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Stage 5-1

「コート、来週は取れるかな」

「どうせダメだろ。例によって小松が押さえてるはずだぜ」

「たまには、俺たちに使わせてくれてもいいと思うんだがな。直也もそう思わないか?」

「だよね。あれ、元々テニスコートだったはずだしさ」

僕と真吾と洋平が横に並んで、旧校舎の壁に向かってラケットでボールを打っている。ぱこん、ぱこん、という軽い音が断続的に聞こえてきて、体を動かしているのにうとうとしてしまいそうになる。壁に跳ね返されてくるボールを打ち返して、跳ね返されたところを打ち返して。ずっとずっと、この繰り返しだ。跳ね返しの打ち返しの繰り返し。うーん、妙な韻を踏んでいるぞ。どうでもいいか、そんなの。

延々と壁に向かってボールを打っている横で、他のメンバーもストレッチやランニングをしている。自分のペースで、ぼちぼちと。明らかにサボってる子はいないけど、めちゃめちゃ熱心にやってるって子もいない。テニス部全体が、どこかまったりした空気に満ちている。あえて言うなら、洋平の壁打ちだけちょっとペースが速い。それくらいかなあ、他に言うことは特に無かった。

けど、実のところ僕は、こんな部活も悪くないと思ってる。むしろいいんじゃないか、そう考えることさえある。コートはいつも取られているから練習ができなくて、友達と喋りながらのんびり自主トレをして時間を潰す。うん、悪くない、悪くないぞ。部活らしいことを何もしてない「帰宅部」ってわけじゃない、けれどヘトヘトになるまで練習に明け暮れるってほどでもない。いいんじゃないかな、こういうの。ほどよく青春感あってさ。

「それにしても小松のやつ、もう少しあの態度は何とかならないのか」

「まあ、ちょっといつも偉そうだよね。コート取りにいくときとかもそうなの?」

「もちろんだ。このコートはポケモン部専用だ、とでも言いそうな顔をしてるな。早い者勝ちってルールがあるんだが」

顔を顰めて言う洋平に、僕は肩を竦めて応じた。

テニスコート、もといフィールドは、いつもポケモン部に押さえられている。使い道はもちろんポケモンバトルだ。フィールドを使って毎日のように模擬戦をしている。僕らは使えないから、指をくわえて見てるしかないってこと。だからみんなこうやって、壁打ちとかストレッチとかで時間を潰してる。それがかれこれ、もう丸々二年は続いている。ポケモン部が試合に出てて学校にいないとき限定で使えるって具合だから、もう半分ポケモン部の持ち物だ。

「あいつさー、小松さー、俺たちのこと『のろまなダグトリオみたい』だとか言いやがったんだよな」

「僕達が三人セットだってことだろうけど、そこでダグトリオをチョイスしてくるのが小松さんらしいね。おまけに『のろまな』なんて付けて、てんで長所がないって感じでさ」

「日の当たらない場所にいて、延々穴を掘りつづけるように壁打ちをしている。そういう意味だろうが、まあずいぶんな言い方だったな」

「まったくだよね……こうやってさー、僕らを日の当たらない場所に追いやってるのは誰なのかな、って話だよ」

他の部の例に漏れず、テニス部も部員が少ない。男子と女子の一年生から三年生、全部合わせて11人しかいない。男子が七人で女子が四人。うち三年生が五人、二年生と一年生が三人ずつ。他の中学校も似たような状況らしいけど、練習場所まで無いってところはそうそう無いと思う。人数が少ないから、大会にもさっぱり出ていない。一応出ようと思えば出られるけど、顧問の先生も忙しいし、ほとんどの子は出たがらない。

さて、そんなこじんまりしたテニス部でほどほどに汗をかきながら、僕はいつもと同じ放課後を過ごしていたわけだけど、今日は一つだけいつもと違っていることがあって。

「なあ直也。今日さ、ポケモン部来てないよな」

「そうだよね。小松さんとか日野君とか、学校は来てたけどさ」

「来る気配もないな。普段ならもう天野が来て、後ろから他の連中がぞろぞろ付いてくる頃だが」

「なんだよ、あいつら。せっかくコート貸してやってるのに、使わねえなんて」

「本当は俺たちだって使いたいのにな」

「困ったもんだよね。全国にも出たし、学校で一番目立つ部活なのは分かるけどさ、横暴だよ、いろいろ」

僕らはこうしてコートを横目に壁打ちをする毎日を送っている。しょうもない雑談とか、コートを占拠してるポケモン部への愚痴もセットで。コートが使えないのはもどかしかったけど、正直に言うと、こうやって自主トレをしながら時間を潰すのは好きだった。真吾も洋平も同じように考えてて、僕らは三人いつも一緒にトレーニングをしていた。

「真吾ー、この前貸したドンキーコング2、まだ終わらない? 僕もそろそろ続きやりたいんだけど」

「あ、悪い。まだあそこ、ほら、下から毒が上がってくる面で詰まってる」

「あそこー? とりあえず中間まで行けばどうにかなるよ、だから早く越しちゃってさ、返してね、そろそろ」

「分かった分かった。全クリしたら返すから」

雑談はホントに雑談で、雑談の枠を越えるような話なんてほとんど無い。

「こないださー、駅前のゲーム屋行ったんだけどさー」

「あれかー? 宝島?」

「うん、そうそう。そしたらさー、誰か忘れたけど、うちの学校の女子がカービィ買ってるの見てさー」

「こないだ出たばっかのやつ?」

「それそれ。『カービィチャン、カービィチャン、スーパーデラックスカービィチャン』ってやつ」

「あれホントわけわかんねえよなあ、なんでマッチョマン二人がシャツ着て走ってんだよって」

コマーシャルのインパクトが強くて、どんなゲームかよく分からなかった。とりあえず、カービィが出てくるゲームだってことは分かるけど。カービィちゃんってあんだけ連呼してて、実際のゲームでカービィの出番がゼロとかだったらさすがに詐欺だしさ。

雑談しながら壁打ちを続けて、かれこれ三十分くらい経っただろうか。いつもならもっと賑やかなところが、今日に限ってはちょっと落ち着かないくらい静かだ。時々聞こえてくる陸上部やサッカー部の声と、外で練習している吹奏楽部の演奏だけが聞こえてきて、いつも近くで聞いている音が完全に欠如している。

「今日は静かだね、なんだか」

「ああ……ポケモン部のやつら、まだ来ないみたいだな」

「ホントさ、こんな日もあるんだね。天野さん休みとか?」

「いや、教室で見たぞ。学校には来てたな」

「どっちでもいいさ、ポケモン部が俺たちのこと気にしてくれるわけじゃねーし」

「それもそうだね。僕らは僕らでやるだけだよ」

そういうわけで、僕らの壁打ちは続く。金曜日の放課後、夕焼けが迫る空。のどかだ、とってものどかだ。

隣を見ると、真吾が壁打ちを中断して立っていた。休んでるのかな、そう思って見ていると、何かに耳を傾けているように見えた。

(吹奏楽部が知ってる曲でも練習してるのかな……今やってる曲、僕は知らないけど)

日が暮れるまで壁打ち、気が向いたらストレッチ、たまにランニング。先週もこうだったし、先々週もこうだった。今週もこうだったし、きっと来週もまたこんな感じだろう。変わることなんて無い。卒業するまでずっと同じ。

少なくとも、この時は――この時は、そう考えていた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。