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Stage 2-2

私が佳織のことを知ったのは、今から一年くらい前のことだった。今まで全然パッとしなかったポケモン部が、いきなり全国大会のベスト16にまで勝ち進むっていう快挙を達成して話題になった。誰が活躍したんだって話になったとき、決まって名前が挙がったのが、他ならぬ佳織だった。

男子しかいなかったポケモン部に一人で飛び込んで、どの先輩部員よりも活躍してポケモン部を全国へ導いたクールな少女。これが話題にならないわけがなかった。佳織が活躍する姿を目にして、ポケモン部に入部する女子が一気に増えた。

私と裕香も、その中のひとりだった。

トレーナーにこそならなかった――なりたくなかったって言うべきかも知れないけど、私がトレーナーにならずに中学へ上がったのは間違いなかった。ただ、ポケモンとポケモンバトルは好きで、どこかで「やってみたい」っていう気持ちがくすぶっていたんだと思う。トレーナーにはなりたくなかったけど、ポケモンバトルはやってみたかった。その気持ちと、佳織のように戦いたいという気持ちが重なって、私はポケモン部に入った。

対する裕香は、私とは少し違っていた。ポケモンを持っていなくて、初めからマネージャーになるつもりだったって聞いた。裕香が入部する前、佳織は一人だけの女子だっていう理由で、マネージャーがやるようなことも全部引き受けていた。裕香はその仕事を受け持って、佳織が本来の活動に集中できるようにした。

(裕香、言ってたっけ。佳織と仲良くなれたって言うと、みんな『すごい』って言ってくれるって)

こんな風に言ったら裕香に失礼だと思うけど、たぶん裕香は、佳織の人気にあやかりたかったんだと思う。人気アイドルのマネージャーみたいな、そんな存在になりたかった。けど、私はそれで裕香のことを悪く言うことはできないし、裕香が悪いとも思わない。私だって、佳織と肩を並べて一緒にバトルがしたいって、そういう理由でポケモン部に入ったんだから。

私も裕香も、佳織に近づきたいっていう気持ちでは共通していた。それだけ佳織が鮮烈なイメージを私たちに与えて、強く強く魅了した。明るい光の元に集まるコンパンたちの姿をテレビで見たことがある。佳織は私たちにとって光で、私たちはそこに寄り集まるコンパンのようなもの。そう表現することだってできた。

光を失ってしまえば、右往左往するのは当たり前のことで。

そうしてポケモン部に入部した年は、こう言うと大げさかも知れないけど、何もかも全部がうまく行っていた。佳織は部長に昇格して、裕香はマネージャーになって、私はレギュラーに入ることができた。私も裕香もポケモン部の中で自分の居場所を見つけて、そこでうまく部を回していくことができていた。

近くで見た佳織は、遠くで見ていたときよりももっと大きく感じられて、最初は声を掛けるのも躊躇うくらいだったように思う。佳織のイメージが変わったのは、佳織の方から私に話しかけてきてからだった。

飾らない性格、って言えばいいのかな。佳織はさっぱりした感じで、細かいことにはあれこれこだわらなくて、気持ちの切り替えがとても早い。気持ちを抑えた静かな声で話して、なんでも手短に言う。もう卒業した先輩は、佳織のことを「綾波」って呼んでたけど、確かにイメージは近いかも知れない。

佳織に代わりなんていなくて、掛け替えのない存在だったってことを、今は痛いほど強く感じているけれど。

(たまに、練習に付き合わせてくれたっけ)

入部して少ししてから、佳織がトレーニングを手伝ってほしいと言ってきた。佳織が戦う姿を見られる期待と、私で相手が務まるのか不安で胸がいっぱいになって、鼓動がいつもよりずっと早くなったことを覚えている。緊張しながら懸命に相手をして、夢中で戦っているうちに時間が過ぎていって。

スパーリングが終わった後、佳織から「ありがとう」と言われたことは、昨日のことのように思い出せる。

佳織は真面目な子が好きだと言っていた。真面目に練習する気があるなら、上手下手はあまり気にしない。そんな風にも言っていた。私は佳織から「とても真面目だ」って思われてたみたいで、それからも何度か練習を手伝わせてもらった。

私はヌマクロー――クロちゃん、と呼んでいる――をパートナーにしていて、佳織のツイスターとある程度バトルができるくらいの強さはあった。とは言っても、それはクロちゃんがタフでなかなか倒れなかったおかげっていうだけで、結局最後はツイスターが勝つことに変わりはなかった。

(クロちゃんが進化したポケモンだってことを教えてくれたのも、佳織だったよね)

佳織は私に、ヌマクローはミズゴロウから進化したポケモンだってことを教えてくれた。とてもビックリしたのを覚えてる。クロちゃんはポケモンセンターで働いてるお母さんに連れられてヌマクローの姿で私のところへやってきたから、てっきり一番最初の「たねポケモン」だって思っていた。

ポケモンのことを話す佳織は本当に楽しそうで、いつも瞳をキラキラ輝かせていたのが今も強く印象に残っている。佳織はポケモンが好きだとよく言っていた。私が知らないようなことをたくさん知っていて、休憩時間や部活終わりに時々話をしてくれた。あれこれ喋るって感じじゃなかったけど、短い言葉だけでも佳織がポケモン好きなのは十分過ぎるくらいに伝わってきた。

口数は少ないけれど言うことは的確で、ポケモンやバトルのことをたくさん教えてくれる。そして何よりも、二年生になっても何も変わらない強さ。佳織の存在はとても大きくて、私はますます佳織のことを慕うようになった。同級生を慕うってちょっとおかしいかも知れないけど、佳織にはそうさせるだけのカリスマ性があったから。

裕香がいなくなった教室で、私はため息を吐いて、そして続けて頬杖を付く。

(けど、あれはちょっと気になってた)

何もかも完璧に見えた佳織とツイスターだけど、一つだけ、気になったことがあった。

いつものように練習が終わった後、佳織がツイスターの羽を繕っていた。私は隣でその様子を見ていたけれど、その時ふと、ツイスターの体に何かの小さな痕が点々と残っているのを見た。

黒く焼け焦げたように見えたそれは、明らかに――火傷の痕だった。

ツイスターが出場した試合で、炎の技を受けた記憶は一度もない。炎ポケモンはしょっちゅう場に出ていて、技もたくさん使われたけれど、ツイスターはそのすべてを余裕を持ってかわしていた。当たった記憶なんて一つもない。だからあの火傷の痕は、試合で負った傷じゃなさそうだった。

じゃあ……どうして火傷の痕が?

昔付いたものだ、そう思おうとしたけれど、あの痕はずいぶん新しいもののように見えた。ごく最近、どんなに時間を遡っても一ヶ月以内のものだと思う。あの火傷の痕を見つけた夜、私は嫌なことを夜通し考えてしまって、まったく寝付けなかった。

(佳織が、ツイスターを傷付けてるんじゃ……)

こんなことを考えてしまう自分が嫌だった。佳織がそんなことをするはずはないと分かっていても、どうしても怖いことを考えてしまう。佳織がポケモン部で完璧なキャプテンとして活躍しているからこそ、気になって気になって仕方なかった。

そしてあたかもそれを裏付けるように、佳織の手のひらにも、小さな火傷の跡が残っているのが見えてしまった。それが、私には飛び火して自分も火傷を負ってしまったようにしか見えなくて、私の疑念をますます膨らませるばかりで。

直接佳織に訊ねたいと思った。どうしてツイスターに火傷の痕があるのか、理由を訊いてみたかった。生まれてしまった疑念を払いのけて、佳織のことを変な目で見ないで済むようにしたかった。私は佳織のことを本当にすごいと思っていて、同級生だけど尊敬していた。だからこそ、白黒をはっきりさせたいと思った。

けど、いつものようにまごついているうちに、佳織は部活を辞めてしまって、学校にも来なくなった。

そうして今の、もやもやした気持ちでいっぱいの状況に至っている。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。