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S:0052 - "Are you looking for something?"

日和田南東図書館からともえの家までは、歩いて二十分程度の距離である。その途中には、かつてともえがリアンと出会う直前に買い物へ行った、食品スーパーがある。

「そうだ。帰ったら、またチラシを確認しなきゃ」

母親のあさみがいつもそこで買い物をしていたから、ともえも必然的にその食品スーパーで買い物をするようになった。チラシもきっちり確認するようになり、今では立派な買い物上手である。小学四年生で買い物上手と言われるのも、ちょっと複雑な気分だとは思うが。

そんな買い物上手のともえが、件の食品スーパーのすぐ近くまで辿り着いた時のこと。

 

「……どこに、落としてしまったんでしょうか……」

 

きょろきょろと落ち着かない様子で足元を眺めている少女が、ともえの前を通りがかった。背丈などから察するに、恐らく同い年くらいの年齢だろう。清らかな黒髪をポニーテールにしてまとめているのが窺える。ともえはふと足を止め、少女の様子を見やった。

「この辺りまでは、持っていたはずなんですが……」

様子・口ぶりから察するに、恐らく落し物をしてしまったようだった。不安げな表情を浮かべ、しきりに足元を眺めている。

「……よしっ」

ともえの行動は早かった。少女の下へ歩み寄ると、横からそっと声をかけた。

「あの……」

「……あ、はいっ」

「探し物、してるのかな?」

確認の意味を込めた問いかけ。これに対して、少女はというと。

「そうなんです……この近くで、お財布を落としてしまって……」

「財布を? それは大変だよ。わたしも、一緒に探すね」

これといって戸惑うことも躊躇うことも無く「探し物を手伝う」と言い出したともえに、少女は些か面食らったようだった。

「えっ?! そんな、ご迷惑では……」

「大丈夫大丈夫! 困ってる人を見かけたら手伝ってあげてって、お母さんに言われてるからね」

「お母さんに……」

手伝う理由をそう説明したともえを、少女は濁りの無い瞳で見つめる。ともえは、少女からの返答を待っている。

「ありがとうございますっ。手伝ってくださると、なぎ……あ、わたしも嬉しいです」

「お安い御用だよ! じゃあ手始めに、お財布の特徴を教えてもらえるかな?」

「あ、はいっ。えっと、赤いビニールのお財布で、表面にねこさんの絵が描いてあって……」

少女から説明された財布の特徴――二、三の特徴を挙げられただけで、その財布が子供用の、かなり簡易的な財布であることが想像できた――をメモに取り、ともえが探し物の準備を進める。

「――うん。だいたい分かったよ。この辺りで落としたんだよね?」

「はい。間違いないです」

「よぅし! 二人で探せば、きっと二倍早く見つかるよ。見つかったら、知らせに行くね」

「ありがとうございますっ。わたしも、見つけたらお知らせに行きます」

そう言葉を交わしあい、二人は財布探しを始めた。

 

「この辺りで落としたって、あの子は言ってたけど……」

側溝や電柱の影、看板の裏など、目の行き届きにくい場所にも焦点を当てて財布を捜すともえだったが、少女から聞かされた特徴を持つ財布が落ちている気配はまったく無かった。

「随分探してるだろうから、さすがに、簡単には見つからないかな……」

この辺り、という言葉でカバーできそうな範囲は、あらかた探してみた。だが、財布は見つからない。この事実を認識したともえは、次の手を打つ必要に迫られていることを実感していた。

「……でも、こういうときこそ……」

ともえは慌てず騒がず、手提げ袋の中をごそごそと探り始める。前にも似たようなことがあったはずだ。この後ともえが何をするつもりなのか、想像が付いている方も多いことだろう。

「……やっぱり、魔法の出番っ!」

そう、魔法である。探し物などは、魔法に任せてしまうのが一番である。魔法は「世界」の力を借りるものであるから、「世界」のどこかにある落し物を検索するのには、まさにうってつけの能力と言えよう。

「この辺りで……よっと!」

誰もいない路地裏に入り込み、ともえがマジックリアクターを手提げから取り出す。後は、いつもの手順を踏むだけだ。マジックリアクターを左腕に装着し、ともえは迷わず、中央の宝石にタッチする。

「……………………!」

ともえをまばゆい光が包み込むが、暗い路地裏がそれをいい塩梅にカバーし、光が外へ漏出することは無かった。

「プリティ♪ ウィッチィ♪ ともえっち♪」

とまあ、お約束の決めポーズまできっちり決めて、ともえは魔女見習いに変身したわけである。

「……とと、忘れちゃいけない、この機能!」

変身が終わった直後、ともえはリアクターの右から二番目にある緑色の宝石にタッチした。そう、透明化機能である。これさえ使っておけば、他人に見つかる心配は不要だ。

「準備ができたところで、早速行くよ!」

ともえはリリカルバトンを召喚すると、すぐさま呪文を唱えた。

「アクティベート・マイ・ドリーム! 女の子の落し物の場所を教えて!」

特に理由は無かったが、「落し物」を探すということで、ともえは地面に向けて魔法を唱えてみた。

「……あれ?」

……しかし、何も反応が無い。魔法が失敗した形跡は無かったが、成功した形跡もまた無かった。とにかく、何の反応も無かったのである。

「おかしいなあ……感覚としては、うまく行った気がしたんだけど……」

しきりに首をかしげるともえ。だが、魔法は発動していた。何も起きなかったように見えたのは、起きたことがあまりにも地味だったからだったのである。

「……?」

ともえの眼前を、ふわふわと飛ぶ「何か」が通り過ぎていった。ともえが目を凝らし、その正体を探る。それは……

「……ビニール袋? あのスーパーのみたいだけど……」

彼女の目の前を通り過ぎていったのは、スーパーのビニール袋だった。魔法と関係があるとは思えないが、それとは別に、ともえにはビニール袋を追いかける動機ができた。

「誰が捨てたのかは知らないけど、ゴミはちゃんと分別して捨てなきゃ。どこかに飛んで行っちゃう前に、拾っちゃおうっと」

日和田は北を山、南を海に囲まれた町である。南の海は非常に美しいことで有名であるが、それでもゴミを放置する心無い人間がゼロではなかった。一般に、小さな犯罪や違反の見逃されやすい地域は、比例して大きな犯罪の件数も増えると言われている。あのビニール袋が海岸まで飛んで行ってゴミとなり、それを見た人間が「この海岸には自分以外にもルールを守らない人間がいる」という安心感を与え、新たな不法投棄を生み出すとも限らない。大事を成す為には先ず小事から。ともえがこの論をどこまで把握していたかはともかく、為そうとしていることは正しいことであった。

「向こうみたいだね」

微妙な距離を保ちつつ飛んでいくビニール袋を追跡しつつ、ともえが小走りに駆け出した。

 

「こっちへ飛んでって……わ、また方向変えたっ」

一定の方向に穏やかな風が吹いているだけにも拘らず、ビニール袋は不規則かつ不自然な動きで移動を続けている。風に乗ったビニール袋の不規則極まる動きは承知していたともえだったが、ここまで面倒な動きをされると、さすがに声をあげざるを得なかった。

「なんかこう、ビニール袋にからかわれてるみたいだよ……」

探し物の途中であることも分かっていたので、ともえは手早く事を済ませたかった。とはいえ、不規則な動きのビニール袋を捕まえるのは困難であったし、このようなトリッキーな動きをする相手には魔法もうまく使えない。必然的に、ともえ本人が何とかしなければならなくなる。

「こっちへ行って……わ、お店の中に入っちゃった」

ビニール袋はともえをあざ笑うかのように、件の食品スーパーの中へ進入した。それをともえも追いかける。道行く人には当然ともえの姿は見えていないから、魔女見習いの格好のまま突入したところで、何の問題も無かった。

「騒がしくならないように、そーっと……あれ?」

透明化が効いているとは言え油断はできないと感じたともえが、できる限り静かに行動しようと歩みを遅くした直後のことだった。

「……ゴミ箱の中に……入っちゃったよ……」

さんざんともえを振り回したビニール袋は、皮肉なことに最後にゴミ箱の中へ自分から身を投げたのである。結果的にはよかったものの、追いかけてきた意味はまるで失われてしまった。

「これでよかったんだろうけど、なんかすっきりしないなあ……」

少々難しい顔をしつつ、ともえがビニール袋の最終到達点となったゴミ箱に近づく。

「……あれ……?」

……捨てる某あれば拾う某あり。ゴミ箱に近づいた直後、ともえはゴミ箱の下から何かが顔を覗かせている光景を目にした。さっと屈みこみ、かすかに見えているそれを手のひら全体で手繰り寄せる。

「もしかして、これ……!」

ある種の確信を持って、ともえは手繰り寄せた「何か」を手に取った。

「……そっか! そういうことだったんだ!」

――そう。そういうことだったのである。

 

「お財布、これかな?!」

「……あっ! それですっ! わたしのお財布っ!」

ともえはすぐさま元の姿に戻ると、スーパーの前で探し物を続けていた少女に声をかけた。少女はともえが財布を持って近づいてくるなり、ぱっと明るい笑みを浮かべた。

「よかった……よかったですっ」

「ホントに良かったよ。スーパーのゴミ箱の下に落ちてたよ」

「スーパーのゴミ箱の……あぁっ!」

少女は驚きの声をあげ、何かを思い出したような素振りを見せた。

「そうでしたっ。家にあったプラスチックの容器を捨てたあと、自転車の鍵を締め忘れたのを思い出して、走って自転車置き場まで戻っちゃったんですっ」

「その時に、ポケットから財布が落ちちゃったんだね」

「はい。あの辺りも探したはずなんですけど、ゴミ箱の下までは見ませんでしたから……」

話がつながった。少女はプラスチック容器を専用のゴミ箱に捨て、買い物へ行こうとしたが、乗ってきた自転車にロックをかけていなかったことを思い出し、慌てて自転車置き場まで戻った。ところがその直後、財布をなくしたことに気がついた。最初にゴミ箱の付近を探索したものの見当たらず、道中で落としたのだと考え、スーパーの周囲をずっと探し続けていたのだ。

「ありがとうございますっ。本当に、助かりましたっ」

「ううん。困ってる時は、お互い様っ。お財布、見つかってよかったね」

「はいっ。このお財布、わたしの大切な宝物なんです」

愛しげに財布を抱きしめる少女に、ともえが微笑む。正人に傘を貸したときもそうだったが、こういう時はお互いに本当に気持ちがよいものだ。

「あのっ、何かお礼を……」

「大丈夫大丈夫っ。また落とさないように、気をつけてね」

「あっ……はいっ。本当に、ありがとうございましたっ」

深々と頭を下げる少女に会釈をして、ともえがその場から立ち去った。

……その直後である。

「……ふぇ? あれは……?」

頭を上げると同時に少女があげた声は、彼女の耳に届くことは無かった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。