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Stage 1-2

(どうして佳織はポケモン部を辞めたんだ)

(どうして佳織はポケモン部を辞めることを話してくれなかったんだ)

佳織が部活を辞めたと聞かされてから三日が経った。今日は水曜日だ。十分な時間が経ったはずなのに、俺はまだ気持ちの整理ができていない。整理ができるどころか、何から手をつければいいのかさえ分からないままだ。ただ日にちだけが過ぎていって、流れていく時間に気持ちが追い付けていない。

俺と佳織はどんな関係だったのか。同じクラスにいて、同じ部活――ポケモン部に入ってた。じゃあ、ただ同じ空間にいるだけの接点の無い男子と女子だったって言うと、そういうわけでもない。

俺の通ってる中学校――榁(むろ)市立小山中学校には、「ポケモン部」って部活がある。名前の通り、ポケモンバトルをするための部だ。そういうのはポケモントレーナーがやることだって考えるだろうが、学生だってポケモンバトルくらいはするもんだ。学生のためのポケモンリーグ……まんま「学生ポケモンリーグ」なんて名前の公式大会だってある。そういう意味でもちゃんとした部活動だ。

俺たちがやるポケモンバトルは、普通のトレーナーがするようなバトルとは少し違う。使えるポケモンとか技とかにいろいろ制限を付けて、柔道とか剣道みたいな「試合」の形式に仕立て上げられている。部活としてポケモンバトルをやってる中学生高校生は年々増えてるらしい。それこそ、元々参考にされた柔道とか剣道を下火にさせるくらいの人気だ。

佳織はそのポケモン部に所属していた。そして佳織は、他のやつとは明らかに違っていた。じゃあ、何がどう他のやつと違ってたっていうのか。

一言で言えば――強かった。

半年くらい前に俺と啓太でタッグを組んで、佳織にハンデ勝負を挑んだことがある。俺はアサナンを、啓太はココドラを場に繰り出して、佳織はオオスバメ……「ツイスター」って名前を付けてたな。そいつ単騎で俺たちを迎え撃つ形になった。俺は相性として不利だったが啓太は有利で、頭数を考えてもこっちの方が優勢に見えた。

結果はどうなったか。ひどい負け方だった。機動力で差を付けられてまともに攻撃を当てられず、しょっちゅう起こしてくる突風や砂塵でじわじわ体力を削られて、焦って飛び込んだところをあっさりいなされてやられた。残った啓太のココドラは、攻撃の射程範囲外から延々風で斬りつけられて、そのまま削り倒された。相性が有利でも、機動力と攻撃範囲が違いすぎた。一手も打てずに負けたわけだから、まあどうしようもない。

佳織はポケモン部の中で突き抜けて強かった。いや、ポケモン部だけじゃない。この学校の中で……あるいは榁にある全部のポケモン部の部員の中で、一番強かった。これは断言できる。勝てるやつなんか誰もいなかったと言っていい。大会でも出場した試合は全部勝ってたし、他の中学との交流試合でも同じだ。相手を一撃で叩き潰すこともあれば、長い時間をかけて仕留めることもあった。どっちにしろ、最後にフィールドに立ってたのは佳織と、相棒のオオスバメだってことに変わりはなかった。

俺は、その佳織から「付き合って」と言われた。

今からちょうど一年前の、中二の春の頃だ。部活の練習が終わって部室でぼけっとしてたら、後から佳織が入ってきた。佳織は中一の頃からでたらめな強さを発揮していて、部内ではちょっと「浮いた」存在だった。先輩からの受けも良くなかった風に見えてたけど、本人はまるで意に介していない様子で、相棒のツイスターを連れて悠々と歩いているのが常だった。

俺も佳織に距離を感じていたうちの一人だった。試合じゃ負け知らずで、その割に気取ったところがまるで無い。いつもどこか醒めた目をしていて、バトルのことを、バトルで勝つことだけを考えている。口数は少なくて、口を開いたかと思えば「集中して」「手を抜かないで」って具合で、短い上にちょっとキツい感じの物言いが多かった。

そんな佳織から「付き合って」なんて言われたものだから、俺は最初、佳織が何を言ってるのかさっぱり分からなかったわけで。

(「練習試合か?」って訊いたら、違う、そうじゃないって言われたっけな……確か)

付き合うっていうのは、まさしくそういう意味の「付き合う」だったってことだ。

それから俺と佳織は言葉通り付き合うようになって、一緒に家まで帰ったり、電話を掛けたり掛けられたり、休みの日になれば二人で遊びに出かけるようなこともあった。だんだんカップルらしくなってきて、キスまでは済ませもした。

俺は佳織をどんな風に思っていたか。付き合うようになってからも相変わらずクールで口数も少なかったけど、言うときはしっかり言うタイプだった。以前抱いていた「キツそう」というイメージは、長い時間一緒にいると割とそうでもないと感じるようになっていった。人前ではあまり笑顔を見せない、けどポケモンと関わっているときは楽しそうな顔をしていることが多い。ポケモンのことが好きかって訊いたら、躊躇わずに「好き」って返してきた記憶がある。

周りには流されずに自分のペースを貫くタイプだった。試合で勝って周りが浮かれてても「あと一手早く相手を倒せたはず」なんて呟いて難しい顔をしていたし、自習の時間になると喋くってるクラスメートは放っといて一人でちゃんと勉強してたりする。チーム戦じゃ後手にもしっかり繋げてたし、協調性が無いって訳じゃなかったけれど、空気を読んで周りに合わせる、ってことをあんまりしないタイプだった。

佳織がどれだけ自分のペースに忠実かっていうのは、そもそもかつては男子しかいなかったポケモン部に堂々と一人で入ってきたって時点で十分イメージできるだろう。最初は前の部長とかとうまく行かなかったみたいだったが、佳織の無茶な強さを見て、夏休みに入るころにはケチをつけるやつはいなくなった。何より、あの目つきの鋭いツイスターに睨まれて、それでもなお佳織にちょっかいを出せるような肝の太いやつはいなかった。

今のポケモン部に女子が入ってきてるのは、ひとえに佳織が目立ったからっていうのが大きい。佳織以外の三年の女子は、全員二年のときに入部してきたやつらだ。佳織が活躍したおかげに他ならない。男子ばかりの部活を変えて見せたってわけだ。とうの佳織本人は、女子がどうこうとか男子がどうこうとかどうでもよくて、ましてや部活を変えたいとかそういう目的はさらさらなかったようだが。

顔は――テレビに出てくるようないかにも「美少女」って感じじゃなかったけど、細めでシュッとしてて、俺自身は可愛い方だと思ってた。髪は動きやすいように後ろで束ねてポニーテールにしてることがほとんどだ。動きやすいようにしてるって意味だと、私服着てるときはスパッツを履いてることが多い。

それと、あれは多分何かこだわりがあったんだろうけど、いつもモンスターボールの柄が入った赤いバンダナを肩の辺りで巻いて……なんて言ったらいいのか、見たまま言うと「セーラー服」風にしていた。あの赤いバンダナは流行りものだって佳織が言ってて、佳織にしちゃ珍しいな、って言った記憶がある。

俺と付き合うようになってからも佳織の強さは相変わらずというかデタラメというかそんな感じで、二年の二学期には部長に指名された。この頃になるとみんな佳織の強さにある意味慣れっこになっていて、「どんな相手でも佳織がいれば勝てる」というか「佳織がいればなんとかなる」というか、そういう考えがほとんどの部員の間で共有されていた。俺だってそれなりにやれる自信はあったけど、佳織には到底及ばないと思っていた。

文字通り無敵の強さを誇る佳織と付き合ってる、正直に言うと、優越感とか満足感とかそういう感情を持ってたってのは事実だ。佳織がポケモン部で無双の活躍をしてるってのは同級生の間でも知られていて、大会があるたびに応援に来るようなやつも少なくなかった。校内でも有名人だったってことだ。有名なやつと個人的に付き合ってるってことには、誰だってステータスを感じるはずだ。かく言う俺も、その中の一人だったと認めざるを得ない。

俺は佳織と付き合ってる特別な人間だ。他のやつより佳織と一緒にいる時間が長くて、他のやつより佳織のことをよく知ってる、そんな風に考えてた。

だからこそ、だからこそ。

(なんで、佳織は)

(……佳織は、ポケモン部を辞めたんだ)

(俺にポケモン部を辞めることを話してくれなかったんだ)

佳織がいなくなってしまったことを、まだ受け入れられずにいた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。