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S:0039 - "Carry out My Belief #1"

――アトリエ・セルリアンにて。

「ただいま~っ!」

「おっ、帰ってきたみたいね」

そろそろ帰ってくる頃合だと踏んでいたのだろう、リアンは中庭に出て、二人を出迎える体勢を整えていた。

「中原ともえ、ただいま戻りましたっ!」

「厳島あさひ、帰還したぜ!」

「うむ! 二人ともご苦労ご苦労。何も無かったみたいで、一安心だわ」

ともえとあさひが無事に戻ってきたことで、リアンはすっかり安心していたようであった。何かトラブルがあっては大変と、気が気でなかったようである。

「さてさて。あさひちゃんは、ともえちゃんにいいところを見せられたかしら?」

少しばかりおどけた調子で、リアンはあさひに問いかけた。ちょっとばかり様子を見てやろうという、リアンなりの思慮である。ところが、あさひから返ってきた反応はというと。

「逆だな。俺は姉貴にかっこいいとこを見せられっぱなしだったぜ。さすがは姉貴、って感じだったな!」

「……………………へ?」

リアンが間抜けな声をあげた。彼女から見れば、あさひの返答が訳の分からないものになっているのも無理は無い。何から何まで、二人がアトリエを離れていた間に起きた出来事によるものなのだから。

(出て行くときはあんなに対抗意識丸出しだったのに、一体どーいうことよ?)

腕組みして難しい顔をするリアンを見ながら、ともえとあさひが顔を見合わせくすくすと笑った。そのやり取りまで含めて、リアンには理解不能だったようである。

「よぅし。ともえちゃん、ちょっとこっちへカモン」

「はいっ」

こうなれば、個別に話を聞きだしたほうが早いだろう。リアンはそう考え、素直に話してくれそうなともえを呼び寄せた。

「ねぇともえちゃん。あさひちゃんと、一体何があったのよ?」

問いかけたリアンに、ともえは。

「えへへ……ナイショ、ですっ」

珍しく詳細を明かさず、内緒だと言って話をはぐらかした。

そして、ここから始まる奇妙なやり取り。

「ほう、ナイショとな」

「はい。ナイショです」

「ともえのナイショというわけですか」

「ともえのナイショ、というわけです」

「つまりは、ともえのナ・イ・ショ、というわけね」

「つまりは、ともえのナ・イ・ショ、という事です」

「……うーむ」

「……うーん」

「……感慨深いわね」

「……感慨深いです」

なんなんだアンタら。

「これで、二回目ですね」

「そうねぇ、後は何が残ってるかしらねぇ」

まだ原作のタイトルをやってねーじゃん、と投げやりに回答しておくことにしよう。疲れたし。

「それはともかくとして、ま、いろいろあったってことね」

「そういうことです。でも、あさひちゃんと仲良くなれたのはホントです」

「名前で呼んでるあたりからして、説得力があるわね」

これ以上聞き出すのは、どちらにしても良くないだろう。リアンはここで追及の手を緩め、ともえを解放した。

「事情は分からないけど、仲良くなったのならこれ以上のことはないわ。良かったわね、二人とも」

「はいっ!」

「おうよ!」

力強く応える二人の様子を見て、リアンは安心した表情を浮かべるのだった。

「それにしても、ともえちゃんがお姉ちゃんになっちゃうとはねー。ちょっと意外な感じかもね」

「いろいろあったんだ。姉貴が、俺に大事なことを教えてくれたからな」

「ふふっ。大した気に入りようじゃない。義理の姉妹同士、これからも仲良くやってちょうだいね」

「ああ、任せとけって!」

……と、その時。

「……そうだ! 姉貴、それにリアン! 突然で悪いが、ちょっと付き合ってくれねえか?」

突然、あさひが口火を切った。あさひの様子に、ともえとリアンが素早く反応する。

「どうしたのかな?」

「およ、何か用事? できる範囲でなら手伝うわよ」

「いや、二人は見ててくれるだけでいいんだ。少しだけ待っててくれ」

そう言うと、あさひはマジックリアクターにタッチし、リリカルバトンを取り出す。これから、何か魔法を使うようだ。

「リリカルバトン?」

「ふむ。魔法を使うのかしら?」

「ああ……今なら、できる自信があるからな!」

あさひは目を閉じると深く息を吸い込み、呼吸を丁寧に整える。

「すーっ……ふぅーっ……」

無用な雑念を取り込んだ息で押しつぶし、不要な懸念を呼気と共に吐き出す。

「……………………」

やがて、すべての意識が一筋に収束する。

「……!!」

その感触を掴んだあさひが、カッと目を見開いた。

「キャリーアウト・マイ・ビリーフ! リンゴよ出て来いっ!!」

呪文と共に、願いを――かつて失敗した、『リンゴを出現させる』という願いを――唱える。

「あっ……!」

「おおっ……!」

その直後、中庭の白いテーブルの上に、赤々とした瑞々しいリンゴが三つ現れた。側にいたともえとリアンが、思わず声をあげる。

「……………………」

二人は固唾を飲んで、出現したリンゴの様子を見守っていた。かつてあさひは、リンゴを出現させるところまでは成功したものの、出現させたリンゴを「世界」に定着させることができず、リンゴはすぐに消えてしまっていた。その繰り返しにならないかと、リアンは危惧していたのだ。

「……よしっ」

一歩前に歩み出たのは、ともえの方だった。テーブルに歩み寄ると、リンゴのうちの一つを手に取る。ともえがあさひに目配せすると、あさひは大きく頷いた。ともえもそれの意味するところを理解し、その小さな口を一杯に開いた。

(……しゃりっ)

小さな音が聞こえた。とろけるばかりの甘さと、甘さに活を入れるかのごときほのかな酸味が、口いっぱいに広がる。実は良く引き締まり、硬さと瑞々しさを共存させている。

「……姉貴……」

「……………………」

小さく声をかけたあさひに、ともえは――。

 

「……うんっ。おいしいよ、あさひちゃん。大成功だねっ!」

「……ぃよっしゃぁぁっ!!」

 

――あさひにとって最高の褒め言葉で、しっかり応じたのだった。

「……肩の力が抜けて、本来のいいところが出せるようになったみたいね。よかったわね、あさひちゃん」

手を取り合って喜び合うともえとあさひを見つめながら、リアンが優しく呟いた。

 

――しばらくして。

「おっと、もうこんな時間ね。二人とも、そろそろ帰ったほうがいいわ」

「はい! リアンさん、ありがとうございました!」

「今日も世話になったな。明日もよろしく頼むぜ!」

日もとっぷり暮れて、帰宅の時間と相成った。三人は別れの挨拶を交わし、ともえとあさひが帰る支度を済ませる。

「姉貴っ! 今日のことは一生忘れないぜ!」

「わたしもだよ! あさひちゃん、一緒に頑張ろうねっ!」

「おうよ! 絶対にやってやるぜっ!」

すっかりともえと意気投合したあさひは、ともえに先んじて家路に着く。ともえはそれを、しばしの間見送っていた。

「いやー、ここまで仲良くなっちゃうとはね。心配してたけど、これで安心したわ。あさひちゃん、頼りになりそうね」

「はい。わたしも、あさひちゃんと仲良くなれて、うれしいです」

「うむ! 机を並べて一緒に頑張る友達だものね。仲が良くて困ることは無いわ。ともえちゃん、やっぱりあなた素敵よ」

「えへへっ♪」

リアンが頭を撫でてやると、ともえはうれしそうに頬をほころばせた。リアンにしても、教え子二人が心を通わせたことで、不安を解消できたようだった。

 

「あぅぅ~っ……目がちかちかするぅ~……」

 

……和やかな雰囲気を微妙に破壊する、間の抜けた声が聞こえてきた。

「……今の声、もしかして……」

「……そうね。間違いなく……」

リアンが中庭を抜けて、門扉へと向かう。すると、そこには……

「ふにゃ~……リアン~……」

「ルルティ?! あなたったら、どーしたのよ? ふらふらじゃないの」

いつものツンツン度合いが完全に吹っ飛んだ。へなへなのルルティがへたっていた。慌てたリアンはすばやくルルティを抱き起こすと、とりあえずともえのいる中庭のほうまで運んでいった。そのまま、ルルティをベンチに座らせる。

「わ……ルルティさん、大丈夫ですか?!」

「と、ともえ~……」

「あーあー、しっかりしなさいよ、ルルティ。ほら、とりあえずレモン水」

リアンが指をはじき、レモン果汁入りの冷たい水の入ったコップを出現させる。それを与えると、ルルティは弱弱しいながらも何とか飲み干し、少し落ち着いたようだった。

「ふぅ……す、少し落ち着いたみたい……」

「普通に散歩してただけのはずなのに、一体どうやったらこんなにふらふらになって戻ってこれるのよ」

心配と呆れの混じったリアンの問いかけに、ルルティは気の抜けた声で答えた。

「気分を変えて、空を散歩してたら、急に何かがぶつかってきて……」

「……………………!」

その言葉に反応したのは、他でもない、ともえである。

「空の散歩? 珍しいことしてたのね。ってことは、白鳥になってたわけね」

「そう、ね……それで、町を空から見下ろせるくらいの高さで飛んでて……」

「……………………」

「その後、急に、何かがぶつかってきたような……」

「あわわわわ……」

後ろでともえが冷や汗を流しまくっていることに、リアンもルルティもまったく気付いていない。

(あ、あさひちゃんがぶつかったのって……ルルティさんだったんだ……)

そう。あの時あさひが激突したのは、鳥に変身していたルルティだった――そういえば、鳥の色は白だった。猫に変身できるのは知っていたが、鳥にも変身できたようである。

「どうせ別の鳥か何かにぶつかったんでしょ? で、怪我は無いの?」

「頭がくらくらするけど……痛いところは別に……」

「空飛んでて落っこちたのに、怪我が無かっただけマシよ」

「どきどき……」

まさか、自分が魔法で助けたとは、口が裂けても言える状況ではない。

「そういえば……空を飛んでる時に、ともえの声が聞こえたような……」

「ぎくっ」

「何言ってるのよ。ともえちゃんがあんたにぶつかるわけ無いでしょ。アクロバット飛行をしてたわけでもないし」

「ぎくぎくっ」

リアンの言っていることは、八割がた合っている。違うのは、ぶつかったのがルルティと面識の無いあさひだったということだけである。リアンの言っていることが合いすぎていて恐ろしい。

「あ、あの……」

「ああ、ともえちゃん。ごめんなさいね。ルルティのことはあたしが診とくから、心配しないで、ね」

「は、はい……そ、それではっ」

まるで逃げるかのように、ともえは足早にその場を立ち去るのであった。

(助けてあげなかったら、大変なことになってたかも……)

本当にシャレになっていないと、ともえは冷や汗を拭うのだった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。