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#13 シズちゃんのなつやすみ その1

部屋の隅で、シズは肩を抱いて小さくなっていた。三角座りの姿勢で躰を縮こまらせ、胸をごく小さく膨らませてはすぐに萎ませるということを繰り返していた。目は充血して真っ赤になり、瞼はそれと分かるほどはっきりと腫れていた。長い間泣きじゃくっていたのは誰の目にも明らかだ。ずいぶんと酷い有様だったが、これでも帰宅した直後よりかは幾分気持ちを落ち着かせた状態なのだ。

部屋の隅にある時計を見る。時刻はもう十二時を回ろうかといったところだった。リョウタの元を離れて家へ舞い戻ったのが十一時前頃であったから、一時間以上もこうして泣いていたことになる。時間の流れの早さを感じるとともに、これほどまでに時間を掛けなければ気持ちを落ち着けることができないのか、こんなことで職責の重いジムリーダーなど務まるわけがない。そんな自嘲的な感情が湧き起こってきた。

泣きじゃくったことで腫れ上がった目元を緩く拭いながら、シズが顔を上げる。天井に目をやると、無機質な白い壁紙が広がっているのが見える。代わり映えのしない光景にわずかな安堵を見出して、シズは五月蝿くざわつく心が少しばかり静まるのを感じた。目線を落として床へやると、シズは自らも意識せぬまま考え事を始めていた。

思考の向き先は、先程対話したリョウタ――そして、かつてリョウタと共にあった仲間たちについて、だった。

何故、リョウタはあのように声を荒らげてシズに言葉を投げつけたのか。当事者であるシズには、その理由が手に取るように理解できた。リョウタにかつて起きた出来事を思えば、リョウタの反応は自然なものとさえ感じられた。

シズの思考は時を遡り、リョウタがまだヒワダジムに籍を置いていたころにまで巻き戻った。

 

 

夏がいつの間にか終わっている。そう感じるようになったのは、いつの頃からだろう?

あれは、今からもう五年も前だったろうか。夏の暑い盛りの日のことだったように思う。あの頃は今よりずっと夏が長くて、日が昇って沈むまでの一日のうちに、たくさんの出来事と思い出があふれていた。

「スキありーっ!」

「きゃっ!?」

少々くたびれた大きな麦わら帽子を被って、何の気なしにその場に突っ立っていたシズの背後から、同じくらいの背丈の少年が一人駆けてきて、おもむろにシズのスカートを翻して行った。無防備なまま不意打ちを食らう形となったシズは、慌ててめくれ上がったスカートを抑える。

こんなことは今日が初めてではない。しょっちゅうだ。実に他愛ない、けれどこっぱずかしい思いをするこの悪戯を仕掛けてくるのは誰か、シズにはとうに見当が付いていた。頬を熟したりんごのように紅くして、シズは悪戯の犯人に視線を送る。

「なーんだ、今日も紺か。最近ガードかてえなあ。前は日がわりでいろいろ見せてくれたのによ」

「やだ、もう……ノリユキくん、やめて、ってあんなに言ってるのに」

シズに破廉恥な悪戯を仕掛けてきた少年。名を、ノリユキといった。

「いやいや、待てよ。実はその体操着の下、ヒメグマの絵があったりとかするんじゃ」

「ないよっ」

「ちぇっ。シズは子供っぽいから、ありそうだと思ったんだけどなあ」

わたしだって、いくらなんでもそこまで子供じゃないよ。シズは密かにヘソを曲げた。こう見えても家ではお母さんやお兄ちゃんのお手伝いをたくさんして、「シズは頼れるお姉ちゃんだ」と褒められているのだ。しょうもない、子供っぽいことをしでかすノリユキに子供扱いされるのは、実に納得いかなかった。

次はもうめくられまいぞとスカートの裾を持ってぴんと伸ばし、身を少しこわばらせていたシズは、ノリユキの後ろから伸びてくる影に気付くのがいささか遅れた。

「ノリユキ、お前またやらかしたのかよ。シズにはやめとけって言ってるだろ」

「よお! わが心の友! お前もやってみれば?」

「ちょっと、リョウタくんにヘンな事吹き込まないでっ」

何やってんだかとばかりに呆れた顔をして登場したのは、二人の共通の友人であるリョウタだった。ノリユキの隣に立つと、シズと隣の友人に向けて代わる代わる目を向けた。

「どうせやるんならクミルミかスズにしとけよ。シズが可哀想だろ」

「だってさ、あいつら反撃してくるんだぜ? クミルミなんて平気でグーパンしてくるし、スズにはこの間頭蹴られそうになったしよ」

「そうやって返されるのをうまくさばくのが腕の見せ所だろ? お前のクロスが使う『カウンター』みたいにさ」

「おっ、そいつはいいな! 俺もクロスの真似して、ナマイキなあいつらに一泡吹かせてやるか! よしリョウタ、いっちょ練習だ! 思いっきり来い!」

「やる気だなノリユキ? よし、今度こそぎゃふんと言わせてやるからな!」

リョウタとノリユキが少しばかり脱線ぎみに盛り上がっているさなか、そのお隣ではまったく別の光景が繰り広げられていた。

「おいシズ、またノリユキにちょっかい出されてんのか? 相っ変わらずだらしねえなあ」

「サダオが言うのも一理あるな。シズ、スズのように、少しはやり返すことを覚えた方がいい」

「無茶だよ、そんな……」

「だよなあトモミチ。大体、そんな風にうじうじしてっからやられんだよ。たまにはシャキっとしろシャキっと」

「そんなこと言ったって、わたし、できないよ……」

短パンとシャツに麦わら帽子。まるで絵に描いたような「虫取り少年」の装いをした二人が、ノリユキにいいようにからかわれているシズに向けて、「少しはやり返した方がいい」とお説教を聞かせていた。会話の流れから、それぞれ「サダオ」「トモミチ」という名前のようだ。

サダオとトモミチはリョウタとノリユキの友人で、全員が揃ってヒワダジムに属していた。シズやスズと知り合ったのもその縁から。今はこうして皆でより固まって遊ぶほど、仲がよくなっていた。

「できねえなら、できるようにするまでだな。おれが全力でスカートめくってやるから、お前全部かわしてみろ」

「えぇっ!? そ、そんなこと、しなくていいよ!」

「練習は大事だぞ。本番でいい結果を残すためには、何よりもまず練習だ。剣道と同じだな」

「トモミチくん、なんかいいこと言ってるっぽいけど、でも、やっぱり違う気もする……」

見ての通り、トモミチは落ち着き払ったおだやかな性格の持ち主。しかしながら、か弱いシズにはちょっと手厳しいところがある。一方サダオはノリユキに勝るとも劣らぬ腕白小僧で、粗野な言葉づかいから見て取れる通りの性格だった。どちらにしろ、シズにとっては苦難の時間である。危うしシズちゃん。頑張れシズちゃん。

そして、進退きわまるシズの横では。

「うおぉお! やるじゃねえかリョウタ! それでこそ俺の好敵手ってやつだあ!」

「言ってくれるぜ! 俺はお前にだけは負けたくねえんだ! 見てやがれ!」

ノリユキとリョウタが、実に楽しそうに笑みを浮かべながら、取っ組み合いのケンカに興じていた。傍から見ると、これがなかなかに不思議な光景である。

「あいつら、毎日あんな感じじゃねえか。あれで仲いいんだよな」

「リョウタとノリユキは、親友同士だからな。いわゆる『断金の交わり』といったところか」

「だんきんの……交わり?」

「なんだそりゃ。『金の切れ目が縁の切れ目』の逆か?」

「違う、そうじゃない。金属をも断ち切る、堅い絆と強い友情と言う意味だ」

全力を出して力いっぱいぶつかりあう二人の表情は――それはそれは、明るいものだった。

 

かつてリョウタには、志を同じくする「ノリユキ」という親友がいた。

往時のノリユキはリョウタとよく似た性格だった。シズが回顧する。シズやスズとも交流があり、スズとしばしば喧嘩になっていたこともリョウタと同じであった。違う点があるとすればシズに対する態度くらいで、いろいろ気遣ってくれたリョウタとは異なり、大人しいシズはよくノリユキの悪戯のターゲットにされたものだった。シズは自分が今になってもなおスカートを履くことに抵抗があるのは、概ねノリユキにその原因があると確信していた。

リョウタと類似しているのは内面の気質に止まらず、使役するポケモンも実によく似通っていた。ノリユキの相棒は、甲虫のような容貌をしたいっぽんづのポケモン・ヘラクロスだった。ニックネームを「クロス」という。見た目に違わず相当な力持ちで、直接対決ではあのスズもなかなか勝てないほどの強さを持っていた。五年ほど前のヒワダジム内では最強格とされており、スズがなんとしても勝ちたいがためにしょっちゅうシズを呼び出し、一緒に戦わされたのを覚えている。当時のシズはレディアンに進化したばかりのチルチルと、生まれて一年ほどが経ったハーベスターを連れており、スズにとっては是非とも組みたいパートナーだったのである。もちろん、メインの指揮権はスズが持つ形でだ。

そんなノリユキと好勝負を繰り広げることのできたリョウタは、親友であると共に正しく好敵手であると言えた。僅かばかりではあるが敵対的なイメージを内包する「ライバル」よりも、互いを意識し合い高め合う「好敵手」という呼称のよく似合う間柄だったのだ。ノリユキのヘラクロスを抑え込めるのはリョウタの相棒であるカイロスだけとよく言われ、ヒワダジムの二強とされていた。

リョウタとノリユキは、お互いに他に類を見ない、最高の好敵手だったのだ。

 

河原に座りこんでぼうっとしていると、時間の流れというものを忘れてしまいそうだった。

朝から外で思うさま遊んだシズたちは、草の茂った河原に陣取って、好き好きに羽を伸ばしていた。今、この場所にいるのは五人。シズとリョウタとノリユキ、そして、ヒワダジムに所属しているもう一組のふたごちゃん・クミとルミの姿もあった。

「さっきも言ったけど、走るの速いよね、クミちゃんって。すごいよ」

「やだよーシズちゃん。あたしルミだってばー」

「えぇっ!? ご、ごめん……間違えちゃった」

「ちょっとちょっとお。シズちゃぁん、間違えちゃった、てへっ♪ じゃないよお。あたしがルミだってばあ」

「えっと、わたし『てへっ』なんて言ってないけど……そ、それより、ルミちゃんが二人!? あわわ、どうしよう……ど、どっちがどっちだっけ……?」

「さあさあシズちゃん。クミちゃんはどーっちだ?」

「ほらほらシズちゃん。ルミちゃんはどーっちだ?」

「うぅっ……やっ、やっぱり最初に言ったほうがクミちゃんっ。わたし、自分を信じるっ」

「ピンポーン! 大当たりー! あたしがクミちゃんでしたー!」

「おおっと、シズちゃんはやっぱり引っかからないかあ。最初はだませてると思ったんだけどなあ」

「やっぱりシズちゃんの目はごまかせないよー。さっすがー!」

「よっ、よかったぁ……間違えちゃったら、どうしようかと思ったよ」

「スズちゃんは毎回ころっと行っちゃうんだけどねー。またやってみよーっと」

クミとルミはやることなすこといつも同じで、友達であるシズやリョウタも見分けるのに一苦労するほど、何から何までそっくりのふたごちゃんだった。そういう意味では、外見以外はほとんど別人のシズとスズは、まだ分かりやすい方だったのだ。

しばらくして、二人そろって仲良く大の字になって寝転がりはじめたクミとルミをよそに、シズがもそもそとリョウタのそばまで歩みよる。リョウタは幼馴染の少女の姿をすぐに見つけると、考えているだろう事を察して、自分の隣をぽんぽんと叩いた。ここに座れよ、というメッセージなのは一目瞭然。シズはこくりと小さく小さくうなづいて、リョウタの薦めた場所にそっと腰を下ろした。

「今日も暑いけど、でも、気持ちいいね」

「そうだな。暑いのは暑いけど、いつもに比べてちょっと風がある。そのおかげかもな」

シズをお隣に迎えたリョウタは、ふっとやさしい笑みを浮かべて見せた。それを見たシズの心いっぱいに、あたたかな気持ちが広がって、ふわっとふくらんでいく。リョウタといっしょにいると、シズは心から安心することができた。ノリユキやサダオと同じ、外で遊ぶのが大好きな腕白少年だったけれど、引っ込み思案で物静かなシズには、いつも気を回してやさしくしてくれていた。

それがうれしくて、シズはいつもリョウタといっしょにいた。

「リョウタくん、いつもありがとう」

「気にするなって。シズにはシズのペースがあるんだからさ」

「わたし、よくどんくさいって言われちゃうから、そう言ってもらえると、うれしいよ」

「一番そう言ってるのがスズってのが、またなあ……あいつはあいつでせかせかしすぎだっての」

シズは物事をじっくり、たっぷり、きっちり熟考してから動くタイプだったから、スズにはしょっちゅう「お姉ちゃんはどんくさい」とか「お姉ちゃんは決めるのが遅い」と口をとがらされていた。その分、やると決めたことは最後までやり通すし、大きな失敗をしてしまうこともほとんどなかった。スズの方はと言うと、なんでもてきぱきさくさくしゃきしゃき決めてさっさと行動に移すタイプで、お姉ちゃんとはまさしく正反対。けれど、大事なことを忘れて失敗したり、面倒になると今度は「やめてしまうこと」をてきぱきさくさくしゃきしゃき決めてしまったりで、実は結構ムラっ気があったりする。

「なんかさ、シズとスズって、ゼニガメとミミロルの話みたいだよな。せかせかしてるスズと、ちょっとずつ進むシズみたいでさ」

「ええっ……わたし、ロケットずつきでふっとんでったりするの? それで、そのままゴールとか……?」

「違う違う、何の話だよそれ。昔話だとロケットずつきとかそんな謎の一発逆転超必殺技は出て来なかっただろ」

「この間、テレビで『異説・世界むかし話』っていうのをやっててね、その時ゼニガメとミミロルが競争する話があったんだけど、最後のシーンでゼニガメがロケットずつきを使って、前を走るミミロルを追い抜いて行くんだよ」

「なんだそりゃ。あれか? 『必殺技はここぞという時に使いましょう』って教訓か?」

「ううん。そうじゃなくて、『いざという時に備えて力を溜めましょう』っていうことみたい」

「ああ、うん……それなら納得できないこともない、か……?」

なんともヘンな話になってしまったが、ともかくそういうこと、らしい。リョウタは納得したような、でもちょっと納得いかないような、微妙な顔つきをしていた。

「いざという時、かあ……」

一方シズもシズで、神妙な面持ちをして、少しばかり、草の茂る河原の土手を眺めていた。

「……あのね、リョウタくん」

「ん? どうしたんだ?」

「リョウタくんって、もう少ししたら、ヒワダを出て、旅をするつもりなんだよね……?」

「そうだな。それで、いろんなところを回って、強いポケモントレーナーになって、ツクシ兄みたいなジムリーダーになる。それが俺の夢なんだ」

「夢……そうだよね、前もそう言ってくれてたからね」

もう少しすれば、リョウタはポケモントレーナーとして旅に出る資格をもらえる。そうなれば、リョウタは迷わずヒワダを出て、あちこちを回って修行するつもりだった。シズは、今一度リョウタの思いを聞いて、リョウタの意志がパルシェンの殻のように固いことを確かめた。

微かな、けれど無視できない確かな寂しさが、シズの心にじわりじわりと広がっていく。

「リョウタくん。旅に出ても、またいつか、ヒワダへ帰ってきてくれる?」

「そりゃそうさ。いつになるかは分からないけどよ、俺は必ず帰ってくる。それは間違いない」

「そっか……じゃあ、わたし、リョウタくんがいない間は、一人でがんばるよ」

「心配しなくたって、大丈夫だろ。シズならどうにかなる、気楽に構えてろって。帰ってきたら、ツクシ兄からジムリーダーを代わってもらうつもりだからよ、そう言っといてくれ」

「ふふふっ。リョウタくんったら、すごい自信。でも、なんだかかっこいいよ。わたしも見習わなき」

「おいおいちょっと待ったあー!」

「ひゃっ!?」

シズとリョウタの間に流れていた、どことなくしんみりとした、けれどちょっといい感じの空気をいきなり盛大にぶち壊したのは、実は二人のすぐ近くで聞き耳をピンと立てていたノリユキ少年だった。

「の、ノリユキくん……。ビックリしたあ……」

「なんだよノリユキ。いきなり人の話に割り込んできて。ちょっとは空気読めよ空気」

「さっきからだまって聞いてりゃ、お前がジムリーダーになるって決まってるみてえな言い方じゃねえか! こいつは聞き捨てならねえ! リーダーになるのは、俺の方だ!」

「こいつ、言ってくれるぜ! 俺の方が強いに決まってるだろ! サダオにもトモミチにも、それからお前にも、俺は負けないからな!」

「へっ、こないだは引き分けだったけどよ、今度やったら負けねえぜ! 俺とクロスは毎日特訓して、日々進歩してってんだからな! 俺の夢は、俺の手でつかんで見せる!」

「カッコつけやがって、調子に乗るなよ! どっちが先に夢を叶えるか、勝負だ!」

「おお! 望むところだぜ! 俺がジムリーダーになったら、お前は俺の右腕としてこき使ってやるつもりだからな、楽しみにしてろよ!」

「その言葉、そっくりそのまま返してやらあ!」

また始まったよ……と、シズは頭を抱えた。男の子というのは、どうしてこう、何かあるとすぐに熱くなってケンカをおっぱじめてしまうのだろう。二人で一緒にジムを切り盛りしていくとか、そういう方向もあるだろうに。

リョウタとノリユキの張り合い合戦は、とどまるところを知らない。

「俺がリーダーなら、毎年ポケモンリーグにトレーナーが出場するくらいのすごいジムにしてみせるぜ!」

「そんなんじゃ足りねえよ! 目一杯鍛えてよ、優勝をかっさらえるくらい強い奴を育ててやるさ!」

二人そろって、ヒワダジムをとんでもない強豪に仕立て上げる気まんまんだった。いやはや男の子のロマンには付いていけないと、シズは二人をジト目で見るのが精一杯だった。

今のジムリーダーであるツクシは、もちろんバトルに強くなるための講座や実践訓練もよく催していたけれど、それ以上に、ポケモンとふれあう時間や、一緒に遊んだりする時間をたくさん取っていた。ヒワダジムには初めてポケモンを持ったばかりの幼い子供が大勢所属していて、彼らがポケモンに対して親しんだり、正しい理解を得たりすることを、ツクシは特に大事にしていた。

(わたしだったら、お兄ちゃんみたいにして、もっと楽しいジムを作りたいと思うけどなあ……)

妹のシズは、そうしたツクシの姿勢に共感していた。ツクシはしばしば「楽しく・正しく・頼もしく」というモットーを口にしている。楽しくポケモンたちとふれあい、正しいポケモントレーナーとしてのあり方を学び、ゆくゆくは頼もしい人間として成長してもらいたい。ただ単に強さを頼りに上を目指すばかりではなく、ポケモンと共に生きる「人間」としてのあるべき姿を考えてほしい。そんな意味がこめられていた。

「ねーねールミちゃん、むこうは夢のお話してるみたいだよー。ルミちゃんは何か夢ってあるー?」

「夢かあ。あたし、宝くじでどーんと一等賞当ててえ、おっきな家とかほしいなあ」

「いいねー、それ。すっごくいいよー」

「だよねえ。クミちゃんは?」

「あたしはねー、穴をほったらばーんと埋蔵金が出てきてー、それでー、ちょーお金持ちになるのが夢かなー」

「うんうん、そっちもいいよねえ」

「でしょー? 『いっかくせんきん』だよー」

一方、三人からちょっと離れた場所では、クミとルミが相変わらず寝っ転がりながら「夢」の話をしていた。

「でも、どっちも難しそうだよお。かなしいけど、あたしたちにはできっこないよ、たぶん」

「だけどさー、トレーナーになっても、会社に入っても、もう毎日毎日競争競争、だよ。そんなんじゃ疲れちゃうよー」

「イヤだよねえ。競争したってさあ、勝てるかどうかなんて、結局最後は『かみだのみ』だしい」

「努力していっぱいがんばっても、ちゃんと見てもらえないかもしれないしねー。合うか合わないか、だからねー」

「競争して負けちゃったら、それでもうおしまい、閉店がらがら、って感じだしねえ」

夏休みの時間は、こうして、ゆっくりと流れていく――。

 

リョウタとノリユキの二人には、共通するある夢があった。それが、「ヒワダジムのジムリーダーになる」ということだった。

ジムリーダーのツクシからむしポケモンの魅力とバトルの楽しさの手解きを受けた二人はそれに強い感銘を受け、いつかツクシのようになりたいという憧れを抱くに至った。それにはもちろん、ツクシの持つ人間的魅力も大きく作用したことは言うまでもない。

ツクシのように泰然自若とした、あらゆるむしポケモンを使役する立派なジムリーダーになりたい。リョウタとノリユキは二人揃って、そのような夢を持っていた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。