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Stage 3-2

顧問の言った通り、土曜日の部活は休みになった。学校から帰ってきてからは部屋のベッドで寝転びながら、何をするでもなくただ時間を潰す。普段なら学校で練習に明け暮れている時間なだけに、不意に休みになると何をすればいいのか分からなくなる。これも、佳織が部活を辞めたことの影響の一つだろうか。

(今頃、顧問は佳織の抜けた穴を埋める方法を考えてたりすんのかな)

他人事のように考えを巡らせていると、ふと、俺の相棒――ココドラの入ったボールが目に入る。小六の頃、免許を取ったすぐあとに捕まえたポケモンだ。見た目通りのんびりした性格のやつで、普段はおとなしくボールの中に入ってるか、外に出てても寝てることが多い。どんな攻撃も跳ね返す頼れる相棒ってやつだ。

まあ……それでも、佳織のツイスターにはまるで手も足も出なかったわけだが。

(まあ、いいさ。俺は俺で、佳織とは別の戦い方をするだけだからな)

(それで、佳織が抜けた穴を俺が埋めてやるんだ)

佳織はきっともう戻ってこない。それならそれで、俺が勝てるチームにしてやりゃいいだけのことだ。いくら佳織が強いって言ったって、一人が抜けただけのことじゃあないか。なら、別のやつがその穴を埋める。それが俺だってわけだ。どうにかなる、どうにでもなる。今まで試合に出られなかった分、これから活躍すりゃいい。

部活のことは、まあそれでよかったが……なんとなく落ち着かない。

ちらりと床に目を向ける。そのまま視線をスライドさせていって、ベッドの下を覗き込むような体勢になる。いったん手を伸ばして、奥へ突っ込もうとしたけれど、途中で止めてしまう。まだ早いだろ、俺の中の声がそう語りかけてきた。

「……久保に電話でもしてみっか。明日飯でも食いに行こう」

気を紛らわすためにそう呟いて、ベッドから降りた。

 

土日は瞬く間に過ぎて、また月曜日がやってきた。

(久保のやつ、日曜日は友達の葬式があるって言ってたが……誰か死んだなんて話、聞いてないぞ。本当だったのか?)

朝はいつも二人で登校する。小学校の頃から続いている習慣の一つ。防波堤で護られた海沿いの道を歩いていると、キャアキャアと声を上げているキャモメの姿が目に飛び込んでくる。だからと言って特に驚くこともない。いつも通りの光景だ。

「朝子は塾とか行かないのか? 来年受験だけどさ」

「まだ考えてないよ。たぶん行くと思うけど、どこにすればいいのかとか考えてるところ」

俺の隣にいるのは朝子。幼馴染の女子で、お互い家も近い。普通の幼馴染だと女子が男子を起こしに来るだろ? 俺たちは立場が逆だ。朝は大体俺が朝子を家に迎えにいく。ほっとくといつまでも寝てるみたいだからな。お互いそんなに意識はしてないと思うけど、たぶん傍から見たら付き合ってるように見えるだろう。休みに一緒にどっかへ遊びにいくこともちょくちょくある。

背は低めで顔も丸っこい。だからよく年下と間違えられるけど、口を開いて話してみるとこれが結構押しが強い。歩くのだってちゃきちゃきしてて速い方だ。

「ていうか、あたしの心配するよりさ、啓太の方が塾行った方がいいんじゃない?」

「なんだよそれ、俺が勉強できねえやつみたいな言い方だな」

「実際いまいちでしょ啓太、テストの時もノート見せてって言ってばっかだし」

「しょうがねえだろ、部活で忙しいんだからさ」

「部活やってても深雪とかはちゃんとノート取ってるし、啓太がダメなだけでしょ」

とまあ、こんな具合だ。口喧嘩はなかなか強い。こういうときはさっさと引いて、話題を変えてしまうに限る。

「あのさ、朝子。いきなりなんだけど、俺、レギュラーになったから」

「は? それどういうこと? 誰かと交代でもしたの?」

「辞めたんだ、一人。金曜聞いたばっかなんだけど」

「え、これから大会とかなのに辞めるんだ……誰? 辞めたのって」

「佳織だよ。同じクラスの」

佳織が部活を辞めたと聞いて、さすがの朝子も驚いたらしい。絶句して目を見開いて、私は今驚いてますって感じの顔をしている。佳織がポケモン部で活躍してたってことは、ポケモン部じゃないやつでもよく知ってることだったから、朝子の反応はまあ予想通りってとこだ。

えー、とか、うそー、とかひとしきり呟いてから、ようやく朝子がこっちに目を向けてきた。

「啓太啓太、それホントの話? マジで言ってるの? ホントに?」

「別に作り話とかそんなんじゃねえよ。顧問から直接聞かされたんだから間違いないって」

「ああ……じゃあ、やっぱアレって……」

朝子は何か言いかけて、そのまま口をつぐんでしまった。アレってどういうことだよ、俺は心の中でそう思いながら、朝子に訊ね返す。

「なあ朝子、どうかしたか?」

「……いや、別になんでもないけど、でも、レギュラーってすごいよ。もっと練習とかしないとダメだね」

「そりゃそうだけど、まあどうにかなるさ。見てなって」

何か言いかけて止めるのは朝子のクセみたいなもんだ。多分どうでもいいことだろう。これ以上突っ込んだら、また言い負かされて面倒くさいことになるし、ほっとこう。

「けどさ、佳織って……あんだけ部活とかで目立って、派手にやってたのに」

「あんまり派手なキャラでもなかったけど、まあ目立ってたな、学校全体で見ても」

「もったいないことするよね。ちょっとよく分かんない」

朝子はそれからもああだこうだと一人で呟いて、最後にこう付け加えた。

「佳織から部活取っちゃったら、何も残らないのにね」

なんとなく刺のある言い方に、俺は軽く肩をすくめる。

佳織が校内でもずば抜けた有名人なのは知っての通りだ。だけど、みんながみんな佳織を快く思ってるわけじゃない。嫉妬したりとか単純に嫌ったりとかで、ネガティブな感情を持ってるやつだってもちろんいる。そう言えば、朝子は佳織のことがあんまり好きじゃなかった。馬が合わなかったんだろう。お喋りな朝子と静かな佳織じゃ、確かにキャラ的に相性も悪そうだ。

「ま、いっか。佳織が抜けた穴をちゃんと埋められるように、しっかりやってよね」

「お前に言われなくたって、最初からそのつもりだって」

潮風を浴びながら歩きつづけると、学校がのっそりと姿を現す。

今週もまた、代わり映えのしない毎日が続いていくに違いない。俺はそう思っていた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。