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#18 だくりゅう

一週間掛けて期末テストを受けて、残りの一週間でテスト返し。テストの成績は、通知表にダイレクトに響く。この長い休み前の憂鬱な儀式に、あたしの心は泥水のように濁るばかりで。

(どーやって見せたものかなぁ……)

社会のテストが返されたけど、結果は62点とちょっと振るわない。普段は75点くらいは取れてるから、下がった理由を何かちゃんと考えとかないと説明が付かない。普段あんまり喋らないお父さんが、この時期だけはやたらよく口を挟んでくるようになるから、専用の対策を練っとかなきゃまずい。

これだから、中間テストと期末テストは嫌いだ。こんなのが好きなやつなんて、マジでどうかしてる、頭がおかしいとしか思えない。本当に心の底からわけが分からない。

テスト結果でざわつく教室の喧騒に紛れて、隣の席のネネに声を掛ける。

「ネネー、テストの点数何点だった?」

「うーんと、23点」

「あー……」

「前より5点あがった。うれしい」

前回、つまり中間テストの時は18点だったのを思い出す。まあ、一言で言うと赤点だ。今回は5点アップに成功したわけだけども、結局赤点なことに何ら変わりは無い。ネネは点数が上がったって喜んでるけど、正直上がったうちに入らないんじゃないかって思う。とはいえ、もっと悪い結果の子がいたってだけで、ちょっと気が楽になる。ネネはほとんどの教科がイマイチなわけだけど。

あたしがネネから目線を外して向こうを見ると、ゆみと城ヶ崎さんが話しているのが見えた。外から見てても楽しそうなのが分かる。あたしとは大違いってやつだ。

(……優等生コンビ、かぁ)

どっちも点数がいいのは分かってる。大方、どっちがよくできたとか、そういう話をしてるに違いない。なんとなくだけど、城ヶ崎さんの方がよくできてて、ゆみが「次は負けないよ」なんて風に言ってる気がする。

もうこの際だからはっきり言おう。

(見てるだけでイライラしてくる)

(あたしの持ってないもの全部持ってて、それで、普通に楽しそうにしてるなんて)

(本当に、イライラしてくる)

あたしの気持ちは、この通りだ。これ以上でも、これ以下でもない。

ただ――イライラが止まらない。

 

テスト返し・テスト返し・体育(またプールだった)・テスト返し・普通の授業・テスト返し。こんな感じで、普段の倍ぐらい疲れる時間割をなんとか片付けて、ようやく放課後を迎える。疲労感がハンパじゃない。今日が週末なのが唯一の救いってやつだと思う。

「じゃあ、私先に帰るね」

「ほーい。今日もこれから塾行くの?」

「うん。一度帰ってから、服を着替えてね」

ゆみはこの後すぐ塾へ行くらしい。テストが終わっても、まだ勉強し足りないみたいだ。ホントに勉強が好きなんだなあって思う。一体何をどうやったら、ゆみみたいに勉強を好きになれるのやら。勉強ができるから勉強が好きになる、たぶんそのサイクルだって思うけどさ。

「ゆーみーちゃんっ」

「百恵ちゃん。今日これから部活? 美緒ちゃんも一緒?」

「うん。ゆみちゃん塾行くの?」

「そうそう。百恵ちゃんも部活がんばってね」

辻井さんと話しながら教室を出て行くゆみを見送りながら、机に突っ込んでいた教科書とノートをテキトーにバッグへ詰めていく。辻井さんは横をすり抜けて、教室の真ん中辺りにいた笹木さんのところまで歩いていく。

「あっ、百恵。百恵さー百恵百恵ー、今日赤塚センパイ来るんだっけ?」

「今日来るって言ってたよ。関東大会出るから稽古するって。多分地稽古多めになるよ」

「そっか。あとさあとさ、さっき知代からリンク回ってきたけど見た?」

「えー、まだ見てない。なんて書いてあった?」

「仲村渠さんがまた死んだポケモン持って歩いてたってやつ。知代あれなんでしょっちゅう送ってくるんだろ」

「あれじゃない? 知代ちゃん、仲村渠さんと仲悪いみたいだから」

「てかさー、アレでしょアレ、知代が仲村渠さんのこと嫌いなだけだよ。仲村渠さんは全然気にしてないっぽいし」

「あーそうだねー。そっちの方がありそう」

さて、あたしも帰るとしようか。

カバンを持って廊下を抜けて、階段降りて下足室へ。運動靴に履き替えてから、のろのろと裏門を目指す。今日はこれといってすることも無いし、テストの点数がイマイチだった言い訳を考えなきゃいけないから、このまままっすぐ帰ろう。帰宅部のあたしには、それがお似合いってやつだ。

「おー、サチコ」

「あ、ケイ。これから部活?」

「そうだな。テスト中走れなかったから、さっさと取り返さなくちゃな」

「ホントに元気いいねー、ケイは」

ケイに声を掛けられる。体操着に着替えて、準備運動に取りかかろうとしてるところだった。こういうのを見ると、ケイが羨ましいって思う。することがはっきりあって、迷うってことが無い。あたしにもそういう、なんていうか目標とかやりがいとか、そういうの分けてほしいって思う。

「サチコはもう帰るのか?」

「まーねー。帰宅部ですしー。あと、テスト結果どう言うか考えなきゃ」

「めんどくせーよなー、親に点数言うの。じゃ、気をつけてな」

「じゃーねー」

ひらひらと手を振りつつ、ケイと別れる。ケイは他の部員の方へ走っていって、運動場の隅で準備運動を始めた。

陸上部のケイが活動してるってことは、バレー部のネネも体育館でやってることだろう。あいにく、放課後になってからネネの姿は見てない。たぶん、速攻で体操服持って着替えに行ったんだろう。

まあいいや、あたしは帰るとしよう。それにしても、社会のテストはどんな風に言い訳したもんかな……なんて考えながら校門の外まで出て、そこで何気なく、カバンのポケットにポンと手を当ててみる。

「……あれ?」

明らかな違和感。感じるはずの感触が無い。端的に言うと、ポケットに突っ込んである家の鍵がある感じがしない。慌ててジッパーを開いて中をまさぐってみるけど、鍵は見つからない。他にありそうな場所も手当たり次第に探してみたけど、やっぱり見つからない。

どこかで落とすとは思えない。今日一度もカバンのジッパーは開けてないし、尚更だ。だとすると……。

(昨日帰ってきた後机に鍵置いて……朝入れるの忘れたパターンだ、これ)

普段は朝にカバンへ鍵を突っ込んでるけど、今日はそれをやった記憶が無い。多分、家に忘れてきてしまったんだろう。年に一回か二回くらいやらかしてしまうやつだ。

こうなると、お母さんかお父さん――実質的にはお母さんが帰ってくるまで入れない。ポストとかどっかに鍵を隠してるなんてこともないから、完全な締め出しだ。家に帰っても中に入れないんじゃ、どうしようもない。お母さんが帰ってくる時間まで、どっかで待つしかない。

「はー……図書室行くかー……」

お金もないし元気もないし、今から行けそうなのは図書室くらいしかない。元来た道をとぼとぼ戻って、再び学校へ向かう。まあいいや、読みたい本もあったし、適当に時間を潰して帰ればいい。

とまあ、そんな気持ちで図書室へ行ったわけだけど。

「……ちょっとさあ、マジで? くっそ腹立つんだけど」

その読みたかった本――「涼宮ハルヒの憂鬱」が、誰かにごっそり借りられていた。一巻から八巻くらいまであったはずだけど、本当に根こそぎ借りられてる。明らかに「涼宮ハルヒの憂鬱」があっただろうと思われる場所に、これ見よがしにぽっかりと巨大な隙間ができている。

ちくしょう、何が涼宮ハルヒの憂鬱だ。あたしの方がよっぽど憂鬱だぞ。こんな目に遭うなんて、理不尽にもほどがあるじゃないか。あたしだって読みたかったのに、なんで全部持ってくんだよ、バカ野郎。

「おまけにこれ、図書委員サボってるやつじゃん。なんでいないわけ? ふざけてんじゃないの」

トドメだとでも言わんばかりに、今日来るはずの図書委員が来ていない。図書委員はヒマだから、しばしばこうやって勝手にサボるやつが出てくる。あんまりサボるから先生が見かねて、「連帯責任」っていう最高に嫌なキーワードを持ち出して、「当番の図書委員が来ていなかったらそれに気付いた別の図書委員が代わりに仕事をすること」っていうバカみたいなルールを追加した。そのルールに則れば、あたしはこれから図書委員の仕事をしなきゃいけないわけだ。

カバンを床に投げつけて、図書委員席に座って突っ伏す。ちくしょう、ふざけやがって、マジで死んじまえ。こんなにイライラさせられたのは久しぶりだ。こうなると何もかもイラついて全部気に食わなくなってきて、全部叩き潰してぶっ壊してやりたくなる。

(なんで、あたしばっかりこんな目に)

社会のテストの点数が悪いわ、家の鍵は入ってないわ、「涼宮ハルヒの憂鬱」は貸し出されてるわ、当番の図書委員はサボってるわ……全部が全部あたしを邪魔して、総出で嘲笑ってるような気がしてくる。胸がむかついてきて、わけの分からない言葉を喚き散らしながら走り回りそうになるのを必死で堪えている。

理不尽だ。あたしには何もないのに、城ヶ崎さんは何でも持ってる。あたしの欲しいものを全部持ってて、それなのに同じ教室にいる。ふざけてるって思う、ありえないって思う、ちくしょうって思う。あたしだって欲しい、他の子に自慢できるものが欲しい、持ってるだけでいい気持ちになれるようなものが欲しくて欲しくて仕方がない。

「あー……あーっ、もうっ!!」

両手の握りこぶしを机に叩きつけて、誰もいない図書室で一人、怒りをぶちまけた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。