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#05 せいちょう

学校に着いて教室へ入ったら、朝の会が始まるまでだらだらするのが日課というか、なんというか。

「サチコって、セロリ食べれる?」

「食べられなくはないけど、あんまり食べたくないなぁ。お父さん嫌いだから出てこないけど」

「ネネねー、昨日初めてちょっとだけ食べた。凛さんがね、ネネも味見してみようって言って」

「ふーん。味、どうだった?」

「よく分かんなかった。ちょっとかたくて、ちょっと青くさかった」

「ま、セロリだからねー」

この時の話し相手は、大体ネネだ。ネネがいないときは別の子と話すこともないこともないけど、ネネがいないことはまあそうそうないし、そういうときは机に伏せて寝たりする。なんだかんだで、あたしがネネと一緒にいる時間は長い。多分、ネネもあたしといる時間が一番長いんじゃないかって思う。

ケイは別の友達……あれ笹木さんか。笹木さんとしゃべってるけど、あたしとはあんまり絡みがないから、なんか面倒くさいし輪に入っていく気は起きない。その点、ネネは席も近くだし、ネネ本人があたしのところまで来るしでいろいろ都合がいいから、気が付くとネネと話していることが多い。まあ、惰性で話してるのは間違いない。

「あ。ネネさ、今日体育休むんだっけ?」

「うん。プール入らない方がいいって、凛さんに言われた。だからネネ、今日は見学する」

「んー……もしかしてネネ、アレだったり?」

「サチコ、アレって?」

「アレってって、アレはアレっしょ。ほら、こないだあたしも来てた」

あたしがこう言うと、ネネはようやく合点がいったようで。

「あ、わかった。それで合ってる」

「あれ、こっちは直接言わないんだ。おしっことか普通に言うのにさ」

「前にねー、凛さんと『外で声に出して言わない』って約束した」

「なるほど……さすが凛さん、きっちりしてるじゃん」

「ねーねーサチコー、なんで外で言っちゃダメなの?」

「なんでって、周りに人いるときに話すようなことじゃないっしょ、フツーに考えて」

「うーん。きたない話だから?」

「いや、別に汚いってわけじゃないから、その言い方もなんかおかしいような……ほら、こう、空気ってもんがあるじゃん。空気」

ネネは分かったのか分かってないのか相変わらずよく分かんない顔をして、こくこくと頷いていた。頷いていたから理解したと思うのは甘い。ネネは何か言われるととりあえず頷く癖があるからだ。とりあえず頷いて、後でもう一度聞いてみたら全然分かってなかった、ってパターンが何度かあったし。

「にしても、その割にはいつもと変わんないじゃん」

「うーん。昨日から、お腹ずきずきしてる」

「変なもの食べて普通にお腹壊してるとかじゃなくて?」

「うん。ピーピーになってるときとかと、ちょっと違う」

「あー、なるほど。それ分かるかも」

お腹が痛いと言うネネだったけど、見た目はいつもとちっとも変わらない。ぼーっとした顔をして、のんびりゆったり間延びした、スローペースで会話を展開する。ネネは本当にいつでもマイペースで、他人のペースに合わせるってことをしない。ひょっとしたら、そういうのを意識しないからこそマイペースでいられるのかもしれない。

改めてネネの姿を上から下まで見てみる。前にも言った記憶があるけど、制服着てなかったら絶対に小学生に間違えられるだろう。背は低いし、髪はボサボサだし、顔つきものっぺりしてる。しょっちゅう両腕をパタパタさせる仕草をするけど、これがまた本当に子供っぽい。子供のあたしが言うのもなんだけど、ネネはどこをとっても子供っぽいって思う。外見も仕草も、あと話し方も、全部。

「なんかさー、ネネがプール休むのってさ、今日が初めてだよね」

「うん。去年は全部出れた」

「んー。ネネがねー、ネネが……なんかあんまり実感湧かないなー、って思って」

「どうして?」

「だってさ、ネネって見た目明らか子供っぽいし、そもそも中学生に見えないし、昔っから全然変わってないし。そのネネがアレでプール休むって、ああ、そんなことあるんだ……って」

「凛さんにもよく言われる。ネネちゃんは変わらないからいいね、って」

「変わんないのがいいのかは分かんないけど、ネネと一緒にいる凛さんが言うなら、やっぱ変わってないのかも」

学校でネネと一番長くいるのは間違いなくあたしだけど、家にいる時間も含めると凛さんが一番長いのは間違いない。普段家でどんな風にしてるのかは知らないけど、凛さん真面目な人だし、ネネにも色々真面目な話をしてそうだなーっていうのは思ったりする。

「ネネ、ほんとはプール入りたいけど、凛さんが止めた方がいいって言うから、今日は入らない」

「あたしはプールあんまり好きじゃないんだけどなー……まあ、準備とかいろいろ面倒くさいしね」

「うん。いちおう、凛さんから教えてもらったけど、ぜんぜん覚えらんない」

「正直あたしも微妙。けどさ、あれなんだよね。言い方あれだけど、ネネも子供できるようになったってわけか」

「この間、凛さんも同じこと言ってた。これでネネちゃんも女の子だね、からだ大事にしなきゃね、って」

「あたしが言うのもなんだけど、ネネの子供とか、ぶっちゃけ想像できない」

「ネネ、赤ちゃんほしい。ずっと前から思ってる」

「へ? なんで?」

「だって、一人じゃなくっていいから。ネネも楽しい」

「そんだけ? んー……相変わらずよく分かんないなー、ネネの考えることは」

と、こんな風にぐだぐだと話をしていたところ。

「あれ?」

「ん? どうかした?」

「ニャスパーが来た」

「ニャスパー……?」

ネネの足元に、一匹のニャスパーが立っていた。紫色の瞳でこちらをじっと見つめている。小さな足で歩いてネネのすぐ傍までやってきたかと思うと、割とすんなりネネにくっついて、足に頬をすりすりと擦り付け始めた。ネネに懐いているみたいだ。かわいい。

ニャスパーを見たネネがしゃがみ込んで、ニャスパーをじっと見つめる。するとニャスパーはますますネネに近付いて、膝にそっと鼻を当てる。ネネが手を伸ばして頭を撫でると、ニャスパーはくすぐったそうに目を細めた。ネネはもう片方の手も伸ばして差し出したかと思うと、「おいでおいで」とニャスパーに呼び掛けた。

「きたきた」

「おー。さすが、人に慣れてるって感じ」

懐へ飛び込んだニャスパーは、そのままネネに抱き上げられた。ガラス細工でも抱くみたいに優しく、ネネがニャスパーを抱っこしている。カラカラもよく抱いてるのを見るけど、こういうときのネネはずいぶん楽しそうだ。同じ手でポケモンのお墓を作ってるなんて忘れそうになるくらい。

「よしよし。よしよし」

ネネがあやしているニャスパーは、頭にちょこんと赤いリボンを着けている。赤いリボンのニャスパーは、城ヶ崎さんのニャスパーで間違いない。まあ、あたしのクラスでニャスパーを飼ってるのは城ヶ崎さんしか知らないから、リボンがあってもなくても城ヶ崎さんで間違いないだろうけど。

「ニャスパー。ここにいたのね」

ドアの方から声が聞こえたかと思うと、城ヶ崎さんがネネとあたしの席の近くまで走ってきた。

「城ヶ崎さん」

「ごめんなさい、仲村渠さん。ニャスパーが悪戯とかしてないかしら」

「ううん、してないよ。おとなしくしてた」

ネネの腕の中で眠そうに目を細めているのを見れば、おとなしくしてた……というより、のんびりしてたのは明らかだ。

はい、とあっさりニャスパーを城ヶ崎さんへ差し出すネネ。ニャスパーの方はネネに抱かれているのが気持ちよかったみたいで、ちょっとだけ名残惜しそうにしていた。

「ありがとう。すっかりリラックスしちゃって、仲村渠さんのこと気に入ってくれたみたい」

「ネネもうれしかった。ふさふさしてて、かわいかった」

「そう言ってもらえると、わたしもニャスパーも嬉しいな」

それじゃあ、と言って立ち去る城ヶ崎さん。じゃあねー、と手を振るネネ。二人を傍で見つめるあたし。あたしはあんまり輪の中に入れてない。

城ヶ崎さんがドアから出てって、すっかり見えなくなったところで。

「ネネさー」

「うん」

「城ヶ崎さんのニャスパー、可愛いよね」

「うん。かわいい。ふわふわしてる」

「ニャスパーってさ、どこにいるか知ってる? 外国なんだけど」

「うーんと、カロスってところ」

「あっ、そうそう。ネネも知ってんじゃん」

「こないだサチコがおしえてくれた。はるなもそこにいるって」

「そうだっけ? まいっか。はぁー、あたしもニャスパー欲しい」

「サチコ、ニャスパーがほしいの?」

「欲しい、すごく欲しい」

「わかった。サチコは、ニャスパーがほしい」

「超欲しいし。ネネはああいうポケモン欲しいって思ったことない?」

「うーん。ない」

「あれ? お金とかは結構欲しがってなくない?」

「うん。お金はほしい。たくさんほしい」

一見すると良くも悪くも欲なんて無さそうに見えるネネだけど、時々「お金が欲しい」と脈絡も無く言い出すことがある。まあ、大体は言いっぱなしで、あたしを含む他の子にお金を欲しがったりするわけじゃない。いきなり空を見て「お金が降って来ないかなあ」とか、そういう風なことを言ったりするのだ。あたしもお金はもちろん欲しいけど、ネネみたいに唐突に言い出したりするほどじゃない。

こうして他愛ない話を続けているうちに、チャイムの音が聞こえてきて。

「ネネー、次なんだっけ?」

「えーっと、英語」

授業の時間になるのだった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。