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S:0041 - "4-A Cutscenes #4/pt.2"

――教室にて。

「それでよ、右側のやつが……よぉ! 中原!」

「太一くん、おはよっ」

友達とおしゃべりをしていた太一が、教室に入ってきたともえに声をかけた。ともえは足を止めて、太一の姿を見やる。

「何か言わなきゃいけないことがあったような……」

太一の顔を見た直後、ともえが「何か言いそびれていた」感に襲われる。何のことだったかと記憶を掘り返してみると、まもなく、ともえは答えに至った。

「そうだ! 太一くん、この前掃除しないまま帰ったでしょ?」

「お? そんなことあったっけ?」

「あったよ~。一昨日って、太一君の班が掃除当番だったんだよ」

そう。一昨日の水曜日、太一が掃除をせずに下校してしまった件である。その日はみんととともえが、太一たちの分まで掃除をしたのである。

「悪ぃ悪ぃ。全然気付かなかったぜ」

「前の掲示板に書いてあるんだから、忘れちゃダメだよ」

「そうだな。中原の言うとおり、掃除くらいはきちんとしたほうがいいんじゃないのか?」

「ちょ、刹那、せめて助け舟くらい出してくれよっ!」

先ほどまで太一と話していた少年――刹那――が、冷静な口調で太一に突っ込んだ。左右から同時に諌められる形となった太一は、少々分が悪いようだ。

「気をつけてるんだけどなー。忘れてても、委員長がいるからいいや、って感じになって」

「それがダメなんだよ。水曜日だって、関口さんが一人で掃除してたんだし」

「他の班のやつでも忘れてるやつはいるだろ? だったらさ、俺より先に……」

「『忘れてる人チーム』のトップバッターが太一くん、ってことだよ。一番最初に太一くんが忘れないようにすれば、だんだん他の班の子も忘れなくなるよ」

「恐ろしく典型的な言い逃れの手口だな、太一」

「刹那……お前、中原の味方なのかよ……」

敵とか味方とか、そういう考え方でもない気がするが、まあ太一の言いたいことも分からないではない。

「分かった分かった。今週から気をつけるぜ」

「うん。来週から、って言わないのは、太一くんのいいところだね」

「何事も速いことがとりえだからな、太一は」

「おうっ! そんでもっていつか中原を追い抜いて、俺がA組最速の栄光をゲットしてやるんだっ!」

絶賛二十四連敗中の太一であるが、驚くべきことにまだ諦めていないらしい。好意的に見れば根気強い、悪く見れば諦めの悪い男の子と言えよう。

「刹那くん、今日は司君、一緒じゃないのかな?」

「ああ。司は今日少し遅れてくるって言ってたな」

刹那は見ての通り、ともえのクラスメートである。猛や太一などの面々と比較して、冷静で落ち着いた態度と思考をしている。灰色に近い銀髪が目を引く、クールな少年だ。

「話は飛ぶが、中原。再来週の将棋大会って、俺達のクラスからは誰が出るんだ?」

「そういえば、そんなのあったね……わたしは特に聞いてないよ。刹那くんの周りで、大会に出たがってる人とかっている?」

「いや、俺の周りにはいないな。将棋大会があること自体を知らないやつも多い」

すっかり忘れていたが、再来週には将棋大会が予定されていた。前述の通り校長の突然の思いつきで企画されたもので、参加者はまったく決まっていないようだ。刹那の口ぶりを見る限り、そもそもこの企画自体をよく知らない生徒も多そうである。

「校長先生の思いつきは、今に始まったことじゃないからね~……」

「そうだな。去年は確か、何の前触れも無くタイピング大会とかを企画してたからな」

校長いわく「小さい頃からITに触れて欲しい」という狙いがあるとのことだが、効果のほどは不明である。

「っしゃーっ! 間に合ったわーっ!!」

穏やかな朝の時間をぶち破り、どかーんという威勢のいい音と共に華麗なる乙女(漢女ではない)の千尋が登校してきた。素晴らしい乙女(漢女ではない)ぶりである。びっくりした生徒数名が、ドアのほうに目を向けている様子が分かる。

「千尋ちゃん、今日はやっぱりあの登場だったね」

「三日に一回はあの調子だよな、新本は」

ともえは、千尋が朝に猛が話し合っていたのと寸分違わぬ調子で入ってきたものだから、なんとなく可笑しさを感じて微笑むのだった。

「よーし。新本も登校してきたようだし、皆、席に着けー」

「で、直後に担任が来ると」

「お決まりのパターンだよね」

最後にそう言葉を交し合い、ともえと刹那はそれぞれの座席に座った。

 

「んー、今日の連絡事項はー……」

相変わらず間延びした声でもって、担任が連絡事項を口頭で伝える。

「知ってる人も多いと思うが、再来週の火曜日に、学年対抗の将棋大会が行われる」

教室が少しばかりざわつく。事前にその情報を掴んでいた者と、そうではなかった者たちの間で、情報のすり合わせが行われた。

「各クラスから一人ずつ出場して、学年内での代表者を決める予定だ」

対局は八人のトーナメント方式で行われる。各学年から一人ずつ出場した場合一年生から六年生までの六人となるため、残りの二枠についてはそれぞれ「教員枠」と「OB・OG枠」と設定されている。この辺りのルール設定も校長が行ったようだ。

「というわけで、我らがA組からも出場者を決めるぞー」

ざわつきが増すのが分かった。誰が出場するのか、根拠の無い予想や意見があちこちで飛び交う。

「さて、早速聞こうか。誰か、将棋大会に出てみたい子はいるかー?」

特に前置きせず、担任はストレートに生徒達に問いかけた。

「麻衣ちゃん、どう?」

「わたし、将棋はよく分からないよ……」

「あれよ! いざとなったら、『こんな飯が食えるかーっ!!』ってやればいいのよ!」

「千尋ちゃん……それ、どう考えてもアウトだよね……」

ちゃぶ台返しをしてどうする。

「……………………」

「……………………」

方々で話がされているものの、立候補者が挙手する気配は一向に見られない。担任もある程度その流れは予想していたのだろう。特段慌てる様子も無く、再び口を開いた。

「んー。分かった。出たい子が決まらないようなら、先生が決めよう」

騒がしくなる一方の教室の中で、担任が指名したのは。

「そうだな……じゃあ、関口。出てもらえないか?」

「……………………」

委員長・みんとであった。みんとは表情一つ変えず、自分を指名した担任の顔を見つめる。クラスメートの視線が、一斉に注がれていた。

「……分かりました。私が出ます」

「ん。ありがとうな、関口。頑張れよ」

「……はい」

みんとは指名を受け入れ、将棋大会の4-A代表者に決定した。凛とした表情と姿勢が、一際強調されているように見える。

「なんとなくだけどわたし、関口さんになるんじゃないかって思ってたんだよ」

「うん……関口さん、とても頼りになるから……」

これはともえと麻衣の会話だが、これとよく似た会話が、教室のあちこちで交わされていた。「なんとなくそうなる気がした」「妥当なところだろう」「委員長なら間違いない」――相当数の生徒が、この結末を予測していたようだった。

「よし。将棋大会は関口、お前が代表だ。この話は、ここで一旦終わりにしよう」

担任は続けて二、三の連絡事項を伝え、朝の会を終えた。

 

――金曜日の朝礼の後のこと。

「中原、一時間目なんだったっけ?」

「えーっとぉ……あ、社会だよ、社会」

「助かったぜ。しょっちゅう時間割を忘れるからな」

萌葱小学校では、金曜日に全校生徒を集めた朝礼が行われる。ともえたちのクラスも、当然例外ではない。

「でもよ、相変わらずこの小学校の校長は変人だよな」

「そうだよね。今日とか、みんな呆気に取られてたもん」

小学校の朝礼といえば、校長の話がつきものだ。そしてそれは往々にして、必要以上に長くなる傾向がある。「朝礼や集会で長々とした校長の話を聞かされうんざりしつつ、隣の生徒と別の話をして話の筋を進める」というのは、もはや常套手段といえるだろう。

「いきなり『生徒諸君! 校長が長い話をすると思ったら大間違いだぞ!』って言って、『「早寝早起きをしよう!」「宿題はしっかりやろう!」「ゲームは一日一時間!」この三つの約束を守るんだぞ! いじょ!』で終わっちゃったからね~」

だが、萌葱小学校の校長は、話の筋を勧める隙すら与えずに朝礼を終わらせてしまったらしい。公称実測時間一分五秒(※壇上に上り始めてから降り終わるまで)。某ビール会社の記録集に載せたくなるほどの圧倒的なスピード感だ。スピードが違う、刺激が違う。

「まあ、退屈せずに済むのはいいよな」

「なんだかんだで、意外と好評みたいだしね」

形に囚われない(囚われなさ過ぎる気もするが)校長は、今時の子供達にも割と受けが良いようだ。

「だめだよっ! ゲームが一日一時間じゃ、キャラ対策なんてできないよっ! 確反とか割り込みのポイントを調べる時間がないよ!」

「なんで小学四年生女子が根詰めてキャラ対策なんてしてんだよ」

名人も仰っていた標語に真っ向から歯向かう格闘(ゲーム)少女・七海。確かに一時間では足りまい。

「七海ちゃん、それもいいけど、コンボ精度を上げるほうが大変じゃないかな?」

「お前もお前でズレた突っ込みをするなって」

そして例によってともえの少々ズレたフォロー。極めて悪い意味で型に嵌らない主人公であることは確定的に明らか。

「そうそう! それもあるし……あっ! あと、F調査もやる時間ないよ!」

「ムックに任せとけ、ムックに」

校長先生も変人なら、生徒達も変人。それが萌葱小学校である。

「俺も変人扱いかよ」

まあ、そこはノリで。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。