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Stage 7-2

「なんだよそれ。それ、一体どういうことなんだよ」

康一の声は刺々しく、そして大きなものだった。事前に予測できた通りの反応だったが、特段嬉しいとも思わない。目の色を変える康一を、俺は距離を置きながら見つめていた。

「どういうことも何も、言った通りだって。佳織が、ポケモン部を辞めたんだよ」

俺の言ったことの意味が理解できない、康一はそんな顔をしている。言葉としての「佳織がポケモン部を辞めた」という意味は分かっても、その意味する所がまったく飲み込めない。意味は分かるが意味が分からない、康一の心境を一言で言い表すなら、こんなところだろうか。

「だいたい、なんでお前がそんなこと知ってんだよ」

「そんなことどうだっていいだろ。それよりさ、今まで知らなかったのか? 佳織が部活を辞めたってことをさ」

眉間にキツく皺が寄っている。康一がこの状況にストレスを感じているのは明らかだった。康一の気持ちになれば無理からぬことだろう。康一からすれば本来佳織から話されるべき、話されなければならないことが、無関係なはずの俺の口から出てきているのだから

康一がいったん黙り込む。俺は康一の目を見ながら、言うべきことを淡々と並べていく。

「康一さ、お前さ、先週の金曜部活行かなかっただろ?」

「行かなかった。塾行ってたからな」

「その時らしいぞ、佳織が退部届出したの。顧問が佳織と話しててさ、顧問は退部届を受け取ったみたいだって」

「どういうことだよ、それ。ホントにわけ分かんねえんだけど。昨日まであいつ、普通に部活来てたんだし」

「じゃあさ、康一お前、部活辞めるってこと、佳織から聞かされてなかったんだな」

「だから、何も聞いてねえよ。今ここで聞いたばっかだって言ってんだろ」

佳織がポケモン部を辞めたことを、康一は今この場で初めて知った。つまり、それは――。

(佳織は……康一に話してなかったんだな)

この瞬間に至るまで、佳織は康一にポケモン部を退部したことを一言も話していない。そして、自分の口から言うつもりもなかった。そういうことだ。

ポケモン部を辞めたことを、俺には話して康一には話さなかった。もう関係が途切れたはずの俺に直接連絡してきて、付き合っているはずの康一には一言も言っていない。そこにどういう意図があるのかハッキリと分かって、康一に幾ばくかの哀れみを覚えずにはいられなかった。

康一。佳織と付き合っていたクラスメート。ポケモン部では副部長として活動している。相棒はアサナン。言うとしてもこれくらいで、何か変わった特徴があるわけでもない。割り切った言い方をするならごく普通の男子なわけで、佳織と付き合っていなければ特段目立つこともなかっただろう。一緒にいる相手を何か特別だと本人に思わせてしまう、佳織にはそれだけの影響力があった。

他に何があっただろうか。後はせいぜい、従兄弟が怪しげな市民団体に所属して、ポケモンの保護をしきりに訴えてたってことぐらいだろうか。ああいう手合は先鋭化して内部で抗争を始めるか、あるいは妄想にすべてを委ねて悲惨な事件を起こすかの二択しか未来がない。この間関東でも事件があったばかりだ。そういう連中を冷静にダメだと認識できている辺り、康一だってそうそう頭は悪くない。ただ、佳織が突き抜けすぎているだけのことだ。

(佳織は、康一とどんな思いで付き合ってたんだろうな)

どういう心境だったのか。正確なところは、佳織にしか分からない。ただ、佳織が本当に康一に惚れていたのかと問われると、今の状況を鑑みると素直には頷けない気がした。佳織が本心から康一を彼氏として見ていたのなら、こんな状況は出来上がっていないはずだった。

優越感だとか、康一に対する蔑みだとか、そんな感情はまるで沸いてこなかった。佳織に別れを告げられたという意味では、俺も康一も同じ場所にいる。

佳織に手が届かない場所にいる。そう考えれば、俺たちは同類だった。

「ねえ、今日天野さん学校来てないの?」

「朝もいなかったよ。風邪でも引いたのかな?」

クラスメートの話に耳を傾ける。まだ佳織に何が起きたのか、それを知っている人間は少ないようだ。とは言えここは田舎の狭い中学校だ、広まるのは時間の問題でしかない。

俺は、自ら触れるようなことはしない――それだけ考えて、俺は机に突っ伏した。

 

部屋のドアを閉めて、机の上へ載せられた大きなコンピュータと向かい合う。ディスプレイは縦にも横にも奥にも幅を取っていて、他のものを置くスペースがないほどだった。キーボードにはうっすら埃が溜まっている。掃除しよう掃除しよう、そう思い続けて、もう一年ほどが経った。

煌々と光を放つディスプレイには、ピストルを構えた男の手と、そこから撃ち出される弾丸で次々に射殺されていく醜悪な異星人たちの姿があった。

「Let's rock!」

「Damn, I'm Good.」

「Hail to the king, baby!」

異星人を撃ち殺すたびに、主人公の男が台詞を吐く。パソコン通信のフォーラムで知り合った人から教えてもらった、海外のゲームだ。向こうでは飛ぶように売れているらしいが、こっちで遊んでいる人間は俺ぐらいしかいない。ポケモントレーナーが世界を股にかけて活躍するようになった、世界はひとつになった。そう口にする人もいるが、俺自身は今ひとつ実感が持てずにいる。

このパソコンは、元々ポケモンの管理をするために買ってもらったものだ。近年の性能向上は目覚ましい、今までは一つの端末を共有して使っていたのが、個人所有の端末――パーソナルコンピュータという概念が生まれて、いつしかそれがスタンダードになりつつある。ポケモンセンターでしかできなかったようなポケモンの管理が個人でできるというのは、画期的なことだった。

(だけど、俺はそんな使い方はしていない)

(ネットを巡回して、ゲームで遊んでいるだけだ)

家から帰ってくると、あらかじめ作っておいたマクロを走らせて、いつも見ている掲示板を巡回してログを収集する。回線を切ってから中身をチェックして、返信が必要なら都度繋いで返信する。それが済んだら、いくつかあるゲームのうちどれかを立ち上げて遊ぶ。この繰り返しだ。有用な使い方なんて、ひとつもしていない。

こういう目的で手に入れたものじゃない、それは俺自身が一番よく分かっていることだった。けれど、今となってはポケモンの管理などすることはなく、そしてこれからまたしようという気持ちになることもないだろう。

(何のためだったんだろうな)

思い出すと気持ちが鬱々してきて、心に澱が溜まっていく。少しでも楽になりたくて、気持ちを吐き出したくて、俺は画面の中にいる男にマシンガンを装備させた。弾倉が空になるまでひたすら撃ちつづけて、辺り一面に異星人の死体の山を築き上げていく。

こんなことをして気が晴れることなどないと、誰よりも自覚しているというのに。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。