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Stage 7-6

悪い夢を見た。目覚めた後もそれが夢だと思えなくて、ただ言葉を失くして呆然とすることしかできなかった。

(佳織が……いたんだ)

真っ白な世界の中で、佳織が独り立ち尽くしている。俺が何か言葉を掛けようとしても、喉から声が出てきてくれない。近付こうとしても、佳織は小さなかごの中に入れられて、誰も触れることができずにいる。どこへも行けないまま、すべてを拒絶するように背中を向けて、全身から悲しさを滲ませている。

かごの中で、佳織はすべてに絶望していた。

(涙が、止まらなかった)

目を覚ましてすべてが夢と消えたあとも、俺は圧倒的な虚脱感と絶望感に苛まれていた。それは涙となって瞳から溢れ出してきて、ただ声を殺して泣くことしかできなかった。佳織をどうすることもできない無力さが歯がゆくて、佳織が今どれほどの絶望に包まれているかが想像できて、涙を流すことしかできなかった。

やるせない気持ちのまま、それでも日常のサイクルを回さなければならない現実を認識して、洗面所で何度も顔を洗った。リビングへ向かうと、母が朝食の支度をしていた。おはよう、と挨拶をすると、ネギを切る手を止めて、おはよう、と返してきた。父はもう仕事に出たらしい。テーブルの上には空いた食器が残されている。

テレビは朝のニュース番組を映し出している。少し前に起きた殺人事件の特集を組んで、大きく枠を取って報道している。

事件が起きたのは静都の浅葱市。静かな海辺の街といった風情のこの街で、ポケモントレーナーがポケモントレーナーを殺害するという事件が起きた。事件が大きく取り上げられたのは、殺害にポケモンが使われたということだ。連れていたグラエナを相手に嗾けて噛み殺させたというから、残虐極まりない。加えて、被害者と加害者が同じ街の出身で幼馴染同士、かつ共に十代の少女だったということがセンセーショナルに取り上げられた。

まだ若かったためか、大手の新聞社やテレビ局は加害者の名前を伏せていた。だがこれだけインパクトのある事件だ、より踏み込んだ情報を提供すれば、知りたがりの市民が食いつくことなんて分かりきっている。写真週刊誌はそこを目ざとく狙って、法律で規制されていないことをいいことに我先にと実名を載せて報道した。

テーブルの上には、父が読んでいたと思しき、折り目の付いた週刊誌が置かれていた。目を向けると、今まさにテレビで流されている件の殺人事件を特集していた。そこには遠慮も配慮もなく、被害者と加害者の実名と顔写真が堂々と掲載されている。俺は無意識のうちに、記事に目を向けていた。

そこに、掲載されていた、被害者と、加害者の、名前は。

 

(被害者……杉本真帆)

(加害者……天野佐織)

 

天野佐織が、杉本真帆を殺した。

佳織の姉が、愛佳の姉を殺した。

夢などではなく、現実の確かなものとして――そう、書かれていた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。