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#26 シズちゃんの戦い

翌日。

「さっ、お掃除お掃除!」

昨日スギナと心ゆくまで話をしたことで、すっかり元気と自信を取り戻したシズが、張り切って家事に取り組んでいた。昨日は掃除はしなかったので、取り組むべきはそこにあった。掃除機を掛ける前に中の紙パックをさっと交換し、家中隅々まで掃除機を掛けていく。床を一通り綺麗にし終えたら、ふわふわの埃取りが装着されたハンディクリーナーを使って、棚に置かれた食器の隙間やテレビ台の上に溜まった埃をスイスイ拭き取っていく。実に手慣れた様子で作業を進めるシズの表情は、心なしか明るかった。こうして自分が掃除することで、部屋の中が着実に綺麗になっていく。その過程を側で見られるのが好きだったのだ。

何より、自分がこまめに続けていた家事を、スギナはすべて見ていてくれた。それが本当にうれしくて、シズは一段と力を入れて掃除に取り組んだ。

上機嫌のままあっという間に家の掃除を終えたシズが、今日は洗濯物もないし、インターネットから生協の注文でもしようかと思案していた時だった。裏庭の辺りから、聞きなれない物音が聞こえてきた。

(なんだろ……? 鳴き声みたいだけど、誰か居るのかな?)

何かの鳴き声、それも虫のような甲高い声が、しかも二つ聞こえてくる。これはきっと何かあるに違いない、シズは自分の部屋へ赴いてチルチルの入ったモンスターボールを手にすると、家の裏庭へ急行した。

裏庭に到着したシズが目にしたのは、考えていた以上に急を要する場面だった。

「ハーベスターと……ストリングス!?」

シズのハーベスターと、スズが連れているカイロスの「ストリングス」が、裏庭で押しつ押されつの喧嘩を繰り広げていたのだ。ストリングスがハーベスターに掴みかかって、彼女がそれを懸命に引き剥がそうとしている。

すぐ近くまでやってきたシズは落ち着いて目の前の光景をよく観察し、現状認識をアップデートした。これは喧嘩というよりももっと一方的なやり取りで、具体的に言うならストリングスがハーベスターに因縁を付けて絡んでいる、といった方が適切に思えた。戦闘では手抜かりの無いハーベスターがこれといって攻撃の意志を見せず、困惑しきりの表情を浮かべているのがその根拠だった。

ハーベスターもストリングスも力が強く、互いに強力な「武器」も持っている。このままイザコザを続けさせるわけには行かない。シズはサンダルを履いて裏庭へ飛び出すと、組んず解れつの掴み合いをしているハーベスターとストリングスから少し距離を取り、エプロンのポケットへ入れていたモンスターボールを地面に投げつけた。光と共にチルチルが姿を現し、シズの隣に付く。朝ご飯をしっかり食べて食休みも十分入れたので、コンディションはまさに最高の状態。チルチルは既に気合十分だった。

「チルチル、ストリングスを落ち着かせるの、手伝ってくれないかな?」

もちろん、とばかりに大きく頷く。

「ありがとう。それでね、わたしこういう時は、前に使った『スーパーウォール』作戦が使えると思うんだ。それも、相手を誘い込む方。チルチルはどう思う?」

自分もそう思っていたところだ。チルチルが得意気な表情を見せ、二本ある右腕でどんと胸を叩いた。

「よし、決まりだね。わたしがおとりになるから、チルチルはすぐに準備して。わたしの命、チルチルに預けるよ」

凛とした表情で指示を出すと、シズから「命」を託されたチルチルは俄然やる気を見せ、すぐさま左右の両手を上下別に組み合わせた。背中の翅を開き、ぶーん、と低い羽音を響かせる。

チルチルの準備が整ったのを目視でしっかり確認してから、暴れるストリングスを見据えたシズが、大きな声を張り上げた。

「こらっ! 女の子に因縁付けて、何やってるの! ハーベスターが嫌がってるじゃない!」

シズの通りの良い声が裏庭一帯に響く。彼女の声は、もちろんストリングスにも届いていた。刹那、ストリングスの鋭い眼差しがシズに向けられる。シズは一歩も引かず逆にストリングスを見つめ返すと、わざと相手の神経を逆撫でするような口調でもって、ストリングスを挑発した。

「どうしたの? 腹が立つんだったら、わたしをやっつければいいんじゃないかな。わたしはスズと違って剣道もやってないし、力だって弱いよ? それともわたしがスズそっくりだから、怖くて手が出せないのかな?」

ストリングスがハーベスターからぱっと手を離す。普段のシズからはあまり想像できないようなかなりきつい挑発を入れた事によって、ストリングスの敵対心が一気にシズに向けられ、ハーベスターからターゲットを取ることに成功した。チルチルに目をやると、チルチルがさっと顔をあげてこくりと頷く。準備は万端だというサインだ。シズが口元に笑みを浮かべると、ストリングスの様子を伺った。

間もなく、怒ったストリングスが猛然と突っ込んでくるのが見えた。シズがぐっと身を固くするが、思考はあくまで冷静だった。この後の展開までしっかり考えて、一手二手先を見据えていく。将棋やポケモンバトルをしているときに湧いてくる、あの神経が研ぎ澄まされていく感覚が、シズを包み込んでいた。

「……!!」

自分を挑発したシズに、自慢のパワーで持って体当たりせんと突っ込んできたストリングス――だったが。

「……!?」

突然「ガン!」という鈍い音がやたらと大きく轟いたかと思うと、前方へダッシュしていたストリングスがいきなり後方へ吹き飛ばされ、そのまま仰向けにダウンしてしまった。

「引っ掛かったね! さあチルチル、一気に畳み掛けるよ! ストリングスにあなたの得意技をお見舞いしてあげて!」

ストリングスが倒れて大きな隙を晒したところを見逃さず、チルチルに攻撃の指示を出す。チルチルは大きく飛び上がったかと思うと、背中の翅を猛烈な早さで振動させて、あっという間に目では追えないほどのスピードまで加速した。怯んでいたストリングスが、チルチルが自分にアプローチしていることに気付いたが、その時点ではとうにチルチルの姿はまったく視認できなくなっていた。

そして、次にチルチルが姿を見せたのは。

「!?」

ストリングスの頬に、上段右の拳をめり込ませた瞬間だった。チルチルが得意としている拳の一撃が炸裂した。翅を使ってトップスピードまで加速し、その状態から勢いを乗せた「マッハパンチ」を繰り出したのだ。ストリングスに比べれば非力なチルチルの拳撃と言えど、速度がそのまま打撃力となるこの攻撃の威力はまったく馬鹿にできないものがあった。

ぐらり、と大きくよろめくストリングスを見て、シズは躊躇無く追撃の指示を出した。

「クイックシフト! ハーベスター、王手だよ! ストリングスに峰の一撃を打ち込んで!」

既にシズの側で待機していたハーベスターが、攻撃を終えて戻ってきたチルチルとハイタッチし、トップスピードのチルチルからその加速度をまるごと引き継ぐ。ハーベスターはチルチル以上に驚異的な俊敏さをもって、マッハパンチを被弾して怯んだストリングスの懐へ易々と潜り込んだ。そして――。

ぶん、と風を切る音がしたかと思うと、ストリングスは再び大きく吹き飛ばされていた。

ハーベスターが「裏拳」の要領で、鋭い刃のない腕の反対側部分を使って、ストリングスを殴り飛ばしたのだ。刃の反対側による打撃、即ち「みねうち」の本来の用途は、相手を仕留めることなく加減して打撃を加え、どれだけ腕力のあるポケモンの打撃であっても相手の体力を最低限残すことを目的としているが、チルチルから「バトンタッチ」して引き継いだ勢いを乗せたハーベスターの裏拳による「みねうち」は、本当の意味で最低限ぎりぎりの体力だけを残し、ほとんどノックアウトする寸前まで追い込むほどの威力があった。

シズのチルチルとハーベスターから続けざまに痛打を叩き込まれ、ストリングスが目を回して倒れた。もう危険はあるまい。チルチルとハーベスターも傷一つ負うことなく、完全勝利と言って良かった。

「スーパーウォールとクイックシフト、やっぱり、どっちも上手く嵌れば効果の大きい戦術だね。みんなで練習した甲斐があったよ」

先ほども口にした「スーパーウォール」というのは、チルチルの持ち技を活用した戦術の一つだ。チルチルは多彩な補助技を習得しており、それらを自由に使いこなすことができるが、その中に守りを固める技が三種類ある。打撃攻撃ダメージカットの効果がある防御壁を展開する「リフレクター」、遠隔攻撃ダメージカットの効果を持つ防御壁を形成する「ひかりのかべ」、状態異常効果をシャットアウトする防御壁を展開する「しんぴのまもり」がそれに当たる。チルチルはこれを個別に使うこともできたが、少し間を置けば複数同時に展開することもできた。

戦術「スーパーウォール」は、まず物理ダメージを抑える「リフレクター」を使用し、「リフレクター」の後ろに「ひかりのかべ」を置いた後、重ね合わせた壁に対して「しんぴのまもり」を展開する。これにより、先頭の「リフレクター」により物理ダメージが大幅にカットされ、「リフレクター」を通して伝わった運動エネルギーを遠隔攻撃と判断した「ひかりのかべ」が遮断する。相手ポケモンによっては相手への攻撃時に自動的に状態異常を引き起こす特性を持つ者もいるため、壁の寿命を高めるために「しんぴのまもり」を発動しておく。

こうして生半可な攻撃では破壊することのできない強力な壁、即ち「スーパーウォール」を構築した上で、今回シズが採った作戦は「ストリングスを挑発して突進させ、『スーパーウォール』を使ってそのままダメージを跳ね返らせる」というものだった。シズが相手からターゲットを取ることで気を逸らさせ、その間にチルチルに仕込みをさせるという寸法だ。ちなみに、構築した「スーパーウォール」をそのまま守りの手段として用いることも多々あるのは言うまでもない。

もう一つの「クイックシフト」は、一言で表現するならチルチルとハーベスターによる連携技だった。まずチルチルが「こうそくいどう」でトップスピードにまで加速した後、スピードを乗せた「マッハパンチ」で相手から先手を取る。相手が怯んだところですかさず、あらゆる運動エネルギーを後続に引き継ぐ「バトンタッチ」を発動し、ハーベスターへ繋ぐ。チルチルから運動エネルギーを引き継いだハーベスターは元々の瞬発力に加えて「こうそくいどう」に伴う加速状態にもあるため、相手に対して一瞬でアプローチすることができる。

通常ではここで決め技として、ハーベスターのトレードマークである鎌で相手を一閃して「きりさく」か、敏捷性の向上により脅威度の高まる連続攻撃「れんぞくぎり」を用いて相手に致命打を与えるのがセオリーだったが、今回はストリングスの動きを止めることさえできれば良かったので、威力の低い(そうは言ってもハーベスターの腕力は大変なものがあるので、結局大きなダメージになるのだが)「みねうち」で相手を昏倒させる選択肢を採った。相手に反撃の隙を与えず一気に倒し切る、シズたちのチームの十八番にして切り札がこの「クイックシフト」だ。

「よし。これで一件落着、かな。ちょっと待っててね」

状況を確認したシズが、台所へ取って返す。すぐに戻ってきたシズが手にしていたのは、お盆に乗せた三つのグラスだった。

「チルチル、ハーベスター、どうもありがとう。わたしからのお礼だよ」

グラスにはなみなみと冷たい水が注がれ、外面は既に結露し始めている。シズが持ってきたグラスを見たチルチルとハーベスターは喜びの声を上げて、シズがグラスを持ってきてくれたことを歓迎していた。

「はい、チルチルの分。こっちにはストローがあるから、ハーベスターの分ね。この間買ってきたばかりのおろしたてのお砂糖を使ったから、きっといつもより甘くておいしいよ」

シズが持って来たのは、冷たい砂糖水だった。砂糖を水によく溶かして甘さを馴染ませた、シンプルながらくせになる味わいの飲み物だ。言うまでもなくシズの手作りである。チルチルもハーベスターもこれが大好物で、シズが彼らを戦わせた後は勝とうが負けようが必ずこれを振る舞ってあげていた。今回もチルチルとハーベスターのおかげで暴れるストリングスをうまく抑え込めたので、ごほうびとして用意した次第である。

相棒たちがうれしそうに砂糖水を飲んでいるのを見たシズは、残る一つのグラスを手にして、倒れていたストリングスの元に向かう。

「……?」

「はい、ストリングスも。暴れたんだから、喉乾いてるでしょ?」

ストリングスにもグラスを差し出す。ハーベスターの強烈な裏拳を食らって昏倒し、とっくに戦意を喪失していたストリングスは、すっかりしょげて申し訳なさそうな表情を浮かべるばかりだった。

「ハーベスターがケガしちゃうかも知れなかったから、今すぐ『気にしなくていい』とは言えないよ。だから、いきなりあんなことはしちゃダメ。でも、ストリングスにも何か事情があったんだよね? 普段のあなたなら何の理由もなしにあんなに暴れたり怒ったりしないって、わたしは思ってるよ。あとでお話聞かせてもらいたいから、今は少し休んで、お水も飲んだ方がいいよ」

シズの言葉に気持ちを絆されたようで、ストリングスはしおらしくぺこりと頷いて、おずおずとグラスを受け取った。ストリングスがグラスを受け取ってくれたのを見ると、シズは微笑んで、エプロンのポケットからペットボトルに入った半融けの凍らせウーロン茶を取り出して、乾いた喉を潤し始めた。

砂糖水で一息入れたあと、シズは縁側にチルチル・ハーベスター・ストリングスを並べて、状況の調査を始めた。どうしてハーベスターとストリングスが掴み合いのケンカをしていたのかについて、シズはきちんと知る必要があると考えたからだ。

「ねえハーベスター。わたしがここに来る前に、一体何があったの?」

シズがハーベスターに問いかけると、ハーベスターが身振り手振りを交えて状況を説明し始める。もちろんシズには完璧に意図を汲むことはできなかったものの、大筋では何が言いたいのか理解できた。ストリングスは何やら怒っていて、庭で遊んでいた自分にいきなり掴みかかってきた――というのがハーベスターの言い分だった。そしてシズは、彼女の横で動いているチルチルに目をやる。

「なるほど……ありがとう、ハーベスター。それと、描き終わったらわたしに見せてね、チルチル」

チルチルは何をしていたかと言うと、個人で使うような小型のホワイトボードに絵を描いていた。もちろん、これは遊びでやっているわけではない。ハーベスターやストリングスの言葉や意見をポケモンの耳で正確に聞いて、絵に描き起こすことでシズとの意思疎通を強化しようという目論見があったのだ。チルチルは下の手でホワイトボードをしっかり支え、上の手を使って器用に絵を描いていく。

これは元々、チルチルが冷蔵庫に掛けていたホワイトボードをおもちゃにしていたのを見たシズが、気に入っているならとそのままプレゼントしたものである。ホワイトボードとマジックをもらったチルチルは喜んで絵を描いている内に意外な上達を見せ、言いたいことや伝えたいことをホワイトボードを使って表現するようにまでなった。おかげでシズはチルチルの気持ちをより正しく知ることができるようになり、互いのつながりはますます強くなるに至ったわけである。

しばらくしてチルチルが絵を描くのをやめると、すぐにシズにホワイトボードを掲げて見せた。

「これは……ハーベスターはストリングスに怒ってるんじゃなくて、かわいそうだ、って思ってる?」

描かれていたのは、ハーベスターと思しき顔が、寂しげな目つきをしている絵だった。シズの言葉にチルチルもハーベスターも揃って頷く。当初から疑っていたが、どうも普通のケンカではなさそうだ。

「じゃあ、今度はストリングスだね。何があったか話してくれる?」

顔を俯けさせたストリングスが、チルチルに対してことの成り行きを話している。チルチルは何度か頷きながら、ホワイトボードにメモを残していく。ストリングスが話し終えると同時にチルチルが絵を描き始め、程なくしてチルチルが手を止めた。マジックを縁側へ置くと、ホワイトボードをくるりと回して隣のシズに向ける。

「これは……スズ? どれどれ……」

チルチルの描いた絵は四コマ漫画の形式になっていた。一コマ目、ストリングスが親のスズに遊んで欲しいとせがんでいる。二コマ目、しかしスズはストリングスを無視してモンスターボールへ入れてしまう。三コマ目、外に出たストリングスがシズに可愛がってもらっているハーベスターを思い浮かべている。四コマ目、ストリングスが目の前にいたハーベスターに怒って掴みかかりに行っている。内容は以上だ。

絵を見た途端、シズは全貌を把握した。昨日スズに構ってもらいたかったストリングスだったが、あいにくスズは大変不機嫌で遊ぶどころではなかった。有無を言わさず即モンスターボールへ入れられてしまい、そのまま今日の朝まで放置された。翌朝になり、ボールに入ったままだったストリングスを見掛けたシズが外へ出してやったのだが、その時裏庭で遊ぶハーベスターの姿を目撃する。ハーベスターはいつもシズとたくさん遊んでもらっていたうえに、シズはスズと比べて格段に優しく穏やかにポケモンたちと接していた。楽しそうなハーベスターの様子を見たストリングスはつい気持ちがカーッとしてしまい、彼女に八つ当たりを敢行した――それが一連の出来事のきっかけだった。

チルチルの翻訳を通じてシズは事の次第を理解し、そして大きく嘆息した。もしかすると……とは思っていたが、原因はやはり怒っていたスズにあった。スズにつれない態度を取られたストリングスにしてみれば、ハーベスターは羨ましくてならなかったのだろう。ハーベスターもそれを分かっていたから、掴みかかられても反撃することができなかった。ただのケンカではないと感じたシズの直感は、やはり当たっていたわけだ。

「ストリングスは、スズと遊んでもらいたかったんだね。だけど、スズは怒っててそんな気持ちじゃなかった」

「……ごめんね、ストリングス。スズが怒ってるのは、わたしに原因があるんだよ」

「来年からわたしがジムリーダーになるんだけど、スズもジムリーダーになりたかった。でも、ルールでわたしがジムリーダーになるって決まったから、スズはジムリーダーになれない……そういうことがあって、スズは怒ってるんだよ」

スズを怒らせているのは――スズの怒りが彼女の思い込みや、自分とは直接関係ないような別の理由による八つ当たり的なものが混ざった感情に基づくものだということを踏まえても――、紛れもなく自分だ。スズが怒っていたために、何の罪もないストリングスがあらぬとばっちりを受けてしまった。シズはストリングスの遣り場のない気持ちを理解し、深く頭を下げた。

シズに謝られたストリングスが寂しげに首を横に振る。ストリングス自身も、自分のしでかしたことが一方的な八つ当たりに過ぎないことを、本心では嫌というほど理解していた。悪いことをしてしまったというのは、本人が一番よく分かっていた。だから、本当はシズが謝る必要はない。ましてやシズ自身に何か非があるわけではないのだから、尚更だ。それでもシズが頭を下げたのは、自分に原因があると考え、同時にストリングスの感情を慮ったからに他ならない。今のストリングスの様子を見れば、シズの気持ちは彼に対して正しく伝わっているように思えた。

「ねえ、ストリングス」

「……?」

「もし、わたしでもよかったら、一緒に遊ぶよ。どうかな?」

スズの代わりに自分が遊ぶと申し出たシズに、ストリングスは「いいですとも!」とばかりに頷き、飛び上がって大いに喜んだ。スズに自分に構って欲しいとねだったのも、つまるところ遊んでほしかったためだ。シズの事はストリングスもよく知っていたし、遊んでくれるとあっては断る道理がなかった。元気を取り戻した様子のストリングスに、シズも笑顔を浮かべる。

「ありがとう、ストリングス。今ちょうど手が空いてるから、早速遊ぼっか!」

シズは両手を合わせて皆に呼びかけると、納屋に向かってパタパタと駆けていく。中をしばらくゴソゴソと探っていたシズだったが、目当てのものを見つけたようでその動きが止まった。よっこいしょ、という掛け声と共に再び姿を表したシズが手にしていたのは、少々くたびれた大きなバスケットボールだった。

「!」

「ふふっ。ストリングスがいるなら、やっぱりこの遊びじゃなきゃね」

抱えていたバスケットボールをストリングスに向かってゆっくり放り投げると、ストリングスは頭の大きなハサミでボールをがっちりキャッチして見せた。頭にボールを乗せた状態で、ストリングスが満面の笑みを浮かべる。

「よーし! チルチルとハーベスターは、ストリングスの持ってるボールをはたき落として! ストリングスはボールを落とさないようにしっかり持ってて! ただし、どっちも相手の身体に直接触っちゃだめだよ! 触っていいのはボールだけ! みんな、いいかな?」

チルチル・ハーベスター・ストリングスが、呼吸を合わせたかのように一斉に頷く。準備は万端だ。

「準備はいいみたいだね! それじゃあ始めるよ! よーい、スタート!」

シズが合図を出したと同時に、バスケットボールをハサミでホールドしたストリングス目掛けて、チルチルとハーベスターが飛びかかっていく。

「よしっ、わたしも入る!」

チルチルとハーベスターに加勢せんと、シズも走っていった。

三人掛かりでバスケットボールをはたき落とそうとするも、ストリングスは力が強い上に、ちょこまかと動いて巧みに攻撃を躱すのでなかなかうまくいかない。人数では勝っているのに苦戦を強いられるシズたちと、一人で三人を翻弄し圧倒しているというストリングスという構図が、互いに快い緊張感を生みだし、遊びをより一層楽しいものにしていた。

騒ぎに騒いでたっぷり一時間ほど遊ぶと、シズたちは皆揃って満足そうな顔をして、縁側に並んで腰掛けていた。

「みんな、楽しかったね。ストリングスったら、なかなかボールを取らせてくれないんだから。さすが、ヒワダジム一番の力持ちだよ」

シズが力強さを誉めそやすと、ストリングスは目を細めて「それほどでも……」とでも言いたげな表情を浮かべていた。すっかりご機嫌である。少し前まで、スズに袖にされてふて腐れていたとはとても思えない。先程彼に激しい攻撃を加えたチルチルとハーベスターも、遊びを通して心を通わせることに成功したようだ。チルチルは親しげに肩を抱いて、ハーベスターも朗らかな笑顔を向けている。もちろん、ストリングスはそれを快く受け入れている。

「もし、またスズが忙しくて遊べなかったら、わたしに言ってね。できるだけ、みんなと遊んであげたいから、ね?」

言うまでもない、とストリングスが首肯する。これで、機嫌を悪くしてもケンカを始めるのは防げそうだ。

(なんだろう……うまく言えないけど、いいなあ、この感じ……)

笑顔のチルチルたちを見ていると、シズは言葉にしがたい、しかしとても心地よい感触に包み込まれる気がした。

悪いことは悪いときちんと止めて、しかし言い分をきっちり聞いてあげる。十分に話をさせてあげることは、心のわだかまりを和らげることにもつながる。時間は掛かるが、「悪いから全部悪い」と切って捨ててしまうよりも、良いのではないだろうか。

そして、シズは思う。

(もしかすると――これが、自分のやり方なのかも)

以前、ジムで揉め事が起きてしまったときは、仲裁に入るタイミングが遅れてしまい、誰にとってもよくない結果になってしまった。だから、止めるべき時は必要な力を行使して止めて、後から状況の整理と関係の修復を図るべきだ。リーダーとして糾すべきは糾す。いつも穏やかな姿勢が最善なのではなく、時には厳しく律することも必要なのだ。

きっと、その意識を持っておくことが大事なのだろう。シズはようやく腑に落ちた思いがした。

(ジムリーダーになっても、このやり方を続けていければいいな)

仲睦まじいポケモンたちの様子を見ながら、心中にそんな考えを浮かべた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。