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S:0053 - "Little Melancholy #1"

「お財布も見つかったし、早く家に帰ろうっと」

事件を解決してすっかりご機嫌のともえが、足取りも軽く自宅を目指す。

「お母さんも待ってるから、急がなきゃ」

先ほどからつけたままにしているマジックリアクターに目を向ける。リアクターには「世界時計」機能が付いていて、指定した場所の正確な時間を知ることができる。通常は自分自身と同じ位置の時間を表示するが、場所を指定すればその地域の時間が表示される。時刻は魔力で常に制御され、十万分の一秒単位までの正確性が保証されている。通常の時計としての用途からすれば、十二分に過ぎる精度であった。

「んでんで、まりえがね、これをね、こうやって、ドーン! ってやったら、皆様お吹き飛びになられたわけでございまする」

「あははっ。それで、みんなやっつけちゃったんだね」

「いえす! 横から手柄をゲッツするのはまりえの得意技ですからのう。にょ~ほっほっほっほ!」

ともえの前から、まりえと彼女のクラスメートが楽しげに話しながら歩いてくる光景が見えた。

(まりちゃんだ)

まりえはともえを見ると、いつも声を掛けてくれる。今回もきっとそうだろうと、ともえは待ち構えていたのだが。

「あとあとっ、この前たけたけがやってたみょーちくりんな声マネ、あれをまりえがさらに真似して、さらにさらにヘンな加工をしまくってぬこ動に上げたら、何を血迷ったか皆様クリックしまくりやがりまして、めでたく十五位にランキングしたぞよ!」

「十五位?! それすごいよ~。あの変な声マネのさらに声マネで十五位まで行っちゃうってのも、なんだか可笑しいけど!」

「にゃはは! 世の中は物好きばっかりぞよ! まりえとかまりえとかまりえとかっ! にゅふふ!」

自分の話に完全に夢中になっていたようで、まりえはともえに声をかけることなくそのまま通り過ぎてしまった。

(あ、行っちゃった……)

まりえとその友達の後姿を眺めながら、ともえが一人で呟く。

「話してるときのまりちゃん、すごく熱中しちゃうからね~……」

なんとなく想像は付くと思うが、まりえは一度しゃべりだすと止まらないタイプだ。一昔前に言うところの「マシンガントーク」と言われるものであるが、まりえの場合テンションが高いうえに非常に熱っぽくしゃべるので、その性質を加味して「ガトリングトーク」と呼ばれたことさえある。どれだけ攻撃力があるのかと言いたくなる名称である。

「月曜に、さっきの話を聞いてみようっと」

まりえのヘンな声マネが気になるともえは、週明けにもまりえにそのことを聞こうと決めるのだった。

「……そうだ。ランキングに載ったって言ってたから、今から調べれば間に合うかも!」

更新は(恐らく)二十四時間単位だ。急げ! ともえ! 運営に削除されるよりも早く! コメント欄が荒れるよりも早く! タグがつまらないものになるよりも早く!

……まりえの口にしていた動画の内容的に、どれも懸念するには当たらないとは思うが。

 

――中原家。

「ただいま~っ!」

「お帰りなさい、ともえちゃんっ」

十二時十五分。お昼の時間に少し遅れて、ともえが帰宅した。

「お母さん、遅れちゃってごめんね」

「いいのよともえちゃん。面白い本があったの?」

「それもあるけど……途中で、お財布を落として探してる子がいたから、一緒に探してて……」

「あら! えらいわね、ともえちゃん! お財布、見つかったの?」

「うん! 見つけて、ちゃんと返してあげたよ」

胸を張って得意気に言うともえに、あさみは満面の笑みで応えた。

「ともえちゃん、ホントにいい子ね! お母さん、うれしいわ」

「えへへ……帰ってくるの、少し遅れちゃったけどね」

「落し物をしちゃった子の手助けをしてあげるほうが、ずっと大切だわ。ともえちゃん、えらいえらいっ」

愛娘の善行を褒め、あさみがともえの頭を優しく撫でる。母親から褒められて、ともえは心から嬉しそうな様子だった。

「さあ、ともえちゃん。お腹空いたでしょ。今ちょうど、お昼ご飯ができたところよ」

「よかったよ~。わたし、もうお腹ぺこぺこだよ」

「ふふふっ。お昼はともえちゃんの好きな皿うどんよ。たくさん食べてね」

「はーいっ!」

お昼ごはんに好物が出るとあっては、ともえもうきうきせずにはいられまい。運動靴を脱いで、ともえはあさみと共にリビングへと向かった。

――リビングにて。

「お母さん」

「なぁに? ともえちゃん」

「家をちょっと改装して、皿うどん屋さんにできないかな?」

「あらあら♪ ともえちゃんったら、褒めるのが上手ね♪」

あさみの作った皿うどん――あさみ曰く、麺も具材も一から作ったそうだ――をぱりぱりもきゅもきゅと小気味よく食べながら、ともえがちょっと大げさ感すら感じられるほどの賞賛の言葉を述べた。あさみはにっこり笑い、頬に手を当てる。

「ともえちゃんにおいしいって言ってもらえて、お母さんも嬉しいわ」

「だってこれ、ホントにおいしいんだもん」

「うふふっ。ともえちゃんが言うなら、間違いないわね」

付け合せの白菜の浅漬けをつまみながら、あさみが頬をほころばせた。

「お母さん、こんなにおいしいものを作ってくれて、ありがとう」

「そんなに畏まらなくても大丈夫よ、ともえちゃん。わたしがおいしいものを作るのは、ともえちゃんとお父さんのためだもの」

おいしそうに皿うどんを食べる娘、その様子に微笑む母親。あいにく父親は出かけていたが、それを加味してもなお、仲睦まじい家族の構図が目に浮かぶ。

「お父さん、今日もお出かけ?」

「ええ。今日はサッカークラブに出かけたわ。今度の試合で、小金市のチームと対戦するんですって」

「それなら、応援に行かなきゃね!」

「もちろん! お弁当を作って、一緒に応援に行きましょ」

その父親も、家庭を顧みていないわけでは決して無い。むしろ、妻と娘を心から愛していることだろう。

ともえ・あさみ・隆史。今時珍しい、と言うと少し寂しいものがあるが、互いが互いを思いやる、美しい家族であると言えた。

 

――昼食を食べ終え、ともえとあさみがソファでくつろいでいる。

「ねえ、お母さん」

「どうしたの? ともえちゃん」

隣で編み物をしていたあさみに、ともえが声をかけた。あさみは編み物をする手を休めて、声をかけてきた娘に優しい目を向ける。

「わたし、もっとお母さんやお父さんのお手伝い、できないかな?」

「お手伝い?」

きょとんとした表情を向けるあさみに、ともえが頷く。

「うん。お父さんもお母さんも、お仕事が大変だから、わたし、もっといろんなことを手伝ってみたいなって思って……」

「ふふふっ。ともえちゃんったら、本当に優しい子ね。お母さん、うれしいわ」

ともえをそっと抱き寄せると、あさみは彼女を胸の中に抱きこんだ。

「でも、お母さんは今でも十分、ともえちゃんにお手伝いしてもらってると思ってるわ」

「ホントに……?」

「ええ。お買い物も、お洗濯も、お料理も、お掃除も。お母さんもお父さんもいないときは、ぜんぶともえちゃんがしてくれてるもの」

「それは……」

「ともえちゃん、いつも一人にしちゃって、ごめんなさいね」

「……………………」

あさみは、自分と隆史がよく家を空けており、その間の家事をともえがすべて担っていることを知っていた。あさみにとっては、それだけでも十分すぎるほどだった。

「でも……わたし、他にもきっとできることがあると思って……」

「大丈夫よ、ともえちゃん。ともえちゃんには今でも十分、お世話になってるわ」

まだできることは無いかと訊ねる娘を、母がぎゅっと抱きしめる。娘の体全体に、母のぬくもりがじんわりと伝わってきた。

「無理しなくてもいいのよ、ともえちゃん」

「……………………」

「ともえちゃんは……お父さんとお母さんの、大事な娘だもの」

「お母さん……」

「だから、もっと甘えてもいいのよ。ともえちゃん、真面目だから、少しくらい、甘え上手になったほうがいいわね」

母に抱きしめられた、ともえは――

「……うん。ありがとう、お母さん……」

――心なしか覇気の無い弱弱しい声で、あさみにお礼を言った。

「……………………」

ともえが目を伏せる。そのまま目を閉じ、あさみの胸の中に顔をうずめた。

「……ありがとう、お母さん、お父さん……こんな、わたしのために……」

――あまりにか細いその声を、あさみが聞き取ることはできなかった――。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。