「さ、そろそろ実践よ!」
「……分かりました」
「いよいよですね!」
「今度は、姉貴の変身を見られるって訳だな!」
オリエンテーションという名のお茶会が終わり、リアンが空いた食器を指先一つで消してみせる。「実践」が指していること。それは即ち、みんとが魔女見習いへ変身することであった。
「……先生」
「ん? どったのみんとちゃん」
「私も、服は二人と同じですか」
「ふふっ。みんとちゃん、面白いところを質問するわね。大丈夫大丈夫。色違いなだけで、意匠は同じよ」
「……よかった。それなら安心」
「デザインした魔女も、みんとちゃんの感想を聞いたら泣いて喜ぶわね」
よほどあのデザインが気に入ったのだろうか。みんとは変身する前に、衣装の意匠が二人と同じかどうかを確認した。リアンは朗らかに笑い、みんとの懸念が当たっていないことを明言した。
「よぅし。そいじゃみんとちゃん。これを身につけてちょうだい」
「……これは?」
「マジックリアクター、魔法動力装置よ。体の中でスリープ状態になってる魔力を呼び覚まして、魔法を使えるようにしてくれるってわけ」
腕時計のようなマジックリアクターを見つめ、みんとが不思議そうな表情を見せる。リアクターが自分の魔力を呼び起こしてくれると聞き、興味を持ったようだ。
「おっと、忘れるところだったわ。ともえちゃん、あさひちゃん。二人のマジックリアクターを貸してちょうだい」
「あ、はいっ」
何かを思い出した様子のリアンが、ともえとあさひから二人の所持しているマジックリアクターを渡すように言った。二人はすぐにマジックリアクターを取り出し、リアンへと手渡す。
「リアン、一体何をするんだ?」
「ちょっとね。実は、昨日久々に透明化モジュールのソースコードを見直したら、バグ……ああ、ちょっとまずいところが見つかったのよ」
「透明化に、何か問題があったんですか?」
透明化機能に問題があったというリアンに、ともえが訊ね返す。リアンは頷いてから、こう答えた。
「実はねー、ユーザの高度が一定時間内に許容値を越えて変動すると、透明化のプロセスがハングアップしちゃうバグがあったのよ」
「……? ど、どういうことですか?」
「そうね。簡単に言うと、短い間に異常な高度の変化があると、透明化が切れちゃう、ってわけ」
「高度の変化……」
「んー。基準としては、高度200m~300mから自然落下したりすると、100mくらいで処理が追いつかなくなって、透明化が止まっちゃうかしらね」
この言葉を聞いたともえとあさひが、思わず顔を見合わせる。
「高いところから落ちると……」
「透明化が切れる、か……」
昨日の謎が、ここに解明された。透明化していたはずの二人がみんとに目撃されてしまったのは、透明化機能のバグが原因だった、というわけだ。
「一応ハングアップ対策のロジックも入ってるから、10分ほどで再起動が掛かるようになってるんだけど、やっぱり根本対策をしとかなきゃね。というわけで、二人のマジックリアクターをアップデートするわ」
「は、はい……お願いします」
「お、おう……頼んだぜ」
「みんとちゃんのものはアップデート済みだから、そのまま使って大丈夫よ」
密かに冷や汗を流す二人のことなど露知らず、リアンは二人のマジックリアクターに細いコードを接続し、ノート型のパソコンからプログラムの送信を始めていた。
「さて、アップデートはこの子(パソコン)に任せて……みんとちゃん、変身よ!」
「……はい!」
リアンに促され、みんとがすっくと立ち上がる。普段物静かなみんとにしては珍しい、決然とした口調を見せる。
「確認その1! マジックリアクターはきっちり装着できた?」
「……問題なし!」
「よし! 確認その2! マジックリアクターに大きな赤い宝石は見える?」
「……見えます!」
「よし! 確認その3! みんとちゃん、心の準備はOK?」
「……はい!」
リアンが大きく頷き、みんとを見つめる。
「男は度胸! 女も度胸! 案ずるより産むが易し! みんとちゃん、宝石にタッチして!」
「……はい!!」
その言葉を聞き終えるや否や、みんとはリアクターの宝石にタッチした。
「――!!」
次の瞬間、みんとは白い光の海に飲み込まれ、その形を失う。
「きた……この感覚!」
「俺達が変身する時と同じ、白い光……!」
みんとを見守っていたともえもあさひも目を開けていられなくなり、無意識のうちに目を閉じる。
「……これは……!」
溢れるばかりの光の中で、みんとが声をあげた。未知の感覚が全身を駆け抜け、みんとの中で眠っていた力が目を覚ます。
「……………………!」
着ていた服が消失する――手袋をはめる――ブーツを履く――帽子を被る――衣装を身に着ける。流れるような動作で、みんとは己の姿を変えていく。すべての動作が完了すると共に、みんとを包み込んでいた光が徐々に弱まっていく。
「……!!」
弱まりつつあった光を颯爽と振り払い、そして――
「プリティ♪ ウィッチィ♪ みんとっち♪」
――もはや恒例となったポーズを決めて、見習い魔女・みんとが誕生した。
「よしっ! みんとちゃん、大成功よ!」
「やったね関口さん! よく似合ってるよ!」
「俺に言われても嬉しくねえだろうが、可愛いぜ!」
「……これが、魔女見習い……」
かつてともえ・あさひがそうしたように、みんともまた、変身した自分の姿をしきりに眺め回していた。みんとの見習い服は、ともえやあさひと同じ緑色の系統で、ともえのものよりも青色の強い――誰も意識したわけではないだろうが、その色は「ブルーミント」という名前の付いた色だった――ものだった。
「さて。みんとちゃん、変身してみた感想は?」
「……………………」
早速リアンが、変身の感想について訊ねる。しかし、みんとは答えない。何度も自分の姿を確認している。
「……みんとちゃん?」
「……………………」
二度目の問いかけにも、
「おーい、みんとちゃ~ん」
「……………………」
三度目の問いかけにも応じず、
「み~ん~と~ちゃ~ん」
「……………………」
四度目もダメだった――そう思われた直後のこと。
「……かわいい」
「お?」
「……かわいい……」
「ふむふむ。あんまり気に入りすぎて、外からの声は聞こえなくなってたって訳ね」
二度にわたって口にした「かわいい」という言葉で、みんとの感想ははっきりと分かった。前々から「かわいい」と口にしていただけあって、自分が身につけることができたのは相当嬉しかったようだ。うっとりした表情で、繰り返し眺め回していた。
「みんとちゃんって、可愛いものが好きなの?」
「……可愛いものが嫌いなんて、考えられない……」
「ふふふっ。よっぽどみたいねぇ」
リアンが納得する。確かに、可愛いものが嫌いという人はあまりいないだろう。「可愛い」という感情を抱いた時点で、好意を持っているのだから。
「……かわいいは正義」
……意外と抜け目がない(※ネタを繰り出す的意味合いを持って)のかも知れない。みんとは。
「無事に変身できたところで、次の段階に入りましょうか」
魔女見習いとしての最初のステップをクリアしたみんとに、リアンが次の指示を出す。隣では、同じく変身したともえとあさひが控えていた。
「次の段階……ということは!」
「やっぱり、アレだよな!」
「「呪文!」」
二人が息を合わせ、同時に単語を口にする。そう。次は、みんとに呪文を授けるというわけだ。
「呪文……長さは、どれくらい?」
「そんなに長いものでもないから、安心して。大体、15文字くらいかしら。意味もはっきりしてるから、覚えやすいはずよ」
そして、リアンがみんとに告げる。
「みんとちゃん。あなたの呪文は『ディスプレイ・マイ・コンシャスネス』<私の意見を表明する>よ!」
「ディスプレイ・マイ・コンシャスネス……!」
「うむ! それで合ってるわよ!」
リアンからもらった呪文を復唱し、みんとが確認を取る。
「わたしも、あさひちゃんもそうだけど、呪文、短くて覚えやすいですね!」
「そうだよな。俺はもっとこう、複雑で長いのを想像してたんだがよ」
「でしょ? 実はね、ちょっと前まではそれに近いものだったのよ」
「じゃあ、もっと複雑だったんですか?」
この問いかけに、リアンは頷いて応じる。
「そうそう。滅茶苦茶複雑というわけじゃないけれども、似たようなフレーズが続いたり、意味づけの難しいものが結構あったりしたのよ」
「直感的じゃなかった、そういうことですね」
「そうね。呪文が悪いわけでも、覚えられないほうが悪いわけでもなくて、魔女と人間の違いから来るものなんだけれどもね。以前使われていたものは、あたしがともえちゃんたちに教えたものよりも、もう少し魔法の『言語』に近いものだったのよ」
「翻訳する前の文章を、そのまま読むような形に近かったってことか」
「ニュアンスとしてはまさしくそれね。あたしはちょっとでも覚えやすいように、オリジナルのリソースローダーに人間界で言うところの英語のインタフェースをつけたラッパーを被せて……って、これじゃダメだわね。簡単に言うと、分かりやすい言いかえができるように、ちょっと工夫したのよ」
だから実際には、バックグラウンドで本来の呪文が詠唱されている――リアンはそう言った。
「ちなみに、変身する時に身につける手袋や衣装、あれも前までは自分で装着しなきゃいけなかったのよ」
「そうだったんですか……」
「うむ。時間内にできないとやり直しになるシステムで、前々から『何とかして欲しい』って声はあったわね」
「……それを今の形にしたのも、先生?」
「その通り。ちょっくら元のコードを弄って、今みたいに全自動で終わるようにしたわ」
リアンの話を聞いていると、リアンは元々ある魔法体系を自分なりに編集・再構築し、より合理的で分かりやすい形に変えていることが窺えた。ともえたちの反応を見る限り、それは概ねよい方向に働いているようであった。
「四方山話はこれくらいにして、みんとちゃん。早速魔法を使ってみるのよ!」
「……はい」
「これを持って呪文を唱えてから、出したいものを念じてみてちょうだい」
みんとはリアンからリリカルバトンを受け取り、しっかりと握り締める。
「……参る」
そう呟いた彼女の瞳からは、強い意志が感じられた。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。