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#27 みちづれ

八月頭頃。ネネが「サチコ、あそぼう」と家にやってきた。あたしはネネを家に上げて部屋まで案内すると、適当に冷たい飲み物を用意する。

「今日もあついね、サチコ」

「……うん。まあ……夏だから、ね」

持ってきた宿題を始めたネネの隣に座って、ぼうっと様子をみる。ネネの仕草は何も変わっていない。教室で犯人扱いされたあの時の前から、何一つ変化していない。変化の兆しすら見せていない。まるで何もなかったみたいに、ふんふーん、と調子外れな鼻歌を歌いながら、国語のドリルの穴埋めをしている。

今は夏休みだから、こんな感じでいいのかも知れない。けど、夏休みが終わったらどうするんだろう、どうすればいいんだろう。ネネはきっと、クラスのみんなから白い目で見られるだろう。城ヶ崎さんのニャスパーを殺した同級生だって目で。その城ヶ崎さんが遠くへ引っ越してしまったから、みんなの前で謝って清算するってわけにもいかない。解きようの無い誤解だけを残して、事件は最悪の形で決着してしまった。

「ネネねー、こないだカラカラと遊んだの」

「あー……うん、カラカラと」

「よしよーし、よしよーし、って頭なでたげたら、うれしそうにしてた」

「いつもやってるやつ、ね」

「おなかすいてるみたいだったから、モモンの実あげた」

そんなネネと仲良くしてたら、きっとあたしも「なんでネネと仲良くするんだ」って言われるだろう。あるいは、あたしもネネと同類だって思われる。今までのようには行かなくなる。今までみたいに適当にやり過ごして、都合のいい立場にいるってことはできそうにない。身の振り方を考えなきゃいけない。考えたところで、どうしようもないけれど。

「ねえ、サチコ」

あたしの鬱々とした考え事を打ち切らせたのは、国語のドリルを半ページほど埋めたネネだった。

「サチコはこれからも、ネネといっしょにいてくれるよね」

サチコはこれからも、ネネといっしょにいてくれるよね。

ネネは、こう問うてきた。

「そうだよ。あたしは、ネネと一緒にいる。これからも一緒にいる」

そうだよ。あたしは、ネネと一緒にいる。これからも一緒にいる。

あたしは、こう答えるしかなかった。

どうしようもなかった。あたしがしでかしたことでネネの人間関係をズタズタのボロボロにしてしまったのだから、責任を取らなきゃいけない。こうしてネネを見るたびに、ネネに濡れ衣を着せてしまったことを思い出すだろう。しかももう、それをみんなに謝って水に流すことさえできない。これがいつまで続くのか、見当も付かない。

おまえはひとりではいられない、おまえはまえへはすすめない、おまえはやりなおせない。

永遠に、自分の中で、抜き難い罪悪感を抱えつづけるしかないんだ。

「ネネは約束やぶらない。嘘もいわない」

「サチコは約束やぶらない? 嘘もいわない?」

いつか聞いたネネの言葉。あたしはいつものように、曖昧に頷くばかりで。

「わかった」

「サチコとの約束、ネネもまもるよ」

ネネはただそう一言だけ言い残して、国語のドリルへ戻ってしまった。

(あたしなんて、生まれてこなきゃよかったのに)

心の底から、こう思うほかなくて。

ただ、これから続いていくだろうネネとの世界で、あたしはどうやって生きていけばいいのか。

それだけを、考えていた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。