なかったりしつつ、時間が過ぎるに任せている。

何もすることがないとき、シラセはこの場所で船を出迎え、見送るのが常だった。そしてシラセには特別にすることなど何もなかったので、それはほとんど毎日と言って差し支えない。誰に頼まれたわけでもなかったが、いつの間にか日課のひとつになっていた。外からやってくる人々を出迎え、外へ出て行く人を見送る。シラセはその役割を果たしていた。

いつもいつも同じ場所にいるゆえに、昨日のヒロのようにここへ自分を探しに来るような人も少なからずいた。シラセは近隣ではまず見かけないアブソルで、よく人に馴れたおとなしい性格をしていたから、野良ポケモンとしてちょっとした人気者と言うべき立場にあった。代わる代わる触りに来る人々に毛を少々もしゃもしゃにされつつ、シラセはそれも案外悪くないものだと思っていた。

自分は海の向こうから来たのだということを、シラセはしばしば自覚する。船着き場で時間を潰すのは、自分が外から流れてきた者だから。ここを訪れる人に何か感じるところがあるのは、自分もまた同じ境遇にあるから。

今の立場を鑑みて、シラセは榁に流れ着いたことを幸運だったと思っている。瑞穂と沙絵に拾ってもらえたこともあったし、街の人々からも可愛がられている。身の危険を感じるようなこともまず無い。以前とは比べ物にならないほど、平穏で安穏な日々を過ごせている。そのことを、シラセは幸せだと感じていた。

接岸された船に乗り込もうとしている人々がいる。数はさほど多くなかったが、船で榁を訪れた人々と同じように、見るからにポケモントレーナーだと分かる人が大半を占めている。ポケモンジムにチャレンジしたか、珍しいポケモンがいると言われる石の洞窟を探険してきたか。いずれにせよ、多くの人は二度とこの地を踏むことはないだろう。

翻ってシラセはどうか。流れ着いて瑞穂に助けられたときから、この場所で暮らしていくことを決めた。自分のように考える人はそう多くないようだ。決して悪い土地ではない、シラセはあくまでそう考えるが、それと共に、住処を決めるのは各々の自由だ、という考えも抱いていた。人の数が減っていく様を間近で見ている身としては、もう少し増えてもよいのでは、と考えることも無いわけでは無かったけれど。

うとうとしながら船を見ていたシラセの目に、少しばかり周りから浮いた、違和感を覚えさせる人の姿が飛び込んできた。

そこにいるのは一人の少女だった。小さな風呂敷包みを抱えている。背中にはリュックサックを背負っている。きょろきょろと周囲を見回して、行くべき道を探しているようだ。

シラセが目を凝らして、少女の容姿を捉えていく。背丈は沙絵より一回り低く、身近な人物で言うならヒロに一番近かった。髪は短くさっぱり切り揃えられていて、動きやすさを重視した感じがする。そこは活発そうな印象を受けるのだが、どことなく寂しげな眼差しをしていて、表情は固く色というものがなかった。

と、少女がシラセに視線を投げかけた。シラセが自分を見ていたことに気が付いたようだ。早くもなく遅くもなく、ごく自然な足取りでシラセに向かってくる。手を伸ばせば届くといったところで、少女は足を止めた。抱えていた風呂敷包みを道端へそっと置く。コトリ、とやや固い陶器のような音がした。何が入っているのか、シラセには皆目見当が付かなかった。

空いた手をシラセへ伸ばして、身体を何度かやさしく撫でる。少しばかりぎこちなさはあったけれど、少なくとも「ポケモンへの触れ方」は分かっている手つきだ、とシラセは感じた。二度三度と繰り返して、シラセが嫌がらずに身を任せていることを好ましく思ったのだろう、少女はわずかに表情を緩めてシラセを見やる。それから置いていた風呂敷包みを再び手にして、少女がどこへともなく歩き出す。

少女の姿がすっかり見えなくなってしまうまで、さほど時間は要さなかった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。