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Stage 2-4

その日の夜。

「佳織ちゃん、本当にポケモン部辞めちゃったの?」

「まだ分かんないけど、部活には来てないし、学校も休んでる」

「そう……どうしてかしらね、佳織ちゃん……」

「それが分かんないから、みんな困ってるんだよ。電話してもお母さんしか出ないし、何があったんだろ」

ポケモンセンターで働いてるお母さんが帰ってくるのは、いつも大体七時過ぎだ。私はそれまでに家の掃除とお風呂の準備をして待ってて、帰ってきたお母さんを迎えたら、そのまま夕飯の支度をするのが日課になってる。今日の献立はオムライス。テーブルにお皿を並べて準備しながら、お母さんとお喋りをする。

話す内容はいつも決まっている。私は学校と部活のこと。お母さんは職場と仕事のこと。

「他のみんなはどうしてるの? みんな佳織ちゃんのこと頼りにしてたじゃない」

「なんていうか、バラバラになっちゃった、っていうか。私もどうしたらいいのか分かんない」

「こういうときこそ、乃絵美がみんなを引っ張って、新キャプテンになっちゃえばいいんじゃないかしら?」

「お母さん、前も言ったでしょ。私そういうの向いてないって」

「何事も挑戦よ、挑戦。美晴ちゃんとか、あゆちゃんはどうなの?」

「部活には来てるけど……佳織がいなくなってから、やっぱり調子狂っちゃったみたい」

「これから夏の大会もあるのに、困っちゃったわねえ」

私自身、ポケモン部に顔を出す時間が減ったっていうのもある。みんなどこへ行けばいいのか、何をすればいいのか分からなくなって、とりあえず部室に集まってはみるけど何もしないっていう状態が続いてる。それだけ佳織を頼りにしていて、佳織がそれに応えていたんだっていうことが分かる。

「今は誰がまとめ役になってるの? 裕香ちゃん? それとも大木くん?」

「一応康一が部長になったけど、でも元々そんなに真面目にやってなかったし、全然まとまってないよ」

「ダメじゃない、それじゃあ」

「うん。ダメ。どうしようもない」

康一も同じだった。部室にいることはいるけど、みんなに指示を出したり練習を始めたりする気配が全然ない。ただじっと動かずに、佳織が来るのを待ってるだけ。そんな風にしか見えなかった。

佳織が部活を辞めた理由は分からない。顧問の先生も、ただ「佳織は部活を辞めた」としか言わなくて、どうして辞めたのかは話してくれなかった。

鬱々した私の気持ちを知ってか知らずか、お母さんが話題を変えてきた。

「ねえ乃絵美ちゃん。友達に誰かポケモンをもらってくれる子はいないかしら?」

「ポケモン? 何のポケモン?」

「ワカシャモよ。元々アチャモだったけどもね、もらい手が見つからなくって、成長して進化しちゃったの。それで、ポケモンセンターに送られてきちゃって」

「私はもうクロちゃんいるし、他のみんなももうポケモン持ってるから……悪いけど、思いつかないよ」

「なら、仕方ないわねえ。もう少し他の人を当たってみるわ」

知り合いの中だと裕香はまだポケモン持ってないけど、今更欲しがるとも思えないし。

「はぁーあ。今日も疲れちゃったわ。ほんと、ポケモントレーナーが多すぎるのよ」

「また苦情言ってくる人がいたの?」

「直接じゃなかったけれどもね。ネットワークに障害が起きたから、山口さんと二人で原因を調べてたんだけれども、そうしたらトレーナーの人が受付の人に『早くしろ』って怒ってて。やり辛いったらなかったわ」

お母さんはポケモンセンターでシステムの仕事をしている。システムエンジニア、っていうらしい。看護婦さんみたいな恰好をしてる受付の人とは違って、裏方でシステムがうまく動いてるかを監視したり、トラブルが起きたときに呼び出されたりするって聞いた。たまに夜中に呼び出されて、そのまま朝まで戻ってこないこともある。忙しい仕事なのは、間違いない。

この家にお父さんと呼ぶべき人の姿はない。ある時突然ポケモントレーナーになると言い出して家を飛び出した、最後に一緒にいたお母さんはそう言っている。だから、お母さんが仕事の愚痴を言えるのは私しかいない。正直言って、聞いていてもどうしようもなくて、こっちの気が滅入ってくるようなことばかりを聞かされる。それでも、黙って聞いていた方がいい。お母さんを不機嫌にすると、いろいろややこしいってよく分かってるから。この家にいるのは私とお母さんだけ。私はお母さんにご飯を食べさせてもらうしかない。

「ほんとにね、ポケモンを自分のペットとか、下手をすると道具か何かとしか思ってない人がたくさんいるから」

「ペットだって思うのは仕方ないけど、道具は違うよ、道具は」

「どうしてもっと大事にできないのかしらって、いつも思ってるわ。簡単にひどい言葉を投げつけたり傷付けたりして、いつかきっと罰が当たるわ」

疲れた顔でぼやくお母さんを、私はただじっと見つめるばかり。けれど頭の中では、全然別のことを思い浮かべていて。

(あの火傷の痕……佳織は、ツイスターに何をしたんだろう)

(やっぱり気になる……もしかして、佳織が来なくなった理由も……)

気がつくと、佳織とツイスターのことを考えていて。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。