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Stage 3-4

「なあ啓太、練習付き合ってや」

「俺か? いいぞ」

しばらくすると久保がやってきて、俺と自主練をしようと言い出した。みんなはまだ動き出す気配が無かったが、特に断る理由も無かったし、練習に付き合うことにした。

ジャージに着替えてから外に出てみると、いつも練習に使っているフィールドに人が集まっているのが見えた。

「あれ? コート取られてんの?」

「そうみたいやな。テニス部が使っとるわ」

「小松何やってんだよ……ちゃんと押さえといてくれよな」

普段はマネージャーの小松がコートを押さえてくれているはずなんだが、今週は使えそうにない。しょうがないので、他の部が使ってないグラウンドの隅まで移動する。ここで軽めの練習をすることにした。俺はココドラを、久保はキャモメを繰り出す。相性は五分五分ってところだろうか。俺のココドラは動きが遅い代わりに一撃が重い、久保のキャモメは機動力がある代わりに攻撃力に欠ける……そんな感じだろう。

「なあ啓太。佳織の代わりに、自分がレギュラーになるんやんな」

「そうだ。金曜に言ったとおりだな」

「そっかあ。佳織が抜けた穴……埋まるかなあ」

「なんだよ久保、俺が頼りないってのか?」

「頼りないとは言わんけど、佳織おらんで試合出るん、初めてやから」

久保に言われて、ふと気付いた。確かに佳織が入部してから、佳織が出場しない大会は一つもなかった。どんな試合にも必ず出場して、そして必ず勝ってきた。佳織なら負けない、みんな同じように思ってる。

その佳織がいなくなって、果たして本当に上手く回るのか。そんな疑問が首をもたげてくる。

「大会のビデオ観てるねんけど、いっつも佳織が活躍しとったから」

ビデオは俺ももらってる。佳織の戦い方を見て勉強しろって言われながら、顧問からいくつも渡されてる。けど……他のことに忙しくて、ほとんど観られてない。佳織が勝ってるってことは知ってたけど、大会でどんな風に戦ってるのかはまともに見た記憶がない。応援に行くこともなかったし、実際の試合がどんな風なのかはほとんど知らなかった。

普段ビデオをろくに見ていなかったことを、今になって思い出してしまって、複雑な気持ちになった。

「今や、キャモメっ、『みずでっぽう』や!」

「……あっ、おい、ちょっ」

考え事をしていたら、久保のキャモメに先手を取られた。水鉄砲を正面から浴びたココドラが大きくのけぞる。なんだよ久保のキャモメ、キャモメのくせになんであんなに力があんだよ。

「おい啓太ぁ、そんなんでいけるんかよ」

「待て待て。今のは無しだって、無し」

「そない言うても、大会やったら無しもタイムもないで」

「うるせえなあ」

久保に毒づきながら、ココドラを見つめる。

結局久保のキャモメにほとんど対抗できないまま、ただ翻弄されるばかりで。

(佳織には敵わないにしろ、久保もそれなりに練習はしてるってことか)

なんとも言えない気持ちのまま後片付けをして、今日の自主練は終わってしまった。

 

夜。飯も食って風呂にも入って、後はもう寝るだけってところまで来た。部屋にいるのは俺だけで、父さんも母さんもリビングでテレビを観ている。この時間になれば、部屋に入ってくることもまずない。

「……さて、と」

ベッドの下にしっかりしまいこんだことを確認すると、俺は大きく息をつく。

気のせいかも知れなかったが――空気が淀んでいた気がした。そうなると息をすることにさえも違和感を覚えてしまって、部屋の隅にある窓を全開にした。まだ四月の下旬だっていうのに、外の空気は重みを感じさせる湿気を帯びていて、期待したような冷たい風は入ってこない。それでも部屋の空気が入れ替わるのを感じて、少し気が楽になる。

はぁーあ、と大きなため息を付いて、ベッドにごろんと寝転ぶ。机の上に置いたココドラのモンスターボールに目を向けて、今日は調子が出なかったな、と思い返す。

「なんかスッキリしねえなぁ」

ついさっきまでのことを思い出しながら、誰に言うでもなく呟く。元々誰に聞いてもらおうってわけでもない、ただ、中に溜めたままだと気持ちが良くないからってだけのことだ。誰かが分かってくれるとか、そういうことは期待してない。

ただ、それでもどこか割り切れない気持ちが残っているのも事実なわけで。

(こんなことしてんの、俺だけなのかな)

心のどこかで、そんなつぶやきが聞こえてくるのが分かった。

 

火曜日も月曜日と同じようにどこか淡々と流れていって、明けて水曜日を迎える。

今朝の目覚めはひどく悪かった。昨日やったことのせいもあるだろう。生々しい、胸の悪くなるような夢を見て、朝から気分が悪かった。

(おまけに、あんな夢で……)

汚れた下着を洗濯カゴへ放り込む光景を思い出して、また胸がむかついてきてしまった。雨模様も相まってまるですっきりしない一日を過ごして、今は例によって放課後を迎えて部室に来ている。

「今日は結局、一日雨だったな」

重い気持ちを切り替えるように、あえて声に出してみる。朝から強くも弱くもない雨が延々と降り続いている。元々榁は雨の多いところだから、こんな天気は珍しくもなんともない。豊縁全体が雨量の多い地域だっていうのもある。死んだ婆ちゃんに言わせると「壁画の神様のオボシメシ」だそうだけど、そういうのを迷信っていうんだと俺は思う。

婆ちゃんの言う「壁画の神様」っていうのは何か。榁の北にある洞窟の奥で見つかった古い壁画に描かれた、でかい魚のような神様のことだ。ご丁寧に色までちゃんと付けてあって、青い体に赤い筋の入った奇妙な見てくれをしている。榁にいるやつなら、小学生のときに遠足で一回は必ず見に行ってるはずだ。それくらい有名な場所だったってことでもあるし、それくらいしか見に行くものが無いとも言えた。

(みんな言ってるよな、いつかここを出てくって)

俺も含めて、榁を出たがってるやつはたくさんいる。トレーナーになって旅立つ子供が多いのはその現れだ。トレーナーにならずに中学へ上がったやつだって、榁に留まりたいと思ってるとは限らない。親の都合で残ったとか、年長ルールで残らざるを得なかったとか、俺みたいに単にトレーナーになるのが面倒だったってのも大勢いる。そいつらが榁のことを好きだとか愛してるとか、そんな風に考えてるとは思えない。

榁の何が気に入らないかって、そりゃ挙げようと思えばいくつかはすぐに挙げられる。人によって違うだろうけど、俺の場合は他人との距離が近すぎるのが嫌だった。都会の方だと人間関係が薄いとか言われてるらしいが、俺にしてみればそっちの方がよっぽど都合が良かった。

何か人の噂が立てばすぐさま広まって、次のネタが出てくるまでそのことしか口にしなくなる連中が嫌だった。どこのコミュニティだって同じだ。だれそれがくっついた、だれそれが別れた、あいつが何々した、何々しなかった――お互いを見張ってるみたいに、何かあるたびに横のやつと話をする。そうして、自分は無害ですよって周りにアピールする。女子なんて特にそうだ。仲がいいのか悪いのか、あいつらの感覚はちっとも分からない。

(だから余計に、佳織は浮いて見えてたのかもな)

佳織はそういう輪に加わることにまるで興味が無かったようだった。俺と佳織は二年の時も同じクラスだったが、いくつかある女子のお友達グループのどれにも混ざらずに、一人でいるか杉本と二人で話してるかがほとんどだった。あれはどこにも入れなかったというより、どこにも入らなかったってのが正しい。自分には他にやりたいこと――まあ部活だったわけだけど、それに打ち込めれば別にどうでもいいってスタンスだ。杉本は正反対で、どこにも混ざれなかったから幼馴染の佳織を当てにしたって感じだった。佳織と杉本くらいタイプの違うやつ同士がくっつくのも珍しかった。

浮いてるやつはおもちゃにされる、それが学校って場所のルールだ。佳織もクラスを仕切るタイプの女子……今年も同じ組になった早紀なんかがまさにその典型って感じだな、そいつにいろいろ陰口を叩かれてるのを見た。学校来てるのにポケモンと一緒にいるのはおかしいとか、見てるだけでイラついてくるとか、まあホントにしょうもないことばっかりだ。

「西野さん、今日もイライラしてる……」

「あれじゃない? ほら、天野さん休んでるから、からかえる相手がいなくてストレス溜めてるんだよ」

「それかー……怖いね、西野さんには逆らえないよ」

とまあ、クラスの女子からも怖がられてる。猿山のヒエラルキーで最上位にいるボス、ってとこだ。

確か二年の時だったかな。社会見学で海凪市へ行った時も、他の連中が見てないときに早紀が佳織に嫌がらせをしたとか、そういう話が出てた。佳織の何が早紀の癪に障ったのかは知らないが、佳織にしてみればいい迷惑だろう。もっとも、例によってあのクールな顔でスルーしてそうだ、とも思ったわけだが。

「この分じゃ、練習はできそうにないな」

窓から止む気配の無い雨を見ながらつぶやく。もっとも、佳織を失ったばかりのの今のポケモン部じゃ、まともな練習なんて土台望めそうにもなかった。

教室を出て、部室へ行ってみる。佳織は今日も来ていない。退部したんだから当然といえば当然だ。おかしな話だが、佳織がいなくなって初めて、佳織の存在感がいかにでかかったかを感じている。佳織が入部してからのポケモン部が、いかに「佳織あってのポケモン部」だったか。みんな同じように思ってることだろう。

(それでもなんとかなるさ。今までどうにかしてきたわけだからな)

俺は今の状況を深刻には捉えていなかった。確かに佳織の抜けた穴は痛いが、所詮一人抜けただけの話だ。そのうちまた今の体制でやれる形になる。そこまで気に病むことなんて無い。

今日は雨だしどうすっかな、そう考えて部屋を見回すと、女子が二人、いつもの宮部と飯田が隅にあるテレビで何か見ているのが見えた。あれはテレビは映らなかったはずだから、ビデオを……それもバトルビデオを観てるに違いない。ちょっと気になったから、俺も後ろから観させてもらうことにする。

近くに置かれたディスクのケースには、「96年豊縁冬期大会」と油性マジックの乱雑な字で書かれている。ちょうどこの間あったばかりの地区大会だ。この時も佳織が活躍したって言ってたけど、あいにく試合は見に行っていない。ビデオも部屋の隅に置きっぱなしだ。さて、どんな風に活躍したっていうのか、見てみるとするか。

試合の状況は――康一のアサナンが相手校のドクケイルから毒を喰らって倒されて、大将の佳織が出るって状況だった。相手校の残り人数はドクケイルの親を入れて三人、対してこちらは佳織のみ。ドクケイルは直前の相手をギリギリのところで倒した康一のアサナンに速攻でトドメを刺しただけでまったく消耗していない状態だったから、完全な一対三の構図だった。しかも向こうにはまだ副将と大将が控えている。どの学校も副将や大将には部のエース級を配置するから、主力部隊が温存されていると言っていいだろう。

学生ポケモンリーグの試合だと、お互い六人一組になってポケモンバトルをする。これは普通のポケモントレーナーが最大で六匹まで同時にポケモンを連れ歩けることになぞらえたルールらしい。先鋒・次鋒・中堅・三将・副将・大将、メンバーはこのどれかのポジションに付いて、前から順番に戦う。ルールは基本的に勝ち抜き戦で、先鋒や次鋒が強いなら、大将まで引きずり出してそのまま勝ってしまうこともありえる。ただ、大体はお互い副将や大将まで登場して戦うことが多かったが。

大将の佳織はツイスターを場に繰り出して、相手のドクケイルと対峙する。相性的にはこちら有利なのが明白で、ツイスターのパワーならドクケイルを一撃で沈めるくらいはわけないだろう。こういう状況では後続にできるだけ有利な状況を作ることが重要だ。ドクケイルにはいくつも搦め手がある。ここから予想される展開は、ドクケイルはツイスターに毒を食らわせて徐々にダメージを与える状態に持っていき、副将と大将の二人でそのまま逃げきるという形になる。学生ポケモンリーグではいくつもルールががあるが、毒を使うのは禁止ってルールは無い。削り殺して勝利しても勝ちは勝ちって考え方だ。

相手も同じ考えだったようで、先手を取って「どくのこな」を指示する。ドクケイルはすぐに動いて、翅を羽ばたかせて鱗粉をばら撒いた。佳織はツイスターと一瞬目を合わせてから、「エアスラッシュ」を使わせた。「どくのこな」や「エアスラッシュ」ってわざわざ書いてるのは、学生リーグじゃ技を繰り出す前に必ず親が技の名前を言わなきゃいけないってルールがあるからだ。学生リーグのルールを作る時に参考にしたっていう剣道で、相手を打つときに「面」や「小手」としっかり言わなきゃいけないってのに合わせたものらしい。

飛んできたドクケイルの鱗粉をツイスターのエアスラッシュが切り裂いていく。ツイスターの羽ばたきは並のオオスバメとは比較にならないくらい激しくて、風で切り傷を負わせられるような凄まじいレベルに達していた。だから鱗粉や胞子の類なら簡単に吹き飛ばして無力化できる――そのはずだったが。

「これさーあれだよね、この時ツイスター粉吸い込んじゃったんだよね」

「うんうん、試合見てて『あっ』って思っちゃった」

ツイスターは飛んできた鱗粉を少し吸い込んでしまって、毒を浴びた状態になった。心なしか呼吸が荒くなって、苦しそうにしているように見えた。ツイスターらしくない失敗だ。だが佳織が焦っている様子は少しもない。佳織はハンドシグナルを送ってツイスターを後ろに下がらせ、ドクケイルとの距離を置かせる。

好機と見たか、ドクケイルがツイスターとの距離を一気に詰めてきた。近距離戦に持ち込んだところで、相手から「ベノムショック」の指示が飛ぶ。毒を浴びた相手に追い討ちをかける腹づもりだ。

だが、ここで佳織から指示が飛んだ。

「『つばめがえし』ッ!」

バシィッ――と何かが炸裂する音が響き渡って、ドクケイルがバトルフィールドに叩き付けられた。ドクケイルは伸びてしまってそのまま動かない。審判が赤旗を上げて、ドクケイルが戦闘不能になったことを告げる。

つばめがえし。佳織のツイスターはいくつも高度な技を習得しているが、その中でも特に恐ろしい技だった。至近距離から中距離に対応する技で、一瞬の隙を付いて翼で殴打する打撃技だ。スピードの乗った一撃は決して見切ることができず、打たれれば回避する術は無い。唯一、中距離から使った場合は相手との距離を詰める瞬間に無防備になるタイミングがある……と佳織は言っていたが、それも相手が近づいてきた際に返し技として打つなら問題は無い。それに無防備な時間といっても、ツイスターの瞬発力ならコンマ数秒の世界だ。反応するのは容易なことじゃない。

ツイスターと戦うなら、決してうかつに近づいてはいけない。近づけば近づくほど、いかなる隙にも「つばめがえし」が差し込まれる危険性が生まれる。受ければもちろんタダでは済まない。あのドクケイルのように、文字通り一撃必殺となりうる威力だ。佳織とツイスターは相手を自分の間合いまで誘い込んだ上で、少ない手数でねじ伏せることを得意としていた。

三将のドクケイルがボールへ戻されたのち、副将がフィールドに立つ。副将はアブソルを場に登場させた。ツイスターと同じくスピードとパワーに優れたポケモンで、学生リーグでも使ってくるやつが多い。佳織にしてみれば、戦い慣れてる相手だったに違いない。

先手を取ったのは佳織だった。猛然と踏み込むと、矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。

「『エアスラッシュ』ッ!」

中距離からの「エアスラッシュ」で相手の動きを止め、

「『でんこうせっか』ッ!」

相手がひるんだと見るや「でんこうせっか」で至近距離まで肉薄し、

「――『つばめがえし』ッ!」

必殺の「つばめがえし」で一閃する。息もつかせぬラッシュ、この間わずか十秒ほどだ。あれよあれとと言う間に三連撃を叩き込んで、アブソルに痛烈なダメージを与える。これはひとたまりもないな、と俺は思った。同じように攻め立てられた経験があったからだ。ココドラは防御面に優れたポケモンだったが、ツイスターのラッシュを受けきれるほどじゃない。一撃一撃が重い上に、それがマシンガンのように矢継ぎ早に繰り出される。

一言で言って、ツイスターと佳織は化け物だった。化け物じみた機動力と攻撃力で相手を殲滅する戦闘マシーンだった。

結局アブソルは文字通り何もできないままノックアウトされて、佳織がついに大将を引きずり出す。だが、ツイスターは全身に毒が回ったようで、かなり辛そうな表情をしている。長くは持たなさそうに見えたが、けれどその目はギラギラと光っていて、勝利に対する執念で満ち充ちている。バサッ、バサッ、という羽音が、やけに大きく聞こえてきた。

俺は――俺は、観ていてだんだん恐ろしくなってきた。ツイスターが敵対する者に一切の容赦をかけないことはよく知っていたが、ここまで来るともはや狂気じみたものを感じる。久保が「ツイスターって、あれや、『ジョジョ』の『ペット・ショップ』みたいや」なんてことを言っていたのを思い出した。

ペット・ショップは「ジョジョの奇妙な冒険」ってマンガに出てきた敵の一人で、「隼」と呼ばれる既に絶滅した鳥に付けられた名前になる。主人公たちの宿敵が潜む館を警護している「番犬」ならぬ「番鳥」だ。プテラの化石のような歪でおぞましいビジョンを持つスタンド(超能力みたいなものだ)、その名も「ホルス神」の使い手で、氷柱や氷塊を使った攻撃の数々を繰り出す。けれど本当に恐ろしいのは、その圧倒的な身体能力と残虐さ、執念深さだ。主人公パーティの一人……いや一匹である犬のイギーと対決して、絶対に相手の息の根を止めるという氷のように冷たい意志を見せた。

試合でなかったら、相手が再起不能になるまで決して攻撃を止めそうにない――そんなツイスターがペット・ショップとダブって見えたという久保の言葉は、あながち誇張でもなさそうだった。

(……あんな凶悪な化け物を従えてる佳織って、何者なんだ……?)

アブソルを三十秒もかけずに始末した佳織とツイスターは、ついに大将と対面する。その大将が繰り出したのは、プラスルとマイナンだった。

学生リーグでは変わったルールを採用していて、一部のポケモンは同時に二体までフィールドに出すことを認めている。これも、ルール構成に当たって参考にした剣道が二刀流を認めていたことに由来しているらしい。もっともこちらは成人同士の試合でしか認められていないから、若干のちぐはぐさを感じるところではある。この辺は大人の事情ってやつだろう。そしてプラスルとマイナンは、その認められている一部に該当していた。

同時に二体場に出した場合、片方が倒されればその時点で負けになる。とは言えツイスターは毒を食らっていて、残された時間は少ない。加えてプラスルとマイナンは、いずれもツイスターの苦手とする電気攻撃を得意としている。そして何より相手は二体いる。劣勢なのは火を見るより明らか。

そう。劣勢なのは、明らかだったはずだ。

(こんな状況、普通じゃ勝てねえよ)

(なのに、佳織は)

(これを……ひっくり返しちまったのか)

誓って言う。あらかじめ結果が分かっていることが、これほどまでに恐ろしいと思ったことはない。俺はこの試合の結果を既に知っていて、そして今は決して覆らない過去を観ているという事実。佳織はここから勝利し、小山中ポケモン部を優勝へ導いた。それまで単なる結果の一つとして認識していたこの事実が、俺の心を震え上がらせた。

開幕から「チャージビーム」と「スパーク」の合わせ技で牽制してきたプラスルとマイナンに、ツイスターは身を翻して攻撃を交わし、中距離戦へ持ち込む。佳織から「エアスラッシュ」の指示が出ると、ツイスターは翼を羽ばたかせて凄まじい暴風を起こした。ドクケイルやアブソルの時の比ではない。さっきまでの「エアスラッシュ」は明らかに力を加減していた。今度は本気で、すべてを吹き飛ばさんばかりの威力だ。

辺りに強い風が巻き起こり、プラスルとマイナンは身動きが取れなくなってしまう。佳織は隙を見逃さず「でんこうせっか」で突撃させるが、ここでプラスルが反応して「スピードスター」で迎撃を試みる。辺りに星のエネルギーが散って、ツイスターは正面から「スピードスター」を受ける。だがツイスターの勢いを殺すことはできず、プラスルにフルスピードのまま体当たりを敢行して吹き飛ばした。プラスルとマイナンが分断される。マイナンがツイスターの背後に回って「スパーク」の構えを見せた。

けれど、それを見逃すツイスターではなく。

(ギロリ)

ツイスターが振り返った瞬間、俺は自分が睨み付けられたかのような錯覚を覚えた。あいつの瞳には殺意がみなぎっていて、何が何でも相手を倒すという激しい執念がほとばしっていた。何がそこまでツイスターを勝利に駆り立てるのか、俺には分からなかった。

恐ろしい形相でこちらを睨み付けてくるツイスターが、そしてそのツイスターをコントロールしている佳織が、ただ恐ろしくて仕方がなかった。

「ツイスターッ! 『つばめがえし』ッ!」

次の瞬間、マイナンが宙を舞っていた。刹那のうちに繰り出された「つばめがえし」が、マイナンを一閃して吹き飛ばしたのだ。不意を突かれたマイナンは一撃で戦闘不能になり、かろうじて息のあったプラスルもがっくりと膝を突いた。戦意を喪失したのだ。マイナンもプラスルも倒され、相手の大将の敗北が確定する。

ドクケイル・アブソル・プラスルとマイナン。どれも決して弱いポケモンじゃない、ここまで勝ち上がってきたチームの三将副将大将を担ってるってことは、それなりに実力だってあることの証拠だ。ツイスターはそれをすべてねじ伏せて、一対三の劣勢から試合を完全にひっくり返して勝利をもぎ取った。俺が観ているのは過去の映像、完全に確定した過去の事実だ。

「佳織、いつもすごかったけど、この時は特に凄かったよね」

「ホントホント。絶対勝てないと思ってたのに、三タテして勝っちゃったんだしさ」

「ツイスターもそうだけど、佳織もやばいくらい気合い入ってたよね」

「試合するときの佳織、なんか殺気立ってるもん。下手に話し掛けらんなかったし」

佳織とツイスターの強さは突き抜けていた。異常だって言ってもいいくらいだ。練習の時もまるで歯が立たないことは実感していたけれど、それでも同じ学生のレベルだって思ってた。そんなことはない。佳織にとって練習はあくまで練習に過ぎなくて、実践では恐ろしい執念でもって相手に食らいついて、研ぎ澄まされた判断力で一瞬の隙も見逃さない。隙を見せれば最後、二度と立てなくなるまで叩きのめされる。

俺は、こんな化け物の抜けた穴を埋めなきゃいけないのか?

(佳織みたいに『何が何でも勝つ』なんて、俺は今までそんな風に考えてたか……?)

今さらながら、佳織がポケモン部を抜けたってことの意味が重くのしかかってくるのを感じる。ポケモン部にとって佳織がどれだけ大きな存在だったか、それをどうやっても拭いようのない恐怖と共に実感させられる。

もう、ここに佳織はいないんだ。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。