「俊」
「……佳織? 佳織なのか?」
受話器の向こうから聞こえてくる声に、俺は懐かしさと驚きを同時に覚えて。
けれど、随分と久しぶりに聞いた佳織の声は、重く、低く、そして、暗く沈んだものだった。
「今日、ポケモン部を辞めた」
「辞めた……? ポケモン部を……? 佳織、それって、どういう――」
「俊にだけは……俊にだけは、自分の口から言わなきゃいけないと思ったから」
俺にだけはどうしても直接言わなければならない。佳織はそう言って、ポケモン部を辞めたことを電話で伝えてきた。額にうっすら冷たい汗が浮かぶ。佳織がしていることの意味を、意図を、あまりにもハッキリと理解できすぎる。言葉を失って、ただ佳織の言葉に耳を傾けることしかできなくなった。
「俊」
「許す必要なんてない。私は、ただ嘲笑われるだけでいい」
「私が俊にしてきたことを、今更取り消すわけにはいかないから」
「多くは望まない。この電話を最後まで切らずにいてくれれば、それで十分だから」
喉の奥から絞り出すような声。佳織がこんな声で話すのを聞くのは、初めてだった。それだけ感情が高ぶっていることの証、その感情を力づくで抑え付けていることの現れ。滲み出る想いと、それさえも抑圧しようとしてしまう意志の強さ。
すべてが、佳織、そのものだった。
「俊」
「ごめんなさい」
「さようなら」
ごめんなさい、さようなら。佳織は最後にそう言い残して、静かに、静かに、とても静かに通話を終えた。俺はまだ佳織の声が残響している気がして、受話器をじっと耳に当てたまま立ち尽くしていた。聞こえてくるのが発信音だけだと気が付くまでに、三十秒ほどの時間が必要だった。
がっくりと力が抜けて、その場に屈み込んでしまう。佳織から投げ掛けられた言葉の意味を反芻して、その度にその度に、俺は底知れぬ闇の中へ飲まれていく感触を味わう。
(――ああ)
(佳織も、夢を叶えられなかったのか)
(夢を、捨てるしかなかったのか)
闇に飲まれた先にあるものを、俺はまだ知らない。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。