「たっだいまー!」
ガラガラと戸を開けて、沙絵が家へ帰ってきた。戸締りをしてから靴の紐を解いてから脱いで、瑞穂の靴の隣に並べて置く。
「お帰り、沙絵」
「お帰りなさい」
「おー、お姉ちゃんにハル! お出迎えありがと!」
瑞穂とハル、それからシラセが沙絵を玄関で出迎える。家族総出で来てくれたことが嬉しかったのか、沙絵が弾んだ声で応えた。
「どっちもエプロン姿、ってことは……」
「そ。お夕飯作ってたところだよ。ハルと一緒にね」
「うちも瑞穂さんのお手伝いさせてもらってたから」
二人の様子を目にした沙絵が、笑いながら「仲良いねー」と屈託なく言う。揃いのエプロンを身に着けた姿を見れば、誰しも同じような感想を抱いたことだろう。隣に立つシラセもまた同じ気持ちだった。ハルにはもう、ここを訪れた頃のような遠慮や気後れは見られない。上月家の一員として、自然体で振る舞っている。
「せっかくだから、私も混ぜてよ」
「よし。もうすぐできあがるから、配膳手伝ってくれる?」
「はーい!」
勢いよく腕を振り上げた沙絵の手には、何やら大きなビニール袋がぶら下がっていた。ハルと瑞穂の目が、一斉にそちらへ向けられる。
「沙絵、それは何?」
「へへーん。ちょっと買ってきたんだ。見てみて!」
「これ……線香花火か」
沙絵が買ってきたものは、袋詰めにされた線香花火だった。得意げに掲げて、沙絵が瑞穂とハルにしっかりと見せる。
「帰る途中にあのコンビニに寄ってみたら、お店のど真ん中で売ってたから」
「もうそろそろシーズン終わるし、売り切ってしまいたいもんな」
「なるほどー。ちょっと安かったのはそれが理由かぁ」
もうすぐ夏も終わりだし、ちょっとしんみりしたくない? そう言う沙絵に、ハルも瑞穂も乗り気だ。派手な花火もいいが、線香花火の小さな火花を見つめるのも乙なもの。二人は雅を解する性質だった。
「ご飯食べたらさ、一緒にやろうよ。庭で涼みながら、バチバチする火花を見るんだよ。線香花火の」
「いいね、風流だよ」
「ええなあ、それ。うちも見たいわ」
「よし。これで決まりだねっ」
あるいは花火そのものよりも、その情景を共有しながらの語らいに、意味を見出していたのかもしれないけれど。
沙絵も交えて三人で支度を進めて、茶の間に食器と料理が揃う。瑞穂が炊き立ての玄米入りご飯を茶碗へ盛り付けて、沙絵が箸を並べていき、ハルがグラスに冷たい麦茶を注いでいく。今日は鶏肉のカレーソテーとマカロニサラダ、そして付け合わせに洗って千切ったレタスが添えられている。
「おー! おいしそうだね。お腹空いちゃったし、いっただっきまーす!」
「ほなうちも、いただきます」
「うん。みんな揃って、いただきます」
三人が箸を手に取る。ハルはご飯を一口食べてから、マカロニサラダへ手を伸ばした沙絵の様子をじっと見ている。沙絵はハルが見ていることに気づくことなく、箸で掴んだマカロニサラダをそのまま口へと運んだ。もぐもぐと咀嚼してから、ごくりと飲み込む。
「んー。このマカロニサラダおいしいね。お姉ちゃんが作ったの?」
「だと思うでしょ? 実はね、ハルが作ったんだよ」
「本当に? いい感じだよ、ハル。よくできてる」
「おいしい言うてくれたら、うちも嬉しいわ」
マカロニサラダはハルが作ったものだった。おいしい、おいしい、としきりに口にする沙絵を目にして、ハルが思わず頬をほころばせる。自分が調理したものを美味しいと言ってもらえて嬉しくないはずはなかろう。喜ぶハルの顔を見て、瑞穂もまた満面の笑みを浮かべた。
「今度は私がお料理するよ。腕によりを掛けちゃう」
「頼もしいね。おいしいもの、いっぱい作ってよ」
笑う沙絵と瑞穂を、ハルは楽しそうに見つめている。
その姿は――さながら、姉妹のようで。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。