「今日は春雨だね」
「いや、間違ってはいないが、何かおかしくないか」
「ま、普通は食べ物を連想するよね」
週の半ば、水曜日。今日は雨が降っている。昨日の夜から天気が崩れて、朝から降雨が止まらない。春の雨はやけに冷たく感じるから、僕としては苦手だった。こんな天気でも部活あるのかなー……なんて、僕はダメな考えを起こしてしまう。
(東原さん、昨日は先に帰ってたみたいだな)
これといってすることがなかったせいか、何気なく昨日のことを思い出す。いつもなら校門で待ち合わせをして帰る東原さんが、昨日は先に帰ってしまっていた。僕は特に驚くこともなく、今日はあの日だったんだな、と納得して一人で帰った。せっかくだから、帰るときにでも訊いてみよう。
(「昨日はどんな夢を見てた?」……ってね)
東原さんの驚く顔が目に浮かぶようで、僕はちょっぴり嬉しくなった。
それはそれとして、真吾はまだ登校してきていない。普段自転車で登校してきてるけど、どうするんだろう。普段はずぶ濡れになっても全然気にせずって感じだけど、今日の雨はちょっと強い、いやかなりの強さだ。遅刻しなきゃいいんだけども。
(真吾と洋平と、それから僕。中学に入ってから、ずっと三人セットなんだよね)
まず僕と真吾が前後の席同士で仲良くなって、それからほとんど間を置かずに洋平ともつるむようになった。僕と真吾がテニス部に入ったのも、初めからテニスをしようと考えていた洋平の影響が大きい。結局のところ、ほとんどの人にとって部活の選択なんて、その場の気分と人間関係で決まってしまうものだと思う。それこそ洋平みたいに、何かがしたいという強い思いでもなければ。
「あれさ、洋平、この前だっけ? 雨宿りしようとして走ってたジグザグマにぶつかられそうになったのって」
「三月の中頃だったな。あれは驚かされたし、厄介だった。敵わんな、ああいうのは」
「だよねー。アレルギーだもんね、洋平はさ」
洋平はポケモンアレルギー、それもかなりひどいアレルギー体質だった。ポケモンを抱いたりするなんてもってのほかで、ちょっと触っただけでも皮膚が炎症を起こしてしまうって聞いた。だからトレーナーの免許も持ってないし、ましてやトレーナーになるって気もさらさらない。
(で、真吾もポケモンが嫌いだって言ってたっけ。なんか理由はいつもはぐらかされちゃうんだけどさ)
ともかく真吾も同じくポケモン嫌いってのは間違いない。みんなそれぞれ形は違っているけれど、揺らぐことのない共通点でもあった。ポケモン部に対する不満は、ここから出ている部分も少なくなかったわけだ。
それにしても、雨足が弱まる気配はない。しとしとと音を立てて降り続いている。過去の経験から言って、この分だと一日中夜まで止むことはないだろう。グラウンドはぐちゃぐちゃ、コートはびしょびしょ。僕は、こんな有様で外で練習なんてできっこないって思っていた。
「こんなひどい天気じゃ、練習無理そうだね」
「いや、これくらいなら大丈夫だ。問題ない」
「えぇっ!? 洋平さ、今日も練習するつもりなの?」
「もちろんだ。せっかくコートが空いたんだ、使わないわけにはいかない」
「はぇー……ずいぶん熱心だね、洋平……」
僕の考えとはまるっきり正反対の答えを返してきた洋平に、僕は目をまん丸くした。きっとずいぶんマヌケな顔をしていたに違いない。僕の顔はさておくとして、洋平の答えに驚かされたのは事実だ。
「ここにいる間に、一度は全国に行きたいからな」
「全国か……言われてみると、大会とかほとんど出られてないよね……」
思えば、洋平はいつも人一倍……いや、人二倍くらい練習に打ち込んでいた。どうでもいいけど、人一倍って言葉はなんか釈然としないぞ。普通の人×一倍だったら、それ普通の人と同じじゃないか! ってツッコミを入れたくなる。それはともかく洋平がテニスに熱心に打ち込んでたのは揺るがない。大会に出たいともよく言っていたし、壁打ちにしても僕や真吾より長く続けていたりした。
(洋平は……僕や真吾とは、スタンスがちょっと違うのかも知れない)
自分じゃうまく結論を出せなくて、うやむやな思考しかできない。まだ来る気配のない真吾に、洋平のことをどう思うか訊ねてみたかった。
雨は降り止まぬまま放課後を迎えて、テニス部が練習を始める。雨の日は体育館の軒下辺りで自主練をするのが常で、帰りたい人はそのまま帰っていい、っていう暗黙のルールがあった。だから今日はいつもの半分くらいしか人がいない。三年生も少なくて、いるのは僕と洋平、それから沢島さんだけ。もう一人の女子の関口さんは塾が、真吾は別の用事があるって言って、二人共先に帰って行った。ちなみに真吾だけど、今日は歩いてきたらしい。来た直後は相変わらずずぶ濡れだったけども。
軒からぽたぽた落ちてくる雫を見つめながら、いつもの順番でストレッチを進める。最後の背筋を伸ばす運動を終えたところで、同じように終わったばかりの沢島さんと目が合った。
「なんかさ、雨止まないよね」
「昨日は晴れてたのになあ。せっかくコートも空いたのに」
「そうそう。なんかね、古田君は練習したいって言って、コート使って一人で練習してるけど、風邪引いちゃうよ」
「洋平熱心だからね。僕も見習わなきゃいけないんだろうけどさ……」
沢島さんはしっかり者の明るい女子で、選手であると同時にマネージャー的なこともしてくれている。その辺は、関口さんともうまくやっているようだ。僕としてはいろいろ感謝しなきゃいけない。
「なんかさ、みんな言ってるけど……ポケモン部、どうしちゃったんだろうね」
「天野さんが退部した、ってところまでは知ってるけど、なんで? っていうのは、僕含めて誰も知らないんだよね……」
「ちらっと聞いた話だけど、お姉ちゃんがなんかやっちゃったとか……まずさあ、えっ、佳織ちゃんお姉ちゃんいたの!? って感じなんだけど。同級生であんなにお姉ちゃんっぽい子いないのに、お姉ちゃんいたんだ……みたいな」
「あーそれ分かる。部長さんだったからかも知れないけど、お姉さんぽかったよね。みんなのポケモンお姉さん」
「なんかそれ、NHKのテレビに出てきそうな感じする、ポケモンお姉さんって」
普段から雑談することも多くて、会話はいつもこんな感じだ。下級生の子とも分け隔てなく喋るから、部全体の雰囲気作りにも一役買ってくれている。ますます頭が上がらない。
「ポケモン部かぁ……あのさ、直也くん。去年入部したけど、半年で退部した男子がいるって話、聞いたことある?」
「あー、それなんか聞いたことある。なんか、天野さんが辞めさせたって聞いたけど」
「うんうん。なんかね、そういう風に言われてるやつ。それなんだけど、実はうちの弟なんだよね。健介っていうんだけど」
と、気楽な調子で会話を続けていたら、なんだか気になる話題がいきなりポーンと放り込まれて。
「ホントに? 沢島さん弟いるって言ってたけど、ポケモン部だったんだ」
「健介さ、実はポケモン部だったんだ、元だけど。旅行行ったときに捕まえたヤミラミが相棒で、なんかガンガン攻めるのが好きって言ってた」
「ヤミラミってどんなポケモンか知らないけど、まあ攻撃的なスタイルは王道だよね。そういう風にやりたいこともはっきりしてたのに、辞めさせられちゃったんだ」
「なんかね、そうらしいんだけど、健介あんまり話してくれなくて。何があったのかとか、全然知らないんだよ」
沢島さんがそう言うのだから、僕にもポケモン部で何があったのかは分からない。ただ、沢島さんの弟がポケモン部を辞めさせられて、そこに天野さんが噛んでいるのは間違いなさそうだった。戦力にならないと見るとバッサリ切り捨てちゃったりするんだろうか。確かに真面目で芯が強そうには見えるけど、そこまで冷酷な印象は受けなかったんだけども。
「天野さん、結構強引なところもあるんだね……」
「なんかねー。分かんないけどねー。けどあんだけ人数いるし、まとめていくにはそれくらいやらなきゃいけないのかも知れないけどね。でも、なんで学校来なくなっちゃったんだろう」
「体の具合を悪くした……ってわけじゃあなさそうなんだよなあ。金曜日は普通に学校来てたみたいだし」
「ねー。なんか、元々近寄り辛い雰囲気あったから、何があったのかとか全然知らないけどさー」
この言葉には僕も納得せざるを得ない。彼女の言う通り、天野さんにはみんなどこか距離を感じていた。ポケモンバトルで素晴らしい才覚を発揮して、ほとんど独力で小山中ポケモン部を全国レベルにまで引っ張り上げた。部長として指揮でも実践でも目を瞠るような活躍ぶりを見せて、ポーカーフェイスを常に崩さない。傍らに目つきの鋭いオオスバメを連れて、いつも胸を張って堂々と歩いている。それでいて、外見は物静かで線の細そうな黒髪の少女。小説か何かから出てきたみたいだ。それも僕ら向けのラノベみたいなやつから。
「うーん、あれだね。やっぱり住んでる世界が違う感じするよね。天野さん。昔はあんな風じゃなかったんだけど」
「えっ? 直也くんさ、天野さんと知り合いだったんだ」
「いやいやいや、知り合いっていうか、小学校が同じだっただけだよ。で、時々遠巻きに見てただけってレベルでさ」
「あー、そういうことかー。昔はもっと地味でおとなしかったりしたのかなぁ。今の方が男子ウケはしそうだけどさ」
「うん。前はそんな感じだったよ。今はなんだっけな、知らない男子が固まって、『佳織って綾波みたいだ』って言い合ったりしてるのを見たっけ」
「あっ。アヤナミってあれでしょほら、最近までやってたロボットの出てくるアニメのやつ!」
「それそれ。観てた子多かったんだよね」
クールで物静かで、けど言うべきことはキッチリ言ってくる。天野さんにそういうイメージを抱いている人は多かった。僕もまた同じ意見を持っている。
「何があったんだろうね、本当にさ」
「なんでだろうねぇ。悩むことなんて無いって感じの顔してたのに」
僕も沢島さんも、天野さんが学校に来なくなった理由を知らない。
明確な答えを持たないまま、それからも他愛の無い雑談は続いていった。
「今日も疲れちゃったー……一年生人数多すぎだし、掛かり稽古の元立ちもラクじゃないよ」
「よーし。じゃあ、優しい僕は東原さんの防具袋を持ってあげるとしよう」
「おおっ、なおちゃんさすがー! 結構重いけど大丈夫?」
「平気平気。だってさ、しょっちゅう持ったげてるじゃない」
「あははっ……ありがとね、いつも」
部活が終わった後のこと。東原さんと待ち合わせをして、一緒に家路に付く。雨はまだ降り続いていたけれど、さっきまでに比べれば幾分雨足は弱くなった。剣道部で荷物の多い東原さんは傘を差すのが大変そうだったから、僕が少し肩代わりすることにした。これでちょっと歩くのが遅くなりそうだけど、その分東原さんと話せる時間が伸びると思えば、ちっとも苦にならなかった。
「三年生になったけど、一年生も二年生もずっと前から剣道やってた子ばっかりだから、なんだか気が引けちゃうよ」
「分かるなあ、それ。剣道って意味だと、後輩の方が先輩なわけだし」
「それそれ! なんか偉そうになってないかな、とか、ちゃんと相手になれてるかな、とか、どうしても気になっちゃって」
「中学校入ってからだもんね、東原さんが始めたの」
「うん。ホントは柔道とか合気道とか、何も道具使わない方が良かったんだけど、無かったから」
「理由が頼もしいよ、『今度お父さんがヘンなことしたときに倒せるように』って。そうだよね、確か」
「あっ、それ言わないって約束したよ! もう……」
「そうは言ってもさ、忘れられないよ、インパクト強すぎて」
「だって、あんなのもう絶対ヤだし。なおちゃんにも迷惑かけたくないからね」
東原さんは真面目で責任感が強い。お父さんのことをなかなか他の人に言い出せなかったのも、自分で何とかしなきゃいけない、そう思ってたからだって聞いた。責任感が強いことはいいことだ、別に短所でもなんでもない。けど、一人で抱え込みすぎるところがある。そこをうまくサポートしてあげたいと僕は思っていた。
というのも、彼女には他の子にはない特徴が一つあることを、僕は知っていて。
「ところでさ、東原さんの方は、最近あの変な夢見てない?」
「……あっ、そうだそうだ! ちょうどね、昨日見たんだよ」
「あ、やっぱり。なんだかね、そうじゃないかなって思ってたんだ」
「うわぁ……ねえねえなおちゃん、わたし、知らない間にまた変なことしてなかった?」
「うーん、特には……うん、大丈夫だったよ。僕一人で帰るのはちょっと寂しかったけどね」
「えーっ!? わたし、なおちゃん置いて帰っちゃってたの!? ご、ごめんねなおちゃん、全然記憶無くて……」
「わっ、東原さんそんな真面目に辛そうな顔しないで、大丈夫、大丈夫だから」
東原さんは、ちょっと変わった夢を見ることがあった。
「朝起きると全然知らない場所にいて、全然知らない人になって一日過ごすの」
「そうそう、そうだったね。それってさ、いつも同じ人なんだったっけ?」
「うん。夢の中にいるときは、前に見た夢の続きだって分かって、記憶も戻るんだけど、朝起きるとすぐに忘れちゃって」
時々とても長い眠りに落ちることがあって、その間東原さんは、まったく別の人間として生活する夢を見ているという。その時の記憶は目覚めるとすぐに消えてしまって、今ではほとんど覚えていないとか。ただ、断片的な記憶としては残っていて、こうやって僕に概要を聞かせてくれる程度のことはできるみたいだ。
「榁よりずっと都会の街にいて、見たこともない女の子になってるかな。いつも」
「その夢の中で眠ると、目が覚めるんだよね、確か」
「そうそう。でも、起きると必ず日付が二日経ってて、その前の日は何をしてたのか思い出せないんだ。釈然としなくて、ヘンな気持ちだったよ」
眠りに付いた翌々日に目が覚めて、今ひとつしっくり来ない気持ちになる。東原さんはそう言っている。
(東原さんはずっと眠っている……そう考えている)
実を言うと、僕は東原さんに起きているこの出来事を、また別の角度から目にしたことがある。
本人曰く「夢を見ている」というときの東原さんは、まるで別人のような性格になるのだ。さばさばした少しぶっきらぼうなキャラクターになって、言葉遣いも「関係ないだろ」「さっさと行くぞ」「ぼさっとすんな」……と、気の強い男子のようなものになる。もちろん、普段の東原さんは間違ってもこんな話し方はしない。
あたかも、人格が変わってしまったかのような振る舞いを見せるのだ。
(本当のところは分からないけど)
かつて東原さんの家庭が荒れてしまって、彼女が逃げ場を失った時期があった。ちょうど僕と話すようになった頃のことだ。それまで明るかった東原さんが一気に暗くなって、あたかも別人のような姿を見せることが増えた。まるで、自分からみんなを遠ざけるように。
(あの時のストレスが原因で、東原さんの中に別の人格が生まれたりしたんじゃないかな)
当時は単に辛くて気が立ってたからだと思っていたけれど、今にして考えてみると、あれは彼女が自分を守るためにもう一つの人格を生み出したんじゃないか、僕はその可能性が高いと思っている。すっかり平穏を取り戻した今でもたまに昔の人格が顔を出して、本人が意識できないまま行動を起こしてしまう。本人には言わないけれど、僕はそんな風に考えている。つまり、彼女は少し性質の変わった多重人格じゃないかと思っているわけだ。
とはいえ、これは今のところ年に数回しか起きていないし、何か大きな問題になったこともない。おそらくそのうち本来の人格に統合されるだろう――こういうことにやけに詳しい父に相談してみたら、あれこれ質問されたのち、そういう結論を出された。そうだったらいいのだけれど、と僕は思う。
「都会かぁ。僕はあんまりイメージしたことないや。どんな感じなのかな?」
「なんでもあるし、人もたくさんいるよ。昨日もすっごく楽しかった。学校が終わった後、友達……なのかな、うん。友達と一緒にカフェに寄って、ミルクをたっぷり入れたカフェオレを飲みながらおしゃべりしたっけ」
「お洒落な放課後タイム。うーん、いかにも都会だね。この辺でカフェっぽいのって、海沿いの喫茶店しかないし」
「『ペリドット』。あそこはあそこで好きだけどね。不思議な夢だけど、でも、見るのが楽しみかな。次はいつになるかなあ」
別人格が表に出ているときの東原さんは、どこか遠くの都会で暮らす夢を見ている。その意味するところは、彼女の都会に対する憧れ。これはシンプルで分かりやすいと思う。夢の中で、空想の都会暮らしを満喫している東原さんを想うと、なんだか微笑ましくなる。普段は家のことでも学校でも忙しいはずだから、せめて夢の中でぐらいは羽を伸ばして、めいっぱい楽しんでほしかった。
「本当は、夢じゃなくて現実に都会で暮らしてみたいけど、難しいかな」
少し寂しげな口調で、東原さんが呟いた。以前も述べた通り、彼女は地元の名家の長女で、他に兄弟もいない。半ば必然的に地元で暮らして、将来は誰かを婿として招き入れることになる。
それが誰なのかは、まだ分からない。分からないけれど、でも。
「えーっと、僕はあんまり都会へ出て行くつもりはないよ。これからもね」
「……ふふふっ。気が変わっちゃう前に、お母さんたちに言っちゃおうかな。なおちゃんがわたしのお婿さんになってくれるよ、って。きっと泣いて喜んでくれるよ」
「ひ、東原さん……」
「冗談、冗談だよ。でもね、なおちゃんのこういうところ、わたし、大好き。これは本当だよ」
東原さんのこういう積極さと前向きさは、僕じゃとても敵わない。けれど、それでもいいんじゃないか。そんな風に思っている僕がいるのも、また事実だった。
「ねえ、東原さん。藍ちゃん元気にしてる?」
「元気にしてるよー。今日は朝から雨降りで、大はしゃぎしてたもん」
「雨降ってるの、大好きだもんね。見た目からしてこう、ほら、水玉みたいだし」
「ホントホント。海で遊んでたらときどき見失って、焦っちゃうよ」
「ははっ。ポケモンが、みんな藍ちゃんみたいに優しくて大人しかったらいいんだけどね」
「うん。ポケモンは好きじゃないけど、藍ちゃんは特別だよ。大事にしてあげなきゃって思うもん。でも……」
「確か……あと三年だっけ」
「そう、だね。私が十七になったら、お別れしなきゃいけないから」
「それまでにいい思い出を作れるように、僕もできるだけのことをさせてもらうよ」
「……ありがとね、なおちゃん。なおちゃんと一緒なら、藍ちゃんもきっと喜んでくれるよ」
少し歩いて、東原さんの家の近くにある星宮神社の鳥居が見えてきた頃、僕らは別れの挨拶をする。
「じゃあね、東原さん。今日はありがとう」
「ううん。わたしこそありがとう。また明日」
「うん。また明日」
屋敷へ消えてゆく東原さんを、しばし目で追う。
(……そろそろ、名前で呼べるようにならなきゃね)
疲れた頭と身体で、なんとなく、僕はそんなことを考えたのだった。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。