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Stage 2-3

「おーい。おはよ、のんちゃん」

「あ、雪ちゃん。おはよう。どこか行ってたの?」

「今日日直だからプリント取りに行ってたんだよ。それよりのんちゃんどうしちゃったの? 柄にもなくぼんやりしちゃって」

座席でぼんやり考え事をしていたら、隣に雪ちゃんが来ていたことにも気付かなかった。顔を上げて、雪ちゃんの目を見る。

雪ちゃんは深雪っていう名前で、一年生の時からずっと同じクラスだった。割とすぐ仲良くなって、よく喋ったり一緒にお弁当を食べたりしてる。休みの日に遊ぶことも結構多い。考え方とか性格のタイプとかが私によく似てる気がするから、クラスの中でも話しやすい子だって思っている。普段は西野さんと一緒にいることが多いけど、私が西野さんとタイプが合わないのも分かってくれてるみたいで、うまく距離を取ってくれている。

ポケモン部には入ってないけど、それが却って気軽に話せるってところに繋がってたりもする。

「小松さん今日も来てたね。やっぱり……佳織のこと?」

「うん、それそれ。佳織がいなくなったってこと、まだ受け止められてないみたい」

「そっか……でも、仕方ないよ。あの佳織が部活辞めるなんてさ、普通思わないもん」

「私だって想像もしてなかったよ。まださ、SMAPが解散するって言われた方が現実味あるって」

「や、それはそれでビックリしちゃうでしょ。やっぱりポケモン部の人ら困ってる感じ?」

「困ってるよ、みんな。佳織もそうだけど、裕香があの調子だから、予定も組めなくて」

「あれは? 佳織が辞めたあとの部長はどうするの? 誰が引き継いだの?」

「康一。ほら、北原くんと二人で向こうに座ってる」

「そっか……大木くん、か」

雪ちゃんは康一の背中をしばし見つめてから、ふっと目を伏せてこちらへ向き直る。

「えっとさ、あれだよね。急に誰か抜けちゃうと大変なのはどこも一緒だね。うちのところもさー、先輩抜けちゃってから練習にならなくって」

「吹奏楽部だよね。入ってきた子少ないって言ってたし」

「それそれ! みんな興味持ってくれないんだよねー。そもそも、人自体が少ないっていうのも大きいけどさ」

雪ちゃんの言う通り、小学校の頃に比べて中学校は人が少ない。中学校には校区内にある四つの小学校から人が集まってくるけど、全員集まっても少なく感じる。小学校の頃の方が、今よりずっと人が多かったように思う。

理由は簡単で、みんな十一になるとトレーナーになって島を出て行っちゃうから。どこの町でもそうかも知れないけど、榁は特に学校に行くのをやめてトレーナーになる子が本当に多い。七割から八割くらいの子がいなくなるって話を聞いたことがある。私の友達もほとんど出て行っちゃって、今は連絡が取れない子がほとんどだ。

こんな有様だから、部活はどこも人手不足に悩まされてる。雪ちゃんのいる吹奏楽部もそうだ。ポケモン部も人が大勢いるとは言えないけど、それでもレギュラーと控えのメンバーを構成できるくらいだから、他と比べるとまだ恵まれてる方だって思う。

「人少ないけど……でも、わたしは中学へ上がってよかったと思ってるよ」

「前に雪ちゃん言ってたよね、トレーナーになんかなりたくないって」

「それそれ。わたしね、トレーナーにだけはなりたくないから」

雪ちゃんは、ポケモンのことは好きだし、私が部活でポケモンバトルをすることも特に気にしてないみたいだったけど、職業としての「ポケモントレーナー」は苦手だった。苦手というか、毛嫌いしているって言った方がいいくらいだ。去年の夏休み頃に、雪ちゃんがその理由を話してくれたことがある。

雪ちゃんのお婆ちゃんは新岳(しだけ)市に住んでいて、辺りは緑に囲まれた静かで空気のおいしい場所らしい。だから雪ちゃんはそこを気に入っていたんだけど、お婆ちゃんの家のすぐ近くには、こんな施設があった。

(ポケモン育て屋さん、って言ったっけ……)

名前通り、ポケモンを育てるための場所だ。専任のブリーダーが何人も詰めていて、たくさんのポケモンを育てている。野生のポケモンを捕まえてきて育ててることもあったらしいけど、どちらかというと、本業はそっちじゃなくて。

(トレーナーが代わる代わるやってきて、ポケモンを預けていくって言ってたっけ、確か)

トレーナーが捕まえたポケモンの育成を代行して、その手数料をもらうのが本筋の仕事だって聞いた。豊縁以外の地域でも同じようなサービスをやってるってテレビで見たから間違いない。雪ちゃんとお婆ちゃんは、大勢のトレーナーが育て屋にやってきてはポケモンを預けていく光景を見ていたわけだ。

それだけなら、別に気にすることなんてなかった。雪ちゃんはそう口にしていたけれど、そんな風に言うからには実際のところ、ただ「それだけ」ってわけには行かなかったみたいで。

これは、雪ちゃんが一年くらい前に話してくれたこと。

「トレーナーがね、♂のポケモンと♀のポケモンのつがいを預けていくんだけど、なかなか引き取りに来なくて」

「たまに来たと思ったら、『タマゴは見つかってないか』っていう風に訊ねたりしてさ」

「『まだ見つかってない』って答えが来ると、もうそれだけでさっさと出てっちゃう。ポケモンのこと見向きもしないで」

「あ、これ親のポケモンはどうでもよくて、生まれてくる子供だけが欲しいんだ、って分かっちゃった」

育て屋さんはオープンフィールドだったから、トレーナーとブリーダーのやりとりは筒抜けだった。雪ちゃんはお婆ちゃん家の庭で遊びながら、たくさん会話を聞いてきた。

「それで、すごい気になったのが、もう一年くらい預けっぱなしのつがいなんだけど」

「片方はラルトスの……あれだ、サーナイトだったんだけど、もう片方はほらあの、変身するポケモン、名前忘れちゃったけど、あのぐにょぐにょしてて他のポケモンに変身できるポケモン」

雪ちゃんが言ってるのは、メタモンってポケモンのことだ。どんなポケモンにも変身することができて、バトルではその特性を活かした戦いをすることが多い。よその学校で、メタモンをうまく使う子がいた記憶もある。

バトルで活躍することもあったけど、トレーナーからするとメタモンは、どちらかというともっと別のことに使われることが多くて。

「中の様子を見てたら、メタモンがサーナイトに変身するのが見えたんだよね」

「それで、預けられたサーナイトと一緒に並んでるの」

「あれかなあ、相手に合わせて変身して、それで誰とでも赤ちゃん作れるようにするのかなって」

メタモンはどんなポケモンにも変身できて、♂と♀の特徴もしっかりコピーできる。それから、メタモンには性別がない。もしかしたら心の中で自分は男の子だとか女の子だとか思ってる可能性はあるけど、身体的には♂♀の区別はない。だから相手が♂でも♀でもうまく合わせて、タマゴを作ることができる。もちろんうまく行かないこともあるけど、それでもトレーナーにとっては便利な性質だ。

雪ちゃんはこのメタモンとサーナイトのつがいを見ながら、こんなことを考えたらしい。

「トレーナーが月に一回くらい来て、タマゴが見つかってないか確認して、見つかってたら引き取ってくんだけど」

「それが何回も何回もやってて、いつまで経っても親を引き取らないの」

「お婆ちゃんがそれ見て、『きっとよくできる子を選んでるんだよ』って言って、あー……って分かっちゃって」

「あのサーナイトは、よくできる優秀な子のタマゴを作るまで、ずーっとあの中にいるんだな、って思ったんだ」

「それより前に引き取ったタマゴから生まれてきたポケモンがどうなったのかとかも、なんとなく想像付いちゃってさ」

私も、雪ちゃんの言ってることはほとんど正解だと思う。

雪ちゃんのお婆ちゃんが言ってた「よくできる子を選んでる」って言葉はまさしくその通りで、生まれつき素質とか能力のあるポケモンだけを育てたいっていうのが、トレーナーの嘘偽りの無い本音なんだろう、って。その気持ちも分からないわけじゃない。バトルは能力が高い方が有利なのはよく分かってるから、少しでも強いポケモンを、っていうのは理解できない考え方ってほどでもない。

ただ、それってどうなんだろう、とも考えちゃって。

小学生の頃、お母さんと一緒に近くのデパートへ買い物へ出かけたときだった。お母さんが服を見ている間休憩所で休んでたら、見ず知らずの男の子がやってきて、近くに置いてあったガチャガチャに百円を入れるのが見えた。ハンドルを回して出てきたカプセルを開けて中身を確認すると、「これじゃない」って仕草ですぐに興味をなくして、また百円を入れてハンドルを回す。たぶん、それを五回か六回は繰り返したはず。何回目かで出てきた景品を見て「これこれ」って感じで頷いて、大事そうにポケットへしまい込む。

それまでに出てきた景品は「ハズレ」扱いで、まとめてゴミ箱へ捨てられた。

これってトレーナーが「理想の我が子」が産まれるまでタマゴを孵化しつづけるのと、何が違うんだろう。

ぼんやりこんなことを考えていたら、雪ちゃんから声をかけられて、私の意識が現実に戻ってくる。

「のんちゃんのお母さんさ、今もポケセンで働いてるの?」

「うん、今も同じ。帰ってくるといつも疲れた顔してて、こっちまで疲れてきちゃうよ」

「仕方ないよ、絶対ストレスたまりそうだもん、ポケセンの仕事って。たまに休憩したくて友達と行くことあるけど、ヘンなトレーナーしょっちゅう見かけるし」

「無茶言うトレーナーいっぱいいるって言ってるよ。この間なんか、壊れたモンスターボールだけ持ってきて『ポケモンを返してくれ』って駄々こねる人がいてさ、ポケモンセンターでもどうしようもないって言ってなんとか追い返したんだって。お母さんの顔色伺う方の気持ちにもなってほしい」

「モンスターボールってさ、壊しちゃったらいろいろまずいんだよね。ポケモンが中に入ってたら、データ消えちゃうって聞いたよ」

「それそれ。さっきの人もそれだったみたいでさ。モンスターボールって頑丈に作ってあるから、ちょっとやそっとじゃ壊れないはずなんだけど」

こんな感じで、私も雪ちゃんも、ポケモントレーナーが嫌いだってことでは一致していた。前にも言ったけれど、私はポケモンもポケモンバトルも好きだ。だからポケモン部に入った。けど、ポケモントレーナーという職業――人種って言った方がいいのかな、それはまったく別で、雪ちゃんと同じくらい嫌っている。野試合はしないと決めていたし、ポケモントレーナーとして見られるのは絶対に嫌だ。この辺はごっちゃにされがちだけど、私の中ではきっちり線引きがされている。

ただ、トレーナーが嫌いってのとはまた別で、私もいつかここを、榁(むろ)を出たいとも思ってて。

榁は周りを海に囲まれた小さな島で、買い物のできる場所とか、遊びにいける場所も少ない。人の数だって少ないし、その少ない人たちもどんどん島の外へ出て行ってる。外から来るのはジム戦目当てのトレーナーばっかりで、定住しようなんて人はほとんどいない。

映画とかドラマとかで、広い海を見て「ここは自由だ」みたいなことを言うシーンが時々ある。あれって絶対嘘だって思ってる。海を見て「自由」だって思うのは、海を見たことのない人の意見だ。どこへ行っても海にぶつかる榁で暮らせば、海は自由の象徴とかそんなんじゃないってことが嫌でもよく分かると思う。

海は壁だ。簡単には越えられない、とても深い壁だ。

だからいつかは、できれば大学へ行くときに榁を出ていきたい。榁を出て、都会で暮らしてみたい。都会だったら遊ぶ所だっていっぱいあるし、二時間とか三時間に一本のバスのために全部の予定を合わせたりする必要だってない。ここは、榁は、ずっと暮らしていくには息苦しすぎる。

私はかごの中の鳥じゃない。外へ出て行って、もっと自由になりたい。

いつも、そんな風に考えていた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。