テストが近づいてこようと、夏休みを数週間後に控えていようと、ネネのお墓作りは滞りなく行われる。
「今日はこのニャースを埋めるわけ?」
「うん。ゴミ捨て場に捨てられてた」
「ゴミ捨て場に?」
「袋にいれてあって、生ごみのシール貼ってあった」
「そりゃあ、仮に分別するなら生ゴミだろうけどさぁ……」
今日の葬儀場所はイワヤマトンネル近辺の空き地、ネネが連れてきたのはニャースだった。見た感じ、まだそれほど歳をとってない。怪我をしてる様子もないし、病気か何かで死んだんだろうか。いずれにせよ、ゴミ捨て場で見つかったっていうのはなんだか気分が良くない。回収する方もいい迷惑だろう。
と、あたしは思うわけなんだけど、実際ネネがゴミ捨て場からポケモンの死骸を持ってくることは結構ある。たまたまゴミ捨て場で死んだっぽいのもいた気がするけど、ほとんどは誰かが意図的に捨てたものだった。ポケモンが殺したポケモンをわざわざ人間のゴミ捨て場まで持ってくることなんてまずあり得ないから、まあ捨てたのは人間、それも元の飼い主かトレーナーってところだろう。
「ネネさ、そう言えばさ、前にゴミ捨て場でエネコ見つけたって言ってたときあるじゃん」
「うん」
「あの時はさ、なんか新聞でぐるぐる巻にしてたでしょ。今日はしてないけど、なんで?」
「うーんと、ちぎれてたから」
「……何が?」
「脚とか、尻尾とか、耳とか。ぜんぶ。首も」
「いや、それって……」
「サチコ、見たらびっくりするって思ったから、新聞紙で丸めた」
「ネネが? 新聞紙でまとめたのって」
「うん。新聞紙なら、ほっとくと土になって、ちゃんと埋められるから」
「マジで気色悪い……それ、誰かがエネコ殺してバラバラにしたってことじゃん。ホント頭おかしいんじゃないの」
ポケモンを殺してバラバラにするような趣味の奴が近隣にいる、これだけでもきしょい。心底そう思うしかない。ネネもネネで、よくそんな状態の死体を触れるもんだって思う。今日だってまた、手が血で汚れてるし。
「ねーねー、サチコ」
「ん? 何ネネ」
「ごみ捨て場って、いらなくなった服とか、読まなくなった本とか、遊ばなくなったおもちゃを捨てるところだよね」
「うん……まあ、そうだと思う」
「じゃあ、このニャースを飼ってた人、あきちゃったのかな。だから、ごみ捨て場に捨てたのかな」
あたしは何も言えなかった。ネネの言いたいことは全部分かったし、あたしも同じ気持ちだった。だから特に何か言い返すことも見当たらなかった。ただ、いつもぼんやりしててちょっと足りない感じのするネネにこんなことを言われると、必要以上にビックリしてしまうというか。
こうやって墓を作ろうとしてるときのネネは、具体的にどうこうってわけじゃないけど、少し違って見える気がした。ポケモンの死体をいくつも埋めてるうちに、ネネにも何か思うところっていうかそういうのが出てきたのかも知れない。それにしたって、さっきと被るけど、なんだかちょっとネネらしくないと、そう思ってしまう。
ネネは、そんな難しいことを言うキャラじゃないって、あたしは思ってるから。
「じゃあ、始めるね」
「はいはい」
いつも通り、錆だらけで使い古した園芸用スコップを使って、ネネが墓穴を堀り始めた。何にでも慣れっていうのはあるもので、ネネは慣れた感じで穴を掘ってるし、あたしはネネが穴を掘る様子を見慣れてる。普通、どっちもそうそう慣れるようなものでもないと思うけど。
穴を堀っている時に世間話をするのは、前にも話した通りで。
「サチコー。この間ねー、凛さんが、お古のラケットとボールもらってきた」
「あー、凛さんがーってことは、管理局の人からか」
「うん。それでねー、凛さんといっしょに体育館行って、テニスしてきた」
「どうだった? ちゃんとラケットをボールに当てれたの?」
「はじめはネットにひっかかってたけど、返せるようになった」
「ほー。やるじゃん」
「ボールを打ち返すのたのしくて、夕方までずっとやってた」
「凛さんもよく付き合ったなー……トレーナーだったし、体力あったのかな」
「終わったら、汗いっぱいかいてて、汗くさくなったから、帰ってシャワー浴びた」
「なんかさ、ネネってさ、体動かすのっていうか、スポーツ好きだよね、意外と」
「好き。体動かすの、たのしいよ。すっきりする」
「んー、あたしはそういうの向いてないんだよなー。運動好きじゃないし」
バレー部にしてもそうだし、ネネは運動するのが好きだ。体育の授業もいつも楽しそうに受けてる。じゃあ得意かって言うとそういうわけでもなく。小学生の時はちょくちょくドッジボールやってたけど、ネネは大体真っ先に狙われる候補で、まあ万年外野だった。動きがとろいし反応も鈍いから、恰好の的ってわけで。それでも運動が好きって言えるのは、ひとえにネネがマイペースだからだろうと思う。
「カリヤザキさん、今日もよくしゃべってた。たのしそうだった」
「橙花はねー、ホントによく喋るね。あの元気は一体どっから出てくるのやら」
「サチコー。カリヤザキさんの話し方、なんていうんだっけ」
「静都弁?」
「あっ、それ。じょーと弁」
「他にああいう話し方する子いないからね。中一ん時に小金から引っ越してきたって聞いたけど」
橙花。假屋崎橙花。あたしのクラスメートの一人だ。ネネにも言った通り、小金から引っ越してきた。いつもクラスの中心にいて、そして何より元気にあふれている。元気にあふれていてとにかくよく喋るけど、あたしはそのノリに付いてけなくて、ちょっと苦手だったりもする。世話好きで面倒見はいいみたいだけど、見てると少し思い込みが激しいところもある、感じがする。まああれだ、行事でみんなを引っ張る系の女子だと思ってくれれば、大体それであってる。イメージ通りだ。
細かいことだけど。ネネが人を下の名前で呼ぶときは親しいと思ってて、上の名前……名字で呼ぶときはちょっと距離があると思ってる証拠だ。顔には出さないけど、無意識のうちに呼び分けているみたいだ。下の名前で呼ぶときも呼び捨てにしてるのはあたしくらいで、あとは「凛さん」「ケイちゃん」のようにさん付けちゃん付けで呼んでいる。凛さんさえも「凛さん」なわけで、ネネの中ではあたしが一番話しやすい相手みたいだった。
「ねーサチコー」
「ほーい。どしたの?」
「ネネねー、カリヤザキさん剣道やってたって聞いた」
「あ、それあたしも聞いた気がする。静都にいた時はずっとやってて、なんか結構強かったっぽい。紫苑に引っ越してきたときにすっぱりやめたみたいだけど」
「ふーん、そっか。ネネも剣道やってみたかった」
「えっ……いや、そりゃまたなんで? どうして? ていうか、明らかにネネのイメージと合わないんだけど。背も低いし」
背が低いからイメージに合わないって言えば、部活でやってるバレーはもっと合ってない気もするけど。バレーは置いといても、ネネと剣道は壊滅的にイメージが合わない。まだ柔道の方が体がちっこくてもやりようがあるっぽいし、若干マシなんじゃないかって思うレベルだ。どんぐりの背比べだろうけど。
(一応中学校に剣道部あったと思うけど……マジでなんでだろう)
ネネが突拍子もない発言をするのは今に始まったことじゃないし、あたしはそれに慣れてたつもりだったけど、さっきのはちょっとレベルが違った。こっちが一ミリも考えてないようなことを、いつもの調子でもって平気でぶつけてくる。こういうことがあるから、ネネとの会話はある意味気が抜けない。
「うーんと、ぴしっとしててかっこいいし、カブトかぶって剣持ってるのが、カラカラみたいだから」
「かっこいいかどうかは正直どっちでもいいけど、カラカラみたいだからって、それどんな理由よ」
「でも、カラカラみたいだと思う。ニンゲンがカラカラのまねしたら、剣道みたいになると思う。カブトと剣」
「あー……うん、まあ……。それとさ、あれ『兜』じゃなくて『面』だから」
「そっか。だから打つとき『めーん』っていうんだ」
「そうだよ」
まあ、頭を護るって意味では、兜も面も似てるっていうか、目的は同じだけどさ。
そもそも、ネネの話は順序が逆だ。人間がカラカラの真似をして武器と防具で身を固めるようになったわけじゃなくて、カラカラが人間の真似をして武装するようになったって言われてる。テレビでそういうのに詳しい人が言ってた。もちろん、ポケモンがいろいろ物を使うようになったってのはすごいことだろうけど、ネネの話は間違ってる。
「ネネ、剣道やってみたかったし、凛さんも『いいよ』って言ってくれてた」
「じゃあ、なんでやらなかったの?」
「お金たりなかった」
「あー……そっか。一からいろいろ揃えなきゃいけないから……」
「ぜんぶあわせたら、十万円くらいになって、うーん、ちょっとむつかしいね、ってなった」
ネネがいつも通りあっけらかんとしてるのが、なんかこう、却って痛々しいというか。ネネが悪いとか凛さんが悪いとかじゃ全然なくて、こう、もっと単純に、痛々しいというか。あっさり言ってのけるネネがどんな気持ちなのか、あたしにはちょっと想像が付かない。
職場の同僚からお古のラケットとボールを譲ってもらうくらいだから、ネネの家にお金が無いのは間違いなかった。遊びにくる時も、季節が同じなら大体同じ服を着てくる。知っての通りネネは汚れとかに頓着しないからあちこち汚れてるし、よく動くから伸びたり擦れたりしてることも多い。ちょっとくらいの傷なら、凛さんが繕ったりして長持ちさせてるみたいだけど。
話し込んでいるうちに墓穴が出来上がって、ネネがニャースの亡骸をそっと横たえた。一応死んだポケモンを扱ってるって意識はあるのか、こういうときの手つきは結構丁寧だ。少なくとも、すとんと落としたりぽーんと放り投げたり、みたいなことはしない。今まで一度も見たことないから、凛さんに教えられたってわけでもなさそうだ。
「ねー、ネネ。訊いてもいい?」
「うん」
「ネネが初めてお墓作ったポケモンって何?」
「ガラガラ」
「あれ? カラカラじゃなかったっけ?」
「サチコに見てもらったのは、カラカラ。ネネがいちばん最初にお墓つくったのは、ガラガラ」
「なるほどね……そのガラガラって、この辺に住んでるやつでしょ?」
「うん。ネネとよくいっしょにあそんでくれた。やさしかった」
ガラガラはカラカラに比べて凶暴だってよく言われてるけど、ネネが埋めたのはよく遊んでくれて優しかったらしい。珍しいガラガラもいたもんだ。
「あとさ、ネネってさ、なんでポケモンのお墓作ってんだっけ?」
「うーんと、ネネもこんな風にしてもらいたいから」
「こんな風にって? 埋めてもらうってこと?」
「うん。死んだあとは、ちゃんと埋めてもらいたい」
「今からそんなこと気にしなくても、普通はお葬式とかしてもらえるじゃん、ちゃんと」
「でも、死んだあと、ひとりぼっちだったり、死んだってわかってもらえなかったら、さみしいよね」
「死んだって分かってもらえないって、いまいちどういうことか分かんないけど」
「うーんと、死んだけど、死んでないって、生きてる人にいわれたりすること」
「なーんかピンと来ないなあ……よく分かんない。だいたいさ、死んだ後じゃなくても、独りだったら寂しいっしょ」
ネネもよく分かんないことを言う。死んだ後だけじゃなくて、そもそも生きてるときでも、独りだったら寂しいに決まってるじゃん。ただ、ネネの口から「死んだあと」って言葉がポンポン出てくる違和感がすごくて、もやもやした気持ちがどんどん広がっていくのを感じた。「死ぬ」とか「死んだ」とか、普段言葉として口にすることはあっても、その意味を深く考えないようにしてるからだろうか。
「ネネ、思うよ。ネネがこうやって独りぼっちのポケモンを埋めてあげて、みんな同じところへいかせてあげたら、ネネも誰かに同じようにしてもらえて、同じところへ行けるって。だからネネ、紫苑からはなれたくない」
「埋めたポケモンとお別れするのが嫌とか……そういう感じ?」
「うん。ネネ、死ぬときは、紫苑で死にたい」
「あたしちょっとよく分かんないんだけど、ネネはなんでそんなこと気にしてんの? 気にしすぎじゃない?」
「うーん。サチコは、気にならない?」
「死んだ後のことなんて、ぶっちゃけ気にしてもしょうがないっしょ。だって、死んだらどうしようもないんだし」
「そっか。サチコはそんな風に考えてるんだ」
「普通の人はこう考えるもんよ。死んだ後のこといろいろ気にするより、そもそも死なないようにするのが先だって」
「でも、ポケモンもニンゲンも、いつかは死ぬよ」
「いや……いや、そうだけど……」
「ネネも、サチコも、いつかは」
あたしが言葉を詰まらせてる間に、ネネはニャースとモモンの実を穴の中へ入れていた。これでよし、そうつぶやいて、ネネが穴の上から土をかぶせ始めた。見る見るうちにニャースの姿が土の中へ消えていって、やがて影も形も見えなくなる。このまま放っておけば、遠からず土に還ることだろう。
ネネが今まで埋めてきたポケモンたちと、同じように。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。