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#06 ひかりのかべ

あたしは図書委員だ。放課後学校に残って、本の貸し出しとか整理とかをしたりする。ほとんどの学校に似たような委員会活動があると思う。他の委員会活動は全部なんか面倒くさそうだったから、成り行きでなってしまう前に自分から図書委員になった。他になりたがった子もいなかったし、そのまますんなり通ったってわけだ。

で、あたしは図書委員なわけだけど、委員会の仕事が無いときでも放課後に図書室でボーっとしたりする事だってある。今日はその日だ。

「さーて新刊新刊っと」

ほとんど人のいない図書室。新刊だって読み放題だ。幸いうちの学校はラノベを結構な頻度で入れてくれる。うちの学校の数少ないいいところだって思う。絵のあるラノベでもいいからとにかく本を読め、という先生の声が聞こえてきそうだ。まあ、ラノベ以外に手を出す人はがくっと減っちゃうんだろうなって思うんだけど。

今日は「ソードアート・オンライン」。先週の続きからだ。

(家帰ってニコニコ観ててもよかったけど、お母さんに見つかると面倒くさいしなぁー)

どうもお母さんは、あたしがパソコンで動画ばっかり観たりするようになるのが良くないって思ってるらしい。別にいいじゃん、面倒くさいなって思う。大体お父さんだってテレビ観てるし、お母さんだって本読んでるじゃん。パソコンだって似たようなもんでしょ。テレビ観てたって本読んでたって、結局家の中で目が悪くなることをしてるって言うのは同じなのに。

いいや、別に。あたしはあたしで、どうするのも自由だ。

「はぁー」

小さくため息ついて隣の机を見てみると、同級生っぽい知らない子が三人くらい固まって、スマホをぺたぺたいじっていた。

あれかなー、最近流行りのリンクってやつで話してるのかな。いつでもメッセージやりとりできるやつ。それともあれだ、なんかゲームして遊んでるのかな、「ポケとる」とか。どっちにしろ、お互い顔も見てないのに一緒に遊んでる感がすごくて、楽しそうだ。うらやましい。あたしもスマホ持ってたら、あんな風に友達と遊んだりできるのかな。やってみたい。すごくやってみたい。

スマホがあれば、なんだってできるのに。

(お母さんがなあ、さっちゃんにはまだスマホ早いとかなんとか言うから)

ここでも壁になるのはお母さんだ。とにかくあたしがネットにつながるのを阻止したいとしか思えない。周りのみんなは持ってるのに、あたしだけ持ってないってことに気付いてるんだろうか。分かっててやってるなら悪質としか言いようがない。おかげであたしはみんなのネットワークに混ざれてないんだから。

スマホもそうだ。こんなにも欲しいって思ってるのに、ちっとも手に入らない。欲しいものはたくさんあるけど、何にも手に入らない。なんでもいい、欲しいものが一個でも手に入ったら、少しは気が紛れそうな気がする。

(現実はラノベみたいにはいかない)

(あたしにだって、特別なスキルがあればよかったのに)

だから、ちょっとでも気を紛らわすために、あたしはこうやってお話を読むのだ。

だいたい三分の一くらい読み終わって、ちょっと休憩したくなった。持ってきた栞をページに挟んで、何気なく視線を窓の外へ向けてみる。今は放課後、陸上部とかサッカー部とか、外でやるタイプの部活の時間のはず。

(あー、やってるやってる)

明らかに陸上部っぽい子たちが、グラウンドを走っているのが見える。あの中にケイも混じってるはずだけど、今はちょっと見当たらない。別の場所で何かやってるのかも知れない。みんなずいぶん真面目に練習している。あたしは走るの苦手だし嫌いだから、部活に入ってまで走ろうなんてとても思わない。だからケイが「走るの楽しい」って言っても、ぜんぜん実感が湧いてこない。

窓の向こうには、少なくとも走るのが苦手じゃない人が集まっている。今ここにいるのはあたしだけで、あたしは走るのが苦手だ。

「運動かあ、全然してないや」

「……だって疲れるし、汗だくになるし、しんどいし」

「あたしはこんな風にして、中で静かに読書とかしてるほうが向いてるから」

外と中じゃ、まるで別世界だ。

「……続き読むか」

窓の外を見るのをやめて、あたしは再び本を手に取った。

ぱらぱらページをめくりながら、ぼちぼち時間を潰していると、あと十五分ちょっとで終業のチャイムが鳴るって時刻になった。ちょっと早いけど、そろそろ出ようかな。

ネネも出てくる頃だろうし。

 

「けど、未だに信じらんない。ネネがバレー部とか」

あたしが呟いた言葉通り、ネネはバレー部に入っている。それも一年生の春、入学してからすぐだから、もう一年以上続けてることになる。なのに、あたしは未だに「ネネがバレー部に入っている」っていうのがピンと来ない。時々信じられなくなって、それで実際に練習とかやってる姿を見て確認しなおすってのを何度か繰り返している。

なんとなくイメージできるだろうけど、ネネはぶきっちょでとろいところがある。運動もあんまり得意じゃないし、あたしとネネが何かやればだいたいあたしが勝つ。だけど、得意じゃないけど嫌いでもない、むしろ運動自体は好きみたいで、体育の時間になるとやけに楽しそうなネネの姿をちょくちょく見かける。だから体育の授業を休むってことも滅多にない。こないだみたいな理由でもなきゃ。

校門付近で突っ立ってると、他の子より明らかに背の低い、ボサボサ髪の子が出てきた。間違いなくネネだ。

「おいっす、ネネ」

「あっ、サチコ」

「部活、今終わったとこだよね? あたしと一緒に帰ろっか」

「うん。かえろう」

ネネがカバンを持ち直すと、嬉しそうにあたしの左へ移動した。ネネはあたしの左にいるのが好きみたいで、そこがもうずっと定位置になっている。あたしは別にネネが左に来ても右に来ても気にしないし、ネネの好きなようにすればいいって思ってる。まあ、左の方がちょっと話しやすい気はしないでもないけど。

「サチコ、今まで待ってくれてた?」

「んー。図書室で本読んでただけなんだけど、遅くなったし、せっかくだからネネと帰ろうと思って」

「そっか。ネネ、サチコと帰れてうれしい」

「つっても、あたし特にネネが喜ぶようなことしてないと思うけど」

「サチコと帰れるのがうれしい。ひとりだと、ちょっとさみしい」

「へぇ、ネネでも寂しいと思うこととかってあるんだ。なんかそんなイメージ無かった」

「うん。ひとりだと、さみしいって思う」

マイペースなネネだから一人の方が気楽なんじゃないのって思ってたけど、どうやらいつもいつでもそういうわけじゃないみたいだ。学校から帰るときとかは一人じゃない方がいいらしい。かと思うとお昼ご飯とかいつもどっかで一人で食べてるみたいだし、ネネの考え方はやっぱりよく分からない。

けどまあ、それも全部ひっくるめて「ネネ」なんだろう。ネネはネネだし、気にすることじゃない。

「あー。それでさ、ネネ。一個訊きたいんだけど」

「なに?」

「ネネってさ、なんでバレー部に入ったんだっけ?」

「凛さんとテレビ見てて、楽しそうって思ったから」

「あー、ちょうど一年くらい前にやってたっけ。バレーの世界大会。それ見てやりたくなったんだ」

「うん。こうやって、ジャンプしてスパイク打つの」

「あ、それスパイクっていうんだ。なんか漠然とアタックだと思ってた。アタック」

「スパイク。けど、はじめはネネもアタックって思ってた」

「だよねー、アタックだって思っちゃうよねー」

あの上からスパーンってやるやつ、スパイクっていうんだ。フツーに知らなかった。

「けどさ、ネネ。練習とか大変じゃない?」

「うーん。ネネは、たいへんだし、汗いっぱいかくけど、たのしいよ」

「ふぅーん……試合とか出られるようになった?」

「まだ。だからもっと練習する。ネネはもっと上手になれるって、凛さんも言ってるし」

もっと上手になれるってことは、今はそうでもないってことじゃん、とあたしは思う。凛さんは静かでおっとりしてるっぽく見えるけど、ネネ相手になら割と厳しいことも平気で言ったりするのかもしれない。何せ、ネネと凛さんが普段どんな風に暮らしているのか見たことがないし、イメージもわかないからだ。

「サチコー」

「どうしたのさ」

「サチコは、部活入らないの?」

「え、あたしは別にいいよ。だってもう中二だし」

「みんなで運動するの、楽しいよ」

「あー……あたし、そういうタイプじゃないから。それに図書委員もやってるし」

「そっか。サチコ、図書委員だった」

こんな風にしてしゃべりながらのろのろ歩いてると、普段あたしやお母さんが使ってるのとはまた違う、ちょっと小さめの食品スーパーに差し掛かった。ここで買い物した記憶あんまりないなー、とか考えると、自動ドアからすっと人影が現れて。あれ、と思ってるうちにこっちに近付いてきて。

「あっ、凛さん」

「あれ? ねねちゃん?」

ちょっと膨らんだビニール袋を提げた凛さんが、あたしとネネの前に姿を見せた。こんなとこで会うとは思ってなかったんだろう、きょとんとして目をパチパチさせている。かく言うあたしも、ここで凛さんと会うなんて思ってもみなかったし。

ネネが凛さんのところへ走り出すのを見て、あたしもぼちぼち歩いて後を追う。ネネは凛さんを見かけると、いつもすぐさま走っていく。いつものことだしすぐ追い付けるから、あたしは後からのんびり歩いていくのだ。

「凛さん、もうおつとめ終わった?」

「うん。買い物して、家に帰るところだよ。ねねちゃんもだよね?」

「そうだよ。今日もいっぱい練習した」

「いいね、その調子その調子。ねねちゃんはもっと上手になれるから、頑張ってね」

「うん。ネネがんばる」

「えーっと、こんにちは」

「ああ、幸子ちゃん。ねねちゃんと一緒に帰っててくれたの?」

「あ、はい。図書室にいて、ちょうどネネも部活終わったみたいだったから、それで」

凛さんとは何度か会ったことがあるから、お互いに顔も名前もよく知ってる。あたしから見た凛さんは「おっとりしたお姉さん」って感じで、話しててもなんとなくスローテンポな感じが伝わってくる。「凛さん」って言うと、それこそ「凛とした」って表現もあるから、なんかこういかにもシャキっとしてそうだけど、見ての通りのんびりしている。だから、何事もマイペースなネネとは相性が良さそうだって思う。ネネが凛さんを見つけるとすぐさま走ってくのを見ても、きっと仲はいいんだろう。あんまり細かいことは分かんないけど。

そういえば、凛さんがどんな風な見た目かって話をしてなかった。あたしやネネよりも大人っぽくて、背も高い。けど、あくまであたしやネネとの比較でしかなくって、よく見ると結構若い……というか、もっと言うと、割と幼い顔立ちをしている。あたしたちが中二なら、凛さんは中三といった感じだ。ネネとのコントラストで大人っぽく見えてるけど、一人だけでいたら中学生くらいに見られてもおかしくない。

もっとも、凛さんが中学生なんかじゃないってことは、他人のあたしもよく知ってることだ。

「あっ、カラカラだ」

「ああ、ねねちゃん。あんまり遠くへ行っちゃダメだよ」

こんな感じで見た目はネネのお姉ちゃんって感じの凛さんだけど、実際はネネのお姉ちゃんってわけじゃない。その辺は、まあいろいろと理由がある。ネネと凛さんは二人暮らしで、他に家族もいないみたいだけど、それにもちゃんと理由がある。けど、今から話すとちょっと長くなるしくどいから、今日は略す。

「いつもねねちゃんと一緒に遊んでくれたり、こうやって帰ってくれたりして、本当にありがとう」

「小学校の頃からそうなんだけど、ねねちゃん、あんまり友達がいないみたいだから」

穏やかな表情を浮かべて言う凛さんを見ていると、なんとなく、ここはちゃんと頷いておこうって気持ちになって、無言のまま首を縦に振る。凛さんが言うには、ネネにはあんまり友達がいなくて、それこそあたしくらいしかいないみたいだった。確かに学校にいても、あたしか、せいぜいケイとくらいしか話してるのを見た記憶がない。

「よしよーし。よしよーし」

「それこそあんな風にして、友達よりもカラカラと遊ぶ方が多いみたいだから」

「あー、言われてみると、よく一緒にいるような気が」

「ねねちゃん、幸子ちゃんのこと家でよく話してくれるんだよ。大事な友達だって」

「ネネが、ですか」

「うん。できればこれからも、こうやってねねちゃんと一緒にいてあげてくれると、私も嬉しいな」

まあ、そういうことなら、ネネと今のまま付き合うのは別に悪くないって思うけど。

「ねねちゃんには、幸子ちゃんに何かできることがあったら、ちょっとでも恩返ししてあげて、って言ってるの」

「いやそんな、恩返しとかされるほどじゃないですし、別に」

恩返しなんて言われると、そりゃ大げさじゃんって気持ちになっちゃう。そこまで大それたものじゃないし。

「それじゃあ、私とねねちゃんは向こうの道だから。幸子ちゃん、またね。ねねちゃん、行くよー」

「はーい。サチコー、ばいばーい」

「ほーい。また明日ー」

交差点で二人と分かれて、あたしは一人反対側の道へ。

少ししてから振り返ってみると、ネネと凛さんが手をつないで歩いていた。

「凛さん、今日何つくるの?」

「うーんと、茄子が安かったから、麻婆茄子を作ろうかなって思ってるよ」

「そっか。じゃ、ネネも作るのてつだう。凛さんいっぱい食べれるようにする」

「ありがとう、ねねちゃん。暗くならないうちに、帰ろっか」

こうやって見ていると、まるで凛さんがネネの母親か何かのように見えて。

(……凛さんも大変だなー。自分だっていろいろあるのに、ネネの面倒見なきゃいけないし)

なんて、他人事ながら思ってしまうのだった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。