――結論から言おう。
「こ、これは……」
「すげえ……」
「……花束……」
二人の魔法は。
「……すごい。こんなに、綺麗な花束が……」
「やったよ……みんとちゃん、花束だよっ!」
最高の結果を、得ることができた。
「この花束……中原さんが手伝ってくれたから……」
お礼を言おうとするみんとに、ともえは。
「違うよ、みんとちゃん。これは、みんとちゃんが出した花束だよ」
「私が……?」
「わたしは、一緒に呪文を唱えたけど……でも、わたしはただ『みんとちゃんの魔法がうまく行きますように』って、お願いしただけだからね」
「中原さん……」
「この、きれいな花束のイメージを作ったのも、イメージだけだった花束をここに出して見せたのも、みんな、みんとちゃんの力だよ!」
「私の、力……」
ともえは、あくまで自分はみんとのサポートをしたに過ぎない。花束の具体的なイメージを描き、そのイメージという名の設計図に沿って花束の実装を具現化したのは、紛れも無くみんと本人だ――みんとに、そうきっぱりと言いきったのだった。
「よかったね、みんとちゃん!」
「……中原さん……!」
自分を屈託の無い笑顔で称えるともえに、みんとは胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。
「……桃・橙・青・紫・黄・赤……」
「……それに、白」
「……この中にある白は……とても、綺麗に見える……」
愛しげに花束を抱きながら、みんとが呟く。白ばかりの花束の「白」は、移ろいやすい心を暗示しているかのようで受け入れがたかったみんとだったが、種々の色に混じっている「白」は、「白」というカラーリングをきちんと主張しているかのようで、打って変わって強い意志を感じ取っていた。同じ色でも、ここまで受ける印象が変わるのかと、内心驚きを隠せなかった。
「……これが、私の魔法……」
花束を抱く手に、一層の力を込めた。
「さすがだぜ、姉貴! 姉貴の力を引き出してやるなんてよ!」
「わたしはホントに手伝っただけだよ。花束をイメージできたのは、みんとちゃんが強い意志を持ったからだよ」
「……………………」
ともえとあさひが談笑する隣で、リアンは一連の光景を感嘆した風に見つめていた。
(複数人で協力して発動する魔法……最低でも三人の魔女見習いが必要といわれているのに、ともえちゃんとみんとちゃんは二人でやってのけた……)
(結果は大成功。みんとちゃんの思ったとおりの花束が出てきた……これは、ますます面白くなってきたわね。魔法の教え甲斐があるわ)
(……このまま平穏に過ごして、みんなの力を伸ばしてあげる……それに越したことは無いわ。向こうのごたごたなんて、この子達には触れさせたくない)
(あたしも、こっちに完全移住するかどうか考えないと……)
繰り返し頷きながら、今後の方針を固めるのだった。
「……ところで、姉貴」
みんとと喜びを分かち合っていたともえに、あさひが声をかけた。
「どうしたの? あさひちゃん」
「いや、さっきから地味に気になってたんだが、姉貴は姉貴のことを『みんとちゃん』って呼ぶようになったんだな、と思ってな」
「……あ」
みんとのことを「関口さん」ではなく「みんとちゃん」と呼ぶようになっていたことを指摘され、ともえが口元に手を当てた。本人も無意識のうちにやっていたことらしい。
「えーっと……ごめんね、いつの間にか、勢いで……」
「……待って」
「えっ?」
謝ろうとするともえを、みんとが素早く制止する。
「わたしは、『みんとちゃん』の方がいい」
「みんとちゃん……」
「……名前で呼んでくれた方が、わたしはいいと思う」
少々気恥ずかしそうに(自分の名前を「ちゃん」付けで言うのは、みんとでなくても気恥ずかしいものだろう)しながら、みんとは「みんとちゃん」と呼んでくれたほうがいい、と答えた。ともえが自分のことを名前で呼んでくれたことを、本人は本人なりにかなり気に入っている様子だった。
「……よしっ。分かったよ、みんとちゃん。これからは、『みんとちゃん』って呼ぶねっ」
「……分かった。じゃあ、私は……」
「……姉上」
「そう、呼ぼうと思う」
「……ええっ?!」
驚かされたのは、翻ってともえの方だった。何の前触れも脈絡も無く、みんとから
「姉上」
と呼ばれたのである。あさひの時と同じ現象が、ここでも発生したのだ。
「どどどど、どうしたの? みんとちゃん……」
「……私は、いろいろなことで助けてもらった。だから……尊敬の気持ちを込めて、そう呼ばせて欲しい」
「助けた……? わたしが、みんとちゃんを……?」
釈然としない表情のともえ、凛とした表情のみんと。対照的な表情が、二人に浮かび上がっていた。
「……私が一人で教室を掃除していた時に、手伝ってくれた」
「……帽子を忘れて困っていた時に、自分が指導を受けるのも省みずに、貸してくれた」
「……私が曽我部君を止められずにいたときに、きっぱりと、彼の悪戯を止めてくれた」
「そして、何より……」
繋いだままの手にぎゅっと力を込め、みんとが呟く。
「……私の初めての魔法を、成功に導いてくれた」
朗らかで清清しく、爽やかな顔つき。みんとの短い言葉を、その表情が十二分に補っていた。
「だから、私も……あさひに倣って、中原さんを『姉上』と呼ぼうと思う」
「みんとちゃん……」
「私に、新しい道を切り開いてくれた人だから……」
ともえの顔から、戸惑いの色が消えた。いつもの、気持ちのよい笑顔に戻った彼女が、みんとの手を握り返す。
「……分かったよ、みんとちゃん」
「姉上……」
「わたし、みんとちゃんみたいに勉強もできないし、武道もできないし、髪も長くないけど……」
「……………………」
「でも、みんとちゃんが喜んでくれるなら、わたしは、それが一番うれしいよっ」
「……姉上……」
二人が手を取り直し、固い握手を交わす。二人の関係が、ここに定まったようだった。
「ようし。これで、三姉妹の誕生って訳だな!」
「……姉上が長女。私が次女。あさひが三女……」
「う~ん……見てくれだと、やっぱりわたしが末っ子に見えると思うけど……」
あさひが話の輪に加わる。あさひは背が高く、みんともあさひと同じくらいの背丈があるため、標準的な身長のともえは一回り小さく見える。「末っ子に見える」というともえ本人の意見も、もっともだった。
「でも、二人のためだもん。わたし、頑張るよ!」
「おう! 俺も、姉貴たちのためなら何でもやってやるぜ!」
「……その気持ちは、私も同じ……!」
三人が互いを見やりながら、一斉に気勢を上げる。
「立派な魔女になるぞーっ!」
「「「おーっ!!」」」
三人の声は、ぴたりと一致した。
「……ええ子や。ともえちゃん、ホンマにええ子や……ああ、ガチで萌えるわ……」
「騒がしいから来てみたら……ともえ達はいいとして、アナタって本当に最低の屑ね」
「うっさい白猫。黙ってカルカンでも食べてなさい」
「お断りするわ。そういうのは、野良猫にでも食わせてやりなさい」
……見習い達よりも、先生のほうが心配だよ、あたしゃあ。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。